Act06:シュネーヴァイスの名 Ⅱ
ペリアルト・シュネーヴァイス。魔法学校を主席で卒業し、雷光魔法の使い手として名を馳せる、側近騎士団の中でも指折りの実力を持つ魔法使い。
それがファイの兄、ペリアルトの持つ肩書きである。シュネーヴァイス家の期待を一身に背負い、そしてそれに応え続けている、ファイも尊敬する魔法使いの一人でもある。
「もう一度聞く。なぜ貴様が、ここにいる?」
「それは、えっと……」
その尊敬する魔法使いは、殺意にも似た気配をぶつけてきている。その圧力に押しつぶされて、思うようにしゃべることができない。
剣の修繕に来た。そのたった一言すら言えないほど、ペリアルトの放つ気配は強力なのだ。
「ふんっ、まだ持っていたのか。そもそも貴様には、それを持つ資格すらないと言うのにな」
ペリアルトは、ファイが両手で抱いている剣に気付いた。一人前と認められた、シュネーヴァイス家の魔法使いに贈られる礼剣である。
それを見た途端、ペリアルトの放つ気配ぎ一気に鋭くなった。
「シュネーヴァイスは、雷光魔法の名門。にも関わらず、貴様が使う魔法はなんだ? あんなもの、シュネーヴァイスの魔法ではない」
とても、実の妹と話しているとは思えない、辛辣な言葉の数々。ペリアルトは怒りを隠そうとはせず、むしろ見せつけるようにファイへと毒づく。
あの礼剣は、シュネーヴァイスの誇りなのだ。その誇りを汚す行為は、何人たりとも許すつもりはない。それが例え、血を分けた妹だったとしても。
「故に、シュネーヴァイスの魔法を使わぬ貴様には、その剣を持つ資格はない。とっとと、この店にでも売ってしまえばいい。そうすれば、少しは生活費の足しにでもなるだろう」
「ペリアルト様、それはいったいどういう?」
不審な単語を聞きつけたお爺ちゃんは、ペリアルトへと聞き返す。
女王直轄護衛竜騎士団の側近騎士団のファイが生活に困っているなんて、どう考えたって聞き違いだ。
「貴様、まだ言ってなかったのか。まったく、見下げた根性だな。いや、ただの意気地なしか」
お爺ちゃんの反応に、ペリアルトは怒りを通り越して呆れ果ててしまう。
突き刺さるようだった怒りの視線は薄れ、冷たさがじわじわと染み込んでくるよう。
悪い意味での興味すら、完全に失してしまった。それに耐えられず、ファイはついに視線だけでなく、顔までペリアルトから背けてた。
しかし、既にファイを視界に納めていないペリアルトには関係のない事。ペリアルトは淡々と、お爺ちゃんの質問に答えた。
「こいつはつい最近、側近騎士団から魔法ギルド補佐騎士団へ編入、つまりは格下げされたのです」
ズキッと、胸が痛んだ。それも、その場にうずくまってしまうほどに。
だらしない自分、意気地なしの自分、臆病者な自分。
そんな自分を、ファイはちゃんと自覚はしている。だからこそ、それを真っ正面から突きつけられるとキツいのだ。
しかし、ペリアルトはどこまでも容赦がなかった。
「しかも、更に駐街騎士団へまで格下げする話まで持ち上がっていると聞く。まったく、いい迷惑だ。少しは、こっちの身にもなってもらいたい」
「格下げって、そりゃいったい……」
ファイの魔法の腕前を知っているお爺ちゃんには、ペリアルトの話が信じられなかった。
以前ファイがこの街にいた頃、店に訪れた魔法使い達から色々な話を聞いていたからだ。ルベール支部の魔法ギルドに、とんでもない新人が配属されたと。
そして初めてその人物が店に訪れた時には、たいそう驚いたものだ。
噂に聞く戦いぶりからどんないかつい大男なのかと思っていたら、気が弱くて子供みたいな女の子だったのだから。
「別に、ご大層な理由はない。くだらん事で魔法を使う事が怖くてできなくなっただけの、ただの腰抜けだ」
「魔法がって、そりゃ本当なんですかい? お嬢様」
お爺ちゃんはカウンターから身を乗り出し、うずくまるファイを見やる。
見ないで、見ないで、誰もわたしの事を見ないで……。必死に祈るも、その願いは届かない。
嫌だと思えば思うほど、種類の違う二人分の視線をはっきりと感じてしまう。
心配をしてくれるのは嬉しいけど、同時にとても惨めな気持ちになる。ファイに残されていた魔法使いとしての最後の矜持が、ずたずたに引き裂かれていく。
「どうした? 答えてやらないのか? それとも魔法が使えなくなってから、言葉まで使えなくなったか?」
追い討ちをかけるように、ペリアルトはファイに答えるよう促す。
どうしても、ファイ自身の口から言わせたいらしい。
お爺ちゃんは今更ながらに、二人を出会わせてしまったことを後悔した。
「……えっと、えぇっと」
「言ってみろ。その口は飾りではないのだろう」
「ペリアルト様、もうよろしいですので、それ以上は……!」
