大江戸電燈
明和9年6月4日 有坂民部邸
前日3日に新しい上場企業が証券市場を賑わせた。その名を大江戸電燈という。ネタバラシをするならば、平賀源内こと源ちゃんが立ち上げた発送電事業会社である。
前年の10月以来、発電機と電灯の開発と実用化という任務を遂行していた源ちゃんが遂に満足行く性能の発電機と電灯の開発に成功したことで量産化するための資金調達に企業を立ち上げ、上場株式公開したのである。
3日の取引終了時点では相当数の株式が売れ残ってしまったが、それでも大店の一部や三井家などは灯火の電化によって火事から家屋や資産を守れるという実利を取って先行投資をした形である。これによって、ある程度まとまった資金が出来、源ちゃんは証券取引所から浮かれた様子で飛び出したらしい。
そして、今に至る。
「それで、うちになんの相談もなく新企業立ち上げるとか、源ちゃんも大きく出たね?これで三井が出資してくれなかったらどうなっていたことか……」
「そうは言うが、総さんは出資してくれないだろう?総さんが良くても、結奈さんが認めちゃくれないだろ……だから、総さんがいつもやっていたみたいに企業化して、今流行りの証券市場で資金調達すれば全部売れなくてもまとまった資金が手に入るんだからさ!」
まぁ、確かにそういう感じで新企業がいくつも立ち上がってくれたらと思って証券市場を構築したわけだが……。まさか源ちゃんが、いの一番にそれに飛びつくとは思わなかった。
「で、結局、発電機は十分な性能を担保出来るの?今、建造中の鬼怒川水系の水力発電所に設置出来るなら今後の電化に大きく寄与するけれど……。それに性能次第では無線通信を本格的に整備出来るのだが……どうなの?」
「発電機そのものは安定した性能を出せるようになった……けれど、問題は電線だ……絶縁体が効果的でなければ総さんが言っていたように電圧が降下するし、長距離になればなるほど消えてなくなる……」
「まぁ、そうだろうね……。そのあたりを考慮すると江戸近郊で整備すると蒸気発電が適当か……」
ダムの完成まではだいぶ掛かる。それなら、暴論ではあるけれど、蒸気機関車用のボイラーを数台並べて、そこで作った蒸気を用いてプロペラを回し、その軸に発電機を置き、発電させる方法を取るのが手っ取り早い。
どうせ、家電製品なんてこの時代にはないのだから、低出力の特設蒸気発電でも十分かも知れない。そもそも、電灯用電力供給なんて無線通信、有線通信の片手間でやることだし……。
「そうだねぇ、最初は石炭蒸気発電で鉄道施設の電化をやるのが適当かな……それなら特別なことしなくても鉄道職員で十分にやれるし……数名の機関士と機関助士を借りて研修させればボイラー専属の職員の育成が出来るのが大きい。まずは大井工場に設置して機関区、駅、本社へと順に設置していけば送電ロスが減らせる……」
送電距離そのものを事実上ゼロに出来れば送電ロスは事実上ゼロになる。問題は使用電力が大きければそれはそれでロスが大きいことだが、そのあたりは発電量の増加と送電体制の構築でなんとかクリア出来るだろう。
「それじゃ大井工場の電灯化を最初の事業にして、電力需給バランスを考えていこう。電力料金も実際の需給を見てみないと適正値がわからないしね……」
「水力発電が出来れば一番だけどねぇ……水はタダだから、建設費と維持費と人件費だけだから……オレっちもいつの間にか商売人になっちまった……」
「そう言えば、相良から源ちゃんの手が空いたら相良に来て欲しいと伝言があったな……あの連中、まだ内燃機関と相良油田の使い道で研究しているのだけれど、行き詰まっているらしくて……まぁ、いくら源ちゃんでも内燃機関は現在の技術水準では満足出来るものは難しいとは思うのだけれどね……」
あのチート油田は技術水準が伴っていれば蒸気機関なんて非効率なものを使わなくても良い素晴らしいものだけれど、今の技術じゃ宝の持ち腐れ……せめて灯油くらいは活用したいけれど……タンクがなぁ……。
「いいぜ、相良に行って今出来上がってるモンをちょいと見てきてやらァ……オレっちにかかれば使い物になるかも知れねぇ」
「まぁ、モノがモノだから鋳物の技術が追いついてからでも遅くはないから、事故にならないようにだけ注意してやってきて欲しい……あぁ、そうだ、あのファーガソン連れて行ってもいいよ。役立つかもしれない……」
「おぅ、そいつはありがてぇ!んじゃ借りて行くぜ!」




