Act06:コルサーンの森深部
道が現れてから歩くこと約十分、周囲と比べて一際高い木々が生い茂る場所の中央に、明らかな人工物が現れた。
石材を丁寧に積み重ねた四角錘の外観、地面には広範囲に滑らかな石材が敷き詰められ、モンスターっぽい像もあちこちにある。建物や像の表面は一様に緑の苔と蔓まみれで、気が遠くなるほどの時間の流れを感じる事ができる。
まあ、そんな歴史的文化的な価値も、
「うわぁぁ、すごく大きいです」
「でも、なんか崩れそうだよ、シディア」
「ですわね。とても古そうですし、いつ崩れてもおかしくはないでしょう」
この三人にかかってしまえば形無しだ。ただの古いだけの建造物になってしまう。
実際に調査に携わっていたファイ的にはちょっぴり寂しいのだけど、それを三人に説明したって、ねぇ……?
「大丈夫。強度的にはしっかりしてるから、崩れるような事はないよ」
「そうなの?」
「はい」
ルビィの質問に、ファイは首を大きく縦に振った。
そうか、大丈夫なのか。しばし考え込んでいたルビィの口端が、にぃっと釣り上がった。
これはあれだ、何かよからぬ事を考えている人間のする表情である。
「だったらさ、この中探検してみようよ!」
そして案の定、当初の目的を道端に置き去りにしてしまったルビィは、目をキラキラさせながらそんな事を言い出した。
「危ないですよ、ルビィさん。いくら崩れないといったって、迷ってしまったらどうするのですか?」
ため息混じりに、ルチルがそれを制す。
遠目に見ても、ルベール支部のギルドよりも巨大な遺跡である。恐らく、内部構造もかなり入り組んだものになっているだろう。地図もないのにそんな場所に踏み込むなど、自殺行動以外の何物でもない。
それに、ルチルが付いてきたのはウサピィの仕事に使うシャンプーやら染料やらの材料を採りに来たからで、決して遺跡の探検に来たわけではないのである。
そもそもルビィが『ウサピィから頼まれてるものもあるんだ』と言わなければ、同行するような事もなかったのだ。そんなルチルからすれば、遺跡探検なんかする時間があるなら、ウサピィのためになる材料を持てるだけ集めるのが、有意義な時間の使い方というものだろう。
ところがぎっちょん。
「それなら大丈夫。内部の構造はだいたい把握してるから」
真面目で嘘のつけないファイは、知ってる事をそのまま言ってしまったのである。これで、元々赤いルビィの目がさらに赤く燃え上がった。
「さすがファイ! 頼りになる!」
しかもルビィの熱意は隣のシディアにも感染してしまったらしく、
「せっかくここまで来たんだから、見てみたいです」
こっちも既に遺跡探検しか目に見えていないようだ。
そして、
「ね? ルチルちゃんもそうですよね?」
シディアはその純真無垢な笑顔で、ルチルを誘いにかかった。
「……まぁ確かに、気にならないと言えば嘘になりますが……」
あぁ、シディアさんがまぶしすぎる……。
そう、例えるならば春先の太陽のよう。心地よい日差しにも似たシディアの顔は、裏表のない本心から来るもの。どこぞの小太り守銭奴支部長の、計算と経略が丸見えの営業スマイルとはワケが違う。
「し、仕方ありませんわね。三人が心配なので、わたくしも付いて行って差し上げます」
抗い難い聖なる魔力に屈してしまったルチルは、三人に背を向けながらしぶしぶと肯定の意を示した。
「じゃあ決まりだね。遺跡探検に、出発!」
にひっと勝ち誇った笑みを浮かべたルビィが、声高らかに宣言する。
「おー!」
「お、ぉー……」
「わ、わたくしはやりませんからね!」
わくわくの押さえきれないルビィとシディアは、二人を残して一目散に遺跡の中へとかけて行った。
「悪いな。朝帰りなのに手伝ってもらって」
「どうせ感謝するのなら、形で表して欲しいものね」
店内の清掃を手伝ったユーディは、スタイリングチェアに深々と腰掛けて一息ついていた。
ちょっとだけのつもりが、気付いたら最後まで付き合ってしまった。討伐クエストが終わったのは夜明け頃だったというのに。
