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美容師ウサヒコと朽髪の竜騎士  作者: 蒼崎 れい
Episode4:「アンティーク」
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Act02:負の遺産 Ⅱ

 新しくできたこの出入り口は、恐らくアンティークに連動して起動したものだろう。

 地上までは一直線の階段で繋がっており、しかも出口からは強烈な光が差し込んできている。

 こんなにまぶしかったら、最初に地下庭園に入った瞬間には気付いたはずだ。

「へへっ。ここなら、あのでっかいのも、追いかけて来れないよね」

 地上まで続く階段を中ほどまで登ったところで、ルビィはしてやったりといった感じでにししと笑った。

「確かに、あの大きさでここを通るのは、不可能でしょうね」

 そんなルビィの意見に、ルチルも頷く。

「だったら、そろそろ休んでも、大丈夫でしょうか?」

「シディアの提案に一票」

「わたくしも、同じく」

 顔を真っ赤にして言うシディアの提案に、ルビィとルチルは即座に肯定の意を示した。

「そうだね。じゃあ、ちょっと休もうか」

 先頭を走っていたファイも足を止め、三人はその場に座り込んだ。

 元から疲れていたところに突然の戦闘による緊張もあって、息も絶え絶えになっている。しかもルビィもルチルも、今のはかなりの無理をしていたはずだ。

 水路に落ちてしまったせいで、セットしていた髪型は崩れてしまった上にぐちゃぐちゃになってしまっている。

 いくら優秀な魔法使いでも、これで全力なんて出せるはずもない。

「それにしても、ルチルさんって、アンティークとの戦闘経験があったんですね」

「えぇ、一応は。リファイドさんの所のごうつくばり支部長に頼まれて」

 あぁ、その時の様子が手に取るようにわかる。描いた絵みたいな営業スマイルを一ミリも崩さずに、抑揚の欠片もない声で交渉をするラグトゥダの姿が。

「今思えば、よくあんな報酬で引き受けたものだと思うわ……。まさか、あそこまで苦戦するだなんて、思ってもいませんでしたから」

「なんか本当、申し訳ないです。うちの支部長が」

 とりあえず窮地は脱したが、あれをあのまま放っておくわけにもいかない。三人の息が整ったら、早くルベール支部に報告せねば。

 アンティークの持つ特性上、一度市街地へ出ればとてつもない被害が出るのは目に見えている。どうにかして、この森の中にいる内に破壊してしまわなければならない。

 そんな風に、ファイがこの後の段取りを考えていると、ずぅぅぅん、ずぅぅぅん……。

 壁に向かって体当たりでもしているのか、お腹の底に響くような重低音が震動と共に伝わってきた。

「ようやく、入り口まで来たみたいですわね」

 往生際の悪いアンティークに、ルチルは呆れ混じりの評価を下す。

 もっとも、あれはアンティークの意志などではなく、そういう風に作られているからなのだが。

「それにしても、この道があってよかったね。またあの道戻ってたらって考えると、寒気がするよ……」

「そうですね、ルビィちゃん。私もずぶ濡れで寒いです」

 そういう意味じゃないんだけどねとつぶやきつつ、ルビィはずずず~っと鼻をすすった。

 でも確かに、シディアの言う通り寒い。これなら、たきぎから一本くらい薪を持ってきておくべきだったと、ルビィはがっくしと壁に手を突いた。

 ルビィ後悔の図、である。

「それにしても、うるさいなぁ……。入ってこれるわけないのに」

 断続的な衝突音とパラパラ落ちてくる砂埃に、ルビィはため息をつく。

 天井の高さは、地下庭園の半分以下。横幅だって全然足りていないのに。

 しかし、

「ルビィちゃん、あれ……」

 シディアに袖を引かれたルビィは、なんだよと地下庭園の方を見やる。

「……うそ、マジで?」

「マジっぽいです」

 なんとそこには寝そべった体勢のまま、壁を破壊しながら猛烈な速度で階段を登ってくるアンティークの姿があったのだ。

「シディアさん、ルビィさん! 呆けている場合ではありませんよ!」

「みんな、急いで!」

 いったい、あのアンティークはどんな命令の下に動いているのだろう。それは遺跡を壊してまで、実行しなければならない事なのだろうか。

 しかし、そんなファイの疑問に応えてくれる者もいなければ、考える余裕もない。

 三人がちゃんと付いてきているか確認しながら、ひたすらに地上を目指す。

 魔法が、魔法さえ使えれば……。不甲斐ない自分が嫌になる。

 守るべき人なのに。

 守らなければならない人なのに。

 なのに、今の自分はなんだ。

 ただ逃げるしかできないだなんて、騎士失格ではないか。

 胸の奥が、ずきんと痛む。まるで、大きなナイフが突き刺されたように。

 しかし、ファイは涙を流したりはしない。いくら悔しかろうと、いくら痛かろうと。

 こんな自分に、ウサピィは託してくれたのだ。だから、そんな弱い自分は絶対に見せてはならない。

「もうすぐ出口だから、頑張って!」

 そして最後の力を振り絞って、ようやく四人は地上へとたどり着いた。

 それは遺跡を挟んだ入り口の反対側。元々は装飾の石像が立っていた場所だ。

 隣には原型がわからないほどに砕け散った石像が転がっている。恐らく、本来はこの像が上に合って、普段は隠されているのだろう。

「早く、こっち。隠れないと!」

 とはいえ、今は歴史的価値のある石像が壊れてしまった事になんて構ってられない。

 四人は隠れられそうな場所を探して、周囲をキョロキョロと見回すが、よさそうな場所はない。仕方なく、遺跡を支える柱の裏側へと走り込んだ。

 崩れたら危ないけど、今は仕方がない。

「みんな、大丈夫?」

「は、はひぃ、なんとかぁ、大丈夫です。ファイちゃんさん」

「ボクも、大丈夫、だけど……」

「少し、休ませてくださいませ」

 ルビィとルチルは属性魂解除(アンインストール)して、戦闘状態を解除した。

 溜まっていた疲労が津波のように押し寄せてきて、まるで体重が倍になったかのように重く感じる。

 その直後だった。




 ────────ドゴォォオオオオオオォォッ!!!!




