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‘あ・り・す’  作者: みやしん
■Channel 1 Shamash:
6/52

■Scene 5 約束【Promise】


〈怒ってるかな〉

 華蓮はプールサイドに座り込んで後輩たちが上げる水しぶきを見ながらそう考えていた。

 オレンジラインのメンバーは一般の部員と一緒に練習することは無く、さらに水に入る時間もさほど多くない。筋力トレーニングや自分の泳ぎ方をビデオで確認、解析して研究に当てる時間がそこそこ有るのだ。

 華蓮はそんな理論的な事があまり判らなかった。水泳で流体力学とかスポーツ人間工学とか自分が一番苦手な理数系の勉強をするとは思わなかったし、そこから算出された結果……すなわち自分の欠点をきちんと理解できなかった。

 顧問の教師などもそれは承知している。数式だらけのグラフチャートから生徒たちに理解できる言語に置き換えてくれる。

 華蓮の分析結果は至極単純だった。けりが弱いである。足の筋肉を強化する必要があるらしい。

 そのため一日の練習の内三十分ほどは水着とは関係ない、トレーニングジムのような施設の中で過ごすのだ。

 そもそも華蓮の体型は水泳選手向きでは無いと言われた。身体が小柄すぎ肩胛骨の面積が狭いため、腕のかきに必要な筋肉を作れないというのだ。

 その肌の色の白さや細い肩幅に長い髪もあいまって、部外者は華蓮の事を水泳選手だと思わないし、水泳部の期待の星とも思わないのである。

 肩幅の他に足のけりに必要な臀部の筋肉を蓄える骨盤の小ささからも指摘される。体型的に不利な彼女がオレンジラインでいられるのも、彼女特有の泳ぎ方にあり顧問もそれを無理に変えようとしなかった。

 恐らく身体の曲線が水の抵抗を最小限に押さえるのだろうと、流体力学を専攻しているもう一人の教師が言う。慧香高校の親学校にあたる慧香大学の研究所に、船舶実験用の大型水槽があるからそれで一回細かいデータを取るかと華蓮は言われたことがあるが、丁寧に断っていた。

 そこまでして速くなりたいとも思わないのだ。

 それに抵抗が少ないと言う表現にひどくカチンと来たのも事実である。

 体型から考えると栄子が理想に近いらしい。

 その栄子は先ほどからプールの中を行ったり来たりしている。彼女も足の筋力を付けるために、足首につけた重りと水の抵抗を利用しているのだ。

 華蓮は筋力トレーニングを終え一般部員の練習が終わるのをプールサイドで静かに待っていた。

 何もする事がないと考えるのは剛史の事だった。

 うまい具合に晃が仲裁に入ったことであまり酷い言い合いにならずに済んだ。もしあのまま口ゲンカが続いていたらどうなっていただろう。

 しかし自分は彼の事を心配しただけなのだ。それをあんな言い方されれば誰だって……それともわたしだけが不満に思うのだろうか。

「おい華蓮。何考え込んでいるんだ?」

 すぐそばで栄子の声が聞こえた。彼女の身体はまだプールの中に居る。足の重りは外したらしくプールサイドに引き上げてあった。

「そこまで真剣に考えるなんて……」

「そうだよ」

 栄子のにやにや笑いが驚きに変わる。

「栄子、今度の旅行にもビキニは持ってこないんだろうなって思って」

「な、なん……」

 栄子のあわてた顔、してやったりとほくそ笑む華蓮。いたずら心は加速した。

「別に気にしなければいいのに、でべそ……」

「ば、バカやろー!」

 言うが早いか栄子は華蓮の腕を捕まえまるで背負い投げするようにプールの中に投げ込んだ。それもありったけの力を込めたのか華蓮は悲鳴を上げる間もなくプールの真ん中に大きな水しぶきを作る。

 丁度一年生女子部員が列を組んで泳いでいたため彼女たちの黄色い悲鳴が上がった。

 さすがの人魚姫も栄子の攻撃には面食らったらしい。

 勢いよく水面から顔を上げると、水泳帽がとれて器用に押し込まれていた彼女の長い髪がまるで昆布のように顔にへばりついていた。華蓮はそれを軽くよけると栄子をにらみつけた。

