終章
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意識が途切れて、次の日、俺はピカトリクスの宣言のとおり神代中学校の教室で目が覚めた。
そこにいたのは、俺と摩耶と塚本と谷森、そして加奈子だった。
加奈子の無事を確認して、事の顛末を聞いた。
あれは、たまたま夜中にコンビニに行った時の事、偶然を装う形の黒瀬と会って話をして、その後の記憶が無いらしい。
次に目覚めた時は、10畳ぐらいの見知らぬワンルームのようなところだったそうだ。その時に液晶モニターの黒瀬からデスゲームを開催するから、人質という形で連れてきたと告げられたそうだ。
出せ出せと騒ぐもここが誰も来ず、外部通信手段はなかったが、テレビやゲーム、漫画と言った娯楽はこれでもかと用意されており、結果的にそれで時間を潰すことになった。
食料も潤沢に用意されており、それを食べて、風呂とトイレもついていたから不自由はしなかったそうだ。
そして黒瀬からゲーム終了を告げられて、後は俺の説明を受けろと言われたらしい。
他の3人は、スマホが突然鳴り響き、ゲームがクリアされたこと、これから帰還するとだけ告げられて現在に至るという流れだそうだ。
俺は加奈子に説明がてら、改めて裏切り者が黒瀬であったことをみんなに告げた。
皆の反応はというと「そうだったのか」という特に取り乱すこともなく、淡々と、いや、まだ帰ってきたばかりで現実感が無いのか、そういう風に受けて止めていた。
その中でかろうじて谷森が「アイツらは一体何なんだ」という質問に俺は、「お前が知っている黒瀬涼と名乗る人物を知っている限り全て教えろ」と言ったピカトリクスの返答について説明する。
ピカトリクスはこういった。
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『うーん、さて何から説明したらいいものか、まずですね、私たちはお互いの顔は知っていますが素性をほとんど知りません。それこそ名乗っていたのが本名だったのか偽名だったのかも分かりません』
『お互いを顔かそれ以下しか知らないサークル、名前は一時的にピカトリクスと名付けました。そのサークルが作ったゲームとでも言えばいいでしょうか、その中で貴方が知る黒瀬は「如月連」と名乗っていました』
『ゲーム制作に辺り色々な担当がありました。貴方方の賞金やここの建築費用の金集めを担当した人物がいたり、笠見さんが推理した情報収集を担当した人物がいたり、その中で私はゲームメイクの方を担当していました。このゲームルールを決めたのは私であり、司会進行役を担当しました』
『さて、その役割の中でサークルメンバーを集める担当もいるのですが、その担当者が連れてきたのが如月でした』
『担当者曰く、裏切り者の役割は彼が適しているとのことです。裏切り者はゲームの根幹をなす役割ですから私と一番打ち合わせを重ねました、多分ですけどサークル内では私と一番交流があったと思います』
『私が司会進行役として一番危惧していたのは、笠見さんが危惧したとおり情にほだされることでした、さて如月連についてですが』
『背も高くて爽やかで頭もよく、愛嬌もあり会話も面白く気が利く少しHなイケメン、余計なことを言わずに女性に対してもマメ、ここまで並べれば女が放っておかないタイプです。これについては同性である笠見さん達ですらも同じ見解だと思いますが、私は全然違うんですよ、はっきり言えば』
『こんな化け物をよくもまぁ見つけてきたものだと感心しました』
『最終的に私は、ゲームシステムとしての裏切り者の役割はむしろ彼しか考えられないとまでに至ります、情にほだされてのゲーム崩壊の危惧についてはありえないとすら思うほどに、何故なら』
『彼は好奇心の化け物だからです、私は聞きました、貴方はどうして今回のゲームで裏切り者の役割を申し出たのかと』
――「名探偵の活躍を一番肌で感じることができるのは犯人だ、笠見は一見して平凡な奴だが、窮地に追い込まれた時に、凄まじい力を発揮するかもしれない、俺はそれを一度でいいから見てみたいんだよ」
『彼はその言葉を曇りない笑顔で、本当に楽しそうに言っていました。それこそ楽しみにしてたゲームの発売を心待ちにしている心境と言えばいいのでしょうか』
『更に如月が笠見さんたちを大事に思っているのは事実です』
『彼もまた笠見さん達を大事に思い、仲間だと思い、貴方と過ごした学生生活は楽しかったのも間違いありません。打ち合わせをしてもすぐに貴方との思い出話に話がずれるんですよ』
『故に、ゲームシステムにおいて、当初予定から一つだけ、如月から裏切り者の役割を引き受ける条件という形で私に変更を願い出たのです』
――「当初の予定にあった直接俺が仲間を殺すのは無理になった。だから仲間を殺すのだけは別の奴にやらせてくれ、汚れ役の中で、そこだけは俺の要求を通して欲しい」
『それをあっさりとゲームを完成させるために出来ないことだからと、それだけの意味で私に提案しました』
『そして、彼が裏切り者としての役割をこうやって果たした。笠見さんがまさに名探偵の役割を果たしたため、疑われないようにすることで、彼は大人しくせざるを得なかった、彼からすれば多分「肌で感じ取れなかった」部分として自分で不満に思っている部分ではないですか』
『さて、私が如月について知っていることと言えばこれぐらいです、以上が質問の回答ととなります』
