第7話 産業の形
『ターフのカノジョ外伝 = チャリティーアイドルホースベコ =』は北陸復興支援と地方競馬(金沢競馬含む)の繁栄を目的に「お座敷ちゃんねる」が展開している北陸復興支援プロジェクト(タフカノベコプロジェクト)から出てきた2.5次元[3次元ベース]の『ターフのカノジョ外伝 = 北陸復興姫ベコ =』と2次元ライトノベル『ターフのカノジョ』を実際の競走馬ベコを介して世界を繋ぐ2.5次元ノベル。
ベコを現実へ引き出しリアルな陣営の想いとベコのブログ部分とターフのカノジョとクロスオーバーさせた物語です。
「まりあ! 忙しい? ちょっとヴィーナス学園に確認したいことがあって見に行くんだけど…」
さなさんの何気ない一言から私の一日は始まった。
腕時計に目を落とす。
そろそろマーケットが動き出す時間だ。
「今日は特に予定もありませんしお付き合いします」
私はそう答え行動予定ボードに「ヴィーナス学園」と書き込んだ。
「さなさん、戻りは何時ごろですか?」
スマートフォンを眺めていたさなさんは画面から目を離さずに答えた。
「お昼くらいでいいんじゃないの?」
…なんだろう。
普段、さなさんはあそこまで頻繁にスマートフォンを確認しない。
今日の用件はもしかして重大なことなのだろうか。
それなのに慌てている様子はない。
少なくとも今すぐ命の危険が迫っているような緊迫感は感じられなかった。
私はあれこれと考えを巡らせる。
もちろん答えなんて分からない。
エレベーターに乗り込んだところで私はさなさんに尋ねた。
「今日は…安全な日ですか?」
さなさんの表情がにこやかになった。
「ビビってるの? 大丈夫!」
その笑顔がかえって不安をかき立てる。
本当に大丈夫なのだろうか。
エレベーターを降り私たちはテレポックスの前に到着した。
私はデジタルキーに番号を入力しようとした。
しかし指が止まる。
…あれ?
番号、何番だったっけ?
「0821」
さなさんがぽつりと口にした。
「0821が広島支社。0822がNEO福山競馬場。0823がNEO深川競馬場。三つくらい覚えておきなよ」
「あっ、はい!」
私は慌てて番号を入力した。
「すみません、覚えていませんでした」
「まったく…」
さなさんは呆れたように笑い、先にテレポックスへ乗り込んだ。
私も後に続きシートに腰を下ろす。
さなさんはいつもの腕組みポーズでニュースサイネージを眺めていた。
本当に不思議な人だ。
真面目なのかふざけているのか。
ふざけているように見えるのは周囲の雰囲気を和ませるためなのだろうか。
それとも単純にそういう性格なのか。
けれど、いざというときには的確な指示を出す。
判断も早い。
この人は一体、何を考えているのだろう。
私は横目でさなさんをちらりと見た。
「…早っ! もう寝てる!!」
さっきまでニュースを見ていたはずなのに、さなさんはいつの間にか目を閉じていた。
…本当に、この人は。
そうこうしているうちにテレポックスは広島支社へ到着した。
私たちはタクシーに乗り換え、ヴィーナス学園へと向かった。
ヴィーナス学園。
目の前にそびえる門構えは壮麗で掲げられた黄金のエンブレムが名門校としての歴史と誇りを物語っていた。
守衛所に到着するとさなさんはRISEの手帳を提示した。
確認を終えた守衛が門を開く。
私も同じように手帳を見せさなさんの後に続いた。
学園の敷地内を進み厩舎棟へ向かう。
すると厩舎の前に見覚えのある女性の姿があった。
一頭の馬に寄り添い何やら様子を確かめている。
やがて女性はこちらに気づきゆっくりと歩み寄ってきた。
さなさんがRISEの手帳を見せる。
「RISEのさなです」
「外部指導者の三原光です」
三原光さん。
ホワイトキャットやキセキノアオバを手掛けたあの有名な調教師だ。
テレビで何度も拝見している。
実際にお会いするのは初めてだった。
世界では競馬産業の仕組みそのものが大きく変わっている。
生産から育成、競走、そして引退後のセカンドライフまで。
一頭の馬の生涯を見据え、無理のない生産計画のもとでその命と価値を守る仕組みが整えられていた。
競馬道を学ぶ生徒たちはプロの調教師や装蹄師、獣医師などと連携し実際の現場で専門的な指導を受ける。
かつては生産に特化しなければ成り立たなかった事業も学校や企業との連携によって十分に成り立つ新たな形へと変わりつつあった。
だからこそ、プロが生徒たちに実習を行う光景は今では決して珍しいものではない。
けれど今日の雰囲気はどこか違っていた。
光さんはさなさんをじっと見つめた。
「…今日という日がよくお分かりになられましたね」
さなさんは、間髪入れずに答えた。
「女の勘。立ち会わせていただきます」
女の勘…?
