5-4 東棟、戦場
◇◆◇◆
時は少し遡り、兎達が西棟一階で矢部医師の探索を始めた頃。
狸座アジト東棟。店長は一人、南棟の長い廊下を渡り終わり、南棟と東棟の隣接部にいた。
元々、このアジトは旧時代に建てられた大病院を利用しており、上空から見ると「コ」の字を左右反転させたような建造物だった。狸座がここに住み着き始め、増築と改築を繰り返し、今の「ロ」の字の建物となった。今、店長がいる四階建ての東棟が狸座がイチから造った棟となる。
西棟や南棟と同じく、陽の光が届かず薄暗いフロア。そもそも窓がほとんど設けられていないため、他の棟よりも差し込む光が少ない。たまに換気用の小さな窓があるが今も閉じられている。
他の棟と明らかに違うのはその退廃具合。否、ツギハギだらけの壁や床は増改築された時点からこの様相だったのかもしれないので「退廃」というよりかは「混沌」だ。
今歩いている床もボロボロだが、一階なので抜け落ちることもない(はず?)。上にある二階以上が落ちてこないかが心配だ。それにしても、
「待ち伏せするにはもってこいの造りだな」
端材が打ち付けられた床や壁は、どこに落とし穴があるのか、隠し部屋があるのか見当もつかない。罠や強襲に気をつけながら店長は進む。
◇◆◇◆
東棟を警戒しつつ、歩くこと数分。
「誰も出てこねぇな。てっきり狸座の連中も全員ここにいるかと思ったんだが……」
自分を殺すことが狸座の目的であれば、約束なんて無視して全勢力をこちらに向けるのが当然と思っていた。案外、律儀な奴らなのかもしれない。もしくは凄くバカなのか。
店長は少しイラつきながら廊下を進む。そして、東棟一階の真ん中辺り、二階へと続く階段が見えた。二階へ昇ろうかと考えたが、止めた。そこに人影があったからだ。そこにいる者を見て店長は呟く。
「……へー、本当にお前一人だけか。随分と一対一にこだわるんだな」
「クククク、貴様との決闘は、数年来の俺の生きがいだったからな。狸の雑魚共に邪魔立てされては敵わん」
蛇沢ことヘビが階段の数段昇った先、こちらを見下ろすように一人で座っていた。辺りには人の気配もなく、奴一人のようだ。
ヘビはゆっくりと立ち上がり、ゆっくりと階段を降りて来る。いちいち仰々しく、鼻につくな。
「クククク、お前の方こそ一人で来たか。嬉しいぞ……店長!」
手を広げ歓迎するような素振りでヘビは階段を降りきった。
店長も少しずつヘビに歩み寄る。奴が本当に一人なら、奴一人を始末することに注力すれば良いだけだ。さっさと片付けて兎達と合流しよう。
ヘビとの距離およそ五メートル。あと数歩歩み寄れば自分の間合いに入り、一太刀でヘビを斬り伏せられる――。
そう思い、殺気を隠しつつ店長が今一歩踏み出した時。
ボッ、ボッ、という短い炸裂音が鳴り響いた。小さな火薬の爆ぜる音だ。
銃で撃たれた? と思うと同時にそれは違うと分かった。|弾が飛んでくる気配もないし《・・・・・・・・・・・・・》、それに爆発音は床から聞こえた。そう感じた直後、床が揺れ、そして崩れた。
床の崩落。店長を中心に二十メートル前後の床が崩れ、下に落ちている。
(落とし穴! 床材を蹴って脱出――は無理か。床材が脆すぎる。着地の瞬間に脱出できるか……?)
もしも落ちた先が釘の山ならマズいな、と思ったが落ちながらあることに気がついた。一階へ降りてきたヘビも一緒に落ちている。ならば、ブービートラップの類ではなさそうだ。……こいつが余程のマヌケでなければ。
一階の更に下、恐らく地下一階へと落ちる。落ち行く中、気になったのは水の音。先に崩落した床材が、落ちた先で水飛沫を上げる音がした。油やガソリンの類ならマズいが、やはりヘビも一緒に落ちてるので大丈夫……なはず。
落ちる間に色々と考えていたが、時間にしておよそ二秒程度。
ついに着地した。着水ではなく着地。水かさ自体は膝下辺りまでの量だ。水に匂いも無い。粘性も無いことから、恐らくただの水だろう。腰に据えた日本刀の鞘先が水についてしまうのが何だか嫌だ。
(足元の水が地味に邪魔だが、さっさと一階に戻るか?)