さすがのお爺ちゃんも、両者の間に漂う険悪な空気に耐えられず、止めに入る。
だが、ペリアルトはやめようとはしなかった。お爺ちゃんの声などまるで無視して、氷のような冷たい瞳でじっとファイを見つめ続ける。
すると、その時だった。
「相変わらず、妹イジメがお好きなようで。悪趣味ですわよ、ペリアルト・シュネーヴァイス」
ファイ、ペリアルトに続く三人目の客が、武器屋に現れたのは。
涙でぐしゃぐしゃになった顔で、ファイは入り口の方を見やる。
そこにはちょっと気の強そうな目をした、桃色の髪の女が立っていた。
名前を呼ばれたペリアルトは、入り口の方を見やった。
どこかで見た事のあるような風貌をしているが、果たして誰であったか。名前までは思い出せない。
「貴様、どこで私の名を知った?」
「あら、随分な口振りですこと。でもそうよね。女王直轄護衛竜騎士団の側近騎士団のスーパーエリート様には、他の魔法使いの名前なんて覚える必要もございませんものねぇ」
桃色の髪の女は、たっぷりの皮肉を込めてペリアルトへと言い返す。
間違いない、相手は自分の事をよく知っている。でなければ、所属まで知っているわけがない。
国家に仇なす犯罪者かもしれない。ペリアルトはいつでも相手を迎え撃てるように、腰を低くして身構える。
「ユー、ディ?」
「久しぶりですわね。リファイド・シュネーヴァイス」
が、不意に顔を上げたファイが、女の名前を口にした。
そして女もまた、ファイの名前を口にする。
「ユーディ…………」
「あぁ。こいつにくっついていた、オペラモーヴの小娘か」
名前を聞いて、ようやくペリアルトは女の事を思い出した。
ユーディ・オペラモーヴ。親に頼まれて魔法学校でのファイの様子を見に行った時、いつも一緒にいた女生徒だ。
当時と比べて随分と変わっているが、強気な目つきと桃色の髪には覚えがあった。
「『くっていていた』とは心外ですわね。危なっかしくて見てられなかっただけです」
ようやく思い出したかと、ユーディは口端を釣り上げて勝ち気な笑みを浮かべる。
初めて会った時から気にくわない相手だったが、まさかこんな場所で再開する事になろうとは。
ユーディはカツカツと足音を響かせ、ペリアルトの前まで歩み出た。
「そういえば、二つ名を賜る事が決まったそうだな。六次彩髪の身で、よくぞそこまで上りつめたものだ。素直に感心する」
「あらびっくり。あなた、他人を褒めるなんて事もできたのですね。それよりも、よくそんな、いち魔法使いの事までご存じだなんて。驚いたわね」
「私は単に、正当な評価を下しているに過ぎない。二つ名は、そう簡単に賜れるものではないからな。現に、私も二つ名は賜っていない」
ペリアルトは挑発的な態度のユーディに対して、淡々と対応する。
おおよそ、感情というものが見られない。まるで機械仕掛けの人形のように、定型的な台詞を返すだけだ。
実の妹に対してだけは、いくらでも冷酷になるくせして。そこがまた腹立たしい。
「血の滲むような研鑽を積み重ね、見事な結果を残した者には、素直に賞賛を送る」
「ありがとうございます。もっとも、そのような不機嫌な態度で言われても、全く嬉しくはございませんがッ!」
それまでは表面上にこやかだったユーディの声音が、一気に怒りへと染まった。
鋭い目で、キッとペリアルトのを睨みつける。
しかし、その表情はまるで変わらない。まったく、図太い神経をしている。これだけ睨んでも、目線ひとつ動かさないなんて。
この堅物には、何を言っても無駄なのだろう。ユーディはため息を一つして、だらりとうつむいた。
かっこよく悪者を退治、なんてのはやっぱり無理があったか。
「それで、スーパーエリートのペリアルト・シュネーヴァイス様が、なぜこのような街においでなのですか?」
「……私事だ。他人に話すようなものでもない」
ユーディはペリアルトをギャフンと言わせるのをあきらめて、素直な疑問をぶつけてみたのだが……。その一瞬の違和感を、ユーディは見逃さなかった。
「へー。私事、ですかぁ。ってことは、側近騎士団の仕事は今日は休みなんですね」
「答える義務はない」
このあからさまな拒絶は、やはり何か聞かれたくない用事があるに違いない。
だったらそこを突っついてやるまで。千載一遇のチャンス、これを逃してなるものか。
「まさか、妹をイジメために来たわけじゃありませんわよね? いくら悪い趣味をお持ちとはいえ。ねぇ、ペリアルト・シュネーヴァイス」
「聞こえなかったのか? オペラモーヴの小娘。答える義務はないと言っている」
「それとも、何か人には言えない理由でもあるのかしら? どうなの? ペリアルト・シュネーヴァイス」
拒否するペリアルトに構わず、ユーディは更に近付いて問いただす。そのままキスでもしちゃうんじゃないかというまで、顔を近付ける。
