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明日も葵の風が吹く  作者: 有坂総一郎
タイクーンエクスプレス

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将軍専用列車『タイクーンエクスプレス』<9> 鬼怒川温泉、華麗なるテツの集い<後>

明和9年1月9日 御用宿『葵』 大広間


「そちらの言いたいことはよくわかった、老中らにそちらの想いと考えをしかと伝えよう」


 家治公はつとめてキリッとした表情でそう言った。


 瞬間、シーンとしたが……。


「国有鉄道、万歳!」


「「「「万歳!万歳!万歳!」」」」


 上野駅駅長の音頭で皆揃って万歳三唱。


 だが、それで収まる『国鉄会』ではない……。肩を組み音頭を取る間もなく歌い始めた……。


 鉄道精神の歌


 1.

 轟け鉄輪、

 我が此の精神、

 輝く使命は

 儼たり、響けり。

 栄あれ、交通、

 思へよ国運、

 奉公ひとへに

 身をもて献げむ。

 国鉄、国鉄、国鉄、国鉄、

 いざ奮へ我等、

 我等ぞ、大家族二十万人。

 奮へ我等。


 2.

 轟け鉄輪、

 我が此の団結、

 輝く誠は

 耿たり、とほれり。

 栄あれ、勤労、

 誓へよ協力、

 敬愛あらたに

 和しつつ進まむ。

 国鉄、国鉄、国鉄、国鉄、

 いざ奮へ我等、

 我等ぞ、大家族二十万人。

 奮へ我等。


 3.

 轟け鉄輪、

 我が此の伝統、

 輝く魂は

 凛たり、匂へり。

 栄あれ、公正、

 鍛へよ質実、

 修養朝夜に

 知能を磨かむ。

 国鉄、国鉄、国鉄、国鉄、

 いざ奮へ我等、

 我等ぞ、大家族二十万人。

 奮へ我等。


 大音声で歌う『国鉄会』の面々を横目に家治公が話しかけてきた。


「民部、そちは態々歌を作ってまでもこの者達を煽っておるのか?」


「上様、歌というものは馬鹿になりませぬ。一体感の醸成、目標や目的を末端までわかりやすく広めるという効果があります。現に彼らもこれにより連帯しておりますし、大江戸鉄道でも幕府直営鉄道でも、毎日の業務開始前にこの歌を唱歌させ、職員の意識に刷り込んでいるのです」


 意識の向上と業務への誇りを刷り込むことの効果は馬鹿にならない。史実において、大正時代の10年間という長い期間に入念な準備を行い、一夜にしてネジ連結器から自動連結器に交換したという鉄道史に残る一大事業『自連替え』が行われたが、その際には『自連替えの歌』という『鉄道唱歌』の替え歌を態々作って目的とその意義、それを行うことの誇りを刷り込んでいる。結果、『自連替え』は成功し、日本の鉄道は更なる発展を遂げたと同時に車両連結時の殉職、負傷が激減するという目に見える効果を上げている。


「そちの鉄道運営で大きな事故が起きていないのはそういう理由か?」


「そうだと良いと思いますが、事故が起きる原因を徹底して定期的に教育しているというのもありますが、結局、無意識の部分にまで刷り込むことの効果が大きいのは変わらぬことと存じます……」


 実際、両鉄道での事故はないわけではない。脱線事故は少ならからずある。遅延や早着も割りとある。だが、史実における事故の傾向と対策を最初から考慮しているだけあって、雲泥の差である。


 出来るだけ単線をなくし複線での運行にするだけでも正面衝突の可能性は半分以下に出来る。また、ポイントのある場所に脱線転轍機を設置するだけでも待避線から本線への誤進入の可能性を減らせるし、起きても脱線転轍機によってわざと脱線させることで重大事故につながらないように出来る。


 かつての事故によって培われたノウハウを常に導入している時点で相当数の事故軽減になっているはずであり、同時に犠牲者も減らすことが出来ている。


「そちのおった時代の記憶がそのまま用いられておるということか……」


「左様でございます。出来るだけ惜しまずに投入しております。隠すべきではありませんから」


「そちの国有鉄道への考えも同じ理由であろうか?」


「……鉄道会社が独立採算で分立していることの便益も多くありますが、この時代……いえ、今の状況では逆であるかと……特に主要街道筋をすべて鉄道でつなぐという利益を追求する限り、個別の企業では青息吐息になってしまいます……であるならば、江戸近郊の開発に関してのみ私鉄を設立し、営業させるという手段が良いかと思います……」


 東急、京急、小田急、西武、東武、京成、京王帝都などに相当する路線の開発ならば国有鉄道のバイパス機能としても必要であるし、郊外開発という目的を考えれば極論、国有鉄道への乗り入れを考えないで済む分、軽便鉄道による最低限輸送量でも現状では十分だ。