 地面に敷き詰められたブロックが、まるでおもちゃのように吹き飛んだ。少なくとも、アンティークの身長の倍以上は高く舞い上がっている。

 地震のように大地は揺れ、視界がゼロになるほど土煙が舞い上がった。

 さっきまで乱れていた呼吸も無理やりに押さえ込んで、アンティークに注意を向ける。どうか、見つかりませんように。四人は祈るように、土煙の中を凝視した。

 砂埃が足下の石材を打つ音以外、一切の音が消失した空間。その静寂を打ち破るように、アンティークは姿を現した。

 土煙を突き抜け、地響きを轟かせ、その偉容を見せつける。

「なんだか、キョロキョロしてますね?」

 ひょこっと頭だけ出したシディアは、じぃぃっとアンティークを見た。

「ボク達の事、探してるのかな?」

 その隣から、ルビィもこっそりと頭を出す。

 アンティークは一歩踏み出しては戻ったり、頭をぐるぐると回転させていた。

「索敵能力は、それほど高くないようですわね」

 ルチルも柱の影に隠れながら、ひっそりとアンティークを盗み見る。

 あの様子から察するに、少なくとも魔力を察知する能力はないか、あったとしてもかなり低いものなのだろう。

 これなら、隠れていればやり過ごせそうだ。

「あ、あっち行った」

 そしてファイは体を伏せた状態のまま、頭を瓦礫で隠してのぞき見る。

 捜索を諦めたのか、ぐるぐる回転しといた頭は止まり、ふらふらとさまよっていた足下も一直線に歩き出した。

 アンティークは四人に気付かぬまま、その横を通り過ぎて森の中へと消えていったのであった。

 だんだんと遠ざかって行く地響きに、四人はようやく安堵の息をつく。

「ボク、もうだめかと思った」

「わたくしもです。この人数でアンティークと戦うなんて、金輪際ごめんこうむります」

 ルビィはだらっと寝転んで手足を投げ出し、ルチルもスカートが汚れるのを気にせずにその場に座り込んだ。

 これで本当に一息つける。安堵と同時に、重くなったからだが一層重くなったように感じた。

「でもでも、ルビィちゃんも、ルチルちゃんも、かっこよかったです!」

「確かに。シディアちゃんの言う通り、二人ともかっこよかったよ」

「そ、そんな事……あったりして?」

「ま、まぁ、賞賛の言葉は素直に受け取っておきます」

 シディアとファイに誉められたら二人は、満更でもない感じで笑って見せた。

 特にルビィなんて、ねぇ、どの辺がかっこよかった? なんて調子に乗っていたりする。

 疲れたと言っている割に、まだまだ元気は残っているようだ。

「それじゃ、二人が元気になるまで、もう少し休憩してよっか。シディアも、それでいい?」

「はい、いいです。ファイちゃんさん!」

「ありがと。じゃあ、ギルドに報告に行くのはその後って…………事で…………」

 ──待って、あのアンティーク、どの方向に向かって行ったっけ……。

 ファイは自分達の横にできた、巨大な足跡に目をやる。

 その足跡は遺跡の敷地には収まらず、その向こうの森の中にまで伸びていて、その先にあるのは…………。

 ファイは背中に、ぞっと寒気を感じた。

 まるで脊髄を鷲掴みにされているような、言いようのない気持ち悪さと戦慄が脳裏をよぎる。

「あのアンティーク、もしかして……」

 間違いであって欲しい、自分の勘違いであって欲しい。

 しかしなぜだろう、ファイには確信めいたものがあったのだ。

「ルベールに、向かってる?」

 あのアンティークが、ルベールの街に向かっている、という。

「それ、本当なんですか? ファイちゃんさん」

「もしそうなら、大変だよ! アイツ、魔法が効かないんだから!」

「ルビィさん、それはまだ早いです。リファイドさん、それは確かなのですか?」

 あえて疑問系だったのは、誰かに否定して欲しかったからなのかもしれない。そんな事は有り得ない、と。

 しかし、残念ながらそんな人物は誰一人としていなかった。

「さっきも、アンティークはルビィちゃんとルチルちゃんを狙ってたみたいだった」

