十一話目 改心しよう!
当然、卒業式は延期になった。
そして、予備日が決まるまで俺達卒業生は家に待機することになった。
卒業式は3月末にまで延期したのだが、その間、俺は苦境に立たされることになる。
俺は卒業式からの一週間、ある心配で食事が喉を通らなかった。
罪を犯してしまった罪悪感からではなく。
心配になったのは『遺書』だった。
その頃の俺は遺書にこう書かれていないか心配だったのである。
『ボクを苛めたのは同じクラスの●●●君です』
●●●とは俺の思い出したくもない昔の名前である。
そして、もしその●●●に俺の名前が当てはまったとしたら、普通の人生を生きていく事が出来なくなることは昔の俺も重々承知していた。
苛めで自殺した人間が首謀者の名前を遺書に残すと、首謀者又は首謀者の遺族(監督責任として)に慰謝料として何億円もの借金を背負うことになる。
……そして、就職活動に乗り出したとしても『あぁ、君。あの事件の……』で一瞬で内定は切られる。
結婚だってそうだ。汚れた過去、借金を持つ人物なんかを嫁がせたいわけがない。
それに、こんな事件はネットの不特定多数の人物が住所や電話番号を調べあげて何処かのサイトに載せたりしていたずら電話したり火炎瓶投げ込んだりすることを知っていた。
一発で闇のルートへ落ちてしまう。死神に選ばれたのと一緒だ。
――――自分の罪が重いことには気づいていたハズなのに情けないことに、俺がとった行動は許しを請うことではなく、あろうことか責任転嫁だった。
君を苛めていたのは他にも誰かいただろう?
ほら、……明石とか井上とか浦川とか衛藤とか大岡とか金村とか木村とか国枝とか下呂とか河本とか斎藤とか霜長とか須藤とか瀬田とか……確か、左右田とか田中とか地井とか月原とか天童とか土井とか波多野とか平居とか古谷とか別所とか本郷とか松本とか御堂筋とか村山とか女木とか森下とか山田とか遊佐とか横田とか頼禎とか柳とか留萌とか礼文とか呂都とか和田とか……!
頭の中に次々と浮かび上がるのは『共犯者』だった。どんどんあげつらっていくと自分のしたことを小さく感じてほっとした。
――――苛めの共犯として挙げた者の中には関係ないやつも居たし、中学にはいない小学校の頃の同級生もいた。
つまり、俺はどこかイカれていた。気が動転して、転びまくっていた。
お願いだ、俺を選ばないでくれ、
頼む、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む………
アイツのその一言で俺の人生は……滅茶苦茶になる。ハズだった。
……が、いつまで経っても連絡は来なかったし、警察も家に二度とやって来ることはなかった。
遺書が見つからなかったのか?
と、考えもした。が、それにしては家に警察の人が一回しか来ないのはおかしい……と考え直した。
つまりはその一回で俺から得られる情報は無くなったということだ。
遺書に俺に関することが書かれていなかったに違いない。
あれば一回目で『遺書』について詳しく問うハズだ。
それは正解だった。
何故分かったかと言うと、……自信が持てない俺は佐東の家まで行って確かめたからである。
佐東の家は俺の家からそう遠くない場所にあった。住所は卒業アルバムから調べた。
インターホンを押して出たのは女性だった。
『たくみのお友達ですか?』
多分、佐東の母らしき声だった。
柔らかく優しそうな声に寂しさや切なさが籠っているのが分かった。
『はい』
そうではなかったが、アイツの遺書を見るためにはそういった嘘の『関係』を作っておかなければならなかった。
そして、『高梨』という偽名を使って佐東家に入った。
偽名を使ったのは俺の名前がバレたら母親は俺のことをどうしてしまうか分からなかったからだ。
『これが、あの子の遺書です』
そうして、遺書が出てきた。丁寧に桐箱に入れられて保存されたそれは見た目にも重苦しさを露にしている。
人が、死んだ。その、事の重さを。
ボールペンで『遺書』と書かれ、四つ折りにされたわら半紙の遺書である。
『私には、何故たくみがこんなことを書いたのかは分かりませんが、友達の貴方なら……、どうかわかってやってください……』
言いながら、母親は泣き出す。母親が泣くなんてこと気にしてはいられなかったから俺は直ぐ様遺書を開いた。
書いてあることが分からない……?
