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‘あ・り・す’  作者: みやしん
■Channel 1 Shamash:
7/52

■Scene 6 公園【Square】

 自分たちに迫ってくる気配……一人か二人か、それとももっと多くの人数か、はっきりと掴むことが出来ないが、彼らが華蓮に抱いているであろう感情は判る。

 敵意だ。

 何に対して、また華蓮と剛史のどちらに対しての物か判らない。ただ華蓮の中の危機回避本能が姿の見えぬ誰かに恐怖を感じるのだろう。

 二人は慧香高校のそばにある幹ヶ原池みきがはらいけ公園に逃げ込んでいた。

 幹ヶ原池とたくさんの木々が植えられた広い公園、昼でも薄暗い雰囲気があり桜の花見の季節以外は訪れる人も少ない。

 雨足は弱くなっていたが公園の中に人影はない。華蓮は雨がしのげそうな桜の大木の下に入った。

「……もう来ないわよね」

 独り言のそれに剛史は首を振る。

「追いつめられたのかもしれない」

 彼の身体に触れようとすると両者に痛みが走る。特に剛史が感じる痛みの方が酷そうなため華蓮は彼のベルトを摘む程度でしかサポートできない。

 だが走っている間に楽になってきたのか、苦痛の表情を見せるがしゃべることは出来そうだ。雨空と木々が作る影で彼の顔色は判らないが、あまり良いとは言えないだろう。

〈……あの声。マル、マルドゥ?〉

 華蓮には聞き覚えの無い単語だった。しかしなにか繋がりが有りそうな言葉は今までに数回聞いている。つまり今回もただの偶然ではないのだろう。

 ともかく彼が言うようにここに追いつめられたのであれば、もっと人が居るところに行くべきだ。

 なら学校だろうか。派出所より近いはずだ。

 剛史のベルトに手をかけてそれを引っ張ろうとしたときである。

 二人のすぐ後ろで物音がした。

「誰!」

「わあ! びっくりした」

 華蓮の大声に答えたのは慧香高校の制服を着た女の子、栄子である。彼女は華蓮の声に本当に驚いたのか目を大きく見開いていた。

「なんだ栄子……脅かさないでよ」

「驚いたのはこっちだよ。こんなところで何をやってるんだ?」

 大きめの傘を後ろに傾け華蓮とそのすぐそばに居る剛史を見た。

「ああ! なんだおまえら、全然進展がないと思ったらいきなり大胆な事しているな。いくら人が居ないからって」

「違うのよ栄子」

「大丈夫だって、西村に言ったりしないから。それにしてもわざわざ雨の公園でそんな……こっちが恥ずかしくなるな」

「違うってば、追われてるのよ!」

「追われてる? 西村にか」

「ん、もう、話しを聞いてよ!」

 事情を説明しようとした華蓮だが栄子の目つきが変わっていた。表情からニヤニヤが消え刺すような視線で周りをゆっくりと見ている。

「栄子?」

「……ふうん、まんざら冗談でも無いようだな」

 栄子は背筋を伸ばし傘を畳んだ。雨粒が彼女の頬を叩きそして流れ落ちる。

「誰かに狙われる覚えでもあるのか?」

「あるわけないじゃない!」

「でも、アイツらの狙いはおまえたちだぜ……隠れてないでとっとと姿を現せよ!」

 栄子はそう叫んだ。

 辺りがざわつく。風が木の葉を揺らす音ではなく、雨が水面をはじく音でもない。

 明らかに足が地面を噛む音、それは一つではなく華蓮と剛史、そして栄子をぐるりと取り巻いて輪になって近づいてくる。

 栄子は口の中でわずかに舌を動かし、数を数えていった。

「……ざっと八人。ちょっときついかな」

 彼女の声に合わせるように姿を現した人影、みなダークグレイのフード付きレインコートをかぶっておりその中の表情を読みとることが出来ない。

 また一ミリも動くことなく、まるでマネキンのようだ。

「あんたたちの狙いはなんだい」

『……水晶』

 栄子の問いかけに誰と無くそう答えた。全員が一斉に言ったのかもしれない。

 彼らが言う水晶とは……華蓮と栄子は顔を見合わせた。

「水晶って華蓮の……」

「多分そうね」

『それを貰えれば何もしない』

 男たちの声に答えるようにYシャツの胸ポケットから水晶を取り出そうとする華蓮、だが栄子はそれを止めた。

「……大抵悪党はそんな約束をするもんさ。欲しいのは水晶、いらないのはあたしたちじゃないのか?」

 返事がない。栄子は小さく笑って見せた。

 スポーツバックを開けその二重底から何かを取り出すとバックを地面に置いた。かちかちと音をたてる金属製のそれ……もしもの時のためのメリケンサックを両手にはめ込む。

 かろうじて結んでいたネクタイを引き抜くと、それをリボンにして彼女の長い髪をうなじの位置で一本に絞り込む。

「慧香中の栄子さんと言えばそこいらのヤンキーなら頭下げて謝ったもんだけど……やるんだろう?」

 やはり返事はない。

 栄子は両の拳を胸の上で叩き合わせた。キンッと鋭い金属音が雨の中で響く。

「来な!」

 栄子は二人をかばうように構えた。そして振り返り剛史を見る。

「草薙、あんた男なんだから人魚姫ぐらいは守りなよ!」

「判ってる」

「栄子、どうするの?」

「どうするって……」

 一人が動いた。まるで風に乗るように一気に栄子との距離をつめる。

 動きが速い、華蓮の目では追いかけることが出来なかった。

 栄子と男との間が一メートル、お互いの両手が届くほど近づいた時彼女の身体が動いた。上半身を少し沈めるとそれを伸ばす反動と踏み込みで、右の拳を相手の鳩尾に滑り込ませる。

