Act09:沈黙の空を超えて Ⅲ
「短縮詠唱、心魂の聖槍!」
ユーディは魔法の言葉を紡ぎながら、一気にアンティークへと肉薄した。
その手に浮かび上がるのは、揺るがぬユーディの魂を形にした聖なる槍。具現化魔法による、自分だけの武器だ。
いかなる困難にも屈指ない彼女の心の在り方を表すかの如く、その槍は万物を貫く。
ユーディはその槍を、先ほどペリアルトの穿った場所へと突き刺した。
今までとは違う内部へのダメージに、アンティークは激しく暴れる。
「こいつ、アンティークの中でも指折りの硬さね。私の槍でも防御が抜けきれないわ」
暴れる反動を利用して距離をとったユーディは、魔法によって作り出された槍へと目をやる。
わずかではあるが、魔法の結合が乱されている。穂先の部分が、まるで作りかけの粘土細工のように不定形に揺らめいていた。
「あれ、ユーディ、昨日クエストあるって言ってなかったっけ?」
「ラグトゥダ・マルセライからの依頼よ。アンティーク相手なら国からたんまり報酬がでるっていうから、わざわざ助けに来てあげたのよ。感謝なさい、火の玉娘」
と、ユーディが傲岸不遜にしているところに、今度はやらた心配そうな表情でこっちにかけてくる人影が映った。
「ルビィ、大丈夫か!!」
「ウサピィまで来ちゃったの!?」
そこには手にはドライヤーと櫛、ズボンにはシザーケースを携えているウサピィ姿があった。
今の時間はルベールの街でお店をやっているはずなのに。
「お兄ちゃんはシディアさんとルビィさんが心配で、居ても立ってもいられなかったんです!」
「ルチル、それよりもあのでっかいの、抑えておいてくれ。ルビィはこっちだ。すぐにセットし直してやる」
言うが早いか、ウサピィはどこからか取り出した霧吹きをルビィの寝癖以上に乱れきった髪にふきかけ、櫛で丁寧に形を整えてゆく。
ものの数秒でルビィにぴったりなボブカットに整えると、充電済みのドライヤーを吹きかける。
熱風が残った水気を残らず乾かすと、ルビィの内側から溢れんばかりの魔力が湧き出した。
「ありがと、ウサピィ! これで、あいつをぶっ飛ばせるよ!」
「あぁ、怪我しないように、思い切りやってこい」
「うん!」
大きく頷くと、ルビィはルチルと一緒に再びアンティークへと向かっていった。
今度はまぎれもない全力全開だ。もう遅れをとるような事はない。
そうして二人の去った後にもう一人、プラチナブロンドの女性がウサピィのそばまでやってきた。
だんだんと近付いてくる足音に、ウサピィは振り返る。
「…………」
ウサピィはただ無言で、その女性を見つめた。
プラチナブロンドの髪をシニョンにまとめ、異国情緒あふれる髪留めが目を引く。
見覚えのあるその髪型は、自分が最初に彼女にセットした髪型である。
「シディアちゃんはそこです。疲れて眠っちゃったみたいなので、よろしくお願いします」
女性の指差す方を見ると、だらしなくよだれを垂らして眠るシディアの姿があった。
これだけ騒がしい中で眠れるなんて、これは将来大物になるかもしれない。
「その簪、似合ってるぞ」
視線を再び戻したウサピィは、ただそれだけを告げた。
「越えましたよ、壁」
女性もそれに答えるように、じっとウサピィの目を見つめる。
悲観の色のない透き通るようなその瞳は、以前とは見違えるようになっていた。
「……行ってきます」
軽く会釈をして女性は──リファイド・シュネーヴァイスは、再び戦場へと馳せた。
無数の雷光の剣が、宙を舞う。
灼熱色の閃光が、無秩序に迸る。
ウサピィの手によって髪型を整えてもらったルチルとルビィは、持てる力を遺憾なく発揮していた。
魔力がほとんど底をつきかけていたルビィも、ウサピィのお陰で今は溢れ返っている。
だがそんな猛攻すらものともせず、アンティークはこっちに向かってきた。
「二人とも、どきなさい!」
反射的にその場から飛び退くと、桃色をした何かが通り過ぎる。
「はぁぁああああっ!!」
最大まで加速したユーディは、十分な速度を乗せて槍を突き出した。先の倍以上の威力を秘めた槍が、まるで縫い付けるように掌へ突き刺さる。
かのように見えた。
「ちっ、これでも抜けないなんて。防御にリソース割き過ぎなのよ」
確かにユーディの槍は、アンティークの手をはじいたものの、突き刺さるにはほど遠い。
穿つどころか、逆に槍の形状が今までに経験のないほど崩れていた。
「ペリアルト・シュネーヴァイス。よくたった一撃で、あそこまで削ったもんね」
自分がわずかに穿った場所を見ながら、ユーディは舌打ちする。
まったく、堅すぎるにもほどがある。
「ユーディ! どいて!」
後方から聞こえてきたファイの声に、ユーディは横へと飛ぶ。
その頭上を、巨大な岩の腕が通り過ぎた。
赤褐色の岩──無数の鉄鉱石と砂鉄を押し固めてできた腕は、アンティークの頭部へと打ち込まれる。
「シディアとルビィ・スカーレットの子守で疲れてるんだから、もう少し休んでればいいのに」
「子守なんてしてもらってないよ、バカユーディ!」
ルビィに軽口をたたきつつも、ユーディはまるでその場を譲るかのように一歩横に移動した。
「大丈夫だよ、ユーディ」
その空いた場所で、ファイは足を止める。
アンティークの真正面へと。
「全部、思い出したから」
その瞬間、ファイの頭上に三重の詠唱サークルが浮かび上がった。
限りなく白に近い白金色の詠唱サークルは、ファイの決意を表すかの如く勢いよく回り始めた。
「見させていただきますわ、リファイド・シュネーヴァイスさん。貴女の本当の力と言う、ものを」
光剣を放って牽制するルチルも、横目にファイを見つめる。
ルビィ、ルチル、ユーディ、ペリアルト、ラグトゥダ、そしてウサピィ。
みんなの視線を感じる。そう、あの時と同じように。
「──我は問う。汝は何者たるや」
手負いのドラゴンから姫様を守るために、死に物狂いで戦ったあの時と同じように。
「──我は問う。汝は何を成さんと欲す」
だが、姫様とドラゴン以外を見失っていたあの時とは違う。
今は、ちゃんと周りの人達が見えている。
「曰く、その者、何者にも非ず。曰く、その者、欲するはただ一つ」
みんなが、自分に力を与えてくれる。
わたしは一人なんかじゃない。こんなにもたくさんの仲間がいるのだから。
「鋼なる躯は屈すること非ず、剛なる拳は破城の意志を宿す」
あの時にドラゴンを打ち破った時と同じ魔法を唱える。
巨大な敵を、屈強な敵を。破魔の力を宿したアンティークを打ち破るための魔法を。
「短縮詠唱──」
ファイの全身から、これまで以上の雷光が放出された。その雷光は戦闘で飛び散った鉄鉱石を片っ端からかき集め、既に存在する腕へと繋げる。
「雷纏の重騎士!」
できあがったのは、アンティークと同サイズの赤褐色の人形だ。
その超重量から繰り出される一撃は、腕だけだった今までの比ではない。
「復活早々、やりすぎよ……」
「すげー! めっちゃかっちょいいじゃん!」
「すごい、こんなものを、たった一人で……」
三者三様の感想を述べるユーディ、ルビィ、ルチル。
それを聞きながら、ファイは人形の拳を突き出した。アンティークも、それに応じて拳を突き出す。
ゴォッ! と低くくぐもった音が、衝撃を伴って広がった。
回避などは一切ない。がっちりと地面を踏みしめ、ただ殴り合う。
敵の拳をかちあげ、脇腹に一打。頭部へのストレートをそらされ、胸部に一撃をもらう。
凄まじい攻防の応酬に目を丸くしていた三人。するとそこへもう一人、ラグトゥダの率いてきた一団の中から一人の魔法使いが躍り出た。
「そこの後輩共、なにつったってんの! せっかくファイちゃんが引きつけてくれてるんだから、援護よ援護!」
ケセラス・テラローザは叫びながら、アンティークの足元から大量の杭を突き出した。
ダメージはないが、バランスを崩したところへファイの重い一撃が決まる。
「年増は引っ込んでなさいよ! 怪我したって知らないわよ! ケセラス・テラローザ!」
ケセラスの登場に、悪態をつくユーディ。
「そ、そうだった!」
「ならば、私も!」
ルビィとルチルは、アンティークが足止めされている内に魔力をどんどん高めてゆく。
「くらえ、超絶! 情熱的応援十連射!」
ルビィの周囲に、十個からなる炎球が形成されると、それらはアンティークの腕、今まさに殴りかかろうとしていた左腕を直撃した。
先ほどとは比較にならない熱量と威力に、ついに腕の表面が溶けだす。それは同時に、破魔の力すら燃やしつくした事を意味していた。
「短縮詠唱、|罪に気づかぬ、悲しき龍」
ルビィの猛攻を横目に、ルチルは詠唱を重ねる。
ルチルの戦う意志を体現したかのように、骨でできた雷光の龍──稲妻の骨龍がその姿を現した。
「属獣指令、交錯詠唱。罪を背負った者の叫喚!」
主の意志に呼応し、稲妻の骨龍は体を震わせ、咆哮を上げる。
そして大きく開かれたその顎から、本物の稲妻もかくやというサンダーブレスが放たれた。
昼間の空間を侵食しながら、サンダーブレスはアンティークの左手に、ルビィによって破魔の力を焼き尽くされた部分から喰らいついた。
減衰することなく届いた規格外の雷撃は、轟音を伴って左手を内側から粉砕する。腕全体へと亀裂が走り、表面がパラパラと腕から剥がれ落ちた。
「私の事も、忘れてもらっちゃ困るわね」
炎の束とサンダーブレスをかいくぐり、ユーディは危険な巨人達の足下から頭部まで上りつめていた。
そしてニヤリと、勝ち誇ったような笑みが口端を彩る。
「いくら体が固くても、そこはどうかしらね!」
ひゅんっと、ユーディは持っていた聖槍を、アンティークの目と思われる部分に投げつける。
ずしゃっと、まるで砂に固いものを突き刺したような音が、ユーディの耳を打つ。
その次の瞬間、アンティークは声なき悲鳴を上げた。
殴り合っていた手は頭部を押さえ、どっ、どっ、と数歩後退る。
「霹靂の標、断破の一閃。いかなる存在も汝を阻む事能わず!」
ファイはその瞬間を見逃さなかった。
「短縮詠唱、葬神の戦斧!」
ファイの詠唱と同時に、人形はその片腕を戦斧へと作り替えた。
胴体よりも密度の高そうなその戦斧を、がら空きになった胸部へと叩き込む。
破魔の力が魔法を食い破るよりも先に、ファイの人形は敵の胸部を大きくえぐった。
火山弾のように、破魔の力を宿した岩が次々と辺り一帯に降り注ぐ。
だがそれ以上に、見守っていた魔法使い達から歓声が上がった。
いかなる攻撃も通じなかったアンティークに、ついに決定的な一打が撃ち込まれた。
「あった、核だ!」
アンティークの胸を深く削ったその奥に、ピンク色をした球体が現れた。
木のように根を伸ばすそれこそ、アンティークを動かす司令塔にして原動力、核と呼ばれている部分である。
しかし、一つだけ問題がある。
「でも、どうやって破壊すれば……」
「ぱぱってやっちゃえばいいのに」
「だからルビィさんはおバカさんなんです」
「ルビィちゃん、アンティークの中で一番魔法を壊す力が強いのが、あの核の部分なの」
ルチルにバカにされて怒りだそうとしていたルビィに、ケセラスはわかりやすく説明してやった。ユーディが悩むのも、もっともだ。
表面ですら破魔に特化したような能力のアンティーク。その核ともなれば、並大抵の魔法では破壊できない。
ふと、ファイの作った人形を見やる。核を露出させるだけでも相当なものだが、代償に片腕は胸の当たりから千切れて、バラバラになってしまった。
あれですら無理となれば、いよいよどうにかして大砲を持ってくるしかない。
「大丈夫だよ、ユーディ」
しかし、ファイはにっこりと、みんなに向かって微笑んだ。
「核を破壊するための、とっておきの魔法。まだ残ってる」
あれほど巨大な人形を操っておいて、どこにそれほどの力が眠っているのだろう。
魔力はもうほとんど、底を尽きかけているはずなのに。
でもこの人なら、本当にどうにかしてしまうんだろうな。ユーディは昔の事を思い出して、ふっと笑った。
「準備は私達でやる。キツい一発、準備しておいてね」
「うん」
どうなるかはわからないが、やる事は決まった。
「ユーディが決めちゃったけど、みんなそういう事だから」
ユーディの言葉を継いで、ケセラスが話を進める。
やる事はさっきまでと同じ、とにかくアンティークをボコボコにするだけだ。
「あのアンティークは、この場所で仕留める。文字通り、骨董品にしてやりましょう」
──おぉっ!!