「いきなりなにするのよ!」

「それはこっちのセリフだ!」

 顔から水面にたたきつけられたのだろう、華蓮は鼻の頭が少し赤くなってさらに涙目になっていた。ところが栄子は顔一面を真っ赤にしていたのである。

「みんなが居る前でそれを言うことはないだろ!」

「何が?」

「何がってその……」

「ただ、でべ……」

「言うなって」

 すでに水面を駆けるように走り出す。

「言ってるだろうが!」

 と華蓮のおでこを押さえ込みプールの中へ。

 しかしさすがに人魚姫と言われるだけのことはある。栄子の二回目の攻撃を読んでいたのか華蓮は水中に没すると同時に栄子の足を引っかけた。

「うわっぷ!」

 栄子は悲鳴とも何とも言えぬ声を上げて水中へ。それからしばらく華蓮と栄子が交互に水面にあがっては相手が引きずり込むという状態が続いた。

 が。

「こら! 美咲に北川! 何をやってる!」

 丁度二人が同時に水面から顔を出した瞬間にプールサイドから顧問の教師の大声が響いた。

 華蓮も栄子も水泳帽が脱げている。お互いの長い髪がぐちゃぐちゃに絡み合っていた。

「おまえらオレンジラインをなんだと思ってるんだ、反省せい!」

 静かな水面にふたりのため息が響いていた。


  §


 水泳部名物『反省』こと部室の後かたづけが終わる頃雲行きが急に怪しくなっていた。

 華蓮と栄子のじゃれあいなど日常茶飯事の事だ。二人でぶつぶつ言いながら反省している間に旅行に持っていくゲームの話しとか、ご飯をどうしようかなどといったいつもの話題になっていた。

 栄子はもう一泳ぎするといいそのままプールに戻ったが、傘を持ってきていない華蓮はすぐさま着替えてまっすぐ家へ。

 ところが雨は彼女が校門をくぐるまでしか待ってくれず、雨足はあっと言う間に強くなった。おまけにベストを脱いでいたために肩口から胸元までびっしょりと濡れてしまった。

 竜虎で雨が止むまで待っていようかと思ったが、屋根の無いその店は雨天休業。そこの軒下にたどり着いたときには足を踏み出すなど考えられないほどの雨粒のカーテンが出来上がっていた。

 十分に熱せられたアスファルトと空気が急激に冷やされていく匂いがする。太陽は照りつけるのを諦めたのか周りは一時的な夜になっていた。

〈……こんな日だっけ〉

 華蓮はかすむ景色を見ながらふとそんな事を思った。

 ぼんやりとしていた彼女、雨の音に混じって足音がする。それと悲鳴にも似た声が。

 視界が利かない目の前に急に明らかになっていく人影。それはまっすぐ華蓮の目の前に躍り出た。

「ひっでえ雨!」

「……草薙くん」

「え? なんだ美咲か」

 その少年は草薙剛史だった。彼も傘を忘れたらしい。

 どういう訳かYシャツを脱いで上半身は半袖シャツ姿、それも雨でびっしょりと濡れていた。

 Yシャツは小脇に抱えたスケッチブックにかぶせてあるが、見た目ほどに役にたっていない。

「なにいきなりそんな格好で……」

「美咲こそ……」

 と彼は言葉を詰まらせる。そしてぷいと横を向いた。

 どうしたのかと彼が見ていた自分の左肩を見ると雨で濡れたYシャツの下、彼女の下着の肩紐とカップがうっすらと透けていた。

 華蓮は肩を前に引き寄せる。

「エッチ」

「見てないよ」

「見たからそっち向いたんでしょ」

「み、美咲のを見てもどうってことないや」

「このっ!」

 華蓮は彼に背中を向け肘鉄で背中を叩いた。

 見た目よりずっと引き締まったその身体はひ弱な印象とは異なり、男の背中を思わせる。

 そんな感触に華蓮も言葉を失い視線を雨に向けていた。

「ともかく何か拭きなさいよ。風邪引くわよ」

「ハンカチもタオルも持ってない」

「ん、もう。だらしないんだから」

 と自分のスカートのポケットに手を突っ込む華蓮。しかし彼女の持っているハンカチも雨に濡れている。

 一枚だけ損傷を受けていないものを手探りで見つけ、引っ張り出してみると例のトールハンカチだった。何か変化が起きればいつでも見せられるようにポケットに入れっぱなしにしていたようだ。

