第2話
「待って、ちょっと、イディナ……嬢? さっき俺のこと、課長って呼ばなかった? ってことはもしかして、氷上さん……だったりする?」
私に手を引かれ、速足で歩きながら、私の名を呼ぶ。私は驚いてグレンを見上げる。
「嘘でしょっ? 夢にまで出て来て私を詰めてくるとか、性格悪すぎませんっ?」
「ああ、やっぱり氷上さんなんだ。……夢って、これ、氷上さんの夢なの? 俺のじゃなくて?」
「は? 私の夢に決まってるじゃないですかっ。てか、なんで夢の中でまで邪魔するんですか、課長!」
「邪魔って……俺、そもそもなにもしてなくない?」
グレンの姿をした久住が、手を広げてみせる。
確かに、グレンはただの可哀想なモブで、なにもしてない。うん。
「それは、まぁ、そうなんですけどっ。でも、あのタイミングであそこにいたら、イディナがライルに接触できないじゃないですか!」
「ああ、そっか。あそこで嘘泣きしてライルに取り入るんだったね」
改めて客観的な耳で聞くと、イディナ、クソだわ。
「けどさぁ、やっぱよくないと思うなぁ、嘘で人を傷つけるなんて」
性善説! これだから、ほんとに!
「あのですねぇ、昨日も言いましたけど、今、世の中に求められてる“スカッと”は、正しいことをして、正しい者が救われる、っていう性善説ではないんです! 自分の中にあるドロドロしたものを、ドロドロしたままぶちまける! なんなら、もっと卑怯に、もっと意地悪に誰かを痛めつける! そっちのスカッとなんです! だけど、リアルでそんなことできないじゃないですかっ? だから私は、こうやってゲームでっ」
そこまで話して、ハタと止まる。ゲームで、だよね? 妙にリアルで、五感もしっかりあって、目の前のグレンは久住課長で、私はイディナの姿をしてるけど、これってゲームの夢を見てるって認識で、合ってるよね?
「どうかしたのか?」
私を覗き込んできたグレン……久住課長の顔を見て、私は、その頬をおもいっきりビンタしたのだった。
◇
それから私と久住課長は、屋敷から出てきた関係者に引き剥がされた。浮気をした婚約者に切れた私が、グレンを殴ったと思われたようだ。
私は従者に連れられ、自分の家に戻った。そこはイディナ・オーストル伯爵令嬢の家。先に戻っていたミリアムが、泣きながら私に無実を訴えてくる。
……なんかごめん。
そして翌日、グレン・ザダスが私に会いにやってきた。
「……あの」
昨日、おもいっきり頬を叩いてしまったことで、非常に気まずい。それは向こうも同じだったようで、顔を見ても目を逸らされる。
「すみませんでした、課長!」
ザ・日本人的に土下座とかした方がよかったのかもしれないけど、良家のお嬢様であるイディナの姿でそれもなんだかなぁ、と、頭だけ下げる。グレンの姿をした久住課長は、視線を落ち着きなく動かしながら、言った。
「なぁ、これって夢なんじゃなかったのか?」
「はぃ?」
「いや、昨日殴られてめちゃくちゃ痛かったんだけど、一晩明けてもまだ俺はグレンのまま。氷上さんもイディナのままだろ? どういうこと?」
どういうことかと聞かれても、困る。私だって、殴った衝撃で目が覚めるかも、とか、一晩経てば目が覚めるんじゃ? って思ってた。だけど、まだここにいる。
「もし……もしもの話だけどさ、これが夢じゃないとしたら」
「は? まさか! どうして!」
「いや、だからもしもの話! 夢じゃないとしたらさ、どうすれば元に戻ると思う?」
聞かれ、固まる。夢じゃなかったら、これって現実なの? だって私、しがない会社員ですけど?
「叩いてもつねっても、現実に戻る様子はない。ってことは、これって異世界転生? 俺たち、死んだ?」
「そんなことあるわけないです! いくら私と久住課長が社畜だったとしても、死ぬほどは働いてない!」
「……正直だね」
見つめ合い、思わず苦笑する。
「でもさ、だとしたら、ここから脱出する方法、考えなきゃだよね?」
言われ、私は頭を抱えた。
ゲームというものは、エンディングを迎えると、終了だ。
当たり前の話だけど、それが現実世界での常識。
ということは、ここから抜け出すためには、このゲームを終わらせる必要があるのかもしれない。
「エンディングって、イディナの処刑……だっけ?」
久住課長が言った。うわ、なに? 私が死なないとここから抜け出せない感じっ?
