Act05:いざ出発
「それじゃ、二人の事は頼んだぞ」
「はぃ、頼まれました」
「じゃあウサピィさん、行ってきます」
「レアな薬草、見つけるぞ……」
「お兄ちゃんのために、私、頑張るね!」
店の開店準備を終えたウサピィは、爽やかな笑顔で四人を送り出す。
今日は──特にルビィが──待ちに待った、レアな薬草採取にレッツラゴーツアーの日なのだ。
なぜか当初はいなかったルチルが混ざっているが、まあこれなら多少のモンスターに遭遇してもどうにかなるだろう。
シディアとファイは戦力外として。ルビィ一人でもたいていのモンスターならどうにかできるが、今回はルベールの森の中でも奥の方へ行くらしいので、戦力は大いに越した事はない。
いつも騒がしい二人がいないせいで店の中はしんと静まりかえっており、それはそれで少し寂しい気もするウサピィである。
「にしても、今日もダメだったなぁ……。やっぱ髪型変えたくらいじゃ、どうにもならないか」
そして今日もまた別の髪型──三つ編みにした髪をふんわりとアップにまとめ、簪で可愛くセットしてある──を試してみたのだが、効果はなし。
あの話を聞いた後では、なおさら髪型だけではどうしようもないと思い知らされる。
「でも、簪は気に入ってもらえたみたいだし、いっか」
「何がいいのかしら?」
「なんだ、ユーディか」
「『なんだ』とは失礼ね」
右手に箒(非飛行型)を装備したウサピィが玄関の掃除をしていると、鼻をツンととがらせたユーディがやって来た。
「私はあなたのお店のお得意様なのよ。少しは敬意を払ってみたらどうなの? 寂れた店の店主さん」
そして開口一番、仕返しの嫌み攻撃をしかける。
「うぐ……。し、仕方ないだろ。こっちには、髪を切る専門職がいないんだから。今は口コミで広がるのを待つしかないって」
「そうね。これ以上出資者様に借金は作りたくないものね」
借金かぁ、とウサピィはがっくしとうなだれた。
毒舌は今日も今日とて絶好調。ウサピィの急所をピンポイントで狙い撃ってくる。職業を魔法使いから狙撃手に変えた方がいいのではなかろうか。
今月の売上及び純利益を思い出して、不景気な顔がデフレって危ない苦笑いが浮かんでいる。
「あぁ。売上高に関わらず、毎月ローン支払ってるからな。それでも、金利が付かないだけマシだけど」
あなたも大変みたいね、とユーディは他人事のように軽口をたたく。
まあ実際他人事なのだが、これでも一応お世話になっている身。ちょっとやりすぎたゃったかもと、罪悪感がわいてきた。
と、とにかく話題を変えないと。何か共通の話題がなかったっけと、ユーディはここ数日の出来事で何かなかったか、超高速で脳内検索をかける。
「さ、最近変わった髪飾りをしていると思ったら、ウサピィからのプレゼントだったのね」
そして一件だけ、印象に残っている物がもとい、髪飾りがあった。
「あぁ。成果が上がらないのに支払いだけはきっちりしてくれるからな。受け取る方も色々心苦しいわけよ」
「昔から妙なところで頑固だから」
もう少し融通を効かせた方が、色々と楽になるのに。道理を通すのは当たり前としても、ファイはそれ以上に律儀すぎたり義理堅かったりする面がある。
魔力を取り戻せなかったのにお金を支払っているのも、その性格がよく現れている。とはいえ、そんな律儀で真面目で何事にも一生懸命な義理堅い人でなければ、ユーディはファイと現在まで続くような関係にはなっていなかったであろうが。
「一度決めた事は、いくら言ったって無駄よ」
「それは経験からか?」
「えぇ。これでも、二年間を同じ学び舎で過ごした仲だもの。普段はおどおどしていて人の意見にも文句一つ言わないくせに、いったん『こうだって』決めたら一歩も引かないの」
「確かに、見た目からは想像もつかないな」
あれでウサピィと同い年なのも想像できないが、ふわふわした見た目や言動に反して、ファイの中には揺るがない芯のようなものが見え隠れしている。
先日ファイから話を聞いた時にも、それはしっかりと確認できた。あいつなら、きっと壁を超えるだろう。いや、超えられなかったら、壊してでも進むか。
そんな確信めいた何かがあるから、応援してやっているんだものな。
「……気に入ってるみたいね。アレ」
「らしいな。プレゼントした側としては、ありがたい限りだ」
