5-3 虎、龍
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無数の発砲音。連続する破裂音は地鳴りのような砂嵐のような。辺りの空間ごと揺らすような轟音。鼓膜のみならず全身を叩き、自分が被弾したのかどうかすら分からない。時折、金属がかち合う音が聞こえるが、あまり深く考える余裕などない。
硝煙と火薬と微かな金属の香りが辺りを包み、怖くて目を閉じているが薄い煙が幕を張っているようだ。
あぁ、死んだ――。
兎は直感的にそう思うのだが、まだ身体に痛みはない。痛む間もなく死んだのか? そう思ったがまだ鼻で火薬の匂いは感じられる。
恐る恐る目を開くと辺りは薄い雲に覆われているようだった。天国か?と思ったが、煙がだんだんと薄れていき、雑多なガラクタの山が見え始め、ここが現世だと分かった。
「……はっ。お、お二人とも大丈夫ですか!?」
すぐ近く、反射的にトラとリュウの間に逃げ込み、地べたで腰を抜かしていた兎は両サイドの二人に問いかける。まさか、二人が身代わりになって銃弾を一身に受け止めたのでは――と思ったが二人とも特に何も変わった様子はなかった。撃たれる直前と変わらず、ケロッとした様子。
「ういうい。何も問題ないぜ〜。心遣い感謝するぜ、我が主」
「ええ、同じく問題ないわ〜。そして、これからも依然変わりなく、問題は起こらないから安心してね♡」
いつもの調子の二人にホッとすると、兎はふと床に目がいった。そこには薬莢と小さな鉄の塊――綺麗に二つに割れた弾丸がおびただしい数落ちていた。
「こ、これは一体……?」
兎はそう溢しながら周囲の狸座の荒くれ者達を見る。すると、いずれも目を点にし、兎と同じく何が起こったのか分からないといった様子だった。
まさかすべての銃が故障し不発に終わった……なんてこともあり得ないだろう。であれば飛んだ弾は何処に。
まるで狐につままれたような感覚だったが、トラが軽く溜め息をつくと兎を含め狸座の連中も肩をすくめた。
「――まさか、これで打ち止めって訳じゃあないよな?」
ドスの効いた声で兎までも震え縮こまってしまった。
すると恐怖に駆られた狸座の何人かの男が身を奮い立たせるように叫びながら再び銃口を向けた。そして、震えながらも発砲する。
兎は見た。その瞬間を。この死線にていわゆるゾーンに入ったのか、目に映る光景が超スローで脳内に焼き付いていく。
狸座の男が放つ銃声が鳴り響くその直前。トラは既に懐から小銃――リボルバー式の拳銃を二丁取り出し、発砲をしていた。そのスピードたるや。一瞬で撃ち尽くしたかと思うと、トラはその拳銃を真上に放り投げた。
投げられた瞬間、拳銃のシリンダー部分的が顕になり、いつのまにかそれ以前に上に放り投げ投げられていた弾丸がシリンダーにはまっていく。六つの弾が穴に弾が収まっていく様は綺麗だが、綺麗過ぎてゾッとした。
さらに驚くべきことに、すでにトラの手には別の拳銃が握られていた。恐らく、懐から取り出した別の拳銃なのだろう。それで発砲し、撃ち尽くす頃には最初に上に投げていた拳銃と入れ替えて、再度発砲した。
まるでお手玉かジャグリング……否、それ以上の大道芸だ。
目に映った光景を理解した頃には、また何もない状況に戻っていた。あれだけの発砲がありながら、誰の血も流れていない。
「あ、あの……弾は……?」
思わず兎が問うと、空中に放った拳銃をキャッチしまた懐にしまったトラが快活に笑って答える。
「ん? あぁ、全部撃ち落とした」
「……はい?」
「いや、だからさ、あいつらの弾丸をオレの弾丸で撃ち落としたの。まぁ、さすがに全部は無理だから、オレたちに当たりそうな弾丸だけ選んだり、跳弾で撃ち落としたりしたのもあるけど」
もはやトラが何を言っているのか理解できないのだが、恐らく言葉のとおりなのだろう。|放たれた弾丸を、弾丸で撃ち落とした《・・・・・・・・・・・・・・・・・》のだ。
