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44 エミリアの企み


   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


日もとっぷりと暮れた頃、馬車はようやく速度を落として、どこかのお屋敷の敷地へ入る。庭がとても広いらしく、門をくぐってからまだ馬車に揺られていた。それから間もなく馬車は停車し、やっと扉が開放される。

降りようと扉の前に出て、リリアナはドキリとする。

馬車の下ではリリアナに手を貸そうともせずに、リリアナをじっと睨んでいる男が(たたず)んでいたからだ。

「──あの」

リリアナが声を掛けると、ハッとしてリリアナに手を差し伸べる。

「……ありがとうございます」

リリアナが礼を言うと、男はそっぽを向いた。


「随分遅かったわね」


(この声……!)


リリアナは嫌悪感で気分が悪くなってきていた。

「リリアナ、ここは私の暮らすメイソン侯爵邸よ。あの時、あんたを連れて来なくて悪かったわ。メイソン家には跡取りの子どもたちが3人もいるから子どもは要らないと言われたのよ」

声の持ち主は屋敷の外階段を降り、コツコツと靴を鳴らし、リリアナへ向かってくる。


(メイソン侯爵領……確か王都の北東部だったわ。さっきまでルーデンベルクの地理を勉強していたところだもの)


「なぜ、今頃になって私に声を掛けるの? お母様(、、、)

リリアナの至近距離まで近づいた母の片方の眉が、ぴくりと動く。

「───そろそろ本当のことを教えておかないといけないわね、リリアナ───私はあんたの本当の(、、、)母親(、、)じゃない(、、、、)わ。あんたを産んだのは、私の双子の姉のアメリアよ」

その声には、憎しみが(こも)っていた。


「…………!!」


リリアナは母の今までの態度がパズルのピースが嵌まるかの如く納得がいった。

優しくない母、甘えさせてくれない母、いつも厳しくて、悪いことをした時は執拗なまでに叩かれた。いつしか、悪いことをしてはいけないと、自分を律するようになった。悪いことをしなければ、母は優しくしてくれる、そう信じて疑わなかった。


それが───すべて間違っていた。

本当の母親ではないから……。

リリアナの両手は、ワンピースのスカートをぎゅうと握りしめていた。


「私の、本当の母親は……どこにいるの?」

「───カルダス家の裏庭の隅で、眠っているわ。リリアナ、あんたを産んだ直後にアメリアは死んだの」

もしかしたら、という期待はあっさりと(くつがえ)された。

「じゃあ……私の父親は───」

「落馬した時に打ち所が悪くて死んだ……って、アメリアは言っていたわね」

「……そう」

リリアナの僅かな希望は、ことごとく粉々に打ち砕かれた。


「──おか……いえ……エミリア叔母さん、それで、私に何のご用ですか?」

叔母さん(、、、、)……慣れないわね……せめてエミリアさんと呼んでくれないかしら」

「……エミリアさん」

「血の繋がりもない赤の他人のローズウッド家に居るよりも、血の繋がりのある私が、姪であるあんたをメイソン侯爵家へ養子として引き取る方が現実的でしょう?」


(何を企んでいるの……?)


「夕食の支度ができているわ。中に入って食べましょう。話はそのあとよ」

エミリアはリリアナに背を向けると、階段を昇り、先に屋敷の中へ入っていった。


(困ったわ……きっとお兄様とお父様が家から私がいなくなって心配しているわ……)


   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


トルーマ法務大臣は帰宅の途につこうと、執務室を出て王宮の通路を足早に急いでいた。

そこへ、向こうからフローディン宰相がやってくる。

「おや、宰相殿はまだ残られるのか?」

「いやいや、私もこれから帰るところですよ。今まで愚息がたくさん届く令嬢の釣書(つりがき)や姿絵を見ても結婚どころか婚約もしないと突っぱねていたのが、とある令嬢の姿絵を見た途端に急に婚約したいと言い出して、準備にてんやわんやですよ、ハハハハ」

「ほう、それはめでたいですな。息子さんにおめでとうとよろしくお伝えください」

「ははあ、お祝いの言葉、真に大変嬉しく存じます。それでは、私はこれにて失礼……」

トルーマ法務大臣は立ち止まり、フローディン宰相の行く先を目で追っていた。


(フローディン宰相……若いが故に切れ者だ。我がルーデンベルク王国の歴史上で最年少での宰相だろうが……はて? 息子が優秀だのという噂は聞いたことがないな……)


   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「エミリアの姪だというからどんな()かと思えば、美人じゃないか」

メイソン侯爵とその家族たちと対面して、リリアナはまるで〝蛇に睨まれた蛙〟のようで居心地は最低なものだった。

「うちの息子たちの中の誰かの嫁にはならんか?」

リリアナは真っ青になって、ぶんぶんと頭を横に振る。

「駄目よ! この子にはこの家から公爵家に嫁いでもらう筋書きがあるんだから、横から掻っ攫うような真似はやめてちょうだい」

「……エミリアさん……そんな計画を企てているなんて、初めて聞きました……」

暗く沈んだ声でリリアナはエミリアに口出しした。

エミリアは悪魔のような悪い顔つきをして、にたりと笑う。

「そりゃそうよ! 今まで私の中で温めていたシナリオだもの! 誰にも話したことなんてないわ」


(随分と自分に都合のいいシナリオで……私の気持ちなんてどうせ無視なんでしょうけど……)


リリアナはエミリアに対して怒りというよりも、呆れてしまった。


「疲れたから休みたい」と申し出ると、2階の客間の一室をリリアナに割り当ててくれた。さすが侯爵家ね、とリリアナは感心する。

部屋の明かりを消し、靴を脱いでベッドに転がる。うつらうつらすると、睡魔に襲われすぐに寝ついてしまっていた。


次に目が覚めると、辺りはまだ闇に包まれている。

だが、うかうかしているとあっという間に陽が昇ってしまうので、机に登ってカーテンを外し、カーテンをベッドの脚に結ぶ。

リリアナは寝ていたベッドからシーツと上掛けのカバーを剥がし、結び目をひとつずつ作った。結んだカーテンの先にシーツと上掛けカバーも結び、開けた窓からスルスルと下へ垂らしていく。

靴を履き、両手の力だけでゆっくり降り、地面に着地することができた。周りを見渡し、なるべく明かりのないところを通り、広い前庭を抜けると、冬なのに敷地から出るだけで汗を掻いてしまった。

そうして、闇夜の中、馬車で通ってきた道順を辿ることにした。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

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