ちなみに、今日も簪を使ったヘアアレンジにしてある。
ルビィがちょっと羨ましそうにしていたが、あの髪型にするには一年以上はかかるだろう。あいつの髪型、かなりのショートボブだからな。
「見かけないデザインで疑問に思っていたけど、ウサピィが犯人だったのね」
「犯人とか言うなよ。まるで犯罪者みたいじゃないか」
「黙れロリコン」
さっきまでほっこりしていたウサピィの心の中に、一迅のすきま風(絶対零度)が入り込んできた。
今し方、聞き捨てならない台詞が聞こえたような。
「聞こえなかった? ロリコンって言ったのよ。ロ・リ・コ・ン」
「……待て、今の会話の流れ的に、それはおかしいんじゃないか? それと言っておくが、俺は断じてロリコンではない」
「シディアとルビィ・スカーレットの保護者を自ら買って出て、ルチル・ゾンネンゲルプからはお店の出資をしてもらい、見た目だけは幼いリファイド・シュネーヴァイスにプレゼントを送っておいて何を今更。どこにも否定材料がないじゃない。すがすがしいまでのロリコンだわ」
言われてみれば、確かに否定のしようがない。ぐうの音もでないほどの正論である。くそ、反論したくてもできる材料がない。
しかもこれほどの長台詞をたった一息で一回も詰まる事なく言い切りやがった。練習でもしてないと言えないだろ普通。
もしかして、今日はこれ言うために来たんじゃないかと疑いたくもなる。
「…………さーて、仕事するか」
「ちょっと、無視しないでよ」
「あ、お客さんですか? 申し訳ありませんが、ただいま準備中でし…」
「あぁ、もぉっ!! からかったのは悪かったから、面倒なすね方しない!」
今度はウサピィが自覚していなかった急所をぶちぬいてしまったらしい。防御体勢をとっていなかった分、クリティカルヒットを叩き出してしまったようだ。
「お詫びに開店準備手伝ってあげるから、その……」
────ぐぅぅ……。
かわいらしいお腹の鳴き声が聞こえました。
ちなみに、ウサピィのお腹ではない。
「き、昨日の夜からクエストに出てて、さっき帰ってきたところなのよ」
「なら、朝食分は働いてくれよ」
ウサピィはため息をつきつつ、ユーディを店内に招き入れた。
ルベールの街を出てからすぐ、ファイを先頭に四人はコルサーンの森へと入った。
とはいうものの、ルビィがいつも使っている道とは違う。使っている人もほとんどいないようで、足元はほとんど雑草でおおわれている。あるのは獣道にような、道とも言えないようなものばかりだ。
目印もあるように見えないが、そんな中をファイはひょいひょいと進んで行く。まるで、ファイにだけ見える道があるみたいである。
「ねぇ、ファイ……。ほんとにこの道あってるの?」
「というよりも、これって道なんでしょうか、ルチルちゃん」
「シディアさん、わたくしにはこれが道には見えないのですが」
「あははは……」
まあ、一般には非公開になっているのだから、使われてなくて当たり前なのだけれど。
「そういえば、みんなに詳しくは説明してなかったね」
「そもそも、わたくしどこに行くのかすら聞いていませんわ」
「あれ、言ってなかったっけ?」
「聞いていませんわよ、ルビィさん」
どうやら、ファイの預かり知らぬところでもひと騒動あったらしい。
ちゃんとしてくれないと困りますと言うルチルに、ルビィはえへへとごめんと謝っていた。
ところが、
「でも、ウサピィさんも使いたい薬草があるって聞いた時、ルチルちゃん舞い上がってたから、たぶん聞きそびれたんじゃないでしょうか?」
「シ、シディアさん! それは他言無用でお願いしますと申したではありませんか!」
ちゃんとしてなかったのは、どうやらルチルちゃんの方だったらしい。当のルチルは一瞬で額まで真っ赤にして、シディアに猛抗議。慌てふためくルチルちゃん、初めて見た。
なにせ、初顔合わせでいきなりファイに説教くらっているのである。実はあの後も何度かウサピィのお店で会っているのだけど、怖かったりしたのだ。年下だけど。
しかし、ゾンネンゲルプ家の評判についてなら、ファイもよく知っていた。ファイもゾンネンゲルプ家と同じく、雷光魔法の名家として知られるシュネーヴァイス家の人間である。
向こうはどうか知らないが、両親共に異様なまでの対抗意識を持っていたので、放っておいても勝手に耳に入ってくるのだ。