 鈍い音がした、そして男が飛んだ。

 勢いがカウンターになったのかふわりと浮かんだ男の身体は、軽く飛翔し地面に叩きつけられ二、三回バウンドする。

 だが倒したわけではなかった。

 男は何事も無かったかのように立ち上がり、そして音もなく元の位置に戻ったのだ。

「栄子!」

「ああ……まずいな。あたしの後に続け!」

 と、栄子は公園の出口に向かって走り出す。その後を追う華蓮と剛史。

 今度は男が同時に三人動く。栄子の前と左、さらに華蓮の背後。

 栄子は踏みとどまって正面の男の顔面に向かって拳を繰り出す、さらに身体を反転させ左の男に後ろ回し蹴り。

 どちらも確実にヒットした感覚はある、二人とも大きく身体を仰け反らせた。だが倒れずに元の位置に戻るのだ。

 背後の敵、華蓮はとっさに自分の顔を腕でカバーする。剛史の身体が華蓮と男の間に入った。男と剛史は体当たりしたがはじき飛ばされたのは男で、すぐに元の位置に戻る。

 そんな攻防が二、三回続いた。

「こいつら木偶人形か? 全然ダメージ受けてねえぞ」

 栄子の焦りにもにた叫びが響く。彼女の計算ではすでに九人近くの男を気絶か行動不能に追い込んでいるはずなのだ。

 しかし、三人を取り巻くレインコートの数は変わらず、しかも距離も変わっていない。

〈風景が変わっている……〉

 華蓮は周りを見てそう思った。

 男たちの動きは攻撃をしかけただ殴られ元の位置に戻っているはず。ならば自分たちの位置は動いていないのに、少しずつ公園の中央に引き寄せられている。

「栄子」

「判ってる……くっ!」

 栄子に向かって四人の影が迫る。それをよけるために体勢を傾けた瞬間、残りの四人が栄子と華蓮の間に割って入った。

「華蓮!」

 だが声しか聞こえない。華蓮の視界は男たちのレインコートに遮られていた。

 剛史は何とか男たちを押し倒そうとするが、倒そうとする方向に数人が重なり剛史の身体を押し返した。

「草薙くん!」

「ちくしょう!」

 栄子の姿は見えない、華蓮と剛史は男たちに誘導されるように歩いていた。

 不意に華蓮を取り巻いていた圧力が無くなった。

 男たちが引いたのである。華蓮がぐるりと見回すと四人が等間隔に自分たちを取り囲んでいた。

 剛史は華蓮をかばうように中腰になった。

「美咲、俺の背中に自分の背中をつけろ」

 彼女は言われたとおり身体を半回転させる。これで少なくとも死角はない。

「……わたし、見ているだけしか出来ないわよ」

「襲ってきたら俺の方に倒れ込め」

「頼りにして良いの?」

「良いわけないだろう」

 彼の返事を聞いて華蓮は思い切ると背中を付けた。手を付けたときのような電撃はない。

 雨に濡れたシャツがこすれ合う感触、そして背中越しに伝わる彼の心臓の鼓動。

 栄子がすぐ近くで闘っているはずなのに聞こえてくるのは雨の音だけだった。

 動かない。誰も動かない。華蓮は動けなかった、そして剛史もそうだろう。

「……なんで水晶なんか欲しがるの!」

 胸ポケットに手をあて、華蓮は真正面の一人に声をかけた。

「本当に、この水晶をあげたら……」

『あなた方の命はきちんと保証しましょう……』

 凛とした男の声が聞こえてくる。

 今まで自分たちを取り囲んでいた男たちとは違う存在感のある声だった。しかもそれは方向性があり華蓮の右側、剛史の左側。

 ふたりは同時に声のする方向を見た。

 九人目の登場、やはりフード付きのレインコートに身を包んでいるが、色は深緑であった。

 それによく見れば材質はビニールではなく革だろうか、雨粒は表面に一瞬吸い付いてそしてゆっくりと弾いている。

 フードの中の表情が読めない。見えるのは少し尖り気味の顎と、高めの鼻の先、そして碧色に光る瞳であった。

「だれ?」

 華蓮の声が震えている。

『……名前を聞いても意味がありませんよ』

「教えることが出来ない、そう言いたいのか?」

 今度は剛史である。

『わたしの姿はおぼろにすぎないという事です』

 男はゆっくりと二人に近づいた。そしてコートの中から細い手を差し出した。

『さあ水晶を……あなたが持っていてもなんの意味も無い物です』

「美咲……」

 剛史の声に華蓮はうなづく。胸ポケットの中に手を入れそっと水晶を取りだした。

「本当にこれを渡せば……」

『嘘は言いません』

 男のフードがうなづいている。華蓮は水晶をつまんで男に差し出した。

 だが。

“水晶をその男に渡してはいけません!”

 女の声が響く、それに答えるように華蓮の手の中の水晶が輝きだした。

 水晶全体から蒼い光が、そして中心から髪ほどの細さの白い光がいくつも飛び出している。

 華蓮はその光をじっと見ていた。目の前の男も、取り巻く男たちも、そして剛史も輝きを遮るように、目を閉じ顔を伏せた。

“その水晶はあなたのもの、決してその男に渡してはいけません……”