「ほら、これで拭きなさい」

「おう、ありがとう」

 トールハンカチを受け取った剛史は濡れた髪をそれでぬぐう。水滴が垂れない程度に落ち着くと、ハンカチを折り畳んでポケットの中に入れた。

「あげないからね」

「いらないよ、俺には合わないから。汚したんだしきちんと洗って返す」

 どうせ和美が洗うのではと思った華蓮だが声はかけなかった。

 降りしきる雨、たまに聞こえる彼の呼吸音。

〈……そうだ、朝の事を謝っちゃおうかな〉

 まるでふたり以外の全ての存在を覆い隠してしまいそうな雨は華蓮の気持ちを素直にさせる。しかし素直にさせてもそれを行動に起こす勇気まではくれなかった。

〈何か言いなさいよ〉

 その責任を剛史に押しつけるように華蓮はわざとらしく彼の背中をつついた。だがそうするたびに彼の背中はすすっと遠ざかっていく。

 押せば押すほど逃げていく彼の背中。逃げていくごとに強く叩く背中。

 そんな「じれ」が限界になり華蓮の口がもごもごと動き出した。

「……あ、あの」

「そう言えばさ、こんな日だったよな」

 ようやく絞り出した彼女の言葉を遮って剛史の声が響いた。

「何が?」

「美咲が俺を痴漢と間違えたの」

〈覚えてたの……〉

 中学二年の夏のこと。

 華蓮は電車で隣町まで買い物に向かった。雨が降り窓も開けられずにひどく蒸し暑い車内、華蓮の身体を触る手があった。

〈痴漢ね、でも相手が悪いわよ!〉

 水の中は好きでも蒸し暑さはまた別だ。IRAついていた華蓮は多分こいつが犯人ではないかという足を思いっきり踏みつけた。

「いてえ!」

 声を上げたのは彼女の背中合わせに立っていた少年だ。背の高さこそ十センチ以上の開きがあったが歳の頃なら同じと思える。

〈こんな子が痴漢?〉

 華蓮の不快感は倍増する。それをそのまま表情にして少年をにらみつけた。

 少年も気が強いのだろう。華蓮をにらみ返したのである。

「何すんだよ!」

「女の子の身体触っておいて開き直るつもり?」

「俺が?」

「あんた以外誰がいるのよ!」

「俺が触れるわけ無いだろう」

 と完全に振り返って見せた少年、右手はスケッチブックを抱えており左腕に紙袋の取っ手を通して吊革をつかんでいる。

 つまり、両腕ともふさがっているのだ。

 華蓮は目のやり場に困ってしまった。だが痴漢はいたのだ……

「その痴漢はな、こいつだ!」

 少年はその場からこそこそ逃げ出そうとする会社員の背広を掴んで大声を上げた。

「は、はなせ!」

「はなすもんか、俺が疑われたんだ!」

 その後一悶着あって駅員に痴漢を突き出した後、華蓮は少年に向かって頭を深々と下げた。

「俺ってそんなに痴漢に見えるか?」

「そうじゃなくて……真後ろにいたから」

「もっと周りを確認しろよな。冤罪ってこうやって生まれるんだぜ」

「……ごめんなさい」

 さらにしゅんとなる華蓮。

「俺は草薙剛史って言うんだ。慧香中学の二年だよ」

「わたしは美咲華蓮……わたしも慧香中学の二年生」

「へえ、何組だ? 俺はC組」

「わたしはB組よ」

 なんて事はない二人は隣り合わせの教室に通っていたのだ。

 華蓮には今でもその時のことが目に浮かぶ。

 ただあの頃に比べれば二人の身長差は二十センチ近くになってしまった。

「……あれからもう三年たっているんだもんな」

「早いわよね」

 あの時の剛史もスケッチブックを持っていた。今みたいに大事そうに。

「ねえ、今なんの絵を描いているの?」

 華蓮は彼のスケッチブックを取ろうとしたが、彼が脇を締めたのか抜くことが出来ない。

