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終わる世界、始まる店  作者: 梅枝
第五章

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5-6 人の心、母の記憶

◇◆◇◆


 店長とヘビが互いの得物を披露し、戦闘を始めてから約十分が経過。決着はまだ着いていない。


 六つの液体操作金属でできた刃とヘビ自身が振るう剣、合わせて七つの斬撃を店長に浴びせる。しかし、店長はいずれも回避、もしくは二つの得物で受け止めている。


 甲高い金属音がかち合う音。チェーンソーのエンジン音。そして、超高速で水面を叩くように駆け巡る音。


 地下の広い空間にいくつもの音が反響し、まるで合戦でも始まったかのようだ。実際にはたった二人の男が斬り合っているだけなのに。


 激しい攻防の中、店長は少し苛立っていた。ヘビと違い、こちらにはあまり時間がないのだ。さっさと片付けて矢部を街へと届けなければならないのだが――


(ええい、攻撃の手が七つもあるのは、地味に面倒くせぇな)


 上下左右、前後からの攻撃に加え、ヘビ本人の斬撃。常人ならばすぐに八つ裂きになっただろう。


 しかしそれを全て躱し切る店長の化け物じみた身体能力、及び直感力(・・・)。ヘビが店長のその強さに嬉しさと同時に畏怖の念を覚えていることを、店長は知る由もない。


 戦闘を続けることで勘も昔のものを取り戻してきた店長だったが、今ひとつ攻めきれないでいた。その理由に、今はまだ気づいていない。


 多方向の攻撃を軽くいなした店長は、反撃の手を止め距離をとった。ヘビもそれを深追いせず、体勢を整えた。


 激しい衝突音がなくなり、残響と二人の男の荒い呼吸音が木霊する。汗を拭ったヘビが言う。


「はぁ……はぁ……どうした店長! もう疲れたのか!?」


 煽るような言い草に店長も呼吸を整えてから、


「馬鹿野郎、やっと準備運動が終わったとこだ」


 長らく引き篭もり生活をしていたことを悔やみつつそう答えた。しかし、いくら引き篭もっていたからとはいえ、妙に身体の動きが鈍いと思った。一体何故?


 と、考えたがすぐに答えが分かった。足元を見ると、右脚のふくらはぎから延々と血が流れていた。これのせいだ。水に浸かっているせいで余計に血の流れが早い。血と共に身体の力が抜けている気がした。


 足元の水は液体操作金属を隠すためかと思っていたが、これも狙いの一つだったのか。


 すかさずヘビが言う。


「クククク、「時間がない」などとほざいていたが、己が命のタイムリミットも残されていないことに、ようやく気づいたか! 焦るよなぁ! 手こずるなぁ!? この俺に! ならば俺の攻略方法を教えてやっても良いぞ!」


「まじか。教えろ」


 店長が即答するとヘビは少し残念そうな顔をするが、不敵に笑って答えてくれた。


「この液体操作金属は、貴様も知ってのとおり脳波でコントロールするのだ。つまりは俺の脳波――心を乱すことができれば制御を失くすことができるのだ! もしくは、爆弾でも使って木っ端微塵にすることだな!」


 なるほど。「扱いが難しいモノ」と本では見たことがあるが、そういう理由だったのか。脳波のジャミング、もしくは爆破か。あいにく爆発物は持っていないので、後者は不可能。前者で対応するしかない。


「つまりはお前の心をかき乱せばいいってことか」


 「左様」とヘビは頷く。


 ふむ。旧時代の面白グッズでもあれば奴の心を多少は動かせただろうが、全て店に置いたままだ。取りに帰る訳にもいかない。


 店長がそう考えていると、ヘビが言った。


「例えば、貴様の出生秘話(・・・・)なんぞ話せば驚くかもなぁ!」


 店長は考えるのを止めた。ヘビのその言いっぷり。それはまるで俺の過去を知っているかのように聞こえた。


 相変わらず無表情だが、店長の癪に障った様子がヘビにも伝わったらしい。ヘビは満足そうに笑う。


「初めて聞いた時は驚いた。店長、いや、衞藤(えと)と呼んだ方が正しいか? もはやこの名を聞いてもピンとくる者はいないか。


 こう言えば分かるだろう。日本最後の首相にして、この日本を――否、この世界を終わらせた(・・・・・・・・・・)男の末裔!」


 店長は軽い目眩のようなものを感じた。


 久しぶりに聞いたその名前。紛れもない自分の名前。己が人生を生まれる前から支配してきた名前。


 足元で流れ続けている血。忘れかけていたこの血の因縁が、まるで足枷の鎖のように思えた。


◇◆◇◆


 物心がついた頃から聞かされていた話がある。


 この地が砂漠になる前、日本という国があった。その国の(まつりごと)の長たる男が、それはそれは極悪人だったとか。


 平和だったこの国と諸外国との関係をその男一人で最悪のものにしたそうな。小さな軋轢、小さなすれ違い、小さな怒りが、いつの間にか大きな戦争の火種となり、かくして世界を巻き込む大戦へと発展させてしまった。世界中に核の炎が降り注ぎ、気づけばこの世界は終わりへと向かう羽目になったとさ。


「そんな世界を終わらせる発端となった男の血が、あなたには流れているのよ」

 

