将軍専用列車『タイクーンエクスプレス』<7> 鬼怒川温泉、華麗なるテツの集い<前>
明和9年1月9日 鬼怒川温泉 御用宿『葵』
史実における明和9年は2月に江戸三大大火の一つである明和の大火が起き、他にも災害が頻発したことから「明和9年は迷惑年」などと呼ばれたが、この世界では未だ平穏ではあるが、確実に「迷惑年」という時流に乗っている。そう、主にやたらテツ分豊富な連中によって……。
家治公の宿泊先には大江戸鉄道系列の旅館である『葵』が選ばれたのだが、この旅館『葵』は鬼怒川温泉駅の駅前一等地に建設され、外装和風だが鉄筋コンクリート造というこの時代を遥かにリードした建造物でもある。
また、全室個室でシリンダー式鍵による施錠が可能という新機軸を取り入れ、防犯を意識した作りにもなっている。それだけでなく、壁には薄い鉄板が入れらていることで防音性能もバッチリ。まさに現代型旅館と言える構造だ。
これを考えた時に真っ先に結奈バレたのであるが、その言い訳として「『葵』は要塞としても機能する!」と苦し紛れに主張したが、何故かそれで納得してくれた……不思議である。だが、正式開業したら連れて行けと言われた。まぁ、それくらいならお安い御用だが……。
さて、そんな旅館『葵』に新橋駅、上野駅の幹部クラスと本社の一部幹部が揃っている。彼らは志を同じくする集団だ。国有鉄道による全国鉄道の一元管理と建設推進という思想を持つ一種の圧力団体だ。勿論、彼らの指導者はこの私である。
彼らが圧力団体、政治的思想集団として結集したのはつい先日のことである。上野駅駅長との大晦日の会話が発端である。上野駅駅長が年末年始輸送が終わった1月2日に新橋駅駅長らと新年会を行った際に国有鉄道計画を話したらしく、それに新橋駅駅長が賛同し、大いに盛り上がった結果、いつの間にか主要駅の駅長や大井工場の幹部、機関区の幹部にまで広がり、今日9日時点では賛同者千名弱にまで膨れ上がったそうだ。
そして気付いた頃には指導者として祭り上げられており、彼ら自身も御用宿になった『葵』に結集していたという……。勿論、それを知ったのは、つい今しがたのことである。川治温泉のダム建設現場の視察を終えて家治公を出迎えるために『葵』に着いたその時に彼ら『国鉄会』の主要メンバーに出迎えられたことで知ったのだ。
正直思った。テツの暴走マジパネェ!
丁度そんな時に、我らが上様家治公が馬車で『葵』前に到着した。
『国鉄会』の面々は私を中心にズラッと整列し家治公を出迎えるという打ち合わせもしていない芸当を軽々とやってのけたのだが……コイツら、上様に直訴しかねん……と、恐怖した瞬間でもあった。
家治公は『国鉄会』の面々を見渡して私を見た……。
「この者達が民部の子飼いの鉄道職員か?」
「はっ、我が大江戸鉄道の幹部であり、精鋭であります」
「この者達は皆、良い目をしておるの。ただ、ギラギラした輝きには少々怖いものを感じるのだが……」
いかん、コイツら純粋すぎてマジでヤバイ目になってる……。家治公がドン引きしてるんだが……。
「上様、この者達は皆、この民部と志を同じくしておりまして……」
「左様か。では、国有鉄道の件が目的か?よい、今宵はそちらの話を聞こう。民部とも鉄道の話をしたいしのぅ……そちらの熱意が今やこの関東において花開いておることは、少しは理解しておるが、まだまだ余には分からぬことが多い……そちらの思うところを述べるが良い」
旗本ですらない鉄道職員に直答を許し、同室も許すという家治公の対応に驚いた。
よく考えれば、家治公に初めて会ったときも同じことをしていたな……。
「上様の御配慮と御恩、忘れませぬ」
「良い。民部、いつまでも斯様な場所で立ち話など無粋じゃ。大広間へ案内致せ。そちの子飼いの者達も当然のことじゃが同席じゃ」
「ははっ。では、ご案内致します」
『国鉄会』の面々が護衛代わりに家治公の前後左右を固め大広間へと進んでいく……とんでもなく濃いメンツだなぁ……。
将軍専用列車『タイクーンエクスプレス』<8>へ続きます。