どうしよう。自分で考えておいてなんだけど、死にたくない。
「けど、まだ最終決定じゃないよな、ラストシーン」
久住課長が腕を組み、考え込む。そうだ。最終決定は水曜の会議で、ってことになってた。ストーリーの見直しも、議題の一つ。久住課長が推す、ハピエンバージョンも候補にあった。
「けど、始まりはミリアムの断罪シーンでしたよ? ってことは、私の案ですよねっ? スカッとバージョン、処刑行きの!」
「まったく、なんであんな台本を……。途中から書き換えて、ハピエンにしたらいいんじゃないか?」
「は? あそこからどうやってハピエンにするんですっ? イディナは生粋かつ最高の悪役令嬢ですよっ?」
「改心すればいいじゃないか」
「改心?」
「なにかをキッカケに改心して、結ばれればいい」
「誰と?」
「婚約者と」
「……グレンと?」
私が指を差すと、久住課長が目を瞬かせ、そして顔を真っ赤にした。
「うおおおお! 俺か!」
自分がグレンなの、忘れてましたね?
「けど、“イディナがハッピーエンドで終わる話”にすればいい、ってことなら、別に相手はグレンじゃなくてもいいんじゃないですかね?」
「へ?」
「あ、いえ。この話には攻略対象男子が沢山出てくるし、あの中の誰かとくっつけばよくないですか?」
「まぁ、そうかもしれないが」
コホン、とわざとらしく咳払いなどして、久住課長が言った。
「じゃ、私、頑張って誰かとくっつきますね! 課長、フォロー、よろしくお願いします!」
「……ああ、まぁ」
「一刻も早く、ここを出ましょう!」
私は、俄然やる気になっていた。乙女ゲームを攻略するのは、大好きなんだもん!
翌日から、私は主要な登場人物にモーションをかけまくった。
ただ、この台本って最初からカップルでの登場なの。だから、誰かとくっつくためには、その二人を別れさせなきゃならない。つまり、相手の女に嫌がらせしたり、ありもしない嘘の話を吹聴して回ったりと、悪役令嬢的行動を取らないといけないわけ……なんだけど。
「なんで邪魔するんですか、課長!」
ライルから謹慎を喰らって暇を持て余してるグレン久住課長が、ことごとく邪魔をしてくる。
「だって、せっかくいい雰囲気の二人に割って入るなんて、無粋だろう?」
「でも、そうしないと私がお近付きになれないんですっ」
「それはまぁ」
ごにょごにょと口籠る。
「アドラー伯爵か、マデノ公爵、あとはサリス様とエイリス様辺りを狙うつもりでいるのに、邪魔されたらなにもできないじゃないですかっ」
ちなみにこの状況、周りからは、浮気騒ぎで怒っている私に、グレンが誤解を解こうと必死になっているように見えるらしい。
「サリスって、あの軽薄そうな? エイリスは女好きで有名ってやつだろ? ダメだ、そんなの」
あんたは私の父親かっ。
「なにマジになってるんですかっ。私が誰かとくっつかないと、このゲームから出られないって言ったの、久住部長でしょ?」
「それはそうだが、もし誰かと結婚してもこのゲームから出られなかったらどうするんだよっ? 変なやつと結ばれたまま、一生過ごすのか?」
「えっ?」
そんなこと、考えてもいなかった。まさかずっとこのままだなんてこと……あり得る?
「ゲームとはいえ、結婚相手だぞ? もっとしっかり考えて、だなぁ」
リアル! なんか急に、リアル!
「やだやだ! 現実世界もゲームも、あんまり変わらないみたいな話しないでくださいよ! 相手のどこをみて付き合えばいいかなんて、わかりません!」
恋愛不器用な私、いい相手を見つけて幸せな恋愛、なんてしたことないんだからね!




