第20話 もう私は、隠れない
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今回は決戦後のお話です。
果たしてフィオナの日常に平穏は戻るのでしょうか?
魔王復活の儀式が執り行われていた古代の遺跡から王都へ戻るフィオナたち。
すっかり瘴気が浄化された谷で、魔族の群れと死闘を繰り広げていたエリアス騎士団副団長たちと合流した時、疲労しながらも充実感に満ちた表情が互いの顔に浮かんでいた。
「無事だったか……聖女様……いや、フィオナ」
エリアスは左腕に包帯を巻き、額に傷を負いながらも、フィオナたちの顔を見るなり安堵の笑顔を浮かべた。規則に厳格だった彼女が、自然にフィオナの名前を呼んだことに、彼女への敬意と親しみが感じられる。
「エリアス副団長……よかった、皆さんご無事で」
フィオナは騎士団の面々が無事なのを確認すると、ホッとした表情で言った。瘴気の浄化により、重篤だった負傷者たちの容態も安定している。
「任務完了です」
レオンがエリアスに正式に報告した。
「首謀者ヴェリオは浄化され、瘴気の発生源は完全に消失しました。王都への脅威は去りました」
「万歳! 聖女様万歳!」
騎士団員たちが歓声を上げた。苦しかった戦いがようやく終わったのだ。
一行は王都への帰路についた。王都を覆っていた瘴気も完全に浄化されており、開かれた西門がフィオナたちを歓迎するかのように輝いて見えた。
王都の大通りに足を踏み入れた瞬間、フィオナたちは圧倒的な歓迎に迎えられた。
「聖女様のおかげで救われた!」
「瘴気が消えて、病人も回復してきたぞ!」
「英雄の帰還だ!」
市民たちが英雄を迎えるような熱狂的な歓迎ぶりで、花吹雪が舞い、万歳の声で大通りが賑わっていた。建物の窓からも人々が身を乗り出し、手を振っている。
「こんなの慣れないよ……」
フィオナが隣を歩くリリィに小声で言った。頬を赤らめながら、戸惑いと照れの表情を浮かべている。
「当然よ」
リリィが友達の素晴らしい活躍を誇らしげに笑った。
「あなたは本物の英雄なんだから。みんなあなたに救われたのよ」
英雄扱いされる不慣れさに戸惑いながらも、フィオナは人々の純粋な喜びと感謝に心を動かされ、素直な喜びを感じていた。
◇
王宮に到着すると、負傷した騎士たちの治療と疲労回復が行われた。
王宮の療養室は治療を行う場所としては豪華で、やや異質な感じもあったものの、騎士たちに安らぎを与えてくれた。白い大理石の壁に、金糸で刺繍されたタペストリーが掛けられ、高価な絨毯が敷かれている。
フィオナも疲労が蓄積していたが、王宮の医師たちに混ざって回復魔法でレオンの傷を癒していた。
「聖女様の力は素晴らしい……」
医師たちが聖女の力に驚嘆していた。
「瞬く間に傷が回復していく。まさに奇跡です」
「これくらいなら……」
フィオナが謙遜しながら答えた。
「でも、もうすぐ王宮と神殿の人が来るでしょうね」
彼女は休む間もなく、呼び出しが来ることを予感していた。今度こそ、自分の立場について決着をつけなければならない時が来た。
「もう君は一人じゃない。俺たちがいる」
レオンが優しく言った。
「ええ……」
フィオナがそう言うと、初めて見せる解放感に満ちた微笑みを浮かべた。
「もう隠れる必要はないから」
二人の間に束の間の安堵感が漂った。
◇
王宮の謁見室で、フィオナの今後についての重要な話し合いが持たれようとしていた。
王宮の混乱がすっかり収まった謁見室は、一転して厳かな政治的雰囲気となっていた。重厚な木製のテーブルを囲んで、神殿高官、王宮顧問、そしてロラン第二王子が座っている。
「聖女様には、神殿での修行と儀式執行をお願いしたい」
神殿高官がフィオナに対して、表向きは丁寧だが内実は強引な提案を告げた。
「王国としては、王宮に居住され、国家の安寧のために力をお貸しいただきたく」
それに対して、王宮顧問も同様の申し出をした。どちらも敬語を使ってはいるが、実質的には選択の余地を与えない要求だった。
「彼女の意思を尊重すべきだと思うが……」
ロラン第二王子が、進歩的な考えを述べた。
「……私自身の考えを、話してもいいですか?」
フィオナが静かに、しかし揺るがない態度で口を開いた。その凛とした立ち姿と表情に、室内の全員が注目した。
側に騎士として控えるレオンも、控えめながらも存在感ある態度でフィオナを支えている。
「私は聖女です。それは事実です」
フィオナが毅然とした表情で言った。
「でも、それだけではありません。私は一人の人間でもあります」
神殿と王宮の関係者が驚きの表情を見せた。彼女の予想外の自己主張の強さに、戸惑いを隠せない。
「神殿にも王宮にも住みません」
フィオナは断言した。
「学校で学び、人々の中で生きます。普通の生活を送りながら、必要な時に力を使います」
