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明日も葵の風が吹く  作者: 有坂総一郎
タイクーンエクスプレス

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将軍専用列車『タイクーンエクスプレス』<3> 上野駅~大宮駅

明和9年1月9日 東北本線 上野駅~大宮駅


 史実の将軍家治公による日光社参は安永5年(1776年)のことであるが、この世界ではそれを遡ること4年の明和9年(1772年=安永元年)に行われる。


 日光社参とはそもそも将軍家光公の東照大権現への過剰な尊崇という私的事情と幕府の権威を知らしめるという国家事業的事情によって行われている。もっとも、史実において19回行われているが、うち16回までが秀忠、家光、家綱の三代で行われている。さらに言えば家光公だけで10回も行わており、幕府財政を傾けた原因のひとつでもある。


 鍛治屋橋駅を出発した『タイクーンエクスプレス』は呉服橋門の内側を通り、常盤橋門横の外堀を越え、万世橋駅を通過し、上野駅に入線した。


 家治公は展望デッキから流れる沿線の風景を眺めながら呟いた。


「これが、余の治める江戸の町か……。それとも、民部、そちが変化をもたらした結果の発展か?」


「江戸に住む民たちが作り上げた町でございます。そして、それを後押ししたのが上様であります。御老中や私はその手助けをしたのみ……」


 新橋~上野間は高架により一切の踏切を排除している。その為障害がなくスムーズに列車は走行している。


「あちらが上野寛永寺でございます。上野駅からは参道を整備し、駅からすぐに参拝できるようにしてあります。そして、こちらから見えるのが浅草寺とそこへ延びる参道でございます。先の初詣列車の運行時には江戸はもとより、北関東、相模などからも多くの参詣客が訪れました」


 右手左手に見える有名社寺の案内と同時に鉄道の効果を説明する。


「ここまであっという間であったのぅ……籠に乗って行くには遠かったが、城内を散歩するが如きよの……」


「この程度で驚いていただいては困ります……かつて家光公や先々代吉宗公の日光社参には往復9日も掛かっておりましたが、今や日帰りすら可能でございます」


 歴代の日光社参には経路の違いはあれど途中岩槻城、古河城、宇都宮城、壬生城などで宿泊するという日程だ。そして、史実の安永5年の日光社参では行列の先頭が日光に到着した時、最後尾は未だ江戸城内という意味の分からない状態だった。


「幕府の権威を知らしめるのは必要なことであるが、斯様な時代に大名行列など無意味であるの……」


「左様でございます……既に宇都宮藩、関宿藩、岩槻藩、忍藩、館林藩、高崎藩、川越藩などは鉄道による移動で参勤を行っております……これにより、参勤の無駄な出費を抑えられ国元の殖産興業に力を注いでおります。領内にも軽便鉄道を敷設し、領内の人的物的移動に役立てておるそうです」


「……民部よ、それでは参勤の本義である諸侯の力を削ぐという意味がないではないか?」


 家治公の指摘通り、参勤交代という一大出費キャンペーンが江戸時代を通じて大藩であろうと小藩であろうと枷となっている。しかし、関東の一部限定ではあるがその枷を外してしまっている。


「上様、仰る通りでございます。ですが、北関東諸侯は浮いた資金を領内の殖産興業に用いておるため、実質的に参勤と同じくらいの出費を致しております。そして、鉄道を利用することで、その乗車賃と貨物輸送費という出費をし、その利用料金の一部は幕府財政に流れております」


「ふむ……、民部の説明は……諸侯は参勤の無駄な出費がなければ国が富み、その富を得るために出費を招き、参勤時には間接的に幕府に献金するようなもの……だと……そういうことになるの?」


「左様でございます」


 ここ数年でやってきた壮大な幕政改革と鉄道事業と殖産興業のリンクというカラクリを説明していると鶯谷、日暮里を過ぎ、田端・尾久の機関区・客車区・操車場を眺めるに至る。


 史実通りにここも造ろうと思い整備しているため敷地面積の割には配置されている車両は多くない。いずれ仙台や水戸まで線路が繋がったときには賑わうだろと未来を見つめていた私である。


「ここが幕府直営鉄道の車両基地という奴か?」


「今は閑散としておりますが、仙台や水戸、会津などに線路が伸びましたら賑わいますでしょう……」


「そのためにこれほど広大な土地を用意しておるのか?」


「鉄道が国を作るのです。そのための大事な施設のひとつです」


 家治公が無駄であると感じているのかどう感じているのかは定かではない……。


「のぅ、民部……そちは何故、鉄道に入れ込む?何故、世の中を変えようとする?」


 思いもしなかった質問に絶句した。


 ゴゥゥゥゥ…………


 王子、赤羽を過ぎた列車は荒川鉄橋に差し掛かっていた。


「そうでございますねぇ……最初はただ自分の手で何もない地に鉄道を敷く、造るというのが楽しかったのですが……いつの間にか、鉄道によって幕府とこの日本を良い方向へ導こうと……そう思ったのでしょう……」


「左様か……」


 やはり家治公の表情と考えは窺えない……。


 そのまま家治公は黙りこくって展望デッキから展望車内へ入っていった。


「機嫌を損ねただろうか……」


 景色は変わり武蔵野の田園風景が広がる浦和近辺を列車は走行し、遠くに車両工場の煙突や扇形庫が見えてきた……大宮まで列車は進んでいる。

将軍専用列車『タイクーンエクスプレス』<4>へ続きます。明日更新です。

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