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第14話 私の力なんて、なければよかった

ご覧いただきありがとうございます。

前回、絶体絶命のピンチに陥ったフィオナたち。

今回はその続きのお話です。

 王都の狭い路地で、フィオナたちは四方を魔物の群れに囲まれた絶望的な状況に陥っていた。石造りの壁に挟まれた閉塞的な空間で、黒い霧から次々と現れる異形の魔物たちが、学生騎士たちを包囲していた。


「隊形を維持しろ! カイル、背中は任せた!」


 レオンは諦めずに奮闘していた。彼の剣は魔物の爪を弾き、的確な指示を仲間に飛ばしていた。汗が頬を伝い、制服の袖は既に血で汚れていたが、その瞳には決して諦めない光が宿っていた。


「この程度、余裕だぜ!」


 カイルも強がりながらも善戦していた。彼の華麗な剣技は魔物たちを翻弄し、仲間たちの士気を保つように明るい声を上げ続けていた。しかし、その息は既に荒く、金色の瞳には疲労の色が見え始めていた。


「もう長くは持たない……援軍はまだか?」


 学生騎士の一人が血の滲む手で剣を握りしめながら言った。レオンとカイルの連携による奮闘で何とか持ちこたえているものの、徐々に学生部隊の面々の表情に疲労の色が濃くなってきた。魔物たちは倒しても倒しても再生し、数は減るどころか増え続けているようだった。


 フィオナは仲間たちの様子を見て、胸が締め付けられる思いがした。


(私が力を使えば……でも、そうしたら……)


 フィオナが聖女の力を使いたいという気持ちと自制する気持ちに葛藤していた。手のひらには微かに光が宿り始めていたが、彼女はそれを握りしめて隠していた。一度力を使えば、もう二度と普通の生活には戻れない。神殿に囚われ、道具として扱われる運命が待っている。


 その時、魔物の一体が素早い動きで学生騎士の一人の背後に回り込んだ。


「うっ……!」


 一瞬の隙を突いて魔物の鋭い爪が学生騎士の背中を襲った。鮮血が石畳に飛び散り、学生騎士が崩れ落ちる。彼の顔は苦痛に歪み、制服は深紅に染まっていた。


「ケンジ! しっかりしろ!」


 カイルが叫んだ。彼は魔物を蹴り飛ばしながら、倒れた仲間のもとに駆け寄った。


 他の学生騎士たちに動揺が広がる。それまで保っていた陣形が乱れ始め、恐怖の表情が次々と浮かんだ。


「陣形を維持しろ! 動揺するな!」


 レオンが気丈に振る舞う。しかし、彼の声にも焦りの色が混じり始めていた。


「私が……私が早く決断していれば……」


 助けられなかったというショックで顔が青ざめたフィオナが呟く。彼女の手は小刻みに震え、青い瞳には深い自責の念が宿っていた。彼女の力があれば、ケンジを癒すことも、魔物を浄化することもできるはずだった。


 魔物たちの包囲網が狭まる中、レオンは冷静に周囲を見渡していた。そして、立ち並ぶ建物の隙間に僅かな光筋を見つけた。


「あそこだ! 隊形を維持したまま前進!」


 レオンが冷静な判断で脱出ルートを発見した。路地から広場方向に突破口を見つけて脱出を試みる学生騎士たち。しかし、負傷者を抱えての移動は困難を極めた。


「俺が最後尾を守る! 負傷した者を連れて先に行け!」


 カイルが殿(しんがり)を志願し、脱出のための時間稼ぎを図った。彼は振り返ると、仲間たちに向かって力強く頷いた。


「すみません……足手まといで……」


 負傷して両脇を支えられたケンジが申し訳なさそうに言った。彼の声は弱々しく、額には冷や汗が浮かんでいた。


「みんな、必ず一緒に帰りましょう!」


 恐怖に満ちた表情ながらもフィオナが叫ぶ。彼女の声には決意が込められていたが、同時に自分の無力さへの苛立ちも混じっていた。


 しかし、脱出を試みる一行の前に、新たな魔物の群れが現れた。黒い霧が渦を巻き、その中から赤い目をした影のような生き物たちが次々と姿を現した。まるで彼らの動きを読んでいたかのように、魔物たちは巧妙に逃げ道を塞いでいた。