「なによ、ちょっとぐらい見せてくれたっていいじゃない」

「ダメだよ、まだ描きかけなんだ」

「いいじゃない、ケチ!」

「ケチでいいから引っ張るなよ!」

 剛史も必死の抵抗をしたが華蓮の方がスケッチブックをしっかりと握っていたようである。

「えい!」

 かけ声とともに彼の脇からそれがすっぽんと抜けた。

 華蓮は手早くYシャツを畳むと取り返そうとする彼の腕にひっかけ、表紙を開くと……

「……ふーん」

 彼女の少したれ気味の目尻がほんの少しあがって見せた。

 一ページ目、わずかに雨の被害を受けているそこに描かれていたのは……

 和美だった。

 しかも水着である。なおかつ慧香高校のおとなしめのスクール水着ではなく、ちょっと大胆なハイレグ仕様のセパレーツであった。

 華蓮も認める描写力は水着の胸元が見せる、自分には無い立体感を見事に再現している。

 何より華蓮の神経をさかなでたのは絵の中の和美がこちらに向かってにっこりと微笑んでいる事だった。

 こんな時ほど人物画を得意とする彼の作風がじゃまに思えたことはない。

「へえー これが大切な絵なんだ」

 どことなく声のトーンが低い。剛史の額に雨粒以外の水滴がツツッと流れた。

「いやさあ、頼まれて書いたんだよ」

「そう頼まれて。きっと二人っきりで、それで西村さん水着で」

「だから、これは和美が水着がいいって言うから……」

「本当は『裸を書いて』とか言われたんじゃないの?」

 声はあげずとも剛史の表情が思いっきりゆがむ。華蓮の想像がほぼ当たっている事を示しているようだ。

 彼は思いの他嘘が下手な人物らしい。

「それとも草薙くんが『裸書かせろ』とか迫ったんじゃないの?」

「バカ言うなよ!」

「……不潔」

「な、な、な、な、何考えてんだよ!」

「そこまで女の子のわたしに言わせるつもり? ……まあ草薙くんと西村さんなら『学校公認』だからいいでしょうけど。あの学校なら男女交際も自由だし」

「誰がそんな事決めたか知らないが俺は思って無いぞ」

 そう言い張る剛史を華蓮は流し目で見て鼻を鳴らした。

「あら……でもお洗濯や食事の準備までしてもらっているんでしょ。新婚さんみたいぢゃない」

「たまにだよ、たまに!」

 よほど絵の中の和美を地面に叩きつけその上から泥だらけになったスニーカーで散々踏んづけてやろうかと思ったが、所詮絵だしやはり剛史が書いた絵である。

 華蓮はスケッチブックをそっと閉じるとバックの中から制服のベストを取りだしその上からかぶせた。

「……何してるんだ?」

「草薙くんのYシャツじゃもうずぶぬれだからカバーの役目なんかしないわよ。まだこれなら撥水加工しているからちょっとは保つわ」

 ベストを着たスケッチブックを差し出された剛史もどこか戸惑いがちである。華蓮の行動を本当に親切からか考えているのかもしれない。

 実のところ華蓮もスケッチブックを濡らさないためというより、絵の中の和美を自分のベストでがんじがらめにして、呼吸困難にさせてやるという思いがあったのだ。

 ただ、一つ忘れていた事がある。

「あ、ちょっと待って」

 華蓮は剛史が持つベストのポケットに手を入れてごそごそと動かした。二、三回米をとぐような動きを見せ中からすくい上げたのは水晶だったのである。

「なんだそれ?」

 剛史は物珍しそうに華蓮の手の中の蒼い水晶をのぞき込んだ。

 彼女はもったいぶるようにそれを手の中に隠す。

「見せて上げない」

「なんだよ、ケチだな」

「草薙くんがわたしの絵をもう一枚書いてくれるなら見せて上げてもいいよ」

「絵か、そのくらいなら……」

