第二百四十話 本当にすごい錬金術
突然の昼更新が読者を襲う!!
極限の集中に、じっとりと額ににじむ汗。
それが万が一にも器具の上に落ちないように位置取りを気にしながらも、スフィナ・コレクトは一心に手先に魔力を送り続けた。
(もう、少し……!)
天才と呼ばれるほどの錬金術師である彼女だが、いや、だからこそ、錬金術に対しては真摯だ。
武に意識が偏った帝国ではいまだ錬金術が根付いておらず、中には「錬金術なんて材料を容器にぶちこんで、適当に混ぜていれば完成するんでしょ?」なんていうふざけた誤解をしている輩もいるが、とんでもない。
――実際の錬金術は、もっと精緻かつ繊細なもの。
材料の質や鮮度、下処理や使用部位、その日の気温や湿度、込める魔力の量に属性の偏り、完成品を入れる容器の準備など、全ての面に気に掛ける必要があり、汗の一粒でも混じれば全てがご破算になる危険性を秘めている。
作業の工程や時間は、錬金術師としての腕が上がれば短縮出来るとはいえ、ただの初級ポーション作成だって、数十にもわたる細かい手順やコツがある。
錬金術とは、世間にはびこる偏見ほど手軽なものではないのだ。
「――出来た!」
とはいえ、彼女……〈スフィナ・コレクト〉は天才と呼ばれる錬金術師。
最後の工程をつつがなく済ませ、安堵の息をついた。
若き天才ですら緊張を隠せなかった作業とは、とある大錬金術の下準備。
彼女の悲願である「薬」の中間素材の作成だった。
(これで……)
その薬とは、伝説に謳われる〈世界樹の霊薬〉。
古文書で「生命の霊薬」や「奇跡の薬」とも呼びならわされたそれは、「魔力を浄化し、魔力に由来する全ての病を癒やす」効果があるという。
つまるところ、それは高濃度の魔力が原因で起こる不治の病、〈魔蝕症〉の特効薬であり……。
――彼女の弟を治せる可能性のある、現状唯一の手段だった。
※ ※ ※
「――やあやあ! 助かったよ、フィルレシア!」
白衣をなびかせ、稀代の天才錬金術師にして稀代の人見知りのスフィナは、それを感じさせない明るい声で店で待っていた「恩人」に話しかけた。
そんな彼女に対し、今回の彼女の協力者……フィルレシア・アンルクス皇女は、不敵にほほ笑んだ。
「持ちつ持たれつ、ですから。ですが、そう言うということは……」
「うん、錬金は成功した。これで〈世界樹の霊薬〉の素材は、一つを除いて全て集まったよ」
高度な薬を作るには、必要な材料も当然に高度になり、中には希少な魔物の素材であったり、材料として別の薬を要求されることもある。
今スフィナが完成させたのも、その類。
市場に流せば天文学的な値がつくであろう貴重な薬であると同時に、霊薬の材料となるアイテムだった。
「とりあえず、改めてお礼を言わせてほしいな。弟の……ルフィルの薬の材料がここまで早く集まったのは、君のおかげだよ」
スフィナは天才錬金術師ではあるが、その戦闘力はいまだ学生の域を出ていない。
もしフィルレシアの協力がなければ、いくつかの材料はいまだに入手の目途すら立っていなかっただろう。
しかし、そんな再三の礼の言葉に、フィルレシアは薄く笑って答えた。
「ふふ。何度も言っていますが、利益はもらっていますから。それに、私が素材の捜索を手伝えたのは、『これ』で余裕が出来たおかげですから。お礼は『彼』に言ってあげてください」
そう言って、細い指にはまった竜の指輪を愛おしげに撫でるフィルレシアを見て、
(「彼」ってアルマくんか。めずらしく入れ込んでるなぁ……)
とわずかに引き気味に考える。
スフィナにとっての〈アルマ・レオハルト〉は、致死性のポーションをがぶ飲みしていた意味の分からない奴で、交流戦で魔法使いとしてのプライドをボコボコにされた相手でしかないが、フィルレシアにとってはまた違った存在であるらしい。
(……まあ、訳が分かんないくらい強いのは認めるけどさ)
特に交流戦で戦った時は、スフィナの自慢の魔法を破られて、ずいぶんと動揺させられたものだ。
あの時に放った〈アルケミーコメット〉は、発動に手間とコストがかかる代わりに、命中すればたとえ上級生であっても一撃で倒せると自負する必殺技だった。
それを、アルマは〈メガトンパンチ〉とかいう気の抜けた技で破ってしまった。
(っていうかさ! いくら武技の補助があるったって、曲がりなりにも相手は隕石だよ!? それを素手で壊すって……)
端的に言って、化け物だろとスフィナは思う。
(……ま、人の交友関係にあれこれと口は出さないけどさ)
どれだけ強くてもそれを理由に相手を嫌うことはないし、目の前のフィルレシアも「化け物」と言って差し支えないほどの魔法の実力を持つことは、スフィナも知っている。
孤独だった彼女と並び立つ者が出てきてくれたなら、それは喜ぶべきことだろう。
「なんにせよ、これで後戻りは出来なくなった」
どれだけ環境を整えて保管しても、素材は劣化する。
そして、スフィナが揃えた薬の材料の中には、二度と手に入らないような類のものもある。
だから……。
「一ヶ月、だ」
一番足の速い素材が劣化を始めるのが、一ヶ月後。
逆に言えば、もうすぐ始まる夏休み期間中、新学期が始まる辺りまでは、猶予がある。
それまでに最後の素材を、現状では魔導局の特殊保存室にしか現存が確認されていない〈世界樹の葉〉を見つけられれば、全てが解決する。
フィルレシアがつないでくれたこの「最後の希望」を、スフィナはつかみ取るつもりでいた。
ただし……。
「夏休みの間は、僕も全力であがいてみるよ。でも、もし……それまでに〈世界樹の葉〉が見つけられなかったら」
スフィナはわずかに目を閉じ、強い覚悟を持って親友の目を見返して、
「――僕は魔導局の『提案』を受けるよ」
自らの身を犠牲にする、悲壮な覚悟を告げたのだった。
迫るタイムリミット!!
果たして世界樹の葉は見つかるのか!
待て、次回!!





