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美容師ウサヒコと朽髪の竜騎士  作者: 蒼崎 れい
Episode:2「サロン・ウサピィ」
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Act07:サロン・ウサピィ Ⅰ

 変な勘違いをしたままのファイが連れてこられたのは、メインストリート沿いの見慣れた場所にある、見慣れないお店だった。

 確か前にルベールの街に配属された時には、安いけどあまり美味しくないパン屋さんが入っていた気がするのだけど。

 さすがに、美味しくなかったら潰れちゃうか。

 あれ、じゃあユーディはどこに自分を連れてきたのだろう。ようやくまともな思考に戻ったファイの手を引いて、ユーディはそのお店の扉を開いた。

「ウサピィ、お客さんを連れてきたわよ」

 扉を開いた瞬間、あまりの明るさにファイは思わず目をつむった。

 この国ではなかなか見られない真っ白な壁紙、室内の調度もセンスがよくて部屋にぴったり合っている。

 でももっと驚いたのは、ずらりと並んだ全身鏡と雷光魔法の照明機器だ。

 照明機器を始めとした雷光魔法を用いた製品は、現在急速に普及しつつある。

 でも、どの製品も内部に溜めている魔力が尽きてしまえば、また雷光魔法をチャージしなければならない。

「なんだ、ユーディか」

「『なんだ』とは失礼ね。お客さんを連れてきたんだから、もう少し感謝したらどうなの?」

 しかもチャージは有料だから、ラグトゥダみたいなコネでもない限りそれなりに裕福な人じゃないと、維持なんてとてもできない代物なのだ。

 もっとも、ラグトゥダの場合は役職的にかなりもらってるはずだから、単に色々とケチっているだけなのだけど。

 でも、明かりはまだまだいいとして、あの全身鏡は何に使うのだろう。全く想像がつかない。

「前に無料で施術させたのは、どこのどちら様だったでしょうか?」

「あれは開店前だったから問題ないの。それに、お金の問題なら大丈夫。なんたって、私より稼いでるはずだから。ねっ」

 そう言って、ユーディはぽんっとファイの肩を叩いた。

 風変わりな、まるで別世界の部屋を見渡していたファイの意識は、いきなり現実へと引きずり戻される。

 背の高い茶髪の男の人が、すごいよく切れそうなハサミの手入れをしていた。

「あ、あの、ユーディ、ここ、どこ?」

 いったい自分はどこへ連れて来られたのだろう。

 不安に襲われたファイは、潤んだ瞳でユーディの事を見上げた。

「ここは美容室といってね、私達に合った最高の髪型を提供してくれるお店なの」

「最高の、髪型?」

「そう。髪を切ったり、髪型をセットしてくれたりするの」

 ユーディはいったい、何を言っているのだろう。髪型は提供してもらうものじゃなくて、自分で決めるものなのに。

 長年連れ添った者同士ならいざ知らず、今日会ったばかりの赤の他人に髪を切ってもらうなんて有り得ない。

 みんな色々な試行錯誤を重ねて、自分に合う髪型を見つけているのだ。

 ましてやシュネーヴァイス家の髪型は、ずっとずっと前の御先祖様から受け継ぎ、改善し続けてようやく手に入した髪型なのに、それを簡単に『最高の髪型を提供します』だなんて。

 もしかしてユーディ、騙されているんじゃぁ……。

「ユーディより稼いでるって、そんなにすごい魔法使いなのか? こんなちっちゃい子が」

 ハサミの手入れをしていた男の人はいったん手を止めて、怪しい目つきでファイの事をのぞき込んでくる。

 うぅぅ、なんかちょっと怖いかも。あ、ハサミじゃなくて、怖いのは目だから。ハサミはちゃんと、手入れしてたテーブルの上に置いてある。

「すごいもなにも、この子は雷光魔法の名家であるシュネーヴァイス家の出身で、魔法学校も優秀な成績で卒業して、ちょっと前まで女王直轄竜騎士団(ドラゴン・スクトゥム)の中でも最高位の魔法使い達で構成された側近騎士団で、王女様の護衛をしてたんだから、超すごいに決まってるじゃない。それくらいわかりなさいよ、ウサピィ」

