Act04:たった三人の防衛戦 Ⅰ
ルチルがルベールの街に向かってから、どれくらいの時間がたっただろうか。
十分かもしれないし、一時間かもしれないし、もしかしたらまだ数分しか経っていないかもしれない。
アンティークに見つからないよう、ファイ、ルビィ、シディアの三人は慎重に後を付けていた。確実に、ルベールの街に近付いている。例え歩みが遅くとも、その一歩が桁外れに大きい。
このペースだと、来たときよりも短時間で街まで着いてしまう。いくらルチルの足が早くても、このままじゃ迎え撃つ準備が間に合わない。
「やっぱり、ここで足止めしないと……」
ファイは奥歯を噛みしめて、アンティークを見上げる。自分が魔法さえ使えるたら、今すぐにでも止めに行けるのに。
しかし、焦りとは裏腹に、魔力が体に満ちる気配はない。その代わりとばかりに、無力感ばかりがファイの全身を支配していた。
「攻撃はボクがやるから、シディアとファイはあいつの気配を引いて」
「そ、それはダメ」
今にも飛び出しそうなルビィの肩を、ファイはぐっとつかんだ。
「ウサピィさんから、みんなの事を任されてるのに、そんな危ない事させられないよ」
しかし、足止めをするには、さっきまでのように逃げてばかりではいられない。
時には足を止めて、正面から殴り合わなければならない場面だってある。
それを、ずぶ濡れで全力の魔法が使えないルビィに任せるなんて、いくらなんでも危険すぎる。
「でも、他に方法がないじゃん」
「それは……」
ルビィの鋭い物言いに、ファイは言葉を失う。なぜならその次に続く言葉を、ファイは持ちあわせていないのだから。
言われなくたって、頭ではわかっている。例え万全の状態でなくたって、この中でまともに魔法が使えるのはルビィしかいという事くらい。
「大丈夫だよ。逃げるのメインでやるからさ」
「そうですよ。ルビィちゃんの言う通り、がんばって逃げれば大丈夫です」
そう言い残して、ルビィとシディアは勢いよく飛び出していった。
ファイは二人を止めようと手を伸ばすも、途中で止まってしまう。
正しいけど、間違っている自分。
間違っているけど、正しいシディアとルビィ。
二人の姿に重ねてしまうのは、魔法を失う前の自分そのもの。
だから、止められない。本当なら、自分だって今すぐにでも駆け出して行きたいから。
「……私も」
そして二人に遅れる事、数秒、
「……私も、行かなきゃ」
ファイも覚悟を決め、アンティークへ向かって走り出した。
「これでもくらえぇっ!!」
開幕の火蓋を切ったのは、ルビィの手から放たれた炎弾だった。
炎の弾丸はアンティークの後頭部を直撃すると、次々と小爆発を引き起こす。
「やーい、こっちだよ~。のろまなアンティ~ク~!」
「ルビィちゃんの魔法を舐めてたら、痛い目にあいますよ、アンティークさん!」
景気よく爆発した炎がおさまり、ちょっぴり黒くなった後頭部が二人の視界に映り込む。
するとアンティークは頭だけをぐるりと反転させ、いましがた自分を攻撃したであろう者達を捉えた。
「ルビィちゃん、全然効いてないです」
「うん、ボクもそう思う」
その直後、アンティークはシディア達に向かってきながら、巨大な拳を勢いよく振り下ろしてきた。
すかさず二人は逃げ出すも、桁外れの衝撃に体が浮かび上がる。
「二人とも、早く立って」
遅れて来たファイは二人を引っぱり起こし、すかさずアンティークから遠ざかる。
「もぉ、ルビィちゃん、全然言うこと聞いてくれないんだから」
「えっと、気付いたら体が勝手に」
てへへと苦笑いを浮かべるルビィに、ファイは深いため息をつく。
「はぁぁ、無鉄砲なんだから……」
しかし、これでもう後には引けない。
いかなる手段を用いても、アンティークはここで足止めする。
ファイは覚悟を決め、気合いを入れ直す。と、その時だった。
「ルビィちゃん! ファイちゃんさん!」
大慌てで叫ぶシディアの声が聞こえたのは。
「ゴーレムさんが、木を抜いてます!」
ファイとルビィは、すかさずアンティークへと目をやる。
なんとアンティークは、自身と同じほどもある大木を頭上まで持ち上げていたのだ。
「ルビィちゃん、撃ち落として!」
「わかってる!」
ファイが指示をだし、ルビィは足を止めて振り返る。
