第3話
恋愛ど素人な私、乙女ゲームだったらそこそこうまく、ターゲットを落とせる。けどそれは、やっぱりゲームの中だからこその話。実際、目の前に見目麗しい男性がいたら、言葉はうまく出て来ないし、駆け引きなんて以ての外だ。
「久住課長、私に恋愛のなんたるかをご教授いただけませんかねっ?」
藁にもすがる思いで声を掛けると、グレンの姿をした久住課長は、苦み走った顔をして私を見た。
「いや……俺も、無理だわ」
「はぁっ? じゃ、どうするんですかっ? このままじゃゲーム終わらないし、やっぱり私の処刑しか道はないってことですかっ?」
パニックから、涙目になった私の肩を、久住課長がガシッと捉える。顔を覗き込むように近付けると、真剣な眼差しで言った。
「お前を危険な目に遭わせたりはしない。俺がついてる」
……やだ、ちょっとカッコいい。グレンってモブキャラなんだけど、実は私、普通のモブキャラ、好きなんだよなぁ~。
ん? 待って。もしかしてこれって……いけるかも?
「だけど、このままじゃ……」
伏し目がちに視線を逸らせ、口元を手で押さえた。目にはうっすらと涙を溜め、か弱い令嬢キャラ全開で、挑む!
「……なぁ、考えたんだけどさ」
私から手を離すと、明後日の方向を見ながら頭を掻く課長。これは、成功なるか!?
「氷川さんさえ嫌じゃなかったら……その」
「嫌じゃなかったら?」
上目遣いにグレンを見つめる。今の私、顔はイディナだもん。めちゃくちゃ可愛いんだからねっ? どうよこの上目遣いっ。
「落とす相手、もう少し詳しく調べてやるけど?」
「はっ?」
思っていたのと違う返答。
「いや、闇雲に突っ込んでいくの危険だし、攻略対象じゃないとこに、すごくいいやついるかもしれないじゃん?」
真剣な顔で語る久住課長に、他意はない……のだろう。けれど、このとき私の中に沸き上がった感情は、間違いなく、怒りだった。
「こんっの、バカ~~!」
私は、二度目のビンタを見舞った。
別に久住課長のことを特別視したことはない。どちらかと言うと、天敵だと思っていた。だけど、こうしておかしな世界に身を置いた状態で、頼れる相手は久住課長しかいないっていうのに、なんで簡単な答えに行きつかないのっ?
『俺と結ばれればいい』
って言うだけなんだけどっ?
まぁ、それでうまくいくかはわからないけどさ、試すには一番手っ取り早いっていうか。私ですら気付いたこの答えに、辿り着かないなんてこと、ある?
それとも、例えゲームの中でも、私と結ばれるのは嫌、ってこと……だったり?
◇
二度目のビンタを見舞ったあと、三日ほどグレンとは会ってない。私が拒否しているせいだ。その間に、ライル殿下からの謹慎は解かれ、今はもう仕事に戻っているそうだ。
「お姉様、朗報ですわっ!」
妹のミリアムは、浮気疑惑が晴れ、今はライル殿下の婚約者に戻っている。幸せそうでほんとよかった。
やっぱり、嘘で誰かを傷つけるのはよくないのかも。
「朗報?」
「ええ、ライル殿下が、お姉様に紹介したい方がいると!」
それはつまり、先日のごたごたに巻き込んでしまったお詫びに、いい人紹介しまっせ! 的なアレ。聞けば、相手はライル殿下の従弟だとか。つまり、王族。
「お姉様とグレン様、うまくいっていないとお聞きしました。もしお姉様さえその気になれば、今回のお話をお受けするというのも……」
「そうね。いいかもしれないわね」
カップル状態の相手に手を出すより、知らない王族と結婚決める方が早そう。条件も申し分ないわけだしね。
「では、一緒にライル殿下のところへ参りましょう!」
ミリアムは頬を紅潮させ、手を叩いて喜んだ。
私は、その勢いに押されるように、見合いをすることが決まったのだ。
◇
見合いの日。
ライル殿下の待つ応接室に出向く。これでもかというほど飾り立てられた私。
長身の男性がひとり。私を見ると、ニコリと微笑み返してきた。
「こちら、私の従弟でナフカ・シャリ・エリスタだ」
国と同じエリスタを纏うことで、彼が王族であるとわかる。
「お初にお目にかかります。イディナ・オーストルです」
カーテシーをし、名乗る。
「ナフカは外交で隣国を飛び回ることが多くて、なかなかいい相手に恵まれず、困っていたんだ。イディナ嬢はあの一件以来、グレンとうまくいっていないみたいだし、これを機に……」
「殿下!」
バン! と乱暴に扉が開き、グレンが走り込んできた。
「おや、グレンどうしたんだ?」
ニヤニヤしながらライル殿下が訊ねると、
「一体どういうことですかっ。どうして氷川……じゃない、イディナにナフカ様を会わせるのですっ?」
「だぁって、イディナ嬢とグレンは仲違いしているだろう? このまま別れてしまうのなら、イディナ嬢は一人になってしまう」
「俺は、イディナと別れるつもりなどありません!」
「おや、どうして?」
「どうしてもこうしても、イディナが他の男と婚約だなんて、許せるわけがないでしょうがっ! 誰にも渡す気はありませんっ」
「ふぇっ?」
私、突然の告白に顔が赤くなる。
「ええ~? そうなのぉ~? それならそうと言ってくれれば……ねぇ?」
ライル殿下が私を見た。……仕組んだわねっ?
「じゃ、二人はめでたく婚約継続なんだね? だったら証拠にキスしてみせてよ」
ライル殿下が無茶振りを始める。そして、なにを思ったのか、グレンが大きく頷き私に歩み寄った。
「……氷川さん、目、閉じて」
「ええっ? ちょ、課長っ? 本気ですかっ?」
「いいから!」
私は、久住課長の勢いに押され、驚いて右手を振り上げた。
◇
ピピピピ
突然耳元で鳴り出した機械音。
「わっ!」
驚いた私は、ベッドから落ちた。
……夢落ち。うん、そりゃそうだ。私は冷たい水で顔を洗うと、急いで支度をし、会社に向かう。
オフィスに向かう私の方に、久住課長が歩いてきた。なんか気まずいなぁ、なんて思っていたら、久住課長が真っ赤な顔をして、私に言った。
「頼むから、現実では殴るなよ?」
……え?
まさか……まさかだよねぇ!?
了




