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美容師ウサヒコと朽髪の竜騎士  作者: 蒼崎 れい
Episode4:「アンティーク」
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Act10:沈黙の空を超えて Ⅳ

 かけ声を景気に、魔法使い達は一斉に動き出した。

 ユーディは新たに聖槍を作り出し、ルチルは稲妻の骨龍(ボーンドラゴン)の頭を撫でる。

 ルビィの周囲には炎球が浮かび、ケセラスは不敵な笑みを浮かべ…………。

「さっきまでの仕返し、シディアの分もまとめてきっちりさせてもらうからね!」

 その戦端を、ルビィが開いた。

 地面を固く踏みしめたかと思うと、砲弾もかくやという速度でアンティークに向かって突っ込んでいったのである。

 ルビィの接近に気付いたアンティークは、片手で頭部を押さえつつも、もう片方の手でルビィへと殴りかかる。

燈火の露命(ランプ・ゴースト)!」

 アンティーク・ゴーストの拳は、確かにルビィを押し潰した。

千灯篭(フレイム・ブリング)!」

 だがその拳の中から、十人以上のルビィが現れたのである。

「残念! さぁ、どれが本物かわかるかな!」

 先ほども使った手だが、今回は人数も再現度も全く違っていた。全てが本物と見紛うばかりに、忠実に再現されていたのだ。

 現れたルビィ達は振り下ろされた拳を伝って、一気にアンティーク・ゴーストの頭部に肉薄し、

「くらえ! スーパー百列拳!」

 剥き出しの核に向かって、全員が炎の拳を次々と叩き込んだ。

「合わせなさいよ、ルチル・ゾンネンゲルプ」

「ユーディさんこそ、ヘマしたら許しませんから」

 続いて、ユーディもアンティークに向かって突撃する。

 ルビィより一際強力な踏み込みで地面を踏みしめたかかと思うと、その肩まで向かって一気に飛び上がった。

「気合い入れなさい。あんたが私の魂そのものなら、これくらい貫いてくれるでしょ!」

 ユーディの持つ聖槍から、桜色の光燐が溢れ出す。

 主の言葉に応えるかの如く、思いを強さへと変えて行く。

混濁交差詠唱(ミクスチャージ)

 それと時を同じくして、ルチルも詠唱を唱え始める。

永劫の咆哮(エクスデスペラード)

