エピローグ 騎士と聖女のちょっと不器用な恋は、これから
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今回は魔族との最終決戦から三年後のお話です。
春の柔らかな日差しが王立騎士学校の女子寮の窓から差し込み、室内を温かな光で包んでいた。三年間住み慣れた寮の部屋で、フィオナは最後の荷造りをしていた。
机の上には思い出の品々が並んでいる。入学当初に読んでいた魔法理論の教科書、リリィからもらった小さな花の押し花、マークが作ってくれた手紙、そして何より大切な、レオンからもらった小さな騎士の紋章。
「信じられない、もう卒業なんだね」
同じように荷物をまとめていたリリィが、感慨深げに呟いた。赤いショートヘアは三年前と変わらず元気そうに跳ねているが、その表情には確実に大人びた落ち着きが加わっていた。
「三年前、この学校に来た時は......こんな日が来るなんて想像もできなかった」
フィオナは銀髪を耳にかけながら、しみじみと答えた。あの頃の自分は、ただひたすら目立たないよう、隠れて生きることしか考えていなかった。聖女という正体がバレることを恐れ、友達を作ることさえ躊躇していた。
「隠れモブ作戦、大失敗だったわね」
リリィがくすくすと笑った。
「でも、おかげで素敵な友達ができたから......失敗で良かったかも」
フィオナも微笑んだ。確かに「目立たない」という当初の目標は見事に失敗に終わったが、その代わりに得たものは計り知れないほど大きかった。真の友情、信頼できる仲間、そして愛する人。
「あなたが聖女だって知った時は驚いたけど」
リリィが荷物を詰めながら続けた。
「でも、それでフィオナがフィオナじゃなくなるわけじゃないって、すぐにわかったわ。むしろ、あなたがどうしてそんなに優しいのか、納得できた」
「リリィ......」
フィオナの目に涙が滲んだ。友人の変わらぬ愛情に、胸が熱くなる。
「泣かないで」
リリィが明るく言った。
「私はあなたの補佐官として、『聖女の友』の役目を続けるんだから。どこへでもついていくわよ」
二人は顔を見合わせて笑った。窓の外では、新緑の若葉が風に揺れている。
◇
寮を出て中庭に向かう途中、フィオナは学校の変化を改めて実感した。三年前にはなかった「聖女研究科」の看板が新しい校舎に掲げられ、後輩たちが興味深そうに聖女史の授業を受けている様子が窓から見えた。
「フィオナ先輩、卒業おめでとうございます!」
一年生の女子生徒たちが駆け寄ってきた。彼女たちの目には純粋な尊敬の念が宿っている。
「ありがとう。あなたたちも頑張ってね」
フィオナは優しく微笑んで答えた。以前なら注目されることを恐れていた彼女だが、今では自然に人々と接することができるようになっていた。
「立派になったな、リース」
訓練場の方から、エリク教官の声が聞こえた。銀髪の隻眼の教官は、相変わらず厳しい表情だったが、その目には満足げな色が浮かんでいる。
「君の勇気が学校を、王国を変えた」
「いえ......みんながいたからこそです」
フィオナは頭を下げた。エリク教官は最初から彼女の正体に気づいていた人の一人だった。厳しくも温かい指導で、彼女を支えてくれた恩人でもある。
「これからも自分の道を歩め。誰に何を言われようとも、君は君らしく生きるんだ」
教官の言葉に、フィオナは深く頷いた。
◇
王立騎士学校の大講堂は、卒業式のために特別な装飾が施されていた。天井から吊るされた王国の旗と学校の紋章が、厳かな雰囲気を演出している。
壇上には校長をはじめとする教官たち、そして来賓として第二王子ロラン・エルグレアと神殿の代表者が座っていた。三年前なら神殿の人々の存在に身を硬くしていただろうが、今のフィオナは堂々としていた。
「今年の卒業生は、歴史に名を残す学年となるでしょう」
校長が壇上から語りかけた。
「特に、『自由な聖女』という新たな道を切り開いたフィオナ・リース殿」
フィオナの名前が呼ばれると、講堂内がざわめいた。彼女は照れながらも堂々と立ち上がり、軽く頭を下げた。もう隠れる必要はない。自分らしく生きる道を選んだのだから。
「よくやった」
ロラン王子が小さく頷いた。彼もまた、フィオナの新しい生き方を支持してくれた重要な人物の一人だった。
卒業証書を受け取る時、校長はフィオナに小声で言った。
「君の選んだ道は、これからの聖女たちの希望となるだろう。誇りを持って歩んでほしい」
「はい......ありがとうございます」
フィオナは卒業証書を胸に抱き、深い感謝の気持ちを込めて答えた。
◇
卒業式後のパーティー会場は、学生たちの賑やかな笑い声に満ちていた。それぞれが新しい道への旅立ちを語り合い、別れを惜しんでいる。
「俺は地元に戻って、防衛隊に入るんだ」
マークが照れくさそうに言った。相変わらず人懐っこい笑顔だが、三年間で確実に頼もしく成長している。
「私は王立魔法研究所へ。聖女の力の研究をしたいの」