 初めは母から聞かされた。その後、周りの人間からも何度も言われ続けた。


 三百年も前の話だ。それが事実かどうかすら確かめる術は無い。しかし、人の悪意とは根深いもので、三百年経ってもしぶとく語り継げられてきたらしい。


 母の口癖は「ごめんなさい」。いつも周囲の人間に謝り続けていた。父の姿は見たこともなく、女手一つで俺を育ててくれた。この忌まわしき血のおかげで周囲から疎まれながら、子供一人を育てるのは想像を絶するものだっただろう。時には体を売ってまで食料や水を手に入れていた母の姿が、記憶の片隅に残っている。


 そんな母も、自分が八歳を迎える前に流行り病であっさり逝ってしまった。死ぬ間際、意識が朦朧とした中でも「ごめんなさい」と謝って死んでいった母に、少し苛ついた覚えがある。


 このご時世ではよくあることだが、早々に天涯孤独の身となった。母が亡くなれば周囲の人間も多少は優しくなる――というのは甘い考えだった。


 泣けば「うるさい」と殴られ、怒れば「生意気だ」と殴られ、空元気で笑えば「イラつく」と殴られた。おかげさまで感情がいっさい表に出ない、無表情の鉄仮面となってしまった。


 十歳の手前にもなると生き方が段々と分かってきた。出生を知る者は無条件で責め立ててくるので、さっさと逃げることが()だと学習した。逃げた先で最初は俺のことを知らず優しくしてくれる者もいたが、俺の噂を知ると態度が一変した。


 血が繋がっているらしい(・・・)というだけで、こんなにも蔑まされる意味が分からなかった。いや、別に理解したいわけではない、納得(・・)がしたいだけなのだが、誰も納得できる説明をしてくれない。


 もはやここまで来ると、単なる八つ当たりにしか思えなかった。そしてそれが正しいと思い込み、結託する者達は異常に感じた。それを見て見ぬ振りをする者達も含め。


 目に映るすべての人間がなにを考えて生きているのか分からず、恐怖すら覚えた。


 自然と人と距離をとるようになり、一人で生きていけるよう努力した。その結果、強くなることにすら文句を言う奴らが現れ、集まり、そして命を狙ってきた。


 降りかかる火の粉を払うのは当然のこと。当たり前に生きようとしただけだ。気付けば火の粉は烈火の如き猛炎となっていた。


 必死で生き延びた結果、気付けばこの砂漠で最強の男などと言われるようになった。


 ――これは店長がまだ「店長」というあだ名がつくずっと前。地下の図書館に迷い込み、盤堅街の狂犬に助けられる前までの話。


◇◆◇◆


 ほんの一瞬だが、過去のつまらない話を思い起こし、なんとも嫌な気分になった。


 前方で立ち臨むヘビはこれまた嬉しそうに笑っていた。


「どうした? 俺の心を乱すつもりが、逆に乱されてしまったか? 店長!」


 ククククと笑っている。


 どうやら相当熱心に俺の過去を調べ尽くし、トラウマを思い起こさせたのだろう。嫌な奴だなぁ。


 確かに久しぶりに昔のことを思い出し、少し心が乱された。だが、おかげで母のことも数十年ぶりに思い出した。


「随分と俺のことを調べたんだな。だったら俺の母ちゃんのことも知ってるんだろうな?」


「もちろんだ。惜しくも貴様が幼いころに亡くなったそうだな。その血筋のせいで随分と苦労されたようだな」


 ヘビはわざとらしく故人を(しの)ぶように胸を押さえる。


「その口ぶりだと知らないようだな。母ちゃんはこの血を継いでいない。継いでいたのは、父親の方(・・・・)だったんだよ」


 さすがにこれは知らなかったようだ。一瞬だけ液体操作金属の剣が揺らいだ。


「……ククク、色々と調べ上げたつもりだったが、それは知らなかったぞ。しかし、その程度で俺の心が乱されるとでも思ったか!?」


「いや、そんなつもりで言ったんじゃない。俺のことを知り尽くしたような態度が気に食わなかったから言ったまでた。……まったく、迫害の元である俺なんか捨てればよかったのにな。母親ってのはよく分からんな」


 それよりも、最近考えていたことが何となく分かった。


「バイトに対して、なんかムカつくなぁと思っていたが……そうか、俺の母ちゃんと似てるんだな、あいつ」


 何にでもペコペコと謝る、自己犠牲の塊のような女。俺が人生で初めて嫌悪感を感じた女に、兎は似ているのだ。


「イライラの原因がわかって少しスッキリしたわ。……あと、重要なことも思い出せた」


 店長は二つの武器をコンクリートの床に突き刺さし、軽くストレッチを始めた。


「わざわざ攻略方法を教えてくれたが、俺には無理だわ。人の心――考えてることなんて、俺には理解できないし、どうこうすることもできねぇ」


 店長は屈伸すると右脚のふくらはぎから更に血が流れ出た。時間がない中、狸やヘビに邪魔され苛立ち、頭に血が昇っていた。この出血はそんな頭を冷やすためにはちょうど良かったのかもしれない。


「ほう。であれば、どうやって俺を倒す!?」


 ヘビがそうに言うと、店長は辺りを血に染めながら答えた。


「俺は、俺がやりたいようにやるんだよ。昔からも、これからもな」


 店長は床に突き刺した二つの得物を引き抜く。そして、超音波ブレードの日本刀の電源を入れる。続いてチェーンソーの電源を入れる。日本刀の刃が高速に振動する高音とチェーンソーのエンジンがけたたましく鳴り響く。


「なんて言うんだっけ。あぁ、そうそう思い出した。さっさと始めるぞ、ヘビ。――最終ラウンドだ」

読んでいただきありがとうございます。


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