 ルチルの背後に浮かんだ無数の永劫の聖剣(エクスキャリオス)は稲妻の骨龍へと吸い込まれ、一層その輝きを増してゆく。

 全ての聖剣を飲み込んだ骨龍は、今度こそと言わんばかりにアンティークに向かって馳せた。

 桜色の聖槍と聖剣を呑み込んだ骨龍が、頭部を抑える左手、その肩へと突き刺さった。

「はぁぁああああああああっ!!」

「食い破りなさい、属獣(ビースト)!!」

 乾坤一擲(けんこんいってき)、二人はありったけの魔力を注ぎ込んだ。

 桜色の光燐はまるで吹雪のように舞い散る。

 骨龍はその肩に噛みつきながら、その腕を締め上げる。

 槍の先端が崩れ始める。骨龍が尾からどんどん消失してゆく。

 だが、それよりも速く、その結果は訪れた。

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!」

 アンティークの左腕を、ユーディとルチルは見事打ち砕いたのだ。サンダーブレスのダメージがあったとはいえ、ついに絶対防御にも等しい破魔の力を食い破ったのだった。

 片腕を失い、核を露出するほどまでに破損したアンティークは、じりじりと後退を始める。

「逃がさないって言ったでしょ、骨董品(アンティーク)野郎」

 しかし、ケセラスはそれを許さない。

 詠唱サークルが唸りを上げて回り始め、練り上げた魔力を究極まで研ぎ澄ませる。

「あんたには、今夜の酒代になってもらうんだからね! 短縮詠唱、地獄の門(コキュートゥフィリィ)!!」

 ケセラスが詠唱を終えると、アンティークの後方へと巨大な魔法陣が広がった。

 魔法陣は吸い込まれるように地面へと消えていくと次の瞬間、魔法陣の中央辺りの地面が沈み始めたのだ。

 それはまるで水面に波打つ波紋のようにどんどんと広がってゆき、逃げようとしていたアンティークを捉えた。

 いくら破魔の力を以てしても、一度変えられた地形を元に戻すことはできない。

「さぁ、いくよ。リファイド・シュネーヴァイス」

 お膳立ては整った。

 ファイは自分に言い聞かせると、練り上げていた魔力を余さず解放した。

 頭部にかかぐは、十重(とえ)に展開した詠唱サークル。足元に広がった魔法陣は、その魔力を現すかの如く鮮烈な輝きを放つ。

「汝、狂乱の闘士たるや。汝、破軍の将たるや」

 ファイの中の闘志が、静かに燃え盛る。

「汝、万民の守護者に(あた)わず。汝、兇徒(きょうと)の番人に能わず」

 紡がれる言葉こそ平穏であるが、全身から放たれる魔力は見る者を圧倒する。

「いわんや、我が欲するは万の敵を討ち滅ぼす、破却(はきゃく)の権能なり」

 片腕を失った人形が、バラバラに砕け散った。

 だがそれは、ファイの制御を離れたわけではない。

「滅せよ、滅せよ、滅せよ、三度(みたび)重ねて命ずる。破軍の将よ、臆せず馳せよ」

 バラバラになった鉄鉱石と砂鉄は、二本のレールとなって伸びる。そのレールの根元に、一際大きな鉄鉱石の岩石がセットされた。

 その矛先には核を庇うように右腕でガードをする、アンティークの姿がある。

 ファイはその二本のレールの端部に、手のひらを置いた。

「短縮詠唱、撃進する破軍の将フレニーダ・アウレウス!!」

 気合い一閃、ファイは全ての力を込めて叫んだ。掌から二本のレールに向かって、目がくらむほどの雷光が流れ込む。

 その瞬間、レールの根元にセットされていた岩が、目にも映らぬ速さで撃ち出された。

 砲弾よりも、音よりも速く、両手で抱えられるほどもある岩は、アンティークに向かって突き進む。

 撃ち出した反動が、華奢なファイの体にのしかかる。腕から背中に向かって、魔力に貫かれるような感覚。体が重い、膝を屈しそうになる。それでも、もう二度と同じ過ちは繰り返さない。

