現場の暴走<1>
明和9年7月6日 江戸 大江戸鉄道 大井工場
なぜだろう……心なしか大井工場の敷地が広く感じる……それだけではない以前来た時にはなかった建物がいくつか増えている……しかもそれは現在工事中である。
「おぉーい、そこの君!」
大井工場で働いている社員っぽい青年に声をかける。
「僕ですか?」
彼は誰を呼ばれたのかわからなかったらしく、自分のことかと確認した。
「そう、君だ。すまないが、大井工場の敷地拡大や建物の増設などは申請も出ていないし、聞いていないのだが、いつからこの工事などは始まったのか知っているかい?」
「……ええと、すみません、外部の方にお話することは出来ません。そういうのは、工場管理事務所を通して上の方の許可がないと……」
どうやら私のことを彼は知らないらしい。
「すまない。私は大江戸鉄道の総裁をやっている有坂民部という」
「総裁!?……失礼致しました……お尋ねの件ですが……先月、新橋駅長がいらっしゃって突然始まったもので……ここ大井工場の社員、職員もお陰でバタバタとしているのです……」
あいつか……またやらかしたな……。
「そうか、忙しいところすまなかった。ありがとう」
「いえ、では失礼致します」
彼は会釈すると派手にモクモクと煙を吐いている建物へと入っていった。
どうやら、新橋駅長の高崎君が無許可無申請で何かを始めたようだが……なんにせよ、目の前の煙を吐き出している一際でかい建物に行けばわかるだろう。
先の彼と同じ出入口から中に入ると蒸気機関車のボイラーよりも遥かにでかいボイラーが設置されていた。だが、そのボイラーは蒸気機関車のボイラーを拡大しただけのもので、割りとやっつけ仕事っぽい雰囲気を醸し出している。
「誰だよ、こんなの造らせた奴は……蒸気機関車のボイラーを単純にでかくすりゃ良いってもんじゃないだろう……ったく……」
恐らく、これは火力発電所かなにかを造ろうとしたものなんだろうな……だって、天井からぶら下げてあるのが電灯だから……。
しかし、まさか、蒸気機関車の構造そのままで火力発電所を造るとか何を考えてるんだろうか……いや、この時代の人間に無駄が多いとかそういう考えはないだろうな……動輪を回す代わりに軸を回して発電機を動かせば良いと考えるだろうし……。
そんなことを考えていると後ろから声がかかった。
「総裁、どうしてこんなところに?」
声をかけてきたのは件の真犯人だった。
「……高崎君か……これは一体どういうことなんだ?説明してくれるか?」
少しぶすっとした表情をして詰問調で問いかけると……奴は待ってましたとばかりに話し始めた……。
「これはですね、火力発電所ですよ。そう、平賀源内殿が開発した発電機を大量に並べて……動力に蒸気機関車のボイラーを巨大化設計した特注品を設置して……」
興奮気味にあれやこれやと話してくれた……面倒だから抜粋したが……。
「それで、これをどうするつもりなんだ?工場内の電気照明程度ならこんなに要らんだろう?」
「いえ、これは照明用ではなく、電気を動力とする電気機関車の運転に用いようと考えておりまして……目下、開発実験を行っているところであります」
おぅい……電車や電気機関車なんてものを一言も話した記憶が無いのに、こいつは自力でその開発を始めてやがった……。しかも、一切の報告もなしに……。
「それで、1ヶ月も経っていないけれど、試作の程度はどうなんだ?流石にもう出来ましたとか言わんだろうね……」
「流石にまだ試行錯誤している段階ですが、総裁でしたら何か良い考えがあるだろうとは思っておりました……お知恵をお借りできませんか?」
彼は私の返事を待つことなく隣室のドアを開けて入室を促した。
「……今現在の試作機は……これです……蒸気機関車と同じく動輪をピストンとそこから延びるロッドでで駆動させる方式です」
パッと見したところの感想だが……ED40形電気機関車かコイツは……と思った。いや、確かに蒸気機関車の延長線で設計するならばこういう形になるだろうな……。しかし、なんだってこんなデザインにしたんだろうか……もう少しなんとかならんのか?
「如何でしょう」
絶句した私に自慢げに車体を手に平でバンバンと叩く彼。
「あぁ……それで、動くのか?これ……」
「いえ、集電装置がまだ開発中でして……部内ではレールに直接電気を流して集電するという案もあります」
いや、お前感電したいのか?死にたいのか?と言いたかったが、こいつらまだ電気の危険性を理解出来ていない……なんで絶縁しているのかわかってない……。そんな奴に死ぬぞと言っても無駄だろう……。
「レールには電気を流すなよ……。送電は送電線を作って空中に架ける。その架線から集電装置を通して車内の設備で適当な電圧……あぁもう……わかりやすく言うとな……発電して送電した電気をそのまま使うと電動機は壊れる。だから、適当な力に抑える必要があるんだよ……」
「なるほど、それで電動機が毎度火を噴いて壊れていたのですね……」
おい……よくそれで感電死した奴出なかったな……。
「まさかと思うが……死人は出ているのか?」
「いえ、まだ出ていませんよ。ただ、時折痺れがどうとか言っている奴がおりますね……」
「悪いことは言わん。一度開発を中止しろ……。この調子だと死人が出る。今この瞬間にも!」
奇跡だ……よくこんな無茶苦茶な状況で死人が出なかったもんだ……。
「良いか、電気は人を殺す。今までの技術とは根本的に違うものなんだと思ってくれ……」
「しかし、電気動力車開発部は意気揚々でありますよ?それを開発中止と言えば彼らが黙ってはいないと……」
コイツら命よりも自分の浪漫を優先するのかよ……。
「総裁命令だ!今すぐ中止しろ!というか、そういうことは一度話を通せ!ついでに、首謀者と賛同した技術者も本社に出頭しろ!」
コイツらには本社で説教しないといけない。
そう言えば、何しに大井工場まで来たんだっけ?