室内がざわめいた。前例のない宣言に、誰もが言葉を失っている。
「力は人々のためにあります。必要な時には使いましょう」
フィオナの声に確固たる決意が込められていた。
「でも……私自身は私のものです。もう、隠れません」
聖女でありながら一人の少女としての決意を示したフィオナの言葉に、レオンが密かな微笑みと誇りを浮かべた。
「彼女の言葉には理がある」
ロラン王子が発言した。
「新しい時代の聖女のあり方だ。私は『自由な聖女』という制度を提案したい」
彼の政治家としての賢明な判断が、この場の流れを変えようとしている。
「神殿や王宮の束縛なく、彼女自身の意思で人々を救う存在として」
「しかし! 伝統が……」
神殿高官が不満げな表情で抵抗した。
「聖女は常に神殿の管理下にあるものです」
「彼女がいなければ、今の私たちはない」
エリアスが騎士としての誠実さで考えを述べた。
「彼女の意志は尊重されるべきだと、私は考えます」
規則を重んじてきた彼の変化に、室内の空気が少しずつ変わっていく。新しい関係性の形成と確立が、この瞬間に始まっていた。
◇
数日後、フィオナと学生騎士たちが王立騎士学校へ帰還した。
校門には教師と多くの学生たちが誇らしげな表情で出迎えていた。熱狂的な学生たちの歓迎の声が響き、校庭は祭りのような賑わいを見せている。
「ようこそ戻られました、リース……いや、聖女様」
校長が仰々しく丁寧な出迎えの言葉を述べた。
「フィオナでいいです」
フィオナが校長の仰々しさに照れながら答えた。
「私はまだ学生ですから。これからもよろしくお願いします」
「おかえり! みんな待ってたよ!」
クラスメートのマークが大きな声で出迎えた。
「ただいま……」
フィオナは涙ぐんで、母校に戻れたことを心から喜んだ。通常の学校生活へ戻ることの安堵感と、友達との再会の喜びが胸を満たしている。
◇
王立騎士学校の図書室で、フィオナはマルレイン教官に話しかけられた。
書架に囲まれた静かな学術的空間で、二人は向き合って座っている。夕日が窓から差し込み、本の背表紙を温かく照らしていた。
「あなたは歴史を変えました」
マルレインが学者かつ理解者としての温かさを込めて話した。
「聖女が自分の意志で生きる道を切り開いたのです」
「前世のセリアも……」
フィオナが過去と現在をつなぐ洞察を込めて答えた。
「本当はそう願っていたと思います。でも、あの時代には選択肢がなかった」
「自由な聖女……」
マルレインが向学心から言った。
「聖女史の研究者としても、極めて興味深いテーマです。新しい歴史の始まりを目の当たりにしています」
「どうか、私の物語も……」
フィオナが笑いながら言った。
「正しく残してください。後の世代のために」
◇
その夜、王立騎士学校の裏庭で、フィオナは月明かりの下に一人でいた。
すると、彼女の周辺に漂っていた光が集まり、光の精霊セラスの「光の形」が徐々に明確になっていく。静かな対話の時間が始まった。
「あなたはもう立派な聖女となりました」
セラスが前世と現世をつなぐ役割を終えたことを伝えてきた。
「私の導きは、もう必要ありませんね」
「セラス……」
フィオナが感謝と自立の表情を浮かべた。
「ずっと私を見守ってくれて、ありがとう」
「これからはフィオナとして、自分の道を歩んでください……」
セラスの輪郭が薄くなるとともに、声も徐々に小さくなっていった。
「さようなら……そして、ありがとう」
フィオナの周りを漂っていた光が、優しく消えていった。前世の記憶や導きへの区切りと、これからの人生への展望が、彼女の心に静かに広がっている。
◇
満天の星空の下、王立騎士学校近くの星が見える丘に、フィオナとレオンがいた。
夜風が穏やかに吹き、二人を包んでいる。静かな語らいの時間が、聖女と騎士を超えた二人の関係を象徴していた。
「終わったら伝えると言ったこと……覚えてる?」
レオンが真摯な態度で尋ねた。
「……覚えています」
フィオナが頬を赤らめて答えた。
「俺は……君の騎士でありたい」
レオンが続けた。
「そして、もし許してくれるなら……君と共に歩む未来を」
「私も……」
二人は互いに見つめ合った。もう聖女と騎士という立場を超えて、一人の男性と女性として心を通わせている。
「これからは、一緒に歩んでいこう」
レオンが手を差し出した。
「はい」
フィオナがその手を取った。
星空の下で交わされた約束は、新しい時代の始まりを告げていた。フィオナはもう隠れない。自分らしく生き、愛する人と共に歩む道を選んだのだ。
自由な聖女として、人々の中で生きながら、必要な時には力を使う。それが彼女の選んだ、新しい聖女のあり方だった。
お付き合いありがとうございました。
新しい聖女像が生まれ、フィオナの物語も無事ハッピーエンドを迎えました。
最終話は後日談的なエピローグになります。
次回もお楽しみに!




