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世の中、優しい方ばかりですわ!  作者: 一ノ瀬 このは


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第1話 お茶会ですわ!

ごきげんよう!

私、マルグリット・フォン・ローゼンベルクと申しますの。

ロイエンタール王国の公爵家の長女ですわ。


お父様はお仕事が忙しくて、夜遅くまでお書類とにらめっこしていらっしゃるの。

お母様はお祈りが大好きで、お庭の小鳥にまでお説教なさるのよ。

お祖父様ったら、お薔薇に夢中で、私の名前より新しい品種の名前のほうがすらすら出てくるんですから。

ちょっと困ったご家族でしょう?でも、どこのお家も似たようなものですわよね。


今日は王宮の園遊会。婚約者のセオドア殿下にお会いできるのが楽しみで、昨夜は五時間しか眠れませんでしたの。

普段は十時間眠るのに、我ながらいけませんわ。お肌に障りますもの。


ドレスはお祖母様の形見ですの。少し古いけれど、レースが素敵で、私のお気に入り。

お祖母様、もう何年も前にお亡くなりになっているのに、こうして袖を通すと、ふわりとお薔薇の匂いがする気がいたしますの。気のせいかしら。

玄関で見送ってくださったお父様は、いつもよりお疲れのお顔。


「楽しんでおいで」


とだけおっしゃって、すぐに書斎へ戻ってしまわれましたわ。

お机の上に、見慣れない書類が広げてあって、表題に「ハーヴェル伯爵家・会計監査」と書いてありましたの。難しそう。お父様、本当にお忙しいのね。

……ハーヴェル。どこかで聞いたお名前のような。


でも、馬車に乗り込む頃にはすっかり忘れておりましたわ。だって今日は、婚約者であるセオドア殿下にお会いできるんですもの!


◇◇


王宮の馬車寄せに着くと、もうたくさんの馬車が並んでおりましたわ。

でも、殿下の馬車は見当たらないわ。陛下とのお話が長引いているのかしら。

残念だけれど、お国のお仕事ですもの、仕方ありませんわね。


馬車を降りて、お庭の入り口でしばらく待っておりましたら、淡い緑のドレスの令嬢が、お供を連れてこちらへいらっしゃいましたわ。


「あら、ローゼンベルク公爵令嬢。お一人ですの?」

「ごきげんよう、ハーヴェル伯爵令嬢。殿下を待っておりますの」


イザベラ・ハーヴェル伯爵令嬢。お会いするのは二度目ですわ。

前にお茶会で少しお話ししただけですのに、私のお名前を覚えていてくださったのね。


「殿下は陛下とのお話が長引いておいでですの。お一人では心細いでしょう?よろしければ、私の兄にエスコートさせますわ」


まあ!