それによると、現当主は色々とやらかしていたようだが、その一人娘はとんでもなく優秀らしい。
優秀らしいのだが……。
「えへへ。すいません、ルチルちゃん」
「もぉぉ……。リファイドさん、今見た事は全て忘れてください。よろしいですね?」
「あ、うん。わかった」
顔を真っ赤にして半泣きのこの顔はなんというか、とっても残念だった。
間違っても、実家の両親には見せられない。色んな意味で。
「今向かってるのは、コルサーンの森の最深部にある古代遺跡です。国宝に指定されているんですけど、とても迷いやすくて。だから、遺跡の管理をしている人以外には、場所や道が非公開になっているの」
「しかし、貴女は側近騎士だったのですよね? なぜ道を知っているのですか?」
「私、最初の内はルベール支部で働いていましたから。遺跡の内部調査の時に、護衛でよく来てたんです」
その内部調査は既に完了し、危険なモンスターもファイが全て処理してしまったので、遺跡の内部は今では安全だ。
もっとも、森に住んでるモンスターに襲われる危険は残っているのだけど。
「ラグトゥダさん人使いが荒くて、だから道もすっかり覚えちゃったんです」
「それって、あの全身胡散臭さでできた支部長の事でしょうか?」
「ルチル、いくらなんでもそれは言い過ぎじゃない?」
「ラグトゥダさんは、アメちゃんくれるいい人です」
「どこが……。向こうからクエスト持ってきておきながら、ギリギリまで値切っていくんですのよ? やってられません」
ラグトゥダの経費削減には余念がない事は知っていたけど、まさかそれが受注者を指名するような高難易度クエストでもやっていたとは。
でもルチルも断っていないあたり、絶妙な値引き加減なのだろう。指名されたクエストでも、断ろうと思えば断れるのだから。いつも思うけど、とんでもない交渉力である。
「なんか、ごめんなさいです。うちの上司が……。基本的には、いい人なんですけど」
「存じ上げております。ラグトゥダ・マルセライル支部長はお金にがめつい、というのは」
「おかげでピーク時のクエスト受注ラッシュの時は、人手が全然足りないんですよねぇ。二、三人でいいんで、人を増やして欲しいです」
「苦労しているのですね、ギルドの方も」
「わかっていただけて、何よりです」
思わぬところでルチルと意気投合したファイは、ちょっとだけ緊張がほぐれた。
そのまま昨日は晩ご飯はなんだったかとか、報酬のよさそうなクエストはなかったかとか、やんややんやと話している内に、獣道すらなくなった森の中に、不意に整備された道が現れた。
「ここから先は、少しは歩きやすくなるよ」
「少しって言うより……」
「完全に道ですわね。とても森の中とは思えません」
「ファイちゃん、すごく歩きやすそうです」
幅は四人で横になって歩いても、まだ余裕がある。とはいえ、森の中だ。町中のように、石材が敷き詰められているわけではない。
雑草を抜いた上で、大きめの石を取り除いてあるだけである。それでも、さっきまでと比べればとても歩きやすい親切設計だ。
三人は珍しそうに、キョロキョロと周囲を見回している。ファイ、なんだかちょっと優越感。
「おぉっ、これはっ!!」
するとルビィが、道端に生える草に勢いよく駆け寄った。
何を見つけたのだろう。
「これ、髪を染めるのに使えそうなやつなんだ。ウサピィがなんか欲しがってた」
「お兄ちゃんがっ!?」
あ、ルチルちゃんまで行っちゃった。どうにも、ウサピィさんが絡むとああなってしまうらしい。新しい発見である。
「染料になるような草なら、これから行く遺跡にもいっぱいあったはずだから、焦らなくても大丈夫だよ」
と、ファイから新たな有力情報を入手した三人は、俄然燃え上がった。
そんな、争奪戦じゃないんだからそんなに燃えなくて。もちろんだが、こんな辺鄙なところに来ているのは、レアな薬草を取りに来たファイたちだけである。
「そういうわけなんで、ルビィちゃん、ルチルちゃん、先を急ぎましょう」
「うん、そうだね!」
「さぁ、リファイドさん、早く参りましょう!」
「わ、わかってるから。急かさないでね。一応モンスターも出るから、警戒しながら進むよ」
「「「はいっ!」」」
レアな薬草採取にレッツラゴーツアーの一行は、一路古代遺跡を目指してコルサーンの森の最深部へと突き進んだ。