 うわ、久々に聞いた。ユーディの長台詞。よくあんな長いのをすらすらと噛まずに言えるものだ。

 ファイなんて、はっきりとしゃべるだけでもいっぱいいっぱいなのに。

「わかるかんなもん! にしても、この子がねぇ……。全然そんな風には見えないけど」

 さらに近付いてくる男の人に、ファイはとっさにユーディの後ろに隠れ、ちらりと様子をうかがう。

 だ、だって、知らない男の人とお話しするの、緊張するんだもの。仕方がないんだもん。

「ほら、ユーディの後ろに隠れたまま、出てこないし」

「あなた、いつまでそうしてる気よ、リファイド・シュネーヴァイス」

 ユーディに首根っこをつかまれたファイはひょいっと、まるで子猫みたいに男の人の前へと投げ出された。

 ち、ちかい! ちかい! ちかいッ!

 あと、間近で見ると本当に背が高い。ファイとは軽く頭一つ分以上は差がある。

 えぇっと、初対面の人に最初にやらなきゃいけない事は……、

「は、初めまして! リファイド……シュネーヴァイス……と……いい……ます」

「俺は佐宗(さそう)宇佐彦(うさひこ)。納得はしていないが、みんなからはウサピィって呼ばれてる。というわけで、いらっしゃいませ、お客様」

 ファイが尻すぼみになりながらもなんとか自己紹介を終えると、男の人──ウサピィ──は中腰になってファイと目線を会わせて、実に爽やかな笑顔を見せた。

「あ、あの、ユーディが……。ここは髪型を提供するお店、だって……言ってたん、ですけど」

「あぁ、その通りだ。ここは美容室といって、お客様のご要望を満たしつつ、お客様に最も似合う髪型を提供する、そんな店だ」

 注意してみれば、電気以外にも魔力で動く製品がいくつかあるようだ。もちろん、なんのために使うのかは、全然わからないのだけれど。

 少なくとも、ファイが知っているようなお店でない事だけは確からしい。

「でも、最も似合う髪型なんて、そんな簡単に、できるものなんですか?」

「俺はそういうのの専門家でだからな。じゃないと、こんな店は開けない」

「は、はぁ……」

 でも、イマイチ信用できない。髪型をどうこうする職業(ジョブ)なんて聞いた事すらないのだから。

 そもそも、なぜユーディは自分をこんな店に連れてきたのだろう。まずその点がよくわからない。

「ウサピィさん、ただいま帰りました!」

「ただいま、ウサピィ!」

 するとお店の扉が勢いよく開かれ、二つの元気で明るい女の子の声がファイの耳に入ってきた。

 あれ、この声、どこかで聞いた事のあるような……。

「ウサピィさん! ギルドでケーキもらったんで、みんなで食べましょう!」

「げぇっ!? ユーディ……。なんでこんな時に居るんだよ」

「相変わらず良いを度胸しているわね、ルビィ・スカーレット」

「シディアちゃんに、ルビィちゃん!?」

 後ろを振り返ったファイの目に映ったのは、よく見知った二人だった。

「あ、クエストの受付やってる人だ!」

「ファイじゃん! もしかして、ウサピィに髪切ってもらいに来たの?」

 すると今度は、シディアとルビィが、互いの顔を見やる。

「ルビィちゃん、あの人知ってるの?」

「うん。この前おサイフ忘れちゃった時、一緒に探してくれたんだ。って、シディアも知ってたんだ、ファイの事」

「うん、名前は知らなかったんだけど、ギルドで働いてるんだよ。あとこの前、みんなを大好きになる魔法の登録してくれた人です!」

 話題にしているファイをそっちのけで、シディアとルビィは大いに盛り上がっている。

 そんな二人の様子を見て、ウサピィは顔を覆った。

「シディア、それにルビィ。お前ら恥ずかしくないのか?」

「恥ずかしいって、何がでしょうか?」

「そうだよウサピィ。ちゃんと言ってくれなきゃわかんないよ」

 口をとがらせてぶーぶーとブーイングを垂れるシディアとルビィを見て、ウサピィはまたまた顔を覆った。

 題して、ウサピィの嘆きの図、といったところか。見ているだけで、ユーディとファイにも気苦労が伝わってくるほどである。

