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明日も葵の風が吹く  作者: 有坂総一郎
タイクーンエクスプレス

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将軍専用列車『タイクーンエクスプレス』<8> 鬼怒川温泉、華麗なるテツの集い<中>

将軍専用列車『タイクーンエクスプレス』<9>へ続く。

明和9年1月9日 御用宿『葵』 大広間


 家治公と私を一段高い上座に『国鉄会』が囲むテツの集い、鬼怒川温泉の夕べが始まった。


 この場から幕府関係者は追い出され、完全に鉄道関係者の鉄道関係者による鉄道関係者のための宴会となっている。勿論、幕府の警護役や御庭番などは大広間の外や館内各所に配置されているのだが、『国鉄会』の有形無形の圧力に屈した形である。


 私が家治公に酌をし、家治公が飲み干した後、私、新橋駅、上野駅の各駅長が順にお流れ頂戴をする形となったのだが……なぜかそこで改めて乾杯という流れになった……。


 そこまでは良かった……。だが、新橋機関区長が鉄道唱歌を唄い始めて『国鉄会』の大合唱となった。


 鉄道唱歌

 一、

 汽笛一声新橋を (新橋)

 はやわが汽車は離れたり

 愛宕あたごの山に入りのこる

 月を旅路の友として


 二、

 右は高輪泉岳寺たかなわせんがくじ

 四十七士の墓どころ

 雪は消えても消えのこる

 名は千載せんざいの後までも


 三、

 窓より近く品川の (品川)

 台場も見えて波白く

 海のあなたにうすがすむ

 山は上総かずさ房州ぼうしゅう


 四、

 梅に名をえし大森を (大森)

 すぐれば早も川崎の (川崎)

 大師河原だいしがわらは程ちかし

 急げや電気の道すぐに


 五、

 鶴見 神奈川あとにして (鶴見)(神奈川)

 ゆけば横浜ステーション (横浜)

 みなとを見れば百舟ももふね

 は空をこがすまで

 六、

 横須賀ゆきは乗換えと

 呼ばれておるる大船おおふなの (大船)

 つぎは鎌倉 鶴ヶ岡 (鎌倉)

 源氏の古跡や尋ね見ん


 七、

 八幡宮の石段に

 立てる一木ひとき大鴨脚樹おおいちょう

 別当公暁べっとうくぎょうのかくれしと

 歴史にあるはこの蔭よ


 八、

 ここに開きし頼朝が

 幕府のあとはいずかたぞ

 松風さむく日は暮れて

 こたえぬ石碑は苔あおし


 九、

 北は円覚えんがく建長寺けんちょうじ

 南は大仏星月夜

 片瀬 腰越 江の島も

 ただ半日の道ぞかし


 十、

 汽車より逗子ずしをながめつつ (逗子)

 はや横須賀に着きにけり (横須賀)

 見よやドックに集まりし

 わが軍艦の壮大を


 十一、

 支線をあとに立ちかえり

 わたる相模の馬入川ばにゅうがわ

 海水浴に名を得たる

 大磯みえて波すずし (大磯)


 十二、

 国府津こうづおるれば馬車ありて* (国府津)

 酒匂 小田原とおからず

 箱根八里の山道も

 あれ見よ雲の間より


 十三、

 いでてはくぐるトンネルの

 前後は山北やまきた 小山おやま駅 (山北)(小山)

 今もわすれぬ鉄橋の

 下ゆく水のおもしろさ


 十四、

 はるかにみえし富士の

 はやわがそばに来りたり

 雪の冠 雲の帯


 『国鉄会』の大音声に何事かと警護役が大広間に入ってくるが、酔った一員に肩を組まれて巻き込まれて鉄道唱歌を歌わされ、酒を飲まされ潰される始末……。


 頭を抱えたい状況になってきたのだが、家治公を見るととても愉快そうに『国鉄会』の面々を見つめている。その表情は優しさと慈愛に満ちていた。


「民部、そちの子飼いの者達はとても愉快な奴らだのぅ」


「……どうも彼らはタガが外れておるようで……上様にはお見苦しいものを……」


「良い。こ奴らがそちの鉄道会社を愛し、自慢に思っておるからこそこれほど自身に満ち溢れておるのだろう。そして、この者達同士がお互いを信じ仲間と思ってるからこそ、これほど……」


 家治公……こいつらどう見ても酔って暴走しているだけです……。


「上様!」


 酔った面倒くさい奴が絡んできた……。


「そちは新橋機関区長であったかの?」


「新橋機関区長、根岸誠司であります!我ら『国鉄会』は総裁の掲げる鉄道の国有化に賛同致しております!何卒、我らの想いを汲んでいただきたく存じます!」


「「「「上様、何卒、我らの想いを!」」」」


 直訴し始めたよコイツら……。


「そちらの熱意はよくわかった。だが、何故国有鉄道にこだわる?鉄道会社では不満か?」


「現在の二大鉄道体制では、上野駅を境に双方が乗り入れておりますが、新橋から大宮、その逆でも同じですが、乗り通す場合、通算運賃ではなく、個別運賃が掛かっております。これでは乗客に不利益であり、荷主にとっても不利益であります」


