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終わる世界、始まる店  作者: 梅枝
第六章

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6-1 戦後、診療前

◇◆◇◆


 黒い戦車は南に向け走り、巨大な砦はみるみる遠ざかっていく。


 狸座に誘拐された矢部医師を無事に取り戻した。今は当初の目的である危篤状態となった兎の母を矢部医師に診てもらうべく、盤堅街へと向かっている。


 戦車、もとい店の中は、勝利したとは思えないほど静まり返っていた。運転はトラに任せ、店長は矢部に応急処置を施されていた。その近くでリュウは兎の傍に寄り添っていた。


 店長の右脚と左腕の怪我は見た目より大した事はなく、神経もギリギリ斬られてはいなかった。それよりも出血が酷く、店長は血を作る為に肉を喰い漁り、その後気絶するように眠ってしまった。


 眠る直前、最後に大役を張った兎はどんな顔をしているのか気になり見てみると、あの狙撃を終えて以来、放心状態が続いているようだった。口をポカンと開け、虚空を見つめている。トラ達が名前を呼ぶが返事が返って来ず、荷物のように店へと連れ込んだのだった。余程神経をすり減らしたのだろう。ま、無理もないかと思いながら店長は眠りに落ちた。


「――きろ、起きろ、店長。そろそろ着くらしいぞ」


 矢部の声で目が覚めた。


 まだ頭がぼんやりとし、身体が熱く、負傷した右脚と左腕に脈打つ痛みがある。


 寝ていた場所は店のど真ん中。眠る前の治療や食事はカウンターの空いたところでしていたのだが、商品棚を少し移動させて寝るスペースを作ってくれたようだ。


 起こしてくれた矢部は店長のすぐ隣に座っていた。あぐらをかいてずっと見守っていてくれたらしい。


「よう、囚われの姫様。看病ご苦労様。俺の身体は大丈夫そうか?」


「姫直々の看病だ。治ってもらわなきゃ困る。それに、お前には隠れ家をバラしたという大罪があるんだから、その罪を償うまで生きててもらわなきゃな。……という冗談は置いといて。お前の身体なら大丈夫だ。明日にでも飛んだり跳ねたりできらぁ。そもそもこんなことで音を上げるような身体じゃないのは、自分でも分かってんだろ」


 矢部が鼻で笑うと店長はゆっくりと上体を起こし、立ち上がる。ふむ、たしかに痛みはあるが、動きに問題はなさそうだ。


 矢部は大人しくするよう促したが、拒否。店長は店の隅に座るリュウと兎の元へ歩み寄る。兎は目を瞑り、リュウの肩に頭を預けている。寝ているように見えるが……。


「そいつ、ずっと寝てんのか?」


「あら店長、お疲れ様。ううん、起きてるわ。けど、一仕事してからずっとこの調子なの」


 困った顔で兎の頬を軽くつつく。それにも気付かず兎は放心し続ける。店長は溜息を吐き、兎の正面に立つ。そして振りかぶって頭を叩いた。兎は前のめりになって床に頭をぶつけた。


「あががが……何するんですか!」


「いつまで呆けてるんだ、そろそろ街に着く――って、なんだお前、その目は」


 頭を押さえる兎だったが、店長に目のことを指摘されると急に両目を押さえ始めた。


「あーーーっ! 痛いっ!? なんでだろ! めちゃくちゃ痛いですー!」


 そう悶える兎の目は真っ赤に血走っていた。まさしく兎の目のような紅色になっていた。


 溜め息混じりで矢部が兎の目を診断。どうやら極度の眼精疲労による一時的な内出血のようだった。商品棚にあった目薬をさし、水で濡らした布で目を冷やすことで応急処置としていた。


「店長。色々、ありがとうございました」


 床で仰向けに寝転がり、目を布で冷やす兎が唐突にそう言った。


 色々とはいったいなにを指すのか。やや間が空いてしまってから店長は答える。


「……できの悪いバイトを雇うと苦労する、っていうのを学ぶ良い経験になった」


 兎は申し訳なさそうに笑うが、リュウがピシャリと反論した。


「いや、そもそも今回の件って、狸座の謀反みたいなものでしょ? だったら、その元締(・・)である店長の管理責任じゃない。兎ちゃんのせいにするのはお門違いだわ」


 ギクリ。と店長は肩を竦める。矢部も頷く。


「えっ……どういうことですか? 元締って……」


「あら、そっか、兎ちゃんは知らなかったわね。店長と狸座はね――」


 リュウは店長と狸座の関係を洗いざらい話した。


 盤硬街を守るため、南方面は店長自身が、北方面は狸座が守るように、狸座の座長である狸を無理矢理従わせていたこと。ついでに盤堅街の住人の管理や、街の住人が何もせず腐らないように適度な労働を課せるようにしたり、狸座の砦を守る投石機の製造方法を教えたり、様々な指導や教育を行っていた。