 この人もこの人で苦労が絶えないんだなぁ。一瞬前までちょっと怖いかも、なんて思っていたファイだが、既に宇佐彦に同情していたのであった。

「この子を見て、何とも思わないのかよ。歳もそんなに変わらないのに、いっぱしに働いているんだぞ」

「それだったらボクだって! ほら、今月は薬草いっぱい売って、四九九イェンも稼いだんだからね!」

「すごいね、ルビィちゃん。私なんて、この前ペット探しの二〇イェンだけなのに」

「よーしお前ら、そこに直れ。説教くれてやる」

 壁際に並ばされたシディアとルビィは、お怒りモードのウサピィにきゅっと目をつむった。

 お説教をくらっているルビィの姿に、ユーディはくくくっとお腹を抱えてぐっと笑いを堪えている。

 だいぶ嫌いらしい、ルビィの事が。ユーディってば、あんな楽しそうな顔なんてめったにしないのに。

「ユーディ、笑っちゃだめだよ」

「わ、わかってるけど、ふふふふ。ウ、ウサピィ、その辺にしてあげなさいよ。ふふふふ、お客様を待たせちゃ、だめでしょ、くふっ……」

「あ、そうだった。済まない。これが終わったら、説教の続きだからな」

 ふぇぇと涙目になるシディアとルビィに背を向けると、ウサピィはファイを席に案内した。

 椅子に腰かけたファイは、緊張でごくりと唾を飲み込む。肩がガチガチになっていて、表情も引き吊っている。

 そこまで緊張しなくて大丈夫、リラックスリラックス、と宇佐彦は優しい声音でファイに話しかけた。

「あ、やっぱりファイも髪切ってもらうんだ」

「ファイちゃん! ウサピィさんはすごいんだよ! ウサピィさんに髪を切ってもらったら、すっごい魔力が上がるんだから!」

「ま、魔力が、上がるの!?」

 シディアの口にした言葉に、ファイは思わず声が大きくなった。

「本当に?」

 そして、自分の髪の具合を見ているウサピィを振り返る。

「お客様がそうお望みなら、な」

「ボクやルチルも、ウサピィに切ってもらってすっごい魔力が上がったんだ」

「ユーディさんもですよね? ルチルちゃんから聞きましたよ」

「え、えぇそうね。だから、心配はしなくて大丈夫よ。リファイド・シュネーヴァイス」

 ユーディがなぜ自分をこの場所に連れてきたのか、ファイはようやくわかった。

 髪を切るだけで魔力が上がるというこのお店なら、もしかしたらファイの魔法も使えるようになるかもしれない。

 未だ半信半疑ながら、ファイは少しだけ希望が見えた気がした。

「そういえば、ユーディさん。気になってる事があるんですけど」

「えぇ、何かしら?」

「ファイちゃん、さっきユーディさんの事、『ユーディ』って、呼んでましたけど?」

 あ、ホントだと、シディアだけでなくルビィも、ユーディの事を見上げた。

 なんかこの感じ、なんだか懐かしいわね。ユーディはなんだか学生時代に戻ったみたいで、なんだか少し楽しい。当時も似たような事が、何度もあったっけ。

「あぁ、それはね……」

 理由を知った時の反応が楽しみだ。ウサピィも、どんな顔になるのか。

 なんだかちょっとしたイタズラみたいで、わくわくしてきた。

「リファイド・シュネーヴァイスは、魔法学校時代の私の先輩(●●)だからよ」

「「「・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・」」」

 シディアとルビィどころか、背中を向けていたウサピィまでも手を止めて、ユーディの方を見たまま固まっている。

 あれ、反応がない。もしかして、見た目とのギャップがありすぎて嘘だと思われているのでは。

 だんだんと不安が増してゆくユーディ。その不安が最高潮に達した瞬間、

「「「えぇぇえええええええええええええええええええええええええええええええッ!!」」」

 シディアとルビィとウサピィは、隣近所三件分は届きそうな大絶叫で驚いていた。

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