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しあわせの中に 彼女をさがす  作者: はやはや
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しあわせ

 最後の病室を出て回診が終了した。当直担当の医師に何点か引き継ぎをし、勤務終了だ。

 着替えを済ませ外に出ると、日中の暑さが和らぎ、風が涼しかった。

〈今から帰る〉

 瑞希に連絡をした。歩き始めてすぐ、スマホが震える。

〈はーい。唯依も楽しみにしてるよー!〉

 メッセージを読んで頬が緩む。スマホの待ち受け画面には、幼稚園の制服を着て、満面の笑みでピースをする女の子が写っている。



「ただいま」

 そう言ってマンションのドアを開けると、夕ご飯の美味しそうなにおいと、廊下の向こう側から、パタパタと走ってくる足音が僕を迎えた。

「パパー。おかえり」

 唯依が膝に抱きつく。その小さな体を委ねる重みに幸せを感じる。

 肩につくくらいの長さの髪は、二つに分けて綺麗に編み込みがしてあった。

「みて! これね、ゆうたくんにしてもらった!」

 両方の毛先を持ち上げるようにして、得意そうに言う。前髪が眉の辺りで、綺麗に切り揃えられている。今日、佑太の店にいくと言っていたので、カットの後にセットもしてもらったのだろう。

 唯依の髪は淡く茶色がかっていて、僕の髪質に似ていた。

「すごく、かわいいよ」

 と言うと満足そうに、にこっと笑ってみせる。二人でリビングまで行くと、瑞希はキッチンにいた。

「おかえり。もうすぐ晩ごはんできるからね。

ほら、唯依、お祝いするんでしょ。おもちゃ片付けて」

 今日は唯依の四歳の誕生日。瑞希が料理をテーブルに並べる。

「わー。ハンバーグ」

 テーブルに指先をかけ、唯依がお皿を覗き込む。その眼は黒目勝ちで、あどけないけれど瑞希に似ていた。

「唯依が片付けるのと、パパが手洗いとうがいするの、どっちが早いか競争! いくよ。よーいどん!」

 こういうところは、瑞希は子どもの扱いが上手いなと思う。そして、僕自身も瑞希の言葉かけには乗せられてしまうのだった。



 洗面所に行き手洗いとうがいをする。

 僕と瑞希は五年前に結婚し、翌年に唯依が生まれた。結婚を機に瑞希は退職した。

「子どもが生まれたら、精一杯向き合いたいんだ」と話していた。だから、唯依を授かった時は誰よりも喜び、幸せそうだった。

 そして今、瑞希のお腹には、もう一人家族がいる。年明けには四人家族になる。

 タオルで手と口元を拭ってから、リビングに戻った。

 唯依は片付けを終えていて、僕の顔を見るなり「ゆいのかち!」と言って万歳をした。そんな姿を微笑ましく思う。



 テーブルを囲んで「唯依、四歳のお誕生日おめでとう!」とお祝いをする。頬をふくらませて、ケーキの上の四本の蝋燭を唯依が吹き消した。

 プレゼントを渡すと、大好きなハンバーグそっちのけで

「あけていい?」

 と訊く。プレゼントは瑞希と相談して絵本にした。

 唯依にはお気に入りの絵本が三冊あるようで、図書館に行くと、必ずその三冊のうちのどれか一冊と、他の絵本を一緒に借りるのだった。

 だから、お気に入りの三冊をプレゼントにした。包装紙から出てきた絵本を見て

「わぁーい! このえほん、だいすき。あかちゃんがうまれたら、ゆいがよんであげるんだ」

 と言った。唯依のその言葉を聞いた瑞希が

「パパと唯依にお知らせがあります。赤ちゃん、男の子か女の子、どっちかわかったよ」

 瑞希は今日、妊婦検診に行っていた。性別は産まれるまでのお楽しみにしようと二人で話していたのだけれど、少し前から唯依が「あかちゃん、おとこのこ? おんなのこ?」「ねぇ、どっち?」と、しきりに訊くようになった。

 そのこともあり、性別がわかるようになる時期でもあったので、今日訊いてみることにしたのだった。

 唯依がはっとした表情で絵本から顔を上げる。

「たぶん、女の子だろうって。唯依、妹だよ」

 その言葉を聞いて、唯依と僕は笑顔で顔を見合わせた。小さな唇が「いもうと……」と呟く。



 新しい命は、確実に瑞希の体の中で育っていて、僕が守るというより、瑞希と二人で守っていくもの。そう思った。その気持ちは、唯依が産まれる時も同じだった。

 これからも、僕は瑞希と一緒に大切なものを守り、生活を築いていくのだ。

 食事を終えると、唯依はリビングのソファーに座り、早速絵本を読み始めた。何度も読んでいるだけあって、内容を完璧に覚えていて驚いた。

 ページを捲るタイミングも完璧だった。つくづく子どもは、すごいなと思う。

「すごいな。唯依」

 と言うと

「だって四さいだもん」

 得意気に返された。そのちいさな頭を撫でると、柔らかい髪の間から温かい体温が伝わってきた。



「今日だけ特別ね」

 食事の時に蝋燭を消したケーキを、瑞希が持ってきた。

「ケーキ! ケーキ!」

 切り分けたケーキを目の前に出されると、唯依はさっそく頬張った。唇の端にクリームが付く。

 そんな唯依の様子を見て、瑞希はティッシュを取り、その口元を優しく拭う。唯依に向ける眼差しは、愛情に溢れていた。



 不意に愛おしい気持ちが込み上げてきて、床に置かれた瑞希の手にそっと触れる。それに気づくと、瑞希はこちらを向き笑顔を見せた後、僕の手を握った。その笑顔は、出会った頃よりも、さらに優しくなっていた。

 唯依の隣に並ぶであろう顔を思い浮かべながら、瑞希の手を握り返す。

 家族になってからの、これまでの時間も、これからの時間もどこを切り取っても、かけがえのないものにちがいない。そんな毎日を、これからも積み重ねていく。

 僕が作る、しあわせだ。


 苺の赤、メロンの緑、葡萄の紫。

 ケーキの上に飾られた、色鮮やかなフルーツが、より華やいで見えた。

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