 思い返してみれば、アンティークは常にルビィとルチルだけ優先的に狙っていたように思える。

 もし侵入者の排除が目的なのならば、むしろファイ達の方を攻撃した方が数を減らすのは効率的なのだから。

「それに、この足跡」

 ファイに言われて、三人とも大きくひび割れた石材を見やった。

 足の大きさは、ファイ達の身長よりも長い。

「あっち、私達がここに来る時に使った道。もし、まっすぐこの方向に進んでいるなら、狙いは間違いなくルベールの街、だと思う」

 その足跡はファイの言う通り、ルベールの街へとまっすぐに向かっていた。

 精度こそ悪いが、あのアンティークに魔力を察知する機能があったとすれば、魔法使いの多くいるルベールを見つける事も、あり得るのではなかろうか。

「…………めましょう」

 不意に、シディアが何かを口走った。

 風に吹かれて消えてしまいそうな声を、しかし強い決意を感じる言葉を。

「止めましょう! みんなで!」

 もう一度はっきりと、自分達に言い聞かせるようにシディアは叫ぶ。

 まるであの時みたいだと、ファイは思わず息を飲んだ。

 そう、魔法使い至上主義者を目の前に、真っ向から言い返していた、あの時のように。絶対にアンティークを止めてみせるという固い決意が、その両目からありありと溢れ出ていた。

「ふふっ、シディアさんがそこまで言うのでしたら」

「ボク達が協力しないわけにはいかないね」

 そう言うと、不敵な笑みを浮かべながらルビィとルチルは立ち上がった。

 くたくたの体を叱咤(しった)して、まだまだいけると気合いを入れ直す。

「でも、私達だけじゃ、どうにもできない」

 しかしファイだけは、三人に鋭く言い放った。

「ルチルちゃんの魔法も、ルビィちゃんの魔法も、あのアンティークとは相性が悪い」

 心意気はありがたいものの、無謀な戦いに向かわせるわけにはいかない。特にルチルはアンティークとの戦闘経験がある分、ファイの言う事がよく理解できる。

 アンティークへの対処は、本来数名から十数名の魔法使いと大砲を装備した騎士団()によって行われる。

 いくら優秀とはいえ、相性の悪い魔法使い二人だけで止められる相手ではない。

「じゃあ、どうするんだよ! このままじゃあいつ、ルベールの街に着いちゃうかもしれないんだよ!!」

「だから、止めるのは止めるのでも、足止めに徹するんなら、なんとかなると思う」

 声を荒げて反論するルビィを、ファイはあくまでも冷静に諭す。

 例え魔法を使えなくとも、体に染み付いた習慣まではえない。非常時こそ感情的にならず、もてる手段で最善を尽くす。

 初めて見せたすごみのあるファイの横顔に、ルビィはいつの間にか頷いていた。

「魔法ギルドルベール支部への連絡は、一番足の速いルチルちゃん」

「心得ました」

「わたしとルビィちゃん、シディアちゃんは、アンティークの前で逃げ回って、こっちに注意を向けさせる。ただ、無理だけはしないように」

「わかりました!」

「ボクとは相性悪いんだし、それしかないか……」

 ファイの出した提案に、全員が頷いく。

 今この事実を知っているのは、この場所にいる四人のみ。

 共通するのはただ一つ、ルベールの街を守りたい。それだけだ。

 しかし、やらねばならない。街を巻き込まないためには。

「では皆さん、御武運を……」

 一言いい残すと、ルチルは雷音を轟かせて森の中へと──ルベールの街に向かって飛び立った。

「二人とも、行くよ」

「が、がんばります」

「今度こそ、ボクの本当の力を見せてやる」

 それを追いかけるように、三つの人影も森の中へと消えてゆく。

 たったの三人、しかもまともな魔法使いは一人しかいない。

 けれど、その胸の内に燃える闘志は等しく煌々(こうこう)と輝いている。

 終わりの見えない防衛戦は、ひっそりとその幕を上げた。

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