「血族を作りし世の核心、偉大なる元素の力をッ……! 短縮詠唱、属性付与、魂ッ!」
詠唱を唱え、再び自らの肉体へ血脈に宿る力を顕現させる。
地面に浮かぶ魔法陣。その魔法陣を形作る光が、一斉にルビィへと流れ込んだ。
「情熱的応援ッ!!」
流れ込んだ魔力は炎となり、まるで生きた鎧のようにルビィの全身を覆い尽くす。
その炎が指先の一点に集まったかと思うと、アンティークの持ち上げる大木に向かって灼熱の閃光が迸った。
閃光は今まさに投げられようとしていた大木を捉え、二本になった大木はバランスを崩してあらぬ方向へと飛んでいった。
「さすがです、ルビィちゃん!!」
「ありがと、シディア。でも、体力的にちょっとキツいや」
見事に大木を迎え撃った事に感激するシディアだが、ルビィの方はそうも言っていられない。
水路に落ちて髪型が崩れてしまった状態で、いつも以上に魔法の負担が大きい。
それに加えて、古代遺跡の探検と地下庭園からの戦闘もあって、体力の消耗も激しいのだ。
だが、アンティークの方はそんなもの知ったこっちゃない。また一本、手近にある大木を容易く引き抜き、ファイ達を狙って振りかぶる。
「私だって!」
ルビィちゃんにばかり、任せていてはいけない。濁髪でも、自分だって魔法使いなんだから。
シディアは呼吸を落ち着かせ、精神を集中させてゆく。
そして、とうとつに動き出す右手。まるでハープでも奏でるかのように空間を撫でる。星屑のような光がキラリと光ったかと思うと、いつの間にかその手にはアイアンロッドが召喚されていた。
「砂の粒!」
取り出したアイアンロッドを構えると、大木を投げようとしているアンティークに向かって、シディアは声高に魔法を唱えた。
初級の土魔法。それによって生み出されたのは、たった数個の砂粒。しかしそんな砂粒でも、ちゃんとアンティークに届いていた。
恐らく、目の性能もそこまでよくないのだろう。シディアの生み出したこれっぽっちの砂粒に視界を奪われ、アンティークはファイ達のはるか後方に向かって大木をぶん投げていた。
「シディアもやるじゃん!」
「えへへ、それほどでもないですよ」
ルビィに褒められて、まんざらでもない風にシディアは胸を張る。
「って、それより今はアンティークだよ!」
褒めてる場合じゃないやと、ルビィはアンティークの方を見る。
するとアンティークは、頭だけをぐるぐると回転させたり、こきこきと前後左右に振ってみたりしていた。
ものの見事に、砂粒がジャストフィットしていたらしい。
だが、視界に挟まっていた砂粒が取れたのだろう。
シディアもルビィも、『目が合った』のが、直感的にわかった。
アンティークは、まるで怒っているみたいに体をなわなわと震わせながら、今度は両脇に生えていた大木を片手で一本ずつ引き抜いた。
「シディア! もう一回さっきの!」
「わかりました! 砂の粒!」
シディアは再び魔法を唱え、アンティークの目の付近に砂粒を作り出す。
しかし、同じ手は二度も通用しなかった。
目に砂粒が入ってしまったのなら、取り除けばいい。アンティークは先ほどのように、頭部を勢いよく開転させ、視界に挟まっていた砂粒をあっさりと解消してしまった。
「ルビィちゃん、あれ早く燃やしちゃってください!」
「大丈夫だよ、シディア! また目に砂を入れたら、あいつは頭を回すはずだから!」
「さすがルビィちゃん、天才です!」
なるほどその手があったかと、シディアは怯む事なくアイアンロッドをアンティークに向けた。
「名付けて、無限ループ目潰し! やっちゃえ、シディア!」
「いきます、砂の粒!」
シディアは三度、アンティークの目に向かって初級の土魔法を唱えた。
何回できるかわからないけど、とにかく目潰しをしている間は向こうも攻撃はしてこれないはずだ。
アンティークの顔の辺りに、またしても数個の砂粒が作り出される。相手の動きが遅いのもあって、当てること自体はそれほど難しくない。
そうそう、落ち着いて無限に目潰しをしていれば大丈夫大丈……、
「「えぇっ!?」」
全然大丈夫じゃなかった。
なんとアンティーク、シディアが魔法を使った瞬間に勢い良く頭を開店させて、せっかく作った砂粒を吹き飛ばしてしまったのだ。
「そんなの卑怯だぞ!」