ここから一階までおそらく五メートルほど。店長からすれば本気で飛べば届きそうな高さだ。しかし、同時に着地したヘビの動向が気になる。
「クククク、まぁそう怯えるな店長。そんな取り乱すなんて、貴様らしくないぞ?」
ヘビは不敵な笑みを向けるだけで、まだ抜刀していない。腰に差した剣は店長と同様に剣先が水に浸かっている。
「人ん家に来て、いきなり床が抜けたのに平然としてる方がおかしいだろ」
ヘビはまたクククと笑って続ける。
「人の家、か。そう言っていられるのも今のうちだ! 今からここはお前の墓場となる……戦場なのだからな!」
「墓場なのか戦場なのか、決めてから喋れよな」
どうやらここから抜け出して欲しくないようだ。逃げるのも癪だし、罠もなさそうだ。狸座の手下が待ち伏せしているわけでもないので、仕方無いがここでヤリあうことにしよう。
店長は腰の刀に手をかける。
◇◆◇◆
真っ暗だった地下に小さなライトが其処此処に灯った。細部までは見えないが、地下の全容がある程度把握できた。
高さは五メートル、横と奥行きそれぞれ三十、四十メートルほどの立方体の空間。バレーボールコート二面分(バレーボールなんてやったことないが、たしかこれくらいのサイズ)くらいか。
床はコンクリートのようだが、膝下まで水が張られている。そこら中にコンクリート片が転がり、水面から顔を出しているものもチラホラ。
元々は巨大な貯水槽として作られていたのか、それとも倉庫だったのか。今はなんのためのスペースなのか不明だ。俺の墓場にしてはデカ過ぎる気もする。
「俺をここに連れてくるために、わざわざ用意したのか? それに、この水はなんだ? 勿体ねぇなぁ」
水を軽く蹴り上げる。水の抵抗で足の動きに少し制限がかかる。しかしそれはヘビも同じこと。一体何がしたいのか。
一緒にこの空間に落ちたヘビはというと、いつの間にか少し距離を置いてこちらに立ち臨んでいた。両手を広げ歓迎のポーズをしている。
「お前を超えるためだ、どんな準備も惜しみなくするぞ!」
高らかに笑っている。なるほど、ということは足場の水も何か意味があるのだろう。――だったら、
「わざわざお前の用意した場所で戦う義理はないな。逃げさせてもらう……!」
店長は少しかがみ、足に力を込め、上へ跳躍の準備をする。ヘビは未だに手を広げ、腰の剣にも触れていない様子。まんまと地下に放り込み、テンションが上がっているところ申し訳ないが、脱出させてもらうことにした。
跳躍しようと、跳び上がろうとした――瞬間。
「――っ!」
微かな殺気。上へと向けようとした足の力を、すんでのところで横へ向ける。が、間に合わなかった。
銀色の刃のようなものが足元の水から飛び出し、店長の脚――右ふくらはぎを斬りつけた。横に避けるのが少し遅れていれば右脚が吹き飛んでいたかもしれない。
「痛っ……ってぇな、クソっ」
地下からの脱出に失敗し、再度水飛沫を上げて水びたしの床に着地。右脚に痛みが走るが、骨や神経まで深く斬られた訳ではないとすぐに分かった。痛みと熱が脈打つように襲いかかる。走ったり軽く跳ぶことはできるが、全力で一階へ跳躍するのは厳しそうだ。
身体へのダメージを理解したところで、一体何に斬られたのかという疑問が浮かんだ。ヘビは両手を広げ武器は構えて居なかった。周りに伏兵がいる気配もなし。
「クククク、「一体何に斬られたのだ?」という顔だな、店長!」
「あぁ。わからん、何で斬ったんだ?」
「……戦う相手に手の内を聞くなどと、貴様、プライドとか無いのか」
「無い。こちとら超アウェーで戦ってやってんだ、どんな得物かぐらい教えやがれ」
店長は分からないものは分からないとはっきり言うタイプ。斬られたストレスも相俟って、直接得物を聞くことにした。
ヘビは軽く目眩を感じたのか目頭を押さえている。が、すぐまた笑いだした。見た目に反してよく笑う奴だ。
「クククク、まぁ良い。そこまで言うなら教えてやろう。悠久の時を経て、現代に蘇らせし技術を宿した我が刃を! 混沌蛇刀だ!」
何も分からなかった。説明になっていないのだが……次の瞬間、店長は思い知らされた。
◇◆◇◆
武器の名前?を叫んだヘビの足元の水が揺らぎ、ヘビを囲うように水柱が上がった。そこから現れたのは銀色の金属物質。周囲の微かなライトに照らされ、ヌラヌラと輝くその表面。金属質でありながらもスライムのように動くそれは――。
「液体金属。いや、液体操作金属か」
「ご明答! さすがは店長だ!」とヘビは笑った。
液体操作金属。それは本でしか見たことがないのだが、旧時代に使われていた最新技術。変幻自在に操れる、ナノマシンで構成された液体のような金属。使いようによっては槍のように鋭く突くことも、剣のように切り裂くことも、ハンマーのように重厚な殴打も可能。当時は暗殺の道具として使われていたとか。しかし、これを操るには――
「たしか、脳波でのコントロールが必要だったよな? 金属粒子一つ一つに組み込まれたナノマシンを脳波でコントロールするには相当な鍛錬が要る……んだっけ? それに、精巧な操作をするには金属と使用者が接触する必要がある――あぁ、なるほど」
言いながら理解した。だからこの場所を用意したのか。
店長は足元に貯まった水を見る。そしてヘビの腰に据えられた剣を見る。腰の剣は床の水に浸かっていた。
「その腰の剣も液体操作金属か。抜刀していないから臨戦態勢に入っていないと相手に思わせておき、実際には肌身に触れているその剣の先から金属を操作して攻撃、ってのが常套手段か。さっき俺を斬りつけたのは、この足元の水で剣先を隠しつつ、俺の背後まで金属を上手く回り込ませた――って感じか」
一階に居た時からやたら両手を広げていたのはこちらