プロローグ
この地は常に陽の光が届かない。
夜は月明かりが美しいほど降り注ぎ、満点の星空を映すが、朝日が登ろうと言う頃になると、霧が立ち込め、重々しい曇天が広がるのである。
城のとある一室、おそらく城の主人の為の部屋であろう部屋に2人の人影があった。
「ねえ、母上?」
年齢は10歳ほどだろうか、子どもが美しい女性に問いかける。
「なあに?」
「父上が生きてた時はお腹が空かなかったのに、なんで今はお腹が空くの?」
美しい女性はにっこりと笑って答える。慈愛も垣間見えるような表情であった。
「あなたの半分は私と同じ悪魔だからよ。」
もちろん子どもは悪魔というものを理解はしていない。
しかし、その答えは自分の両親が別の生き物なのだということを理解するのには充分だった。
「悪魔は人間の感情を糧に生きる者よ。特に美味しく感じるのは悲しみや寂しさかしら?」
美しい女性は続けて答える。
子どもは腑に落ちたと言った表情だった。
「ずっと父上の悲しさでお腹がいっぱいだったんだ。」
「そうね、人間の心の隙間を自分で埋めた時が一番満たされるから、あなたたちは存在するだけで満たされて居たでしょうね。」
確かに、今思えば父上はいつも美味しそうなにおいがした。
そしてそんな父上のもとにいくと、それだけでお腹がいっぱいになった。
空腹を知る機会が無かったのである。
「どうして母上では、お腹が満たされないの?」
「悪魔の感情は偽物だからよ。」
悪魔は感情を持たない。
喜んでいる、悲しんでいる、愛している……。
全部、受け取った人間が感じているだけのものだった。
子どもは胸が少し痛むような感覚を覚えた。
「母上はどうしてお腹が空かないの?」
「あなたたちが半分人間だからよ。」
自分と違って、人間を父親に持つ子どもたちには感情があった。
美しい女性はそんな子どもたちの母で、存在するだけで母の空腹を感じさせない程であった。
子どもは、先ほどの胸の痛みは人間としての感情なのだと理解した。
そしてその痛みは母は感じることが無いのだ。
自分の頭に伸びてくる母の手は、そのまま頭を撫でる。
「可愛い子ね。」
満たされない心は、悪魔たちにとって最も甘美なご馳走となるのだ。