二度目しかお会いしていないのに、私の心細さまで気にかけてくださるなんて、世の中、本当にお優しい方ばかりですわ。


「ありがとうございますわ。お言葉に甘えてもよろしいかしら」


後ろで侍女のアンナが、こう、お腹を押さえるような、難しいお顔をしておりましたの。

お腹の具合でも悪いのかしら。あとでお水を持ってきてあげなくては。


ハーヴェル伯爵令息は、背の高い、少しお目つきの鋭い方でしたわ。

エスコートのお作法は丁寧で、お肘を取らせてくださるときに、わざわざ軽く頭を下げてくださって。お行儀のよろしい方ですわね。


会場の入り口で、ふと振り返ったとき、ちょうどセオドア殿下が馬車寄せにいらっしゃるのが見えましたの。


「殿下、お先にお邪魔しておりますわ!」


手を振りましたら、殿下、なぜかその場で固まってしまわれて。

すぐにイザベラ様がするりと殿下の隣に並ばれましたわ。ふふ、お二人並ぶと、なんだか似たお背丈で、絵になりますのね。


◇◇


席に着くと、見慣れない令嬢が二、三人、私のドレスをじっと眺めて、口元に扇を当てていらっしゃいましたわ。


「まあ、ローゼンベルク公爵令嬢。随分と地味なドレスね。家計が苦しいのかしら」


まあ、お気の毒に、と思いましたの。きっとこの方、レースのお勉強がまだお済みでないのね。


「あら、こちらはお祖母様の形見ですわ。古いものですけれど、大切にしておりますのよ」


そう申し上げましたら、一番奥にいらした白髪のご婦人が、急にカップをお皿に戻されて、カチャン、と小さな音が立ちましたわ。

近くの貴婦人方も、お顔から血の気が引いて、扇を握ったまま動かなくなって。


「あ、あれは……前王妹の……」


白髪のご婦人が、震える声でなにかおっしゃってましたけど、お声が小さくて聞き取れなかったわ。

なんておっしゃってたのかしら。


あら。皆様、急にお静かに。

きっと、奥から焼き菓子のいい香りがしてきたのね。私、まだ気づきませんけれど、年配のご婦人方はお鼻が利くのかしら。


令嬢方だけが、くすくすと笑い続けていらっしゃいましたわ。


◇◇


紅茶が運ばれてまいりました。

イザベラ様が、ご自分のスプーンで小さなお砂糖をひとつ取って、私のカップの上にすっと差し出されますの。


「ご一緒に、お砂糖はいかが?」


まあ、ご親切に。でも私、お祖母様が「紅茶の本当の味は、まずストレートで確かめなさい」って、口酸っぱくおっしゃっていたんですもの。

でもお断りする間もなく、お砂糖が入れられてしまいました……あ、そうだわ。


「お気遣いありがとうございますわ、ハーヴェル伯爵令嬢!」


私、思いついて、にっこり申し上げましたの。


「でも、私、紅茶はストレート派ですの。申し訳ないのだけれど――せっかくですもの、あなたの紅茶と交換させてくださいまし。私、まだ口をつけておりませんもの。お砂糖の入った紅茶、捨ててしまうのはもったいないでしょう?」


言いながら、すうっとカップを取り替えてしまいましたわ。

我ながら名案。お砂糖を無駄にせず、私はストレートをいただける。一石二鳥ですわね。


ところが、イザベラ様、ご自分の前に戻ってきたカップを、じいっと見つめたまま、お口に運ぶでもなく、押し戻すでもなく、固まってしまわれて。

あら。

もしかして、イザベラ様もお砂糖は苦手でいらしたのかしら。


「いただきますわね」


私、無事に戻ってきた紅茶を、一口。

あら、美味しい。香りが立っていて、後味が澄んでおりますわ。さすが王宮のお茶葉ね。


◇◇


しばらくして、イザベラ様が少しお顔の色を取り戻して、こうおっしゃいましたの。


「マルグリット様、地下のお庭に、珍しいお花が咲いておりますの。ご一緒にいかが?」


お花!

お父様、お花がお好きでいらっしゃるの。お祖父様ほどではないけれど、お忙しい合間に、お庭に出てしばらく眺めていらっしゃることが、ときどきありますわ。


「まあ、ぜひ。お父様にもお見せしたいわ」


控えていた侍従の方を振り返って、お願いいたしましたの。


「お父様と、ついでに陛下と王妃様、それからお祖父様もお呼びしてくださる?珍しいお花ですって。きっと喜ばれますわ」


侍従の方、一礼なさったら走るような早足で行ってしまわれましたわ。お仕事熱心な方ですのね。


「参りましょうか、イザベラ様」


◇◇


長い廊下を二人で歩きましたわ。

イザベラ様、ずいぶんとゆっくりお歩きになるのね。ドレスが重いのかしら。それとも、靴擦れでも?


「そ、そうですわ」


ふと、イザベラ様が立ち止まって、声を上げられました。


「私もお父様をお呼びしてまいりますわ。ハーヴェル家からも誰か――」


踵を返そうとなさるイザベラ様に、私申し上げましたの。


「あら、ハーヴェル伯爵様でしたら、お呼びしなくても大丈夫ですわ」

「……え?」

「先ほど、中庭でお父様とご一緒でしたもの。なんでも、領地の会計のお話で、お父様が、珍しく難しいお顔をしていらしたの。お父様にお声がけしましたから、伯爵様もご一緒にいらっしゃるんじゃないかしら」


