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美容師ウサヒコと朽髪の竜騎士  作者: 蒼崎 れい
Episode3:「進むべき道」
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Act07:遺跡探索 Ⅰ

 コルサーンの森の古代遺跡の探検を始めて一時間超、シディアとルチルは既に戦意を喪失していた。

 ちなみにどれくらい戦意喪失しているかと言うと、

「ルビィちゃん、もう帰ろうよ」

「そうですわ。このままでは、命がいくつあっても足りません」

 肌のツヤがなくなるくらいまで喪失していた。

「こんなヒドい目に遭ってるのに、いまさら引けないよ! 絶対に未調査区域まで行ってやる……」

 しかしルビィは眉をハの字にして、ずかずかと前進する。二人の提案は、頑として受け入れないつもりだ。

「えっと、最初は水攻めだったよね」

「ルビィちゃんが足下のロープに引っかかっちゃいました」

「あんな見え見えの罠に引っかかるのなんて、ルビィさんくらいです」

「うぐぅぅ……」

 ルビィの心に、グサリと矢が突き刺さった。

「その次はトゲ付きの天井が落ちてきて」

「ルビィちゃんが壁に手を突くから」

「まったく、ルビィさんは……」

「はうぅぅ……」

 ルビィの心に、二本目の矢がグサリと突き刺さった。

「その次は壁から矢が飛んできて……」

「大きな岩に下敷きになるかと思いました」

「これもルビィさんが足下のブロックを踏んだせいでしたっけ」

「ぐわぁぁ……」

 ルビィの心に、三本目、四本目の矢がグサグサと突き刺さり、

「そしてさっきは、落とし穴でしたわね。それも毒蛇入りの」

「ルチルちゃん、そこまで言わなくても。それに毒蛇だってミイラ化してたから、落ちても噛まれないし」

「あの、ファイちゃん、それは別の意味で落ちたくないです」

「ゴメンナサイ、ボクガワルカッタデス」

 ルビィの決意は、ものの数秒で跡形もなく消し飛んだ。

「そもそも、道もわからないルビィさんが先頭を歩くから、余計に罠に引っかかるのです」

「だから悪かったって言ってるじゃんか……。それをネチネチ」

「誰がネチネチですって?」

「さ~、誰だろうね~?」

「二人とも、それくらいに……。ね?」

 ファイは、リアルに火花と雷光を散らし始めたルビィとルチルの間に割って入る。飛び火して遺跡が崩れたりなんかしたら、目も当てられないからね。

 いくら頑丈だからって、二人の魔法をくらったらひとたまりもない。たかが飛び火でも、二人の魔法は強力なんだから、注意してもらわないと。

「ルビィちゃん、次の松明をお願い」

「うん、わかった」

 ファイから木の棒を受け取ったルビィは、短くなった松明を燃やし尽くして新しい松明を作った。

 さすがに魔法で小さな炎を出しっぱなしにするのは疲れるので、ちゃんとそれなりの準備はしてきてあるのだ。えっへん。

「それにしても、見た目以上に広いですね」

 汗をぬぐいながら、ルチルは今まで通ってきた道を見返す。内部は想っていた以上に複雑で、まるで迷路のよう。

 よくもこんな道を暗記している物だと、ルチルは感心した。

「私が調査隊の護衛をしていた頃で、地下七層目まであったのを確認してるから、それ以上はあると思うよ? ちなみに、今は四層目」

「うぇぇ、けっこう歩いたのに、まだそれだけなの!?」

「ルビィちゃんが罠に引っかからなかったら、もっと奥まで進めてたと思います」

「うがぁぁ……」

 粉々に砕け散ったルビィの心が、さらに滑らかにすりつぶされた。

「シディアちゃん、わざわざとどめ刺さなくても……」

「自業自得です」

 散々連れ回されたルチルは、たいへんご立腹のようだ。

 ファイに説教していた時以上に、容赦がない。

「どうしたの? ルビィちゃん?」

「何でもない、何でもないんだよ、シディア……」

 怒っているのか、慰めたいのか、本当に、天然って怖いです。

 無邪気で容赦のないシディアに、ファイとルチルはそろって肩をすくめるのであった。

「それで、どうするんですか? ルビィさん。本当に未踏区域まで行かれるのですか?」

「どうしよっかなぁ……。ファイが知ってる部分の半分しか来てないんだよね?」

「うん。半分くらいかな。最短ルートを使ってるんだけど」

 とはいえ、ルビィが全ての罠にかかる勢いで引っかかりまくってくれているので、既にかなりの遠回りになってしまっているのだが。

 本当なら、今頃は未踏区域──ファイにとってのだが──に到着していたはずなのだが。

 まあ、それは言わないであげた方がいいだろう。これ以上すると、ルビィが再起不能になってしまう。

 するとほら、帰りの分の松明が……。

「ファイー、この階層に未踏区域とかないのー?」

「どうかなー。そればっかりは、わかんないなぁ」

 冒険心はもちろんだけど、だいぶお疲れの様子だ。

「てか、なんでファイそんな元気なんだよ?」

「あはははぁ……。これでも一応、軍で訓練受けてるし。最低限の体力くらいは、あるよ?」

 見た目とは正反対に全然ばててないファイに、ルビィは目をぎょっとさせている。

 もっと驚くのは、これで最低限とか言っちゃてるとこだけど。

「やっぱり、正規の軍人だけありますね。さすがシュネーヴァイス家。軍属の家系は伊達ではないという事ですか」