「そうです、アンティークさん! 正々堂々戦いましょう!」
無限目潰しとか言っていた口で、卑怯だの正々堂々もあったものではないのだが、感情のない相手にいくら叫んだって無駄だ。
アンティークはさっきまでの仕返しだと言わんばかりに、上半身を大きく後方までのけぞらせて、大木を投げようとしている。
そしてシディアに四度目の目潰しをされる前に、まず右手の大木を勢い良く投げてきた。
「情熱的応援ッ!!」
大砲のような速度で飛んでくる大木へと、まるで吸い込まれるように灼熱の火線が迸る。
一点へと収束されたルビィの炎は、一瞬の抵抗すら許さず幹を丸々灰へと変えてしまった。
燃えかすがぼとぼとと近くに降ってくるが、なんとか迎撃は間に合った。
しかし、まだ油断はできない。なぜなら、アンティークの左手には、もう一本大木が握られているのだから。
しかも既に投擲体勢に入っている。
ルビィの方も魔力の限界が近いせいで、次の魔法は撃てない。
苦し紛れにシディアが目潰しをするも、頭部を回転させて難なく防がれてしまう。
「ヤバい! シディア、早く逃げないと!!」
「わわわわかってます、ルビィちゃん! ファイちゃんさんも、早く……」
と、そこでようやくシディアとルビィは気付いた。ファイの姿が、どこにもない事に。
「こっちだよ!」
するとかなり遠くの方から、いつのまにかいなくなっていたファイの声が聞こえてきた。
それも、アンティークのかなり近くから。
「えいっ!」
近くから放り投げられた石が、きれいな放物線を描いてアンティークの頭部に当たった。
今のはどこから来たのだ。大木を投げようとする体勢のまま、アンティークは石を投げてきた相手を探す。
するとすぐ近くの足下に、石を持った人間の姿を──ファイを見つけた。
──よし、こっちに気付いた。
見つけられたのを確かめてから、ファイは再び近くに転がってある手頃な石を拾い上げ、アンティークの目に向かって投げつけた。
無論、ダメージなんてはなから期待していない。
だがこれで、攻撃目標は魔法を使ったルビィやシディアでなく、自分に向くはずだ。
するとアンティークの姿勢が、少しずつ変わり始めた。投げるための姿勢から、何かを切り捨てるような姿勢へと。
──かかった。
ファイは攻撃目標が自分になったのを確認すると、アンティークに向かって全力で走り始めた。
まるで疲れを感じさせない、軽快で力強い走り。例え魔法が使えなくたって、できる事はあるはずだ。
急速に接近してくるファイを警戒して、アンティークは左手の大木を振り下ろし始める。
歩いている時と比べて、腕を振る速度は格段に速い。
だがこれなら、抜けられる。
アンティークが腕を振り下ろすより早く、ファイはその足下をくぐり抜けた。
ファイを追いかけるのに必死だったアンティークは、大木の先に自分の足がある事に気付かなかった。
────バリバリバリバリッ!!
けたたましい破断音と一緒に、木片が四方に向かって爆散する。
「ふぅぅ、危なかった」
「ファイちゃんさん、すごいです。魔法使えないのに」
ルビィは炎の壁を作り、その内側でシディアと一緒に木片をやりすごした。
そしてアンティークは完全にバランスを失い、周囲の木々を押し倒しながら地面に横たわった。
局地的な地震まで発生し、近くに残っていた動物達までもが一斉に逃げ出す。完全な無音に、緊張感が否応なく高まってゆく。
シディアとルビィはその様を、ただ呆然と見つめていた。
「ファイちゃんさん、すごいです。魔法使えないのに……」
「元側近騎士団は伊達じゃないって事なんじゃないかなぁ……」
その土煙の中から、ケホケホとせき込みながらファイが出てきた。
ルビィとシディアは、すぐさまファイのそばへと走り寄った。
「やったじゃん。すごいよ、ファイ」
「まさか、ゴーレムさんを倒しちゃうなんて。びっくりです」
「ありがと、ルビィちゃん、シディアちゃん。でもあれ、転ばせただけだから」
喜色満面なルビィやシディアと違い、ファイはまだ警戒を解いてはいない。
むしろ、より警戒感を高めているように感じる。
「たぶん、これからもっとすごくなる」
ファイの言葉を証明するように、再び地響きが伝わってくる。
倒れる前とまるで変わらないアンティークの偉容が、悠然とたたずんでいた。