なんなのよ、夜行性のモンスターって。夜更かしは美容の大敵なのに、明け方まで連れ回してくれちゃって、まったくもう。
「なんだ? もしかして、ユーディも簪が欲しいのか? そんなによかったか、アレ」
「勘違いしないで。誰もあんなのが欲しいだなんて言ってないじゃない」
「あんなのって、酷い言われようだな」
あぁっ!? またやっちゃって、何やってるのよ私ってばもう。
ウサピィをへこませちゃったお詫びに開店準備を手伝ったのに、終わった途端にまたやらかしてしまった。
なんでこんな性格になってしまったのだろう。直そうと思う事はあるのが、やっぱりついつい言い過ぎてしまうのだ。
「いやその、それは言葉のアヤって言うか、えっと……」
「悪い悪い、冗談だ」
慌てて取り繕おうとするユーディを見て、ウサピィはころっと表情を変えて笑って見せた。
「……まったく、タチの悪い冗談はやて欲しいわ」
さっき言い過ぎた仕返しらしい。こっちは真面目に悩んでいたのに、あの男は。
「約束通り、朝食作ってきてやるよ。何がいい?」
「よ、余計なお世話です! 私は別に、そんなつもりで手伝ってたわけじゃ……」
────きぅぅぅぅ…………。
本日二回目。ぼむっと、ユーディの顔が一瞬で沸騰した。
「で、何がいい?」
「…………パンでいい、です」
虫の羽音にすら負けそうな小さな声でポツリ。きゅっと服の裾を握るユーディは、なんとかそれだけを絞り出した。
聞かれただろうか? 聞かれたよね? 絶対に聞かれた……。うぅぅ、恥ずかしさで死んでしまう。
「りょーかい、ちょっと待ってな」
それだけ言い残して、ウサピィは店舗のフロアから出て行った。
ほんとに行ったよね? 実はまだいるなんて事ないよね?
ユーディは恐る恐る、後ろを振り返る。はぁぁ、ウサピィは本当に朝ご飯を作りに行ったようだ。
よくわからないプレッシャーから解放されて、ユーディは大きく息を吐いた。
今日は騒がしいルビィ・スカーレットと賑やかなシディアがいないと思ったら、ファイが引率でコルサーンの森にある遺跡に珍しい薬草を取りに行ったようだ。ついでに、ルチル・ゾンネンゲルプも一緒らしい。
ちらっと噂で聞いた事のある、古代遺跡であろうか。情報が一切開示されなていないので、ガセだと思っていたのだが。
それにしても、ファイが引率役とは。四人の姿を想像して、ユーディはふっと吹き出した。
引率と言うよりも、仲良し四人組でピクニックの方がしっくりくる。実年齢はともかくとして。
だがここ最近、前よりはよく笑うようになった気はする。これも、ウサピィやシディア達のおかげだろうか。だとしたら、ここに連れてきたのは正解だったのかもしれない。
例え魔力が戻らなくとも、代え難い何かを得る事ができたのだろう。だとすれば、そう遠くない内にあの人は帰ってくるはずだ。魔力を取り戻し、一段と成長した姿で。
でなければ、尊敬している自分がバカみたいではないか。
「ほんと、早く戻ってきてくれないと、私が落ち着かないじゃない」
家の名だけではない。紛れもない実力で、側近騎士団まで上り詰めたリファイド・シュネーヴァイスを尊敬している自分が。
「お待たせ。あり合わせだが、これで我慢してくれ」
コツコツと足音を響かせて、ウサピィが帰ってきた。
両手で持っているトレーには、サンドイッチと水の入ったコップが乗せられている。
「何これ?」
「目玉焼きと、あと昨日余ったテリヤキソースのヘルシーハンバーグ」
「テリヤ、何? ちゃんと食べられるんでしょうね?」
「テリヤキソース。いいから食って見ろって、うまいから。ハンバーグは半分にスライスしてあるし、そこまで腹に響かないだろ」
「はいはい、ありがたくいただきますよ」
ユーディは謎ソースのかかったハンバーグサンドを色んな角度からくまなく調査すると、そろそろ、パクリ、と一口食べた。
「あ、けっこうさっぱりしてておいしい」
「だろ?」
と言いながら、ウサピィは皿からサンドイッチを一つ頬張った。
「それ、私のなんだけど?」
「いいだろ別に。作ったの俺だし」
三白眼で睨みつけてくるユーディから逃げるように、ウサピィは開店準備に戻った。




