二人の時間
瑞希が用意してくれた朝食兼昼食を食べ、少し早かったけれど家を出た。
店がマンションから、私鉄で一駅しか離れていないということもあり、散歩がてら歩くことにした。店の最寄り駅から、住宅街に入り、少し坂を上ると右手に学校がある。
その学校の角を曲がり歩いていくと、住宅の前にイーゼルのような形の看板が、立てられているのが目に入った。
看板には〝Soleil〟と手書きのような、丸い文字が書いてあった。Soleilはフランス語で、ひまわりとか太陽という意味らしい。
その言葉を選んだのも、佑太と彩さんらしいなと思った。どちらも二人のイメージにぴったりだ。
建物自体は周りの住宅と同じで、三階建の一階部分が店舗になっている。
「こんにちは」
と言って木製のドアを開けた。
ドアの向こう側には、淡いクリーム色を基調とした、落ち着いた空間が広がっていた。
「あ! こんにちは」
僕に気づいた彩さんが、にこやかに迎えてくれる。
紺色のフレアワンピースに、グレーのレギンスを合わせた彩さんは、店の雰囲気にぴったりだった。そのまま少し話す。
一年前の結婚式の時、長かった髪は切られ、今はショートヘアになっていた。頬や顎が丸みを帯びている彩さんの顔立ちに、よく似合うヘアスタイルだった。
「ちょっと待ってくださいね。今、呼んできます」
と言って、店の奥に向かって歩いていく。シャンプー台の向かいにある扉を開け「佑太」と、彩さんは声をかけた。
彩さんの後ろに佑太の姿が見えた。一年前と、ほとんど変わっていない。
明るめのブラウンのチノパンに、ボーダーのシャツ。ラフな恰好だけれど似合っている。
「良平、久しぶりー」
と見せる笑顔も昔のままだった。そのことに安心する。
「佑太、変わらないな」
「良平こそ。元気そうで何より」
佑太の案内で席に座り、早速カットをしてもらう。瑞希から託されていた、訪問カットのお礼を言った。
「俺、ちゃんと夢叶えただろ」
鏡に写る僕の顔を見て、佑太が笑顔で言った。
「尊敬するよ」
そう返すと照れたような表情を見せる。
「昔から思っていたけど、良平の髪って癖がなくて綺麗だよな。元々、少し茶色っぽいし」
僕の髪を濡らした後、ブロッキングしながら佑太が言う。鋏が髪に入るのがわかる。櫛で髪を梳きながら、小気味よく切っていく。
今、鋏や櫛を持つ佑太の手が、かつて病理学を一緒に学んでいた時に、顕微鏡を操作していた手と同じだ、ということがどこか不思議だった。
「これでいいかな?」
鏡で後ろ姿を写してくれながら佑太が言う。垢抜けた感じのミディアムヘアに仕上げてくれた。
「ありがとう」
と言って席を立つ。彩さんが「二人でちょっと出てきたら」と言ってくれた。
「この後の時間の予約は、私担当のお客さんなので、時間気にしないでくださいね」
とも言ってくれた。こういうさり気ない気遣いができるところが、佑太を惚れさせたのかなと思う。
佑太も「じゃあそうする」と言ったので、会計を済ませて二人で外へ出た。
駅前まで出て、チェーンのコーヒーショップに入る。佑太は昼ご飯がまだだったらしく、サンドイッチとコーヒーを、僕はコーヒーを頼んだ。
ちょうど空いた広めのソファー席に、向かい合って座った。
「昼休憩取るのも大変だな」
と言うとサンドイッチの封を切りながら
「良平もそうだろ」
佑太が言う。
「まぁ。でも慣れっていうか、食べること自体忘れることがある」
「それでよく倒れないな」
サンドイッチを口に運びながら、呆れたように佑太が言った。それからしばらく、お互いの近況を話した。
「瑞希さんとは、これからどうすんの?」
「どうするって?」
「いや、だからさ結婚とか考えてるのか?」
そう訊かれ自分の手元に目を落とす。
「良平さ、昔から何でもそつなくこなしてるけど、我を通したことってないだろ」
図星だった。一番突かれたくないところだった。たぶん僕は今のことしか考えていないのだろう。今が心地よければ、それでいいというような。
僕が黙っているのを見て、佑太が続けた。
「言いすぎたかも。ごめん」
「いや、そんなことない。佑太の言う通りだから」
言葉を選ぶように、佑太がゆっくり話し始めた。
「この間、瑞希さんの実家に訪問カットに行っただろ? 帰り近くまで瑞希さんを乗せて帰ったんだけど、彼女言ってたぞ。
『今、幸せなんです』って。
『良平君と、毎日一緒にいられることが。できるなら、これからもずっと一緒にいたい。
でも、こんな気持ち、私からは言えないです』って」
その話を聞いて、どきりと心臓が鳴るのが聞こえる気がした。瑞希は、そんな風に思ってくれているのか。
「一緒に住んでるんだし、ちょっと先のことを考えてもいいんじゃない?」
佑太に言われると、ぐうの音も出ない。
「そうだ! 良平に見せたかったものがあるんだよ」
話題を変えると同時に、佑太の声が明るくなる。
「何?」
訊くと佑太はスマホで、ある動画をみせてくれた。