以前、トラからの銃の講習にて「銃口と指先を見れば大体の弾丸の軌道とか発砲タイミングが分かるぜー」と言われたのを思い出した。そんなの分かったところで何だというのだ、と当時は思っていたが……。
青ざめる兎を余所に、リュウが微笑みながら呟く。
「いつ見てもお姉ちゃんの早撃ち・装填は見ものねぇ……見てて爽快だわ」
「ぬははは。照れるぜ弟よ。手が早いのはオレの長所だからな」
そう言いながらトラは懐から取り出した拳銃と弾丸を空中でクルクルと回し飛ばして遊ぶ。
と、その時。遊んで油断しているトラの背後のガラクタ山。狸座のある男が銃を構えているのが兎の視界に映った。「危ない!」と兎が叫ぶより先に、銃が発砲された。
「え? わっ、危ねっ」
トラは振り返りながらその凶弾を――裏拳で殴り返した。
口をあんぐり開ける兎。銃弾を放った男も硬直していた。トラだけ「おー、痛てて……」と殴った拳を擦っている。
「ト、トラさん……今……素手で銃弾殴りました……?」
兎の問いかけにトラはキョトンとしながら答える。
「……え? あー、うん。油断しちった。え、何そのバケモノでも見る顔。言っておくけど、このグローブの甲に鉄板入ってるからね? さすがにオレも素手じゃ無理無理。それに、グローブしてても二、三発が限界かな。手の皮が剥けちゃうし」
その言葉に発砲した男は意気消沈。ガラクタの山で膝から崩れ落ちてしまった。しかし、戦意を失った仲間を見ると逆に戦意が湧いてきた者もいるらしい。今度はリュウに銃の照準を合わせる。そして、発砲した。
発砲音とほぼ同時。キンっという金属音が鳴り、直後にリュウの足元に何かが床に落ちた。二つに割れた弾丸だ。それを見てリュウは溜め息を溢す。
「お姉ちゃんに比べて、アタシのはなんというか……シンプル過ぎてつまらないわよね〜」
「そんなことねーぜ! お前の太刀筋はいつ見ても惚れ惚れするぜ〜! さすが名刀――なんだっけ『薄バカ野郎』だっけ?」
「『薄翅蜉蝣』よ……それ、わざとでしょ」
リュウはいつの間にか抜いていた刀をクルリと回す。
一振りの白い刀。真横から見るとどこにでもあるような日本刀。しかし正面、刃の方から見ると、まるで一本の糸のように薄い刀だった。少し遠くから見ると目を凝らさなければ見落としてしまうほどの薄さ。
そういえばリュウからも講習の際に少し見せてもらったのを思い出した。リュウ自作の刀『薄翅蜉蝣』。極限までに薄く研ぎ澄ました刃は虫の羽根のような脆さと引き換えに、驚異的な軽さと切れ味を宿している。しかし、その薄さ故に、ほんの少しでも斬る対象物の芯を捉えなければ、簡単に折れてしまう、とのこと。
当然のようにスルーしていたが、狸座アジト到着時に落ちてきた外壁の一部や、門もこれで斬り仰せたのだろう。
そして、もはや言わずもがな。リュウは今しがた飛んできた弾丸をも、すべて真っ二つに斬り伏せていたのだ。
「は、ははは……店長もめちゃくちゃですが……お二人もめちゃくちゃだ」
「お、それって褒め言葉?」
「あら店長とお揃っち〜♡ 嬉しいわ〜」
はしゃぐ姉弟。なんとなくだが、いつもよりテンションが数割増しで、イキイキしている気がする。もしかしたら、本来の二人の姿は、工房を構え武器の生産や調整をしている姿ではなく、この戦いの姿なのかもしれない。
兎は心底この二人が味方で良かったと思った。辺りを囲う狸座の荒くれ者達の顔の凄惨たるや。絶望し、今にも泣き出しそうな者もいる。可哀想。
ひとしきりはしゃぎ終わった姉弟は、ふぅと一息つくと兎を間に挟みながら背中合わせに立ち臨む。そして辺りを囲う狸座一味に向かって叫ぶ。
「さぁて、まだまだ弾は残ってるよなぁ!? 久しぶりの用心棒仕事だ、まだまだ楽しませてくれよ!」
「子狸ちゃん達、いまさら尻尾巻いて逃げるなんて許さないから。いや、逃げてもいいけど……お尻には気をつけてね?♡」
逃げることさえ封じられ、絶望の更に深淵へと落とされた狸座一味。
龍と虎の狸狩りが始まった。