「だが、そちらには個別に利用料金が入ってくるではないか?」


「左様でございますが、長距離になればなるほど利用しづらくなるのです。それが国有鉄道であれば場合によっては3割程度料金が安くなる場合があります。これは利用客の利益になると同時に利用客が増える切っ掛けになるのです」


「なるほどのぅ。じゃが、それならば、大江戸鉄道が幕府直営鉄道を吸収すればよいであろう?さすれば、根岸、そちの言うことは達成できるではないか?」


 家治公は根岸の主張を冷静に反論した。


 そこに新橋駅長が待ってましたとばかりにバトンを受け取り、更に続ける。


「新橋駅長、高崎行蔵が根岸機関区長に代わってお答えします。上様の仰る通り、合併すれば達成できますが、それでは駄目なのです」


「なぜじゃ?一元管理を望むのであれば、統合、合併、吸収……どれでも良いが……すれば達成できるではないか?」


「上様は鉄道の一面のみをご覧になっておられるため、ご理解されていないのです。鉄道事業とは、必ずしも黒字になる……利益が望める……事業というわけではありません。現在は黒字になる路線を中心に整備しておりますが、今後は無人の荒野に路線を伸ばす必要があるのです」


「なぜじゃ?そんなところに敷設すれば赤字になるのは誰でも分かるであろう?」


「左様でございます。しかし、必要なのでございます。例えば、蝦夷にあると言われる炭田ならば如何でございましょう?見渡す限り無人の荒野にございます。されど、開発すれば石炭を採掘できます。しかし、採掘が軌道に乗るまでは大赤字でございます」


「高崎と申したの?今までそちらは資金を用意して敷設したではないか?その理屈では、川越・秩父と江戸を繋いだ鉄道も同じではないか?鉄鉱石の採掘が軌道に乗るまでは赤字ではないのか?」


「左様でございます。しかし、有坂総裁は、赤字路線をどうやって建設されましたでしょうか?幕府直営鉄道という幕府の予算を使って建設推進を図られました。つまり、そういうことです。国家事業として優先的に建設すべき路線がある場合、鉄道会社であれば建設資金を貯めるか借りて建設せねばなりませんが、国有鉄道であれば、幕府の予算によって必要な時にすぐにでも建設を開始できます」


「それでは、幕府直営鉄道へ大江戸鉄道を吸収すれば……」


「ええ、理屈ではそれでも構いませんが、それでは大江戸鉄道の職員が納得しません。幕府直営鉄道は元々我らが実質的に運営する組織です。格下の存在に吸収されるなど我ら先駆者の立場と誇りを傷つけまする」


「「「全くその通り!」」」


 途中まで言っていることはウンウンと思ったが、こいつら縄張り意識全開じゃん!


「民部……」


「上様、彼らの気持ちは私も理解しておりますし、私もまた同じ思いを抱いております」


「そちもか……だが、鉄道を統合する意義はよくわかった。私企業で運営するよりも国有鉄道という枠組みで建設し運営することに大きな利便があるならば、考慮すべきであろう……だが、それでは何故、幕府直営鉄道など造ったのだ?」


「先程、高崎駅長が申した通りで、路線建設において大江戸鉄道と幕府直営鉄道という2つの組織が現実的に必要であったのです。東海道方面へ路線を伸ばす大江戸鉄道、北関東へ路線を伸ばす幕府直営鉄道という同時に路線を建設するには組織を分けるのが効率的だったのです。そして、江戸市中の大店に江戸環状鉄道を造らせたのも同じ理由でございます」


 そう、ヒト・モノ・カネを効率的に配分すると一つの組織に複数を分担させるよりも元から別組織に負担させていた方がかえって都合が良いのである。事実、日本の鉄道開業の歴史を見ると官営鉄道、日本鉄道、関西鉄道、山陽鉄道、九州鉄道、北海道拓殖鉄道など複数の鉄道事業体によって方面別に建設を推進し、最終的には路線をすべて連結したのである。


 そして、戦争という大量輸送需要によって分散運営よりも一体運営が効率的と判断され国有化されているのだ。


 大江戸鉄道によって東海道本線というドル箱路線を確立、幕府直営鉄道によって東北本線、高崎線、川越線が完成した時点で、幕府のお膝元である関東という枠組みであれば分立しているメリットは既になく逆にデメリットが目立ってきているのである。今後の路線建設を考えても統合するべき時期に来ているのは明白である。


 『国鉄会』の酔っていた面々も家治公とのやりとりの内に体の内から沸き起こる鉄道への熱意などで酔いも冷めながらも高揚しているようだ。


「上様、最早、鉄道事業体分立の時期ではありませぬ、統合による一体運営を進めるべきであります」

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