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「化け物か……」
谷森が上を向く、この中で黒瀬と一番仲が良かった。
「俺は、全然気が付かなかった、アイツは軽いところがあるが、気がいい奴で、気持ちがいい奴で、仲間想い……」
谷森から涙が流れる。
そう、谷森だけじゃない、全員だ、全員がただただ悲しい。
その時に声が聞こえてきて、声が聞こえてビックリして勢いよく教室の外に出ると、地元のお年寄りたちが続々と集まっており、飲み会を開こうとしていた。
俺を見るとニッコリ笑う。
「あれ? 忠直じゃないか! お! 摩耶ちゃんも! 相変わらず美人だね~! 飲むかい?」
「駄目だぜ! 未成年に酒進めるのは」
とお互いに笑いあい、変わらない、本当に変わらない。
ここでお年寄りの1人が笑顔でこういった。
「本当に中学時代から仲いいよな、懐かしの母校で同窓会かい?」
「っ! すみません! 失礼します!!」
みんなも一緒だったのか、いてもたってもいられなくなり、全員が駆け出した。
無我夢中で走って辿り着いた場所。
そこは俺達のヨネばあちゃんの家。
残された俺達4人は、静かに、泣いた。
――2学期
夏休みが開けて、2学期が始まり、俺は学校に通い始めた。
ザワが行方不明になったことは、2学期始まって早々、不登校ということで調査が入ったらしく、その件について先生が家出をしたということ、そしてザワは児童養護施設で育って身寄りがないことをみんなに告げた。
そんな出自だから、勝手にザワは誰も言えない悩みがあるってことにされて、あの明るいザワがとみんな驚いたけど「そういうこと」だと勝手に理解されて「戻ってきたら温かく迎えてやろう」ってことになった。
何も知らなければ、俺もあの一員だったに違いないだろう。
国井とスガの両親は、多分まだ2人がいないことにすら気づいていない、通っていた高校も、無断欠席ぐらいで騒ぐことはない。
大城は、生き残ってから分かった、実は進学した高校に馴染めず辞めていたこと、それをずっと俺達に話せなかった事だ。
黒瀬が通っていた高校については調べたが誰もその存在を知らなかった。マンモス高校という話で、納得したけど、そんな生徒自身が在籍していないという。確かに、俺も皆が本当に高校に進学したのだとか、話を聞けばそれで納得するものだ。
結局、ピカトリクスの目論見通り俺達がいなくなっても、誰も気にかけてくれない。
それが無性に悔しくてやるせなかった。
だが、出来ることがある。
それは諦めずに今のうちに情報をかき集めておくことだ。
何でもいい、思いついたことは何でもした。
その中で皮肉にも金はあるというのは強かった。
だからそれを使い、ゲーム舞台である島にまで行き、痕跡が無いかどうか徹底して調べて、中学生の俺達じゃ対応できない大人の世界は、探偵を雇ってまで色々と調べてもらった。
結局、有力情報はなかったけど、その情報は今でも大事に取ってある。
いつか必ず、相手を探し出す。
これが俺達の今の共通目的。復讐、といえば復讐をするものだろうか、よくあるように炎が燃え上がるということはない。
だから探し出してどうするのかは分からないから保留、探しても無駄かもしれないが、ピカトリクスは俺達が生き残った後のことを考えると二つの状況を考えていたことが分かるから手を緩めるつもりはない。
一つは、完全に痕跡を消し、二度と俺達の前に姿を現さないことだ。
だが俺達は、その一つを無いものとして動いている。
理由なんてない、このまま黙ってなんていられない、それだけだ。
【間もなく、●●駅に到着します、●●線をご利用の方はこちらでお降りください】
車窓から景色を眺めていた時、車内アナウンスが木霊する。
今日は休日、いつものとおり俺は1人、その調査の為、仲間に会いに行くために都内に向かっていた。
目的の駅はこの駅の次、待ち合わせ場所は駅前の喫茶店だ。
ホームに滑り込むと停車して、俺が乗っていた反対側のドアが開いて、人の出入りの足音が響く。
「見た見た!?」
「見た! チョーイケメンがいたよね!!」
「やばい! 声かければよかったー!!」
そんな騒がしい声で我に返る。車窓の鏡越しに見ると女子高生の3人組が乗ってきた。
(そういえば、そうだったけ)
そうだ、思い出した、男だけで都内に遊びにいったりしていたけど、黒瀬と歩くとアイツばっかり逆ナンされて、俺とかザワは添え物扱いで随分むくれたっけ。
大城がいた時は凄くやきもきしていた光景を思い出して、他の女性陣が黒瀬を冷たい目で見ていて、黒瀬が慌てた様子で言い訳していたんだ。
そうそう、黒瀬と待ち合わせする時もこんな感じだった、俺達より先にこんな感じで女子学生たちの方が見つけて……。
「…………」
「…………」
向かいのホームで立って、黒瀬は俺をずっと見ていた。
当然に言葉は届かないから、俺も声を放つことはないし、向こうも俺をじっと見ている。
電車が動き出して、最後まで視線を切らずに、すぐに黒瀬の姿は消えて都会の風景に呑み込まれる。
それと同時に俺のスマホがメッセージを受信する。
無言で取り出して、画面を確認する。
差出人は、知らない相手から、そしてメッセージは一言だけ。
――またな、親友
「…………」
俺はぎゅっとスマホを握りしめて、ポケットにしまったのだった。
:終:




