6-3 終わる世界、始まる店
◇◆◇◆
狸座のアジトに乗り込んだ日から、三日後。
今日も今日とて、うだるような暑さの砂漠のど真ん中。黒い戦車を改造した店の中に、人影が三つある。カウンターに向かい合って座り、何か作業をしている一人の男と、カウンターに突っ伏して寝ている男女が二人。
作業中の男、この店の店長がボヤくように言う。
「なんでお前ら今日もここに来てるんだよ。ろくに買い物もしないくせに」
カウンターに伏せていたリュウが顔を上げて言う。
「だってぇ、……店長が寂しいかなぁと思ったのよ♡」
「アホか、忙しくてそれどころじゃないんだ。冷やかしならさっさと帰れ」
店長は作成中の硬貨を見せつけ、しっしっと払う仕草をする。
「あら〜、そんな態度とっていいのかしら。アタシ達は「十年分の給料」を持ってる太客よ〜? もっと丁重に扱って頂戴♡」
言い返せず「クソが……」と店長は呟き、また作業に戻った。
すると突っ伏していたトラが大きなため息と共に店長へ尋ねる。
「なぁ……本当に、もう兎ちゃん来ないのかよぉ」
トラがそう言うとリュウも少し寂しそうな顔をした。店長は淡々と答える。
「あぁ、あの後、兎にしっかり伝えた。「何か問題が起きたり、何か必要な物があったら、俺を呼べ。全部タダで世話してやる」ってな。だから、あいつが来るのは何かあった時だけだ。ま、「何か」なんて滅多に起こらないだろうけど。あの後、狸座の親父達に兎達や他の子供達についても保護しておくように言っておいたし。定期的に報告するように、とか色々再教育もしたしな」
殴り込んだ翌日に店長は再度一人で狸座のアジトへ出向いていた。その時の狸座連中の絶望感たるや。みっちりと謀反の再発防止策を叩き込んでやった。
ちなみに、蛇沢ことヘビはもうその場にはいなかった。狸曰く、「また修行し直す」と言ってどこかへ去ったとのこと。まぁ、次は店の正面から来てくれることを願うのみだ。
「――あぁ、そうそう、もしも兎に会いたいなら、矢部の街の定期診察にお前らがついていってくれよ。そうした方が俺も手間が省ける」
兎の母の件は、矢部にとってもそれなりにショックだったらしい。治せはしないが、もしも受診していれば延命や痛みをとることくらいなら自分にもできていた。それを知らず、知ろうとせずにひっそりと隠れていた自分が許せなくなった、とのことだ。
そんなわけで、半年に一度は街へ訪れ、病気の者がいないか見て回るそうだ。かかる費用は全て店長持ち、という条件付きで。
なお、兎が母親の診察の代わりに「自分の身体を新薬の実験台にする」という話は、もちろん白紙となった。「何も助けられなかったのに、対価だけもらえるか!」と矢部は怒っていた。
「ほへー、矢部ちゃんともランデブーできるなら、オレがタンデムしちゃおうかな」
トラが喰い付いた。言葉の語感にイラッと来たが正直助かる。
「店長は……兎ちゃんと会わなくていいの?」
リュウが戸惑いつつも聞いた。
「あぁ。別に、会っても話すことないしな。……つーか、珍しいな、俺が女と絡むとしょっちゅう怒るくせに、兎と引き合わせようとするなんて」
「兎ちゃんとはお友達だもの。できれば、慰めてあげて欲しいんだけど」
「えっ、慰め? だったらオレが……」というトラを店長とリュウは無視する。
「慰めなんていらねーだろ。あいつは十分たくましくなった。母親との別れの挨拶の時も……最後に少し泣いていたが、今までと比べたら随分気丈に――」
「馬鹿ね、兄弟達の手前で、無理してたに決まってるでしょ。ああいうのは、一人になった時に大泣きするのよ」
「……」
思いもよらない意見に店長は何も返せなかった。店長の目には母の死にも耐える気丈な姉にしか見えなかった。やはり、人の考えや気持ちは分からないものだと思い知った。
「それに、店長自身も寂しそうだし……」とリュウは呟くも、次の瞬間、急に身悶える。
「あ〜ん! でも、ブルーな店長も良いわ〜! いつもの店長は抱かれたい感じだけど、今は抱きたい感じ! あぁ! 抱きたい! 抱かせろぉぁ! こちとら給料十年分の金はあんねんぞ! その身体、買ったぁ!」
「……その金は三途の川の渡し賃に取っておけ」
店長はエプロンのポケットからナイフを取り出し、狂ったリュウに向ける。
「あら♡ 良かったわ、先日の子狸ちゃん達は歯応えなさ過ぎて、欲求不満でイライラしてたのよ。店長が発散に付き合ってくれるなんて嬉しわ〜♡」
リュウは腰の刀に手を添える。
「お、いいぞいいぞ! やっちゃえ〜。ただ斬り合うだけだと面白くないだろうし、オレも二人に撃ち込んでもいいか?」
トラは乱闘を囃し立てる仕草をしながら拳銃をクルクルと回す。店長は頷く。
「いいぞ。ただ店は荒らしたくないからな、戦場を変えるぞ」
「「ば、戦場?」」困惑する二人を置いて店長はカウンターを出て、店先に向かった。
と、その時に気付いた。店先に誰かが立っている。
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「なんか、すっごい物騒な話が聞こえたんですが……何してんですか?」
店先に立っていたのは、外出用の服を纏った兎だった。ゴーグルやマスクを取っ払い、ふぅとため息をこぼす。
「あ、やっぱりトラさんとリュウさんだったんですね。先日はどうもお世話になりました」
ペコリとお辞儀する兎。店長はまだ驚き、声が出なかったが、代わりにトラとリュウが声をかける。
「兎ちゃん! ど、どうしてここに!?」
「まさか……街で何かあったの!?」
慌てて駆け寄る二人に首を傾げる兎。
「え、どうしてって……働きに来ただけですよ?」
兎は当然の如くそう言うと外套も脱ぎ、折り畳みながら続ける。
「ここ数日は母のお墓作りとか、諸々の作業があったのでお店には来れませんでしたが、ようやく昨日全部終わりました。すみません、店長。無断でお休み頂いてしまって」
兎はペコリと店長に頭を下げる。兎が顔を上げた時に気づいたのだが、兎の目の下が少し紅く腫れていた。今も平然と飄々としているが、その胸中たるや。
店長なりに気遣い、「そもそも来るとは思っていなかったから……構わん」とブツブツ言うと、兎が何か思い出したのか続けて言う。
「……あ! それに、狸座からの労働命令についても、何故か街の住人全員の負担割合が減らされたんですよね。なので、生活に余裕ができたので……もうスパイとして来たわけじゃないですから、その辺はご心配なく」
目を丸くするトラとリュウ。
「え、じゃあ、これからも兎ちゃんはお店にくるのかしら……?」
「え? はい、もちろん。アルバイトですので」
するとトラとリュウは諸手を挙げて喜んだ。
「やったー! じゃあ、オレ、毎日通っちゃお〜」
「良かったわ〜。アタシも遊びに来るわね♡」
兎は頷くと何か思い出したらしく、店先に出た。そしてすぐに戻って来たが、大きな袋を引きずってきた。店先には小さな荷車が置いてあるようだ。
兎は引きずった袋を未だに固まる店長に見せつける。
「働くといっても、もう店の掃除や品物の点検だけじゃ暇なので……お休み中に色々と考えました! そもそもウチって客が少ない問題以前に、「お金」を持ってる人が少ないのが問題だと思うんですよね。なので、集めてきました」
そう言って袋の口を大きく開けた。中には何かの電子機器や小箱、木製の置物や布切れ等々……様々な雑貨が入っていた。それらはいわゆる旧時代の遺物だと見て分かった。
「これ、盤堅街の人達の物です。みんな、何かしら旧時代の遺物を持っていまして、かき集めてきました。店長、これを全部買い取ってください。好きですよね? こういうの」
あっ、と声を漏らして兎は袋から一枚の石板を取り出す。
「誰がどの遺物の持ち主かはこちらで管理しています。換金した金額もこの帳簿上で管理しようかなーと思うので、もうあのヘンテコな硬貨は作らなくてもいいですよ。硬貨を発行したことにして、こちらで運用するので」
――奇しくも「デジタル通貨」に近い概念の復活である。
あれよあれよと話が進み、店長は少し混乱する。一通り説明し終えた兎は店の中を見渡し、フンと大きく鼻息を鳴らす。
「さぁ、忙しくなりますよ〜! トラさんとリュウさんもですよ! たったコレだけじゃ、すぐに商品がなくなっちゃいます! 追加でじゃんじゃん仕込んでください!」
「げぇ! しばらく悠々自適に暮らそうと思ったのに…」「けっこうスパルタね〜……」と、たじろぐトラとリュウ。
すっかりこの姉弟までも手玉にとっているようだ。誰もが心配していたあの兎が、だ。
やはり人の考えることは自分には理解できない。兎ですらこうだ。皆がやりたいことをやるようになれば、この世界は混沌と化すだろう。だが、それで良い。もうじき終わる世界、何もしなければ本当に終わってしまう。しかし、こういう混沌が世界を変え、新たな始まりの火種になる――かもしれない。
店長は腹の底から笑いが込み上げてきた。この店を開いて本当に良かった。この店がある限り色んな奴が集まってくる。そいつら一人一人、何を考え、何を成すのか全く分からない。こんな面白いことが他にあるものか。
生きていて、生まれてきて良かったと、ほくそ笑む。
「兎、お前はたいしたバイトだな。勝手に店のことあれこれ決めやがって」
「ふふふ。さぁ、店長。早速換金を――」
兎は袋を引き摺り始めたが、店長の顔を見ると途端に袋の口を床に落とした。
「て、店長……店長が、笑ってる!」
「「えっ!?」」
驚いたトラとリュウが振り返るが、店長の顔はいつもの無表情になっていた。
「いやーん、店長のレア顔、見逃したぁ〜ん」
「兎ちゃん! まじで店長笑ってた!? どんなんだった!?」
「いや、なんか、ニヤ〜って感じで……気持ち悪かったです」
「……数年ぶりに笑った人間に、ひでぇこと言うな。兎、減給な」
「そ、そんな〜!」と叫ぶ兎。トラとリュウがまだ悔しそうに地団駄を踏む。店長はやはりいつもの無表情でため息を溢す。
終わりゆく世界。――否、まだこの世界は終わっていない。続く可能性はそこかしこに秘められているのだから。
今日も砂漠の地の真ん中で、店は開いている。明日も明後日も、その先も。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
これにて完結です。
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よろしければ他の作品も読んでみてください。
新しいのも執筆中なので、ご縁があればまた〜。