 あまり大っぴらにはしたくなかったのだが、ここまで大事になったのであれば仕方がない。


「というわけで、今回の騒動は元を辿ると店長のせいなのよね」


 少し言い過ぎな気もするが、否定はできない。さらに矢部が追加で責め立てる。


「それに、最後のミサイルの件も、店長が無駄に狸を脅したせいで発射ボタンを誤って押したんだろ? 危ねーな……」


 怪我人なのにやたら責められるが、これも否定はできない。


 リュウと矢部からの波状口撃に店長は折れざるを得なかった。


「わかったわかった……今回の件は全部俺が元凶だよ。だから、矢部救出に掛かった費用――つまりは兎がトラとリュウに支払う「金」は俺が持つ。ってことで文句ないか?」


 二人はさもありなんと頷く。


 しかし兎だけが少し遠慮がちに聞いてきた。


「だ、だけど、私も自分の意思で動いていたので、少しは責任が――と思いましたが、よくよく考えたら店長に無理矢理、理由もわからず狙撃を命令されて苦労したんだから、これでチャラですかね」


 途中から急に図々しくなったな。店長は呆れた口調で言う。


「お前……たくましくなったよ」


「本当ですか。これも店長のせいですね」


 兎はイタズラっぽく笑った。


◇◆◇◆


 ほどなくして盤硬街へと辿り着いた。時刻は午後三時。


 街の中へは入らず入口近くに店を停め、兎を先頭に皆降り立つ。兎は駆け足で自分の家へと向かって走る。皆、それについて行く。


 ようやく目の充血も治まった兎は後ろに続く矢部に聞く。


「そういえば、すみません、流れで街まで着いてきてもらいましたが……どうしても診ていただきたい人がいるんです。対価なら――」


「あぁ、対価は後でもらうとして……誘拐の延長線上だと思って診るだけ診てやるよ」


 矢部は嫌々そうに言うが、誘拐時に持って来た医療道具と店の薬を持てるだけ持って兎のすぐ後ろについて走る。その様子にトラが身震いしながら呟く。


「ダウナーお姉さんのツンデレ……ひゃっほ――」


「お姉ちゃんは黙ってなさい」


 リュウが騒ぎ始めそうなトラを押さえつけ、小競り合いをしている間に兎の家へと到着した。今朝からすでに六時間以上経過している。不吉な予感を胸に、家の扉を開ける。


「ごめん、みんな、遅くなっちゃった! ただいま! お母さんは!?」


 テーブルにつき、姉を待っていた弟妹達は待っていた姉と医者の姿を見ると目を見開いて喜んだ。トラやリュウの姿に驚きつつ、矢部医師を母の部屋へ押し込むように連れ込んだ。


 さすがに空気を読んだのかトラとリュウはリビングに残り、店長も同じく部屋に残ることにした。


 が、母の部屋に入った兎が店長だけ入るように手招きした。トラやリュウは当然のように頷き、店長を部屋へ向かうように促した。


 兎の母――店長にとっては昔の命の恩人の部屋へと入る。以前訪れた時とは違う緊張が走った。


 部屋は前と変わらなかった。ひとつだけ違うとしたら、独特な匂い(・・・・・)がするということだけ。何の匂いかは分からなかった。


 てっきり兎の母は寝ているものかと思っていたが、普通にベットの上で目を覚ましていた。しかし、目は窪み肌色も悪く、以前よりも老け込んだように見えた。


「あら……アンタもいたのかい。まったく、ウチの娘を朝っぱらから連れだして、何処に行ってたんだい?」


 口調こそ強いが声量は弱々しく、狂犬などど呼ばれていた女の見る影もない。


「違うの、お母さん。店長のおかげでお医者さんを連れてこれたの。店長もお母さんのことを気にしてくれてたみたいだから――」


「余計なことは言わんでいい。それより、矢部。さっさと診てくれ」


 昔話に花を咲かせる時ではない。矢部にさっさとバトンタッチしたかった。しかし――当の矢部は患者である兎の母の顔を見て言葉を失くしていた。俺ほどではないが、感情をそれほど表に出さない女がこんな表情をするとは。嫌な胸騒ぎがする。


「へぇ、お医者さんなんて連れてきたのかい。それにしても揃いも揃ってボロボロじゃないか。私なんかよりもアンタらの方を先に診てもらったほうが――」


「私なんてどうでもいいから! さっ、早くお母さん診てもらおう! 矢部さん、お願いします!」


 兎に急かされ、矢部は診断を始めた。

読んでいただきありがとうございます。


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