イザベラ様の足が、止まりましたわ。

白い手袋の指先が、ドレスの脇のあたりを、ぎゅっと握りしめていらっしゃるのが見えましたの。

あら、お寒いのかしら。地下は冷えますものね。私、お祖母様の形見の肩掛けを取りに行こうかしら――と思ったところで、イザベラ様、ゆっくり、また歩き始められましたわ。

お顔が、白い。ほとんど、紙のような色。


「イザベラ様?お加減が悪いようでしたら、無理になさらず――」

「……いえ。参りましょう」


ずいぶんと弱々しいお声でしたわ。きっと、お腹を空かせていらっしゃるのね。お茶会のお茶菓子、半分も召し上がっていなかったもの。


◇◇


地下庭園へ続く階段に着きましたわ。

お祖母様がいつも「階段は淑女らしくゆっくり」とおっしゃっていたから、裾を持ち上げて、一段ずつゆっくりと降りましたの。


もうすぐ地下につくという段になって、背後でイザベラ様の足音が、ぴたりと止まりましたわ。

あら、忘れ物かしら、と思いながら、私は階段を下りきりましたの。

顔を上げて――


目の前に、お父様。

その隣に、陛下。お祖父様も、王妃様も。少し離れたところに近衛団長の方。そして、ハーヴェル伯爵様。


まあ!本当にいらしてくださったのね!

お花のために、こんなにたくさん。お祖父様にいたっては、お屋敷の薔薇園からそのままいらしたみたいで、まだ手袋に土が付いておりますわ。


ただ、皆様の足元に、見慣れない方が三人ほど、うつ伏せになっていらっしゃって。近衛の方々が、その背中をぐっと押さえつけていらっしゃるの。

あら、お庭のお仕事の方かしら。ご一緒に床のお掃除をなさっていたのね。陛下のお供の方は、本当によく働かれますのね。


「あら、お父様!早かったですのね!お花、もうご覧になりましたの?」


手を振りましたら、お父様、ほんの一瞬、目を閉じて、それから、軽く頷いてくださいましたわ。

その隣で、陛下が、なぜか天井をじっと見上げていらっしゃって。


ふと振り返ると、イザベラ様が、ふらり、と手すりにつかまったかと思うと、そのまま、ずるずると膝から崩れ落ちられましたわ。

ハーヴェル伯爵様が、娘のご様子と、床に押さえられた方々を、順にご覧になって、それから、両手で顔を覆ってしまわれました。

お疲れなのね。お父様も最近お疲れだから、お気持ち、わかりますわ。


「イザベラ嬢」


陛下が、低いお声でおっしゃいました。


「説明してもらおうか。茶に仕込まれた毒について、そして地下庭園に集められていた者たちについて」


まあ大変! お茶に毒が入っていたの?

お飲みになった方はご無事だったのかしら。


お父様が、いつの間にお持ちになっていたのか、書類の束を、すうっと胸の前に掲げられて。


「伯爵。こちらの件と、合わせてお話しいたしましょう」


あら、あの書類。

お屋敷で広げていらした、「ハーヴェル伯爵家・会計監査」と書いてあったもの。

お父様、わざわざお持ちになってきたのね。お庭のお花とは、関係ないと思いますけれど。

皆様、すごく真剣なお顔。

お花のことって、そんなに大事だったのね。


◇◇


帰りの馬車は、思いがけず、セオドア殿下とご一緒でしたわ。

殿下、ソファにずいぶんと深く沈んでいらっしゃって、馬車が動き出してからもしばらく、お顔を片手で覆っていらっしゃいました。


「マルグリット……君は、本当に……」


そこで言葉が途切れてしまわれて。

お疲れの様子。今夜はゆっくりお休みになれるとよろしいわね。

明日はお見舞いに、お祖父様の薔薇園からひと枝、お持ちしましょうかしら。


「殿下、今夜はゆっくりお休みになってくださいませね」


申し上げると、殿下、片手の指の隙間から、ちらりと私をご覧になって。それから、長い、長いため息をつかれましたわ。

外は、もう夕暮れ。馬車の窓から差し込む光が、お祖母様のドレスのレースを、淡く照らしておりましたの。

やはり、お祖母様のドレスは素敵ですわ。


今日も、楽しい一日でしたわ。

お紅茶は美味しくて、お花は――私は見ることができなかったけれど――きっとお父様も気に入ってくださったでしょうし。

イザベラ様は、お加減が悪そうでしたのが少し気がかりだけれど、ハーヴェル伯爵様がご一緒だったから、お屋敷にお戻りになって、ゆっくりお休みになれるとよろしいわね。


世の中、優しい方ばかりで。

私、しあわせ者ですのね。

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