それだけでここまで来たのだろうか。
光さんは小さく笑った。
「おおよそ、お昼前後になるかと…」
「では、待たせてもらいます」
さなさんはそう言うと、近くにあったテーブル席を指さした。
「あそこで待っていてもいいですか?」
「ええ、構いませんよ」
私たちは案内された席に腰を下ろした。
私は周囲を見回しながら隣のさなさんに小声で尋ねる。
「さなさん、いったいどういう状況なんですか?」
さなさんはこちらを向くこともなく答えた。
「まりあは黙って一緒にいればいいの」
「…はい」
結局何も教えてくれない。
私は小さく息を吐き、目の前の厩舎を眺めた。
何が起ころうとしているのだろう。
時間が経つにつれ、お腹が空いてきた。
そんなとき金髪の美少女がこちらへ歩いてきた。
彼女はテーブルの上にビニール袋を置く。
中にはサンドイッチとパック入りのコーヒーが二人分入っていた。
さなさんは彼女を見るなりにやりと笑った。
「マスクマン、ご苦労!」
「ここではその呼び方はやめてください!」
美少女は困ったような表情で抗議した。
マスクマン…?
どういう関係なのだろう。
私が考え込んでいる間にもさなさんは楽しそうに笑っている。
そして、時計に目を向けるとぽつりとつぶやいた。
「時は満ちた…」
その言葉を合図にしたかのように厩舎の外から一人の女子生徒が駆けてきた。
バラ園を抜けこちらへ一直線に向かってくる。
「なーよ! 間に合った?」
息を弾ませながら現れた少女。
その顔を見て私は思わず息をのんだ。
秋山桜。
テレビで何度も目にしてきた競馬道で西日本最強と称される生徒だ。
まさかこんな間近で本人に会えるなんて。
「桜先輩、大丈夫。間に合っています」
金髪の美少女が答えた。
「紫彩ときららは?」
桜さんが厩舎の外へ視線を向ける。
ちょうどそのとき、二人の女子生徒がこちらへ走ってきた。
全員そろったらしい。
さなさんが椅子から立ち上がった。
「それじゃあ、立ち会いするわ!」
その一言を合図に私たちは厩舎の奥へと移動した。
そこには一頭の牝馬が横たわっていた。
サンミネルバ。
周囲にはすでに数人の女子生徒が集まっている。
光さんが私たちに気づき手招きした。
「桜さん、今からです」
その言葉に周囲の空気が変わった。
いよいよだ。
私は息をのみ、牝馬の姿を見つめた。
新しい命が生まれようとしている。
競馬産業が大きく変わったこの時代、馬の生産は厳格な管理のもとで行われている。
生産頭数を適切に管理するだけではない。
RISEやJAIRSが立ち会う目的には血統の管理も含まれていた。
五代前までに共通祖先を持たない組み合わせであるアウトブリード。
そして、五代前までに同じ祖先を複数回持つ組み合わせであるインブリード。
それぞれの特性を理解し馬の健康や将来を見据えた繁殖計画を立てることも次世代の競馬界を担う者たちに求められる重要な役割だった。
今回、ヴィーナス学園はブラックナイトとの繁殖権を取得した。
その相手となったのがサンミネルバだ。
担当する生徒はプロの指導のもとで繁殖を学び出産に立ち会う。
そして、生まれた仔馬の担当を一貫して受け持つことで誕生から成長までを継続的に学んでいく。
それは競走馬を育てる技術だけを学ぶものではない。
一頭の命に責任を持ち、その生涯と向き合うための学びでもあった。
競走馬になれなかったサラブレッドにも乗馬や馬術、ホースセラピーなど、さまざまな第二の人生が用意されている。
生まれてから引退した後まで。
人と馬が共に歩める未来を目指し競馬産業は進化を続けてきたのだ。
そして今。
その未来を担う生徒たちの目の前で新たな命が誕生しようとしている。