 あと少しで広場への出口となる辺りで、カイルが仲間たちに向かって叫んだ。


「ここは俺に任せろ。レオン、彼女たちを頼む」


 カイルはそう叫ぶと一人囮となって魔物の大群に向かって駆けだした。彼の栗色の髪が風になびき、その瞳には覚悟が宿っていた。


「バカな! 一人では無理だ……」


 レオンはそう叫んだが、それしか方法がないことを悟り、葛藤する表情を見せた。仲間を見捨てることはできないが、全員が死んでは意味がない。指揮官としての冷静な判断と、友への想いが激しく衝突していた。


 カイルは微笑みながら、フィオナを見つめた。その笑顔には悲しみと安らぎが混じり合っていた。


「恩返しさ。かつて聖女に救われた命だから……」


 その言葉に、フィオナの目は見開かれた。カイルは彼女の正体を知っていた。そして、自分の命を彼女のために捧げようとしている。


「カイル先輩! やめて!」


 フィオナが叫んだが、無情にも魔物の群れの中にカイルの姿が消えていった。彼の剣が最後まで光り続け、仲間たちのために道を切り開こうとしていた。


「カイルの勇気を無駄にするな!」


 レオンはそう叫ぶと振り返ることなく、脱出ルートに向かって学生騎士団を先導して駆けだした。しかし、彼の握る剣の柄は血で滑り、歯を食いしばる音が聞こえていた。


 カイルを止められなかった無力感がフィオナを襲った。彼女の胸には、まるで心臓を掴まれるような痛みが走った。


  ◇

 

 フィオナとレオンたち学生騎士団は、何とか駆けつけた後方部隊に合流し、王立騎士学校に帰還した。夕暮れの校舎は普段と変わらず穏やかに見えたが、帰還した学生たちの表情は暗く沈んでいた。


 王立騎士学校の医務室には負傷した学生たちが運び込まれ、医師たちが慌ただしく治療に当たっていた。白い包帯、血の匂い、うめき声――昨日まで平和だった学校が一瞬にして野戦病院と化していた。


「この子は危険な状態だ。措置を急いでくれ」


 医師が慌ただしく医務室を行き交い、重傷の学生たちの治療の指示を出していた。医師の表情には焦りと苛立ちが見えた。


 軽傷の学生たちも、なんとか学校に戻った疲労感と喪失感で無言のままベッドに座り込んでいた。誰もが遠くを見つめ、現実を受け入れることができずにいた。


「俺の指揮がちゃんとできていれば……」


 レオンが教官たちへの報告を済ませると、自責の念で押しつぶされそうになっていた。彼は廊下の壁に背中を預け、天井を見上げていた。


「カイル先輩は……戻ってないの?」


 看護に当たっていた女子学生が恐る恐る尋ねた。その声は震えていた。


 学生騎士の面々は沈黙で答えた。その沈黙こそが、すべてを物語っていた。


 フィオナは凍り付いた表情のまま無言で医務室を出て行った。彼女の足取りはふらつき、まるで魂が抜けたような状態だった。


  ◇


 王立騎士学校裏手の聖域の森と呼ばれる場所を、フィオナは一人彷徨っていた。カイルが帰還しない重苦しい医務室の雰囲気から、彼女は逃げ出したのだ。


 夕暮れの森は静寂に包まれ、木々の間を縫って走るフィオナの足音だけが響いていた。彼女の制服は汚れ、銀髪は乱れ、頬には涙の跡が光っていた。


「私のせいだ……私が力を使えば……守れたのに……」


 自責の念に囚われてフィオナが叫ぶ。彼女の声は森に木霊し、鳥たちが驚いて飛び立った。


 どんよりとした空模様となり、雨が降り始めた。最初は小さな水滴だったが、次第に激しくなり、フィオナの頬を伝った。雨は無情にフィオナの涙を流したが、彼女の罪悪感を消し去ることはできなかった。