ただし、両者の間を行き交っているのは、愛ではなく火花だ。
その迫力にペリアルトは無意識の内に後退り、カウンターへと追いつめられた。
「素直で嘘のつけないところは、妹とそっくりなのですね。適当に言ってそれっぽい理由をでっち上げればよかっただけですのに」
「残念ながら、性分なものでな。自分では変えられない」
失礼と一言謝ってから、ペリアルトはユーディの肩を軽く押して、その脇を抜ける。
「世話になった。今日はこれで失礼する」
これ以上追求されたくないペリアルトは、逃げるようにして武器屋から出て行った。
武器屋の中は一気に静まり返り、ようやく緊張から解放されたお爺ちゃんはふらふらと近くの椅子へともたれかかる。
そしてペリアルトを追い払ったユーディはと言えば、
「ふっ、他愛ないわね。ペリアルト・シュネーヴァイス」
両手で腕を組んで、今にも吹き出そうな笑いを必死に押し殺していた。言い負かせたのが相当嬉しかったようである。
ユーディはスカートの裾をひらりと翻し、うずくまるファイに手を差し出した。
「相変わらず、ご家族の事で苦労が多いようね。リファイド・シュネーヴァイス」
「ありがと、ユーディ」
ファイはその手をとり、うんしょっと立ち上がる。
もう胸の痛みも、気持ちの悪さはない。
「ユーディ、ルベールの街にいたんだ」
「そう言うリファイド・シュネーヴァイスこそ。そもそも、あなたしばらく前に側近騎士団に入団したのではなかったかしら?」
「えっと、それは……」
再び、ファイの口が止まった。
だが不思議と、さっきまでのような言いにくさはない。やっぱり、相手がユーディだからかな? と、ファイはほっぺたがちょっと熱くなってきた。
「実は、魔法が、使えなくなっちゃって……」
「あぁ、そういえばさっきもそんな話をしていたわね。外まで聞こえていたわよ」
「えっ、そ、そうなの?」
「ペリアルト・シュネーヴァイスの声も大きかったから。もっとも、お店の前でなければ聞き取れないほどだったけど」
あぁもぉ……。ふんだりけったりだ。今日はただ、礼剣を受け取りに来ただけなのに。
それに今日もお兄様とちゃんとお話しできなかったしと、ファイは先ほどまでとは別の意味でまた落ち込んでしまった。そしてそこから深いため息のダブルコンボへと続く。
「それで、今あなたは魔法が使えなくて困っているのね」
「うん、そう。色々、頑張ってはいるんだけど」
ユーディは、ダウナーの無限ループ一直線のファイに目を落とす。
とはいっても、小柄なファイにうつむかれてしまっては、頭のつむじくらいしか見えないのだけれど。
「ふむ…………つむじ…………」
ユーディは改めて、ファイの頭を、より正確にはプラチナブロンドの髪を見た。
髪は伸び放題に伸び、ろくに手入れもされていないのか、枝毛も目立つ。艶もなくなっているし……、
「ユ、ユーディ?」
髪質も悲惨な事になっている。一房つまんでみると、よくわかる。見た目以上にごわごわしていて、かさかさになっている。
いきなり髪を触られたファイは、キョトンとなってユーディを見上げた。
な、なんで、突然どうしたの? その瞬間、ファイの脳裏にあるものがよぎった。
魔法学校の生徒だった頃、知り合いの女の子から借りた小説に、似たようなシーンがあった覚えがある。
確か、女の子だけの通う全寮制の魔法学校があって、新入生の女の子と、同室になった先輩に色々と教わりながら偉大な魔法使いを目指す話だったんだけど、その新入生と先輩は一緒に過ごしている内にゴニョゴニョな関係になっていって……。
「ユ、ユーディ……。わたし、その、女の人は初めてで、心の準備が……」
「リ、リファイド・シュネーヴァイス?」
もしかして、ユーディってそっちの人なの? わたしにはよくわからないけど、でもユーディには色々とお世話になってて、今日だって助けてくれたし、別に嫌いってわけでも、むしろ好きなくらいで。
「で、でも、ユーディだったら、わたし、いい…………よ?」
ファイはユーディから目をそらしながら、ポッ……。うっすらと涙をためて、頬を朱に染めた。
「わ、わたし、がんばる……から!」
「何をよっ! まあいいわ。とにかく来なさい!」
ファイの発言から何かを察したのか、ユーディは赤くなりながらその手をとって武器屋を出る。
「っとにもう、先輩は昔から変なところで天然なんだから!」
「ユーディ、どこ行くの? もしかして、いきなりそんな事をッ!?」
「もいいいから、あなたは黙ってなさい! リファイド・シュネーヴァイス! 頭の中はプラチナブロンドどころか真っピンクなんだからッ!」
本当に、この人は放っておけないんだから。ユーディは歩く速度を速めながら、ある場所へと向かった。




