将軍専用列車『タイクーンエクスプレス』<4> 大宮駅~宇都宮駅
明和9年1月9日 東北本線 大宮駅~宇都宮駅
大宮駅を前に展望車内へ入っていった家治公だったが……。
「……民部……余は何処に座るのじゃ?」
どうやら家治公は車内が座敷で畳敷きかなにかだと考えていたようだ……。
展望車は展望デッキ、展望室、区分室という順で並んでいる。
眺望が良いのは当然のことだが展望室である。ここでは客室係が常時待機していて注文すれば珈琲やお茶を提供してくれる。区分室は通路を挟んで両側が個室となっていて、中は一人掛けソファーとテーブルが設置されている。
「車内をご案内致します。ただ、上様にはこの展望室のソファーをご利用頂きます」
「うむ。では案内致せ」
「では、こちらへ……この扉より先が区分室……一人用個室となっております。左右で8席用意されております」
「余はこの区分室とやらを使わぬのだな?」
「お使いいただいても構いませんが、警備の関係上、上様お一人になっていただくわけには参りませんので……」
「……そうじゃの……では、次の車両を案内致せ……」
お気に入りのおもちゃを取り上げられたかの様な……とても残念そうな表情をしている……なんだかとても悪いことをした気がしてくる……。
気を取り直して次の車両を案内する。
カランカラン♪
「いらっしゃいませ~」
食堂車の扉を開けると鐘の音がし、それに遅れてアテンダントの声が響いた。
「なっなんじゃ?なにごとじゃ?」
突然の掛け声で家治公は驚いたようだ。
「ご安心くださいませ。ここが食堂車で先程のは給仕の者達の挨拶でございます。さっ、上様、ご所望の料理をこちらからお選びください」
適当なテーブルに案内し、椅子を引き着席を促しつつメニューを渡す。
「民部……毒見役が見えぬが……」
「毒見役などここにはおりませぬ。上様は毒見役を通した冷めた料理ばかりだと伺っております。そして、ここは熱き料理を熱いままお出し致します。毒見役が居ないのが不安であれば、私が毒見役を致します故、安心して熱い料理をお召し上がりください」
家治公は熱い料理を熱いまま食べられることに嬉しさを見せつつも将軍としての護身のそれを見せているのだが……。
「……民部、そちを信じよう。毒見役を致せ。そして、熱い料理を食べさせてくれ」
「承りました。さっ、こちらから料理をお選びくださいませ」
メニューを覗き込む家治公。だが、残念なことに食堂車では簡単なものしか提供出来ない。本格的なモノや凝ったモノを造るには車内設備が適していないからだ。
「……のぅ……民部……余にはここに載っている料理がどれも知らぬもので分からぬのだが……」
「では、この民部にお任せ頂けますか?」
「うむ……そちが余を満足させてくれるならば任せよう……美味いものを食わせてくれ」
期待と不安の入り混じった瞳でこちらを見てくる家治公……頼むからメニューからチラッと上目遣いでこっち見るのやめてくれ……。
「では……給仕長!事前の打ち合わせ通りだ!」
「はっ、すぐにお持ち致します!」
用意させたのはパスタである。この時代の食堂車で提供できるものと言えば麺類が基本となる。そうなると蕎麦、饂飩、パスタとなる。
食欲をそそる香りが漂ってきた。
「お待たせ致しました。ペペロンチーノでございます」
「ぺぺ?なんじゃ?」
「南蛮……イタリアという地域の食べ物でございます。その麺は小麦で作られた蕎麦のようなもので、オリーブ油とニンニクと唐辛子で味付けされておるものです」
「南蛮の食い物……」
「では、毒味をさせていただきます。……ズルッ……うん、美味い……」
「美味いのか?」
「上様……嘘は申し上げませぬ……お食べになればお分かりになります、さっ、冷めぬ内にお召し上がりください」
「では……ズッズズズ……うむ……これは美味い……民部、もそっと出さぬか?」
「ははっ、すぐにご用意致します……お代わりを!」
給仕長は厨房へ伝達するため側を離れた。そして数分後、新しい皿に大盛りのペペロンチーノが届けられた。どうやら私の分もあるらしい。
「そちが羨ましいぞ……斯様な美味いものを自由に食えるなど……」
「上様のお立場故の不自由、痛いほど理解できます……が、耐えてくださいませ……さすれば、また、斯様な機会を作り、上様にまた秘密のひとときをご用意致しましょう」
「……であるか……余は良き臣を持った……」
「さっ、冷めぬ内に……私もいただきます」
二人でペペロンチーノを囲む昼食である。とっても微妙だ……。
舌鼓を打っている間に列車は古河を過ぎ、小山に差し掛かっていた……。
将軍専用列車『タイクーンエクスプレス』<5>へ続きます。明日更新です。