 必要であれば複線化、複々線化して輸送量の確保を図れば良い。何もJR標準軌の1067mmや標準軌の1435mmに拘る必要はない。軽便鉄道の工期半分、軌間半分、輸送力半分の『走ルンです』規格で十分なのだ。


 そもそも、この時代で東急線区や京王帝都線区なんて田圃しかないド田舎だ。京急線区でも正直微妙だが、東海道本線の開通と江戸湾岸の重化学工業の発展で成長している分、バイパス機能は必要だろう。そして、小田急線区は東海道の裏街道、脇街道が走っていることもあって、そこそこの乗客を見込める。


「だが、それでは国有鉄道の客を奪うのではないのか?客の奪い合いなどになればお互いに損をするではないか?」


「いえ、単純にそうでもないのです。東海道本線で例えますと、新橋~品川~横浜に平行線が出来たとしますと、総輸送量が単純化しますと2倍になりますから、双方に乗客が分散しますが、東海道本線は乗客の減った分だけ旅客列車を減らすことが出来、その分を貨物列車や優等列車などの運行に振り分けることが出来ます。結果、近距離への輸送が減っても長距離への輸送に都合が良くなるのです」


「そうなると、近距離は私鉄、長距離は国鉄と客層が別れるということか……」


 鉄道事業による交通、物流のシステムが劇的に変化するということに家治公は気付いたようだ。


 目的別に選択肢が出来るということは乗客にメリットがあり、同時に鉄道事業者にとっても列車運行を最適化出来るというメリットがある。それに伴う、乗客の流動化はある程度許容出来る影響と言える。


「では、そちの世界で国有鉄道が分割民営化されたのはなぜだ?統合による便益を捨てる意味がわからぬ」


「国有鉄道、国鉄は当時、莫大な赤字経営をしており、再建を図るのですが、当時の幕府とその諮問機関は再建は不可能と判断、最終的に民営化を決断したのです。ただ、時の将軍は民営化に慎重でありましたし、大御所も民営化には同意したのですが、分割は反対という立場でありました。国鉄経営陣も民営化阻止という立場であったのですが、国鉄内部に分割民営化を推進する勢力があり、彼らが事実上の弑逆を行ったのです」


「幕府は弑逆を容認したのか?それでは時の将軍と大御所の立場がないではないか?」


「時の将軍は大御所が急病で倒れたことで影響力から脱したこと、世論を頼みに弑逆を容認、結果、分割民営化を推進したのです。そして、分割を強行したのは労働組合……わかりやすく申しますと誤解を招きますが、一揆組織に近い存在でしょうか……これを解体し、力を削ぐための手段であったと言われております」


「国鉄は一揆組織を内部に有しておったのか?そういうことならば余でも分割民営化を容認するであろうな……今や貨物輸送で大きく北関東諸藩が影響される幕府直営鉄道に同じようなことが起きたならば、その損失たるや考えるだけ許せぬものだ……」


 労働組合は一揆組織ではないのだが、国鉄労組は事実上の一揆組織でもあったのだから政府としても処分したかったのはよく分かる。国家の血管である鉄道がストライキだのデモだのして麻痺するなんてしょっちゅうだったのだから潰さねば国家だけでなく国民にとっても不利益だ。


「全くです。しかし、その一揆組織を潰すために、結果として国家国民に不利益が押し付けられたのです。地方の閑散路線は廃線、良くても運行本数の削減、各会社間の境界をまたぐ列車の激減、高規格高速線路の開通と引き換えに並行する線路の廃止もしくは別会社への売却……」


 並行在来線の問題や境界線区のスカスカのダイヤ、JR化の暴挙の数々……思い出すだけでも腹が立ってきた……。


「……民部……怖いぞ……余が何か気に障ることを言ったか?そちに睨まれると何故か背筋が凍る……」


「申し訳ございません。上様を睨んでおったのではありませぬ。国鉄を破壊し、全国一律サービスを破壊した極悪人共に腹が立ちまして……」


「左様か……。そちの思うところはようわかった……そちの言葉の矛盾も解消した……余から申すことはない……そちが鉄道奉行であろう……鉄道行政はそちに任せておろう……好きに致せ」


「ははっ!有り難き仰せ!粉骨砕身にて奉公致します」


 この瞬間、国有鉄道の創設は最高権力者のお墨付きを得ることが出来た。


「『国鉄会』の諸君、ここに私は国有鉄道の創設を宣言する!」

将軍専用列車『タイクーンエクスプレス』<10>へ続きます。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] >出来るだけ単線をなくし複線での運行にするだけでも正面衝突の可能性は半分以下に出来る。 複線にしても正面衝突するのかよ。 人間のミスって恐ろしいね。
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