それほどまでに、佐東は簡潔ではない文章を書いたのか?
とそう考えていた。
だが……、違った。
わら半紙には大きくこう書かれていた。
『お母さん、お父さん、すみません。僕は生きる気力が無くなりました。それはけしてお母さんのせいではないし、お父さんのせいでもないのです。ただ、僕の心が弱くて、それで一人死んでしまっただけなのです。怖くはありません。きっと地獄にはいってしまうでしょうが、気にしません。なんたって僕は 親 不こ ぅ もの だから』
最後の文字は、涙でぐちゃぐちゃになった跡がある。
佐東もこれを書くとき泣いたのだろうか、と一瞬そんなことを考えてから俺は遺書を読み直した。
……どうせどっかに書いてあるんだろ?
俺が犯人だって署名がさ?
推理小説よろしく、どんな暗号で書かれているか分からないし小さく書かれているのかもしれない。
俺は隅々まで汲まなく探し、佐東が本当に書きたかったことを考えた。
そんなもの『ありやしないのに』
ただひとつ、発見したことがある。
大きな文字の横に小さく、鉛筆で消えかかりそうなくらいの文字が書いてあった。
『僕はお前が嫌いだ』
その日、家に帰り俺は考えた。
佐東は何故あんなことを書いたのだろう?、と。
見つかりにくくする意味があったのだろうか?
あの署名は少なくとも佐東は誰かを嫌う心を持っていたことの証明になる。
きっと、書こうという意思も少なかったのだろうか?
そう思いもした。
だが、何か違った。自殺する人間が、そんな中途半端なことをするだろうか?
……いや、しない。失うものを持たない人間は何でもできるからだ。
何度も何度も考えては自問自答していくと、答えは出た。
佐東は何故あんな隅に小さな文字で今にも消えかかりそうな鉛筆で書いたか、分かった。
佐東はやはりこのメッセージを伝えたかったのだ。
『僕はお前が嫌いだ』という一文を、
『遺書の内容を隅々まで探す人間に』こそ、このメッセージを伝えたかった。
ただ単に遺書を読みに来ただけならば、隅々まで探すなんて、そんなことはしない。
だが、例えば俺はどうだろうか?
自分を貶める内容が書かれていることに怯え探しまくった。
……そう。探した。
これが、唯一無二の事実である。
つまり、俺は佐東に一本取られたという訳だ。
自分の気持ちや目的も判然としない俺に自分の意思をハッキリ伝えた佐東。
一体、何が違った……?
その時、初めて、本当の意味で『他人』を考えた。
いや、『佐東』という他人のこと……だ。
『俺は、………一体何がしたかったんだ?』
それに気付いたとき、●●菜のことを好きになるのは止めた。
なんだか、●●菜のことを好きになっちゃいけないと思えたからである。
きっと俺は彼女さえダメにしてしまう所だったんだろう。
そう思った。
何かが変わる訳じゃないけれど、……何かがもとに戻る訳じゃないけれど、佐東の言葉で俺が失ったものは大きい。
『青春がしたかった』という願望である。
今となってはこれっぽちも欲しくない代物ではあるが、思春期の俺にとってこれは大事な思いだった。
つまりは『彼女を作る』なんてベターな最終目的。
それを作ってしまったばかりに俺は大変なことをしでかしたことになる。
ごめんな、佐東。
今になってからしか、俺は自分のやったことが重くて二度と取り返しのつかないことかは、これって所謂傲慢なんだろうけど、分かってるつもりだ。
多分こんなことを言われても、お前は苦々しい顔で聞き流すかぶん殴ったりするんだろうが、あの時お前がやったことは『お前自身がやらなければならないと思ったこと』なんだろう?
あの時、●●菜を見ないでくれと言うのが俺がやるべきことだったし、告げ口せずに俺がお前に言うべきことだったし、●●菜に言わせたのは『俺自身がやることだった』から。
だから、
今度は、間違えないさ。