ミレイナが知的な眼鏡を光らせながら語った。彼女も最初はフィオナに対して疑念を抱いていたが、今では良き友人となっている。
「私はフィオナの補佐官として、『聖女の友』の役目よ!」
リリィが元気よく手を上げた。彼女の明るさは三年間で一度も変わることがなかった。
それぞれの道は違っていても、築いた友情は永遠に続くだろう。フィオナはそう確信していた。
◇
パーティーが佳境に達した頃、フィオナはそっと会場を抜け出した。向かったのは学校裏手の丘。星空がよく見える、思い出の場所だった。
すでにそこには、一人の青年が立っていた。黒い騎士団の制服に身を包んだレオン・アーヴィスが、星空を見上げている。
「おめでとう、卒業」
レオンが振り返ると、いつもの凛々しい表情に温かな笑みが混じっていた。
「ありがとう。あなたは......騎士団での任務は?」
「少し抜け出してきた。大切な人の卒業を祝うために」
レオンの言葉に、フィオナの頬が赤らんだ。
「......大切な人?」
「ああ」
レオンが一歩近づいた。その灰色の瞳には、揺るがぬ決意が宿っている。
「フィオナ、俺は『聖女護衛騎士隊』の隊長に任命された」
「それは......つまり?」
「君のそばにいる。それが俺の任務であり、望みでもある」
フィオナの心臓が早鐘を打った。レオンの言葉の意味を理解しつつも、確信が持てずにいた。
「私は王都だけでなく、地方も巡るつもり。瘴気の影響が残る村々を......」
「どこへでもついていく」
レオンがきっぱりと言った。
「君を守ることが俺の使命だから」
二人は肩を並べて座った。星空の下で、これからの未来について語り合う。その距離は、三年前とは比べ物にならないほど近くなっていた。
しばらくの沈黙の後、レオンが意を決したように口を開いた。
「フィオナ......俺は......」
普段は冷静なレオンが、珍しく言葉に詰まっている。その姿がとても愛おしく思えて、フィオナは小さく微笑んだ。
「君の騎士でいたい。そして......ずっと傍にいたい」
レオンの声は震えていた。
「俺は......君を......」
言葉が続かない。フィオナは彼の不器用さが愛しくて仕方なかった。
「それは......プロポーズ?」
フィオナが小さく微笑んで尋ねると、レオンの顔が真っ赤になった。
「その......つまり......」
まだもじもじしているレオンを見て、フィオナは決心した。待っていても埒が明かない。
「レオン......」
フィオナが彼に近づいた。
「不器用なんだから......」
そっと彼の頬に手を添え、フィオナはレオンの唇に優しくキスをした。
「......順番が違わないか?」
レオンが少し困ったような笑みを浮かべた。
「あなたの言葉を待っていたら、朝になりそうだったから」
フィオナが小さく笑うと、レオンも微笑んだ。
「愛している、フィオナ。俺はお前の騎士で、ずっと恋人だ」
ようやく素直に気持ちを伝えることができたレオンの言葉に、フィオナの心が温かくなった。
「私も愛してる。聖女でも転生者でもなく、フィオナ・リースとして」
夜空に流れ星が通り過ぎた。まるで二人の愛を祝福するかのように。
◇
翌朝、王都の出発地点には多くの見送りの人々が集まっていた。朝日に照らされた王都の美しい風景が、新たな旅立ちにふさわしい壮麗さを醸し出している。
旅の装いに身を包んだフィオナとレオン、そして聖女護衛騎士隊とサポート役のリリィが出発の準備を整えていた。
「西の村々から回り、半年かけて一周する予定だ」
レオンが地図を確認しながら説明した。
「この旅で、もっと多くの人と出会い、力になれたら」
フィオナが希望に満ちた表情で語った。
「もう隠れることなく、私は私のままで......」
そう言いながら、フィオナはレオンの手を取った。彼もまた、しっかりとその手を握り返した。
「取り込み中申し訳ないが、聖女様、出発準備はOKかい?」
カイル副隊長がニヒルな笑顔で尋ねてきた。
「聖女巡業、いざ出発!」
リリィが元気よく声を上げた。
王都から離れていく道で、フィオナは振り返った。遠ざかる王都と、その向こうに広がる地平線。過去と未来が一つの風景の中に収まっている。
「私の物語は、まだ始まったばかり」
馬車に揺られるながら、フィオナが呟くと、レオンが頷いた。
「どんな未来も、共に歩こう」
「騎士と聖女のちょっと不器用な恋は、これからだね」
リリィが二人を見て微笑んだ。
夕陽に照らされ、一行が新たな冒険へと歩み出す背中は、希望に満ちて輝いていた。フィオナはもう隠れない。聖女として、一人の女性として、愛する人と共に自分らしく生きる道を選んだのだから。
自由な聖女の新たな伝説が、今、始まろうとしていた。
力を隠して生き延びたい元・聖女の物語は今回でおしまいです。
最後までご覧頂きどうもありがとうございました。
また次回作でお目にかかるのを楽しみにしております。