 そんなファイの意志を体現するかのように、燃えるほど加速した岩の砲弾は、オレンジの閃光を残してアンティークの右腕に突き刺さった。

 激突の余波で、近くにいたルビィとユーディまで吹き飛ばされた。

 なんて威力だ。ファイが自信満々だったのも頷ける。

 そしてその威力を証明するかのように、巨大な構造物が激震を伴って落下していた。

 それは核をまもっていたはずの、アンティークの右腕であった。

 ルチルやユーディのように、肩から破壊したのとは訳が違う。肘の部分から肩にかけて、破魔の力すら及ばぬ速度で木端微塵に粉砕してしまったのだ。

 だが、肝心の核はまだ無傷のままだ。

「…………まだ、まだッ!」

 二発目の砲弾が、レールの根元にセットされた。

 魔力を使い果たしたはずなのに、ファイはまだ諦めてはいない。

 限界を超えた魔法の行使は、否応なくファイの体を(さいな)む。

 額からは脂汗が浮かび、指先からどんどん感覚がなくなってゆく。

「……くっ、うぅぅ…………」

 まだまだ、こんなものではだめだ。これでは、核の中心部まで届かない。

 命を削り、魂を削り、ファイは掌にひたすら魔力を集める。

 あぁ、ついに体を支える足の感覚までなくなってきた。

 ちゃんと立てているだろうか。視界は変わっていないので、たぶん大丈夫なのだろう。

 その矢先、ふらっとファイの体が傾いた。

 ユーディが手を伸ばす。ルビィは慌てて走り出す。ルチルはハッと口を開ける。

 だが、ファイの背中を受け止めたのは、その誰でもなかった。

「ファイちゃんさん、しっかりしてください」

 魔力を使い切って寝ていたはずのシディアが、ファイの背中を支えていたのである。

 さらに、

「ようやく歩き出せたってのに、もう止まっちまうつもりなのか?」

 そのシディアの背中を、ウサピィが支えている。

「違うだろ? なら見せてくれよ、お前の選んだ道ってやつをよ」

「…………はぃっ!!」

 シディアが、ウサピィが、濁髪(クラウディ)にも関わらずその運命に真っ直ぐ立ち向かう二人が、背中を支えてくれている。

 ファイは知った。濁髪(クラウディ)の人達が持つ、強さというものを。

 そんな二人に支えられて、期待に応えないわけにはいかない。

 自分の体は、二人が支えてくれる。ファイは全てを放棄して、魔力を掌に集める。

 全ての民を守れるようにと願うファイの中の、例外中の例外。いかなる敵をも撃ち滅ぼす、最強の一撃。いかなる盾でも防ぐ事のかなわない、無双の一撃を。

 詠唱サークルは更にその数を増やし、より勢いを増して回り始めた。

「滅せよ、滅せよ、滅せよ。六度(むたび)重ねて命ず。破軍の将よ、あまさず滅せよ!」

 既に感覚のなくなった掌から、目を開けていられないほどの雷光がほとばしる。

 その瞬間、全ての音がファイの中から消失した。聞こえてくるのは、ディスクオルゴールのような音色。それは詠唱サークルが奏でる、鼓動協奏曲(スパインコンチェルト)

 本人にしか聞く事のできない、己の心を奮い立たせる旋律である。

 ──これが、わたしの鼓動協奏曲(スパインコンチェルト)なんだ……。

 まるで、姫様に自分の魔法を認めてもらった時のようだった。体はこんなにも辛いのに、魂は今までにないくらい歓喜している。

 ──姫様、わたしに、力を、貸してください。こんどこそ、みんなを守れるような力を!

 ファイの揺るがぬ意志を宿した雷光は、余さず砲弾へと注ぎ込まれた。

「短縮詠唱、撃進する破軍の将フレニーダ・アウレウス!!」

 二発目の砲弾は、二本のレールを伝って最大限まで加速され、音よりも速く空間を駆け抜ける。

 ファイだけではない。シディアとウサピィの祈りも載せた一撃は一瞬の抵抗すら許さず、アンティークの核を撃ち貫いた。




 コルサーンの森に、静寂が訪れた。

 崩落するアンティークの姿を、誰もが無言で見守る。

 偉容を誇った姿は、もはや存在しない。両腕を失い、頭部はえぐれ、胸には穴が開いている。

 巻き上がった土煙が晴れると、アンティークがただの瓦礫へと変わっていた。

 あちこちからあがる歓声に、戦った者達は誇らしげに笑みを浮かべている。

「まったく、大した人だわ。あの状態で、あんな魔法使っちゃうなんて」

 ユーディは憧れだった人が完全復活どころかよりパワーアップしたのを、まるで自分の事のように嬉しそうに。

「すごいや、ファイ! ファイって、とってもすごい魔法使いだったんだね!」

 ルビィはその強力な魔法にキラキラと目を輝かせ、

「さすが、ユーディさんの先輩だけあって、無茶と理不尽を足して二で割ったような人ですね」

 ルチルは主観的なのか客観的なのかよくわからない評価を下し、

「はい、ルチルちゃん喧嘩売らない。ユーディも買ったらダメだからね。せっかく危険なアンティークも片付いて、めでたいんだから」

 最年長のケセラスが全員の首根っこをつかんでにらみを利かせる。

 のだが、戦闘の気分がまだ抜けないのか、誰も止まりそうにない。

 またしてもユーディとルチル・ルビィ間で戦闘が起こりそうになったさなか、

「みなさん、ちょっと静かにしてください」

 シディアが立てた人差し指を口元に当てて、みんなに注意する。

「ファイちゃんさんが、起きちゃいますから」

 そう優しく微笑むシディアの腕の中では、本当に最後の力まで出し切ってしまったファイが、満足気な表情で規則正しい寝息を立てていた。

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