ギャルゲーの悪役に転生した結果
「ゼイド!どこにいってたの、もうっ」
「あー悪い、ちょっとゴルドから手紙がきてて…」
「あら、何だか久しぶりね。何て書いてあったの?」
「もう大陸出てるらしい。今頃は海の上だってさ」
「素敵じゃない!船の旅かあ…憧れるね」
両手を胸の前で握りしめ、妄想に酔いしれるシア。相変わらず背が低いため簡単に波に攫われそうで怖い。気付いたらいなくなってるとか、どんなホラーだよ。
「ちょっと、急にどうしたの?」
「いや、シアがいる喜びを噛み締めて」
「もう、これから透真様達と会談なのよ?時間が足りないの!」
あっさり腕を振り払われる。悲しいが、魔王との話し合いをすっぽかす訳にもいかないだろう。
二年前のあの日。魔王の娘メラフリノスが俺達を魔界に転移させ、安達彩が消えた日。
魔王レフコクリソスは、オレットとライム、二人によってトドメをさされ、絶命した。魔王がいなければ、魔物の抑制力はなくなる。この先は魔物の内乱が発生し、人間界への侵攻はしばらく止むだろう。メラがどうなろうと、俺達の知ったことではない。
だが魔王が死んだ直後、予想外のことが起きた。
爛々とした目を隠そうともせず、ベィビィが「トーマ、今ッス!」と叫び、もうどうにでもなれといった感じの透真君が、剣で魔王の額に生えている角を切り離したのだ。
それを、ベィビィはあっという間に確保して、飲み込んでしまった。
そして、進化してしまったのである。成獣、パリスに。
どう考えても正当な進化ではなく、ゲームではピンクのカッコいい狼だったパリスは、一本角を生やし、白と黒、ピンクが混ざった色の体毛の禍々しい狼、精霊というより魔物の方がしっくりくる外見になってしまった。それでも中身は変わってないらしく、「見たかニンゲンども!これがオイラの真の姿ッス!」と雄叫びを上げていた。
更にどうやら、パリスは膨大な魔力に加え、魔王が持っていた魔物を服従させる能力までも継承したらしく、魔王の座を奪い取ったのだった。
「オイラはトーマがいないとダメッス!とゆーわけで、トーマはオイラの主人、魔神ってことでよろしくッス!一生のお願いッス!」
パリスのお願いに負け、お人好しの透真君は名ばかりの魔神になり、魔物を統治することになった。
それを受けて、父の死を悼む暇もなくメラは、「何だよそれ!」と怒ったが、最終的には透真君と共に、魔王の補佐として魔物を支配し魔界を治めていくことにした。寿命が長いため、いつかは人間との共生も実現させてみせると、頑張っているらしい。
今後は透真君とメラ、二人で力を合わせて人間達と対話を重ねていく予定だ。ちなみにその先駆けになったのが、俺達の祖国、アッズーロ王国である。
スカイとメイ姫は、唯一の肉親を失ったメラを支えようと、魔界に残った。魔王の死を悲しんではいたが、オレット、ライムの気持ちも理解出来ると、二人とは無事和解したようだ。
魔界から帰る際、シアとメイ姫が別れを惜しんでいる横で、スカイは俺に短く声をかけてきた。
「また会おう、ゼイド」
「お前の髪型が変わった頃くらいにな」
「ふっ、まさか。私がメイ様の意に背く訳がないだろう」
そう言いながらも目を泳がせていたのを俺は見逃さなかった。スカイのオールバック生活はまだまだ続く。
カーナはヴェルメリオ帝国に帰り、騎士団に入った。自分を鍛え直して皇帝の役に立つことを目標に掲げ、国内で活躍していると聞いている。
一方ゴルドは、旅に出た。今の俺がカーナの隣にいても何の意味もないと言い、一人気楽に世界を放浪している。未だに俺を先輩と呼び、手紙を送ってくる。とはいえ、カーナとも文通はしているみたいだ。
スノゥは、本人たっての希望で、魔王との戦いで死亡したことにされた。こっそりブラン皇国の貧民街、自分の出身地に帰り、そこのボスの後継として好き放題やっているそうだ。
アーシュの方は再び、皇国の城の騎士として働いている。それも、オレットを連れて。
魔王を倒し、仇をとった後、オレットは透真君に告げた。
「透真。自分は透真のことが好きだった。でも、諦める」
何か答えようとした彼を制止し、オレットは目に涙をたたえて、笑った。
「透真と一緒にいたら、自分は駄目になる。幸せを感じて、現状に満足してしまう。それじゃ、駄目。自分には、夢があるから」
「オレットさん…応援するよ。きっと、叶えてね」
「うん…ありがとう」
そうしてオレットは恋を諦めた。続けて、迷いを見せるライムに、自身の騎士に向き直る。
「ライム」
「…僕は、オレットみたいになれない。まだ分からないんだよ。自分が、誰を好きなのか。オレットのことは、好きだ。でも、彩に対する気持ちが偽りだったって、断定していいのか、僕は」
「いいの。いいんだよ、ライム。ライムが誰を好きでも…自分の家族だってことに変わりはないから」
「オレット…僕も、それだけは確かに言える。オレットは僕の、ただ一人の家族だ」
「うん。だから、ライム…離れよう」
その言葉に、微笑んでいたライムの顔が凍り付いた。
「どうして…」
「自分の夢、覚えてる?」
「当然だ…忘れたことなんてない。僕も協力する!そもそも、それは僕達の夢だったじゃないか!」
「自分は、忘れてた」
言葉を失い、ライムは目を伏せて語るオレットをただただ見つめる。
「夢、思い出したけど、忘れてたんだよ。絶対に、なくしちゃいけなかったのに…だから、厳しい環境に行きたいの。優しくしてくれる人、寄りかかれる人が誰もいないところに。そうじゃなきゃ、自分は、変われない」
「…当てはあるの?」
「これから聞く」
そうして、ライムが見守る中、オレットはアーシュに話しかけた。
アーシュは彼女の提案を受けて、「ええ、構いませんよ。アーシュも丁度スノゥ様に代わる傀儡…おっと失礼。協力者が欲しかったものですから」と快諾した。
「あなたの夢って、何なの?」
「アーシュの夢ですか?そうですねぇ…オレットさんと似たようなものですよ」
親心を発動させ問い詰めたライムによれば、アーシュはオレットをうまいこと使役していずれは皇国を牛耳ろうと暗躍しているらしい。あの銀色怖い。
ライムは、安達彩に置いていかれ、オレットにも巣立たれ一人ぽつんとしていたため、いたたまれなくなったシアにスカウトを受け、現在は何とアッズーロ王国城の衛兵に就任している。今では社交性も築かれ普通に笑顔を見せるようになり、俺とは友達の間柄になっている。
そして、俺とシアはというと。
「ゼイド、ほら急いで!」
元クローマ学園の、転移の間に二人で駆ける。メラによって、魔界へと通ずる転移の魔法陣が作り出されたのだ。今は取り払われている、俺の右手にあった魔法陣の強化版である。この学園は大陸のほぼ真ん中に位置しているのと、各国の交通路も開かれているため都合がいいと、設置する場所に選ばれた。
我が国の守護精霊と召喚した勇者が、魔王を倒しただけでなく、それに成り代わって凶暴な魔物を制御するため魔界に残る役を買って出たのだと、名目上はそういうことになっている。故に魔王へ対抗するべく勇者候補が集い訓練していたこの学園も、お役御免になったのだ。生徒達、それとディーゴ先生を含めた教師陣は国に帰って平和に暮らしているらしい。
俺とシアは、現在は魔王(本当は魔神だが)となった勇者を召喚された際に出迎え、共に学園で高め合い、打倒前魔王にも貢献したとして、褒め称えられ、魔王との交渉役、橋渡し役に任命された。国王陛下、シアのお父上は娘の立派な姿に泣き、俺に「くれぐれもシアを頼むぞ。側で守るのだぞ。魔物に指一本でも触れさせたら、ゼイド、どうなるか分かっているだろうな」と脅しという名の励ましをくれた。これはもう親公認ってことでいいだろう。
「何だか、感慨深いね」
「どうしたんだよ、急に」
魔法陣を前にして呟かれたそれに、問いかける。
「だって、昔はこんなことになるなんて思っていなかったもの。ただぼんやり、ゼイドと一緒にいられたら楽しいなあって、思ってただけだったから」
何、可愛いことを言い出してるんだろうかこの人は。
シアはにっこりと微笑み、俺の手をとって引き寄せた。必然的に体が重なる。
「これからもよろしくね、お嫁さん」
「カッコつかねえなあ。騎士だったら良かったのに」
「ふふ、いいのよ。私は騎士じゃなくて、ゼイドがいいんだもの」
そういうことを言われると非常によろしくない。これから透真君とメラ、もしかしたらスカイとメイ姫にも会うというのに、真面目な表情が保てなくなる。
そして、この心持ちになると時折、滲んでくるものがある。
「…あ、また不安がってる」
「だってよぉ…」
こんなに温かいものを、俺がもらってもいいのだろうか。何も成していない俺が、彼女の隣にいて、想われていてもいいのか。その思いはきっと、一生、生きている限り、付いて回る。
「もう、しょうがないんだから」
一生懸命に腕を伸ばして、頭を撫でてくる。恥ずかしい。されるがままになっていると、不意にシアは動きを止め、俺の頬を両手で挟んだ。
慌てて手を掴んで止める。
「待った!急いでって言ったのはシアだろ!?」
「そうよ。だから手短に」
「あっ、そっかぁ…って、そういうことじゃねえんだよ!流石にそれは俺からしたい!」
「どうして?」
「だって男の子だもん」
「男の子っていう年でもないでしょ」
確かに、十八歳は十分に大人である。納得しかけて、しかしそれはどうでもいいと頭を振る。
無人の旧学園の中、不思議に揺らめく光を放つ魔法陣の前で、俺とシアの押し問答は続く。
「男の意地ってやつだよ、分かってくれ」
「お嫁さんが何言ってるのよ」
「そんなの差別だ、悪いことだぞ」
「男がしないと駄目っていう方が差別でしょ」
「いやそれはそれ、これはこれであって…」
「もうっ、屁理屈こねないの!」
問答無用だった。
止める間もなく頭を引っ張られ、小さな唇に口付ける。
ぐちゃぐちゃになっていた思考、心の奥から浮かび上がった懸念が全て吹っ飛ぶ。
「それじゃ、続きは会談が終わってからね!」
自分からしたくせに真っ赤になった顔を背けて、シアは俺を置いて魔法陣に飛び込み姿を消してしまった。
「マジかよ…」
無意識に呟いて触れた箇所を指でなぞる。
「…早く行こ」
魔法陣に足を踏み入れれば、視界は白に支配される。
ギャルゲーの悪役に転生した結果、俺は騎士でもなく勇者でもなく、姫のお嫁さんになりました。
カッコつかないけど、悪くはねえな、うん。
最後まで読んでいただきありがとうございました