「その代わりヌードモデルだぞ!」

 華蓮はそう言ってウインクして見せにっこりと微笑む。あわてたのは剛史である。

「な、な、な、な、な、何言ってるんだ、美咲!」

「冗談よ。草薙くんになんかもったいなくて乙女の柔肌は見せられないわ」

 彼の態度を見ている限り和美のユウワクも物の見事に断ったに違いない。

 ほっとすると同時に意気地がないなあと華蓮は思った。よりによってあの和美のモーションを断るなんて学校中の非モテに殴り殺されても文句は言えないだろう。

「まあ、前から書く約束はしていたからな」

「そうよ」

「じゃ、これか?」

 剛史は華蓮の目の前に右手を差し出した。小指だけがぴんと伸ばされている。

「何?」

「指切りだよ」

「子供じゃあるまいし」

〈男の子ってホントガキよね〉

 そう重いながら華蓮も同じように小指だけをたてた右手を剛史の右手に近づける。

〈……待ってよ、手をつなぐのって初めて?〉

 思い出したのは栄子の言葉である。勝負に負けてアイスをおごらされた時に言われた『手ぐらいつないだのか?』。

 そこそこ付き合いは長い方だ。

 ところが腕を絡ませるとか肩に手を回すという事はおろか、手をつないだ事も無かった。

〈な、なによ手をつなぐくらい〉

 そう自分に言い聞かせながらも彼女の顔を赤く染めるべく心臓は早鐘とかす。わずかずつ近づける事にすぐそばに感じられる彼の体温。

「なんだよ、早くしろよ」

「判ってるわよ!」

〈もうムードないなあ〉

 華蓮は彼の小指に自分の小指を絡めようとした。

 その瞬間。

“伝説には逆らえない”

 華蓮の右手が一瞬青白く輝いたかと思うとあと一センチほどに近づいた二人の指先に、細かい静電気のような光が飛び散った。

「うわっ!」

「きゃっ!」

 光と同時に指先に電撃が走る。静電気が飛んだと言うより光が針になって指先に刺さる感触、そこが熱くしびれる。

 華蓮は腕を引いただけでその痛みは収まったが剛史の様子が変だった。彼は右手を堅く閉じそれを左手で覆い隠している。

 こらえきれないほどの痛さに苦悶する表情、うめき声も出ていない。

 スケッチブックが地面に落ちた。幸いシャッターがついたてになって濡れずにすんでいる。

「草薙くん、大丈夫?」

 彼の様子が心配になり、華蓮は身体を丸めながらうずくまっていく背中に手を触れようとした。

 だが、彼女の手が彼の背中に近づくとまた青白い放電が始まる。

「く、草薙くん!」

“立ち上がれ!”

 声が聞こえる。男の声、野太い声。

 聞いたことの無い声だ。しかも方向性が無かった。

 声は剛史にも聞こえているのだろうか彼の苦悶が激しくなる。

“貴様、それでもマルドゥックの戦士か!”

 また声? いや声だけではない。二人に近づく気配を感じる。足音も無く姿も無いが華蓮にはそれが感じられた。

 華蓮はシャッターを叩いた。

「おじさん開けて!」

 しかし返事は無い。やる気の無い店主は留守のようだ。降りしきる雨のせいで通りを歩く他の人も居ない。

〈この場に居ては危険、逃げよう〉

「草薙くん、立って!」

 返事がない。華蓮は思い切って彼のズボンのベルトに手をかけ立ち上がらせた。

 見えない誰かとの距離が判らない、しかしすぐそばに居る!

 彼女は水晶を握り締め剛史を引っ張るように雨の中に飛び込んだ。

 その後を確かに誰かが追っていた。


■Scene 6 公園【Square】に続く

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