 逆にルチルの方は、ようやく噂に違わぬシュネーヴァイス家の一面を見れたところで、逆に安心したといったところだ。

 初めて会った時は偽物なんじゃないかと疑いはしたが、やはりれっきとした軍人なだけある。自分達と基礎体力がここまで違うとは思ってもみなかった。

「そ、そこまで持ち上げられるほどじゃないです」

 まあつまり、わかりやすく表せば、

「ファイちゃんが、とてもすごいのだけは、わかりました。これからは、ファイちゃんさんと、お呼びします」

 と、いうわけだ。

「シ、シディアちゃん、今まで通りでいいから、ね?」

「はい、わかりました! ファイちゃんさん!」

 シディアちゃん、本当に素直ないい子だ。悪気はないんだけど。

「もう疲れた~。休もうよ~」

 それに引き換えルビィときたら、自分から遺跡探索をすると言っておきながらこの有様である。

 松明を壁に立てかけ、そのままぱふんとその場に座った。

 そして、自分も壁にもたれかかった。

 でもって、




 ────もたれかかった壁が抜けた。




「痛い……」

 もろに後頭部を打ちつけたルビィは、両手でその場所を押さえたまま悶絶する。

「ファイ、ここ、めっちゃ崩れたんだけど……」

 涙目になったルビィは、うぅぅ~、と非難の目をファイに向けた。頑丈ってなんだよ、ちょっともたれかかっただけで壊れちゃったじゃんか、と。

 だが当のファイはと言えば、口をぽかーんと開けたまま固まっている。いや、ファイだけではない。シディアとルチルもファイと同じように、アホの子みたいにぽかーんと口を開けていた。

「ルビィちゃん」

 ファイはルビィの背後を指さして、

「そこ、未踏区域だよ」

 たった一言、そう告げた。




 崩れた壁の内側から、何百年、あるいは何千年前かもわからない淀んだ空気が流れ出てきた。完全密閉されていたからか、カビ臭さと湿っぽさが三倍くらい強い。

「ルビィちゃん、新発見の場所みたいです」

「ふぇっ!? そうなの!!」

 ルビィは頭を押さえたまま、くるりと首だけ回して自分の倒した壁の方を見た。

 明らかに今まで通ってきた道と、雰囲気が違う。せき込むほどに舞い上がる埃が、少なくともここ最近誰もこの場所に来ていない事を教えてくれる。

 間違いなく、ここはまだ調査の行われていない未踏区域だ。

「まさか、ほんとに見つけちゃうなんて……。さすが、ルビィさん。悪運の強さは折り紙付きです事」

「ふん。今なら、ルチルにいくら嫌味を言われたって、何ともないんだからね。さぁ、これからが本当の遺跡調査だよ! レッツゴー!」

「ルビィちゃん、だから先に行かないでってば!」

「ファイちゃんさん、祈りましょう。ルビィちゃんがこれ以上罠に引っかからないように」

 松明を持って先行するルビィを追って、三人も未踏区域へと足を踏み入れた。

 ルビィがまた罠に引っかからないかヒヤヒヤしていた三人だが、その緊張を裏切るようにスムーズに奥へと進んでいく。

 恐らくは、別の場所に隠し扉の類があったのだろう。ファイの知っている範囲では、そんなものは一つも発見されていないはずだ。

「なんか、すごい広いね」

「そうですわね。天井の高さなんて、さっきの通路の三倍くらいはあるのではないでしょうか」

 ルビィの様子も確認しながら、ファイとルチルは周囲の様子を眺める。

 目を凝らしてみれば、今まで通ってきた通路との差異が見て取れる。

 壁や天井には、モザイク模様の装飾がなされている。先ほどまでの道が無機質な通路だったのと比べて、これは大きな違いだ。

「ルビィちゃん、私にも松明ください!」

 とすれば、今見つかっているエリアは侵入者を排除するためのもので、今歩いてるエリアは別の目的がある場所なのかもしれない。そうだとすれば、これってとてつもない大発見なのでは。

 予想外の展開に、ファイは期待でドキドキしっ放しだ。

 しかしそれと同時に、言いようのない不安も感じている。ここは未踏区域。何があるかわからない場所なのだ。

 まだ引っかかっていないだけで、今までよりもっとすごい罠があっても不思議ではない。

「ほい、シディア」

「ありがとうございます! ルビィちゃん!」

「ファイ、新しい枝ちょうだい」

「あ、はい、どうぞ」

 シディアに松明を渡したルビィは、ファイから枝をもらって新しい松明を作った。

 しかし、たった二つの松明の明かりではまるで足りない。天井は奥へと向かうほど高くなり、視界を遮っていた壁も少なくなってきている。

 壁の代わりに、四人で手を繋いでようやく一周できるような柱が、規則正しく配置されている。

「それにしても、大きな柱ですわね。ギルドの柱もかなりのものですけど、これには圧倒されますね」

「そ、そうだね」

 ルチルもファイと同じ事を感じているようで、柱に触れて天井を見上げていた。

 ずっとずっと前にこんな物を作るなんて、昔の人ってすごいなぁ。

「ファイちゃんさん! ルチルちゃん! 早く来てください!」

「すごいよ! 早く早く!」

 先を行っていたシディアとルビィが、突然大声で呼んできた。

 危ないから先に行かないでって何度も言ってるのに、あの二人ったらもう。

「はぁぁ。参りましょうか、リファイドさん」

「そうですね」

 まるで二人の保護者のような会話を交わしながら、ルチルとファイは先を急いだ。

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