『アールマティめ、余計な事を!』

 男はフードをさらにおろし数歩後ろに下がってしゃがみ込んだ。聞こえてくるのは気合い、腰を下ろしたまま右腕を振り上げてそのまま拳を地面に叩きつけた。

 地面が震える。地震ではなく男が拳を叩きつけた場所から華蓮に向かってまっすぐに土が盛り上がる。

 そしてスニーカーを囲むようにツタが伸び華蓮の足首に絡みついた。

「きゃっ!」

 まるでツタが意志を持って居るようだ。地面から生えた腕のように華蓮の足を掴んで振り回す。

 仰向けに倒れた瞬間、頭を守ろうとした彼女の手から水晶がこぼれ落ちた。

 男がそれを見過ごすはずがない。体重の無い加速で一気に水晶に近づいた。

 その男の目の前に剛史が立ちはだかった。

「おまえのいいようにさせるか!」

 せめてもの強がりに男はあきらかに動揺していた。だがそれは剛史への恐れではないらしい。

『……わたしを忘れたのか?』

「なに?」

『おまえほどの戦士が、なぜ?』

「草薙くん!」

 剛史の名前を叫びながら水晶に手を伸ばす華蓮。剛史は振り返って彼女を見た。

『まさか……ネボの手によって感化されようとは』

「さっきから何を言っている?」

『哀れな!』

 男はそう叫びながらすぐ近くの木の幹を左手で叩く、葉がざわめき枝が揺れた。

 今度は木に絡まっていたツタが音も無く延びて華蓮の両腕に絡んだのだ。

 叫び声も出ない、彼女はツタが引き戻る勢いで身体を宙づりにされた。

 動こうにも手も足も固定されている。

「美咲!」

「……く、草薙くん!」

『そうやっておとなしく見ていろ、ネボ!』

 剛史のひるんだ隙を見て男は水晶に手を伸ばした。

 しかし、そこで……再度輝く水晶、それは高速回転しながら浮き上がり華蓮の胸の位置で止まった。

 周りの空気に変化が現れた。降り続いている雨がまっすぐに地面に落ちずに華蓮の周りを回転し始めたのだ。

 初めは一粒だけのそれがいくつもいくつも重なり段々と幅を広げる。

 だが厚さは限りなく薄く、透明なベルトを作り上げていった。

 それと平行して手足に絡んでいたツタは水分を無くししぼみ枯れ葉のように砕けて落ちた。

「……これ、何?」

 自由になった華蓮は不思議そうに自分の目の前に浮かぶ水晶と、水滴で出来た透明なベルトを見た。

 男の舌打ちする声が聞こえる。残りの四人の男たちが一斉に華蓮に飛びかかった。

 だが水のベルトは輪の大きさを広げまるで透明な鞭のように男たちを倒していく。華蓮は一歩も動かなかった。

『やはり倒しておくべきか!』

 男が動いた。コートの下から鈍く光る剣を取りだし華蓮に向かって斬りつけたのだ。

 振り下ろす剣に水のベルトが彼女をかばう。その接触面で金属と水がぶつかり合いはじき合う轟音が響いた。

 男が一歩引いた、華蓮も膝を折った。ベルトの半径が小さくなり瞬きを下瞬間、再度男が華蓮の喉元にめがけて剣を向ける。

 水流のベルトを突き抜け、切っ先が華蓮にせまる。

「やめろ!」