私は知らず知らずのうちに両手を握りしめていた。
「頑張って…」
誰に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。
サンミネルバだろうか。
それともこれから生まれてくる小さな命だろうか。
厩舎の中には誰もが息を潜めるような緊張感が漂っていた。
やがて光さんの指示に従い周囲の生徒たちが動き始める。
新しい命を迎えるために。
その命が歩む未来を支えるために。
私たちは今、一頭の馬の生涯が始まる瞬間に立ち会っている。
競馬の未来は華やかなレースの舞台だけで生まれるのではない。
こうして命が受け継がれる一つひとつの現場から始まるのだ。
私は目の前の光景を決して忘れないように心に刻んだ。
■ 第7話 新たな生命 ■
■ お願いとご挨拶 ■
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【ターフのカノジョとは】
競馬が繁栄し、法改正によって人々の日常に深く根付いた世界。
競馬産業は大きな変革を遂げ馬の生産頭数は適切に管理されるようになった。
競走馬は単なる経済動物ではなく一頭一頭がかけがえのない命として尊重され、引退後の第二の人生まで見据えた新たな産業構造が確立されていた。
その変革の中で誕生した第三の競馬体系――「学園競馬」。
専門職に就く大人たちから直接指導を受け、騎乗技術や予想技術、馬の生産・育成・管理、さらには競馬産業の運営に至るまで競馬に関わるあらゆる分野を体系的に学ぶ教育制度。
人々は、それを「競馬道」と呼んだ。
競馬道学部に集う生徒たちはそれぞれの専門分野で知識と技術を磨き、互いに競い合いながら次世代の競馬界を担う存在へと成長していく。
夢と誇りを胸に仲間と切磋琢磨する日々。
その先には、誰もが目指す栄光の舞台が待っていた。
しかし繁栄する競馬産業に目を付けた者たちもいた。
競馬界の光の裏に潜む欲望と野望に満ちた悪の影。
その脅威から競馬界と人々を守るため暗躍する者たち。
そして特殊能力「スキル」を駆使し勝負を有利に導こうとする者たちの出現。
新たな力が競馬界の在り方を変え、さらなる激動の時代へと突入していく。
これは競馬の未来を切り拓こうとする者達の物語。
馬と人が紡ぐ新たな競馬の時代。
学園競馬を舞台に少女たちの熱き青春と競馬界の光と闇が交錯する。
『ターフのカノジョ制作委員会とは』
みんなで創り未来へ受け継ぐ参加型ノベルプロジェクト
ターフのカノジョは、作者だけで物語を完成させるのではなく参加者からアイデアや意見を募り、みんなで世界を創り上げていく参加型ノベルプロジェクトです。
発起人である中原牧人だけでなく、一人ひとりの参加者が持つ発想や想いを大切にしそれぞれの視点やアイデアを物語の可能性へとつなげていきます。
さまざまな意見やアイデアを持ち寄り、互いの個性を尊重しながら一人では生み出せない新たな物語を共に創造していく。
それが『ターフのカノジョ制作委員会』の目指す創作のかたちです。
そして、このプロジェクトが目指すものは物語を完成させることだけではありません。
参加者一人ひとりの想いとアイデア、そして共に創り上げた創作の軌跡を日本の書籍というかたちで次世代へ受け継いでいくこと。
時代を超えて読み継がれ後世の人々が当時の参加者の情熱や創造性に触れられるような文化的・歴史的価値を持つ作品と記録を残すことを目指します。
誰か一人の物語からみんなの物語へ。
その想いを未来へつないでいくプロジェクトです。
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