第20話 崩れた距離
翌日の夜。
圭太は自分の部屋のベッドに寝転がっていた。
天井をぼんやり見つめる。
昨日の帰り道。
美月の言葉が、何度も頭の中で繰り返される。
「少し距離置いた方がいいと思う」
圭太は小さく息を吐いた。
「距離って、なんだよ」
体を起こしてスマホを手に取る。
画面を開く。
ボイスメモの一覧。
いくつも並ぶ日付の中に、ひとつだけ違うものがある。
0512
圭太は画面を見つめる。
その数字だけが、なぜかそこに残っている。
事故の前の日。
昨日、再生しようとした。
でも、美月が止めた。
圭太はつぶやく。
「……嫌な思い出、か」
指が再生ボタンの上で止まる。
胸の奥がざわつく。
理由は分からない。
でも。
今これを聞いたら。
何かが変わる気がした。
圭太はスマホを伏せた。
「……やめとくか」
そのときだった。
スマホが震えた。
着信。
翔太
圭太は通話ボタンを押す。
「もしもし」
翔太の声は、いつもと違っていた。
「圭太、今どこ?」
「家だけど」
「すぐ出れるか?」
圭太は眉をひそめる。
「どうした」
翔太は少し息を切らしていた。
そして言った。
「美月が倒れた」
時間が止まった。
圭太は立ち上がる。
「……は?」
「駅前」
翔太の声が続く。
「急にしゃがみこんで、そのまま」
圭太の胸が強く鳴る。
「今どこ」
「中央病院」
圭太はもう靴を履いていた。
「行く」
電話を切る。
部屋を飛び出す。
夜の階段を駆け下りる。
胸の鼓動が速い。
(なんで)
(昨日まで普通だったのに)
駅前の道を走る。
息が切れる。
でも止まらない。
病院の自動ドアをくぐる。
受付の光がまぶしい。
ロビーの端に翔太がいた。
圭太は息を切らして聞く。
「美月は」
翔太は奥を指した。
「処置室」
圭太は歩き出す。
でも翔太が言った。
「圭太」
圭太は振り向く。
翔太の顔は真剣だった。
「お前」
少し間を置く。
「本当に知らないんだな」
圭太の胸がざわつく。
「何を」
翔太は言葉を選ぶ。
そしてゆっくり言った。
「美月の病気」
圭太は固まった。
「……病気?」
翔太はうなずく。
「結構前からだよ」
圭太の頭が真っ白になる。
「何それ」
翔太は目を伏せた。
「お前に言ってなかったのか」
そのとき。
処置室のドアが開いた。
看護師が出てくる。
「ご家族の方」
圭太は反射的に言った。
「俺です」
看護師は少し戸惑った。
「あなたは……?」
圭太は答える。
「恋人です」
その言葉のあと。
看護師は一瞬黙った。
それから静かに言った。
「少しお待ちください」
看護師は奥へ戻る。
廊下に沈黙が落ちる。
圭太の胸が強く鳴る。
翔太が小さくつぶやいた。
「……知らなかったんだな」
圭太は聞く。
「翔太」
声が少し震えていた。
「美月」
ゆっくり言う。
「どこが悪いんだ」
翔太はすぐには答えなかった。
そして、静かに言った。
「……圭太」
目を合わせる。
「結構、重い」
その言葉が。
胸の奥に沈んだ。
圭太は処置室のドアを見つめる。
その向こうに。
美月がいる。
昨日まで。
普通に笑っていた。
「ばか」
「そんな簡単に言わないで」
あの声が頭に浮かぶ。
圭太は拳を握った。
そのとき。
ポケットのスマホが震えた。
取り出す。
画面が光る。
ボイスメモ。
0512
圭太はそれを見つめる。
なぜか。
胸が強くざわついた。
まるで。
この数字が。
すべてを知っているみたいに。