 フィオナの周りに淡い光が漂い始め、どこからともなく声が聞こえてきた。


「聖女フィオナ、自分を責めないで……」


 光の精霊セラスが柔らかな声で語りかけた。光は優しく、まるで彼女を包み込むようだった。


「黙って! こんな力……持っていなければ……誰も傷つくことはなかった」


 セラスの声を拒絶するフィオナ。彼女は手で光を払おうとしたが、光は消えることなく、むしろ強くなっていく。


「前世でも今世でも……結局、私は誰も救えなかった……」


 フィオナは力尽きて地面に倒れ込んだ。泥で汚れる制服が、取り返しの付かない事態を象徴しているようだった。雨に打たれながら、彼女は子供のように泣き続けた。


「フィオナ! どこにいるの?」


 森の中を雨に濡れながらも必死にフィオナを探すリリィの声がした。彼女の赤い髪は雨で濡れ、制服は泥だらけになっていたが、その目には友への想いが燃えていた。


(行って……誰とも関わりたくない……でも……助けて……)


 フィオナの心には「見つからないで」という拒絶と「助けて」という本音が混じり合っていた。彼女は木の陰に隠れるように身を縮めたが、同時にリリィの声に安らぎを感じている自分もいた。


「一人で抱え込まないで! 私たち友達でしょ!」


 フィオナを見つけ出し、声をかけるリリィ。彼女は雨に濡れた髪を掻き上げながら、フィオナの前に立った。


「友達だから……近くにいてはダメなの……」


 フィオナが感情的に拒絶し、逃げだそうとする。しかし、リリィは諦めなかった。


 激しくなる雨の中、フィオナの前に立ちはだかるリリィ。彼女の緑の瞳には、決して引かない強い意志が宿っていた。


「知っているわよ。あなたが誰か、何者なのか」


 リリィが静かに言った。その言葉は雨音にかき消されることなく、はっきりとフィオナの耳に届いた。


「何を言って……」


 リリィの「知っていた」という真実の告白に、フィオナは言葉を失った。


「フィオナ、あなたが本当にEランクなわけないでしょ。あなたは特別な力を持ってる」


 フィオナはただリリィを見つめた。驚きと恐怖、そして深い安堵が彼女の表情に現れた。


「最初からわかってたわよ。でも、そんなこと友達になるのに関係ないでしょ」


 リリィが優しく笑いかけた。その笑顔には偏見も恐れもなく、ただ純粋な友情があった。


「でも……私のせいで、みんなが……カイル先輩が……」


 フィオナが反論しようとしたが、リリィは首を振った。


「あなたがいなければ、みんな助からなかったわ。それにカイル先輩は自分の意志で選んだの」


 リリィが優しく言った。雨が少しずつ小降りとなってきた。

 フィオナとリリィの周りに、再び淡い光が漂った。今度の光はより暖かく、二人を包み込むように輝いていた。


「この人があなたの魂の友ですね」


 光の精霊セラスがリリィを示して言った。セラスの声は、今度はリリィにも聞こえていた。


「この声……光……?」


 リリィが驚きの表情をする。彼女は光を見つめ、その神秘的な美しさに息を呑んだ。


「聖女の力は〝隠すため〟ではなく〝救うため〟にあるのです」


 セラスが静かに言った。その言葉には深い真理が込められていた。


「それは……」


 フィオナが震え声で答える。


「聖女フィオナ、あなたの願いは何でしたか?」


 セラスが優しく尋ねる。その問いかけは、フィオナの心の奥深くに響いた。


 フィオナは一瞬躊躇した。しかし、リリィの温かい眼差しに励まされ、ついに本当の気持ちを口にした。


「ただ人を……救い……守りたい」


 フィオナがそう口にすると、彼女を中心に光の渦が広がった。それは彼女の決意に呼応するように、森全体を優しく照らしていた。雨は完全に止み、雲の隙間から夕陽が差し込んできた。


 フィオナの瞳には、新たな決意の光が宿り始めていた。もう逃げるのはやめよう。自分の力と向き合い、本当に大切なもののために戦おう――そんな光が輝いて見えた。

お付き合いありがとうございました。

なんとカイル先輩も前世で聖女と縁があったんですね。

ああ、カイル先輩のニヒルで格好いいセリフはもう聞けないのでしょうか?

次回もお楽しみに!

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