 そのかけ声とともに剛史は男の脇腹にタックルを決めた。

 湿った地面のせいか二人ともバランスを崩し身体が泳ぐ。数歩動いた先に見えたのは幹ヶ原池であった。

 剛史はさらに反動をつけ男共々その池に飛び込んだ。

「草薙くん!」

 華蓮は言うが早いか水柱が立ち、波紋が消えぬ池に飛び込む。

〈草薙くんは泳げない……待ってこれって?〉

 池に飛び込んだ瞬間脳裏に浮かんだのは部屋の中で見た映像。だがそれを詳細に思い返す余裕は無かった。

 体中を締め付ける水圧、二メートルもない深さのはずなのに呼吸はおろか目を開けることすら困難に思える圧力。

〈……く、苦しい〉

 この力は何? このままでは押しつぶされる!

 その時、華蓮の手の中で水晶が脈動した。圧力が消え視界が広がる。

 自分の周りを球状の膜があり差し出した手の中に水晶がある。

 水晶が圧力から華蓮を守っている……しかしそれに細かい亀裂が入り、ガラスを押し切るような異音が聞こえた。

〈草薙くん!〉

 叫ぼうとして気泡があがる、池の底を見る華蓮。剛史は居た、自分に向かって手をまっすぐ伸ばしている。

『美咲!』

 彼の声が聞こえる、あの手を掴まなければいけない。彼女は下降を意識した。水圧に苦しむように水晶の亀裂が大きくなる。

 剛史まであともう少し数センチ、触れる!

『ネボに触れさせるわけにはいかない!』

 男の声、それと同時に剛史の真下に真っ黒な渦が。

〈待って、待ってぇ!〉

 華蓮は腕を伸ばした、剛史の指先に手を伸ばした。

 だが剛史の姿が消え代わりに渦の中から光が延びると水晶を直撃する。

 二、三秒、ぎりぎりと音を立てた水晶が華蓮の目の前で砕けて散った。

〈あっ!〉

 さらに光は勢いをそのままに華蓮の腹にぶつかり、彼女の身体を水面に押し上げた。

 砂のように砕けてしまった水晶とともに。


  §


 いつの間にか男たちが居なくなり、華蓮と剛史も消えていた。

「逃げたのか?」

 栄子はいつの間にか幹ヶ原池のそばにやってきていた。よく見れば水の中で何かが光っている。

 ややあって水面が盛り上がり何かが飛び出してきた。

 それは池の側の芝生に叩きつけられそのまま動かなくなった。

「華蓮!」

 栄子は打ち上げられた者……華蓮の近くに駆け寄った。

 意識が完全に無いのかぴくりとも動かない。栄子はそんな彼女をそっと抱き上げる。

「おい、華蓮、華蓮!」

「……草薙くん」

 生きている……華蓮の声を聞いて、栄子はへなへなと腰が崩れていった。

 栄子はしゃがみ込んだままの姿勢で池を見た。そこは何事も無かったかのような静けさで、水面に雨を受ける波紋だけが幾重にも広がっている。

 栄子の腕の中の華蓮、気を失ったままの彼女の右手には砕けた水晶の破片が一つだけ握り締められていた。


■Scene 7 運命【Destiny】に続く

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