終焉
――リリー!
アランの声がこだまする。我を忘れたように必死に叫ぶアランなど見たことがない
顔が見てみたい――そう思い目を開けると消毒の臭いが鼻をついた。視界に光が飛び込んでくると同時に五感がよみがえる。先ほどまでの戦いで負った傷が痛んだ
「痛っ……」
顔をしかめたリリーの元に慌てて人が駆け寄る音がする。目を向けるとそこにいたのは難しい顔をしたアランだった
「気がついたか」
「隊長……ここは?」
「SFD施設内の病院だ」
そっか、私あのまま倒れて――最後の映像を思い出していると少し怒ったようなアランの声がした
「お前なぁ!前日まで食事もとらないであんな無茶をするな。倒れて当たり前だ」
心配をかけるな、と悲しそうな顔をするので思わず「すみません」と謝っていた。ここまで感情を表にだすアランは珍しい。得をした気分になり少し顔がにやける。だが、すぐに倒れる直前までの出来事を思い出し気持ちを引き締めた
「アレクシはどうなりました?」
「本部に連れて帰った。回復したら取調べにかける」
「他のストレンジャーたちは?」
「アレクシから直々に降伏命令を出させた。君のお兄さんが立会いの下でな」
「お兄様が?」
敵の元で働いていた兄が立ち会う理由がわからず、リリーは首を傾げた。アランはリリーの疑問を引き取って話を続ける
「ああ。君のお兄さんは向こうの言語が分かるんで通訳にした。アレクシが妙な真似をしないようにな」
「じゃあ、お兄様は無事なんですね」
「加減をしたからな。2、3日安静にしていれば全快するだろう」
リリーは安堵の息をついた。最後に見た兄は満身創痍に見えたので気になっていたのだ。ひとまず無事ならそれでいい
リリーが落ち着いたことに安心したのか、アランは再びいつもの感情が読み取れない無表情に戻っていた
しばしの沈黙ののち、リリーが口を開いた
「お父様とお兄様はどうなるんでしょうか」
深刻な質問を受けてアランは言葉に詰まった。どう答えるのがリリーにとって最善か
少しの間考えをめぐらせてから、アランは説明を始めた
「……罰は受けるだろう。でも、向こうに脅されたという点では情状酌量の余地がある。お兄さんはアレクシを倒すのに協力したから、俺たちが証言すれば少しは刑も軽くなるだろう」
アランの回答を聞いてリリーは不安気だった表情を一層曇らせた。俯いたまま静かに呟く
「……そんな慰めるような言い方をしなくてもいいですよ。どんなに事情を考慮したところで、これまでの戦いの犠牲者の数を考えれば重い刑になることは確実です。社会的な打撃も大きいですし、刑期があけても社会復帰は難しいでしょう。情状酌量なんて極刑にならないかもしれない、というだけのことです」
アランは沈黙のまま俯いた。今のリリーは希望的観測など求めていない
リリーは窓の外、どこか遠くを見つめて呟く
「私のしたことは正しかったのでしょうか」
顔をあげてリリーを見るが外を向いていてその表情は見えない
「お父様もお兄様も私たち家族を守ろうとしてくれました。それなのに、私はお父様たちを刑務所に送り込み、二度と社会に戻れなくしてしまった」
「それは違う。君のお父さんもお兄さんも君のおかげでアレクシから解放された。確かに社会の風当たりは強いだろう。だけど、あのままアレクシの支配下にいて地球侵略の片棒をかつがされるよりもいいはずだ」
「それはこちら側の言い分です!お父様とお兄様がどんな思いで過ごしてきたかと思うと私は……」
「そんなことはない」
取り乱すリリーにアランの言葉は響いていない
「そんなことあります!私はやっぱりアレクシを倒すべきではありませんでした!もうお父様にもお兄様にも会えません……」
リリーは両手で顔を覆うと肩を震わせ始めた。必死に声をこらえながら泣いている
身も心もボロボロになったその姿にアランは顔を歪めた
「私はどうしたらいいんでしょう。一人で平気な顔してSFDとして働くなんてもうできません
お願いです!私も刑務所に入れてください!一人で生きていくなんてできません!」
振り向いてすがろうとしたリリーの手を掴んで、アランはそのままリリーを抱きしめた
「一人じゃない。俺がいる」
「隊……長……?」
呆然とするリリーを優しく、それでいて強く腕の中に閉じ込める。辛く当たる外界から守るようにしっかりと包み込む
「10歳も離れたおじさんじゃ嫌かもしれないけど、いないよりはマシだろ?俺が君を支えるから、頼むからそんなこと言わないでくれ」
「それは、どういう……」
呆けた顔で聞くリリーにアランは体を放して真面目な顔で向き合った
「リリーが好きだ。こんな時に言うことじゃないっていうのはわかってる。でも、君が一人じゃ生きていけないというなら側にいたい。君のお父さんやお兄さんが戻ってくるまででも支えたいんだ」
リリーはアランの瞳を見つめた。その真意を探るように。アランも自分の思いが伝わるようにリリーを見つめ返す
やがてリリーがゆっくりと口を開いた
「……お父様たちが戻ってくるまでなんですか?」
「……君がそう望むなら、それでも構わない」
「何ですか!それ!」
そう叫ぶとリリーはアランに抱きついた。不意打ちに戸惑いながらアランもしっかりと受け止める
「どうしてそう弱気なんですか!俺がずっと側にいてやる、ぐらい言ったらどうなんですか!」
「それはやっぱり、君の気持ちもあるし……」
「私の気持ちなんてずーっと言ってたじゃないですか!」
顔を上げた先には、今まで見たことがないほど困惑した表情のアランがいた
「初めて助けられた時から、私は隊長が好きです」
「……こんなおじさんでもいいのか?」
「年なんて関係ありません。隊長が好きなんです。それを言ったら隊長こそこんな小娘でいいんですか?」
拗ねたリリーの顔が可愛くてアランは思わず笑った
「いや、リリーじゃないとダメなんだ」
初めて会った時から守りたいと思っていた。捕えなくてはならないとわかっていても庇わずにはいられなかった少女
――結婚したら家族を守るために頑張れるんだって。家族を守るためなら自分を犠牲にしても構わないって思える
そう、彼女のためなら自分を犠牲にしてもかまわない
アランは優しくリリーの頭を抱えるとゆっくりと唇を重ねた
これにて「3番隊のリリー」は完結です。
長期にわたりお付き合いいただきまして、誠にありがとうございました。