保険業への参入
明和8年12月8日 大江戸鉄道本社
現金輸送車への襲撃とそれの失敗による列車強盗事件を経て予定よりも一日遅れで本社へ帰還した私であるが、早速、次なる事業を始動させつつある。
件の事件は小田原藩領での発生したため、小田原藩に損害賠償を請求した。小田原藩は寝耳に水で何を言っているのかわからないという恐慌状態に陥った。
小田原藩への交渉では、藩領の治安維持の問題、列車運行妨害犯の所属、強盗被害の賠償の三点を強気で攻めていった。治安維持の件では徹底しての秩序回復を約束し、犯人の処罰を約束したが、賠償は頑として受け入れなかった。
対案に鉄道付属地の設定と治外法権を要求し、鉄道付属地における鉄道公安隊による捜査権、逮捕権などを認めること求めたが、これも拒絶した。
幕府へ裁定を委ねることをちらつかせると、謹慎中であるが幕臣、鉄道奉行という立場が役立ち、賠償請求を取り下げる代わりに鉄道付属地と治外法権を認めさせた。
これによって、鉄道公安隊の設立が確定した。だが、準備期間などもあるので来年4月以後の正式配備という方向で社内では方針が確定した。元々、社内でも早急に整備したいと思っていた懸案だっただけに、関係者は皆揃ってニヤリと悪い顔をしていた。
そして、会議は次の議案に至る。
「さて、次の議案だが、私からひとつ提案がある。先の列車強盗の一件で考えたのだが、鉄道会社が乗客の財産を保全することも大事であり、それが鉄道会社の信用に関わると思う」
一度区切って皆を見渡す。
皆揃って、また総裁が何か思いつていている……しかも悪い顔をしている……という表情で居るようだ。全く、手の内がバレちまってるのはつまらんなぁ。
「だが、鉄道会社が全額補償なんて出来るわけがない」
「総裁、あの演説は何だったんですか!カッコイイこと言って感動した私の思いを踏みにじるとか!」
「知らん、勝手に感動した君の気持ちなんぞ知るか!」
ノリツッコミみたいな形になったが、場が和んだようだ。
「そこでだ、旅行保険を創設しようと思う。乗客や顧客に一定の事故や事件に際して全額補償する代わりに一定額の保険料を支払ってもらうのだ」
「総裁、それでは客に負担を強いることに……」
「そうです、客の反発が……」
一斉に反対意見が出る……が……。
「いえ、その案は非常によろしいかと……支払う支払わないは乗客、顧客に任せればよいのです。しかし、保険料を払わない場合は補償はなしということであれば……手持ちのカネが多い乗客ならば自然と保険料を払うことになるかと……」
「そういうこと、全員から徴収する必要はない。保険料を支払って確実に自身の財産を補償して欲しい者だけが加入すれば良い、そして、その集まった保険料から何かあれば支払う。つまり、鉄道会社は何も起きなければ運賃収入以外にも副収入が出来て、しかも、事故事件での補償も運賃収入から持ち出さなくて済むわけだ」
なるほど……と会議室の面々が納得した感じで首肯いている。
「どうだろうか?そして、これを火災保険、地震保険、海上保険と別の分野にも広げていこうと思っている。さすれば江戸中から保険料が集まると思わないか?」
「なるほど、合点がいきました。それで総裁は悪人面していたんですね……ええ、わかりました。賛成しましょう……」
それはどうかと思うが、どうやら保険の話はうまく纏まりそうだ。
「では、先程の旅行保険、火災保険、地震保険、海上保険などを専門で扱う別会社を設立しては?そこで、旅行保険は駅の窓口で受け付けると……」
「うむ、それが良いかもしれないな。では、諸君が良ければその方向で進めてほしいが、どうだろう?」
「では、議決を取ります……総裁提案に賛同の方……」
満場一致で可決された。
「諸君、ありがとう。これで、また利益が生まれ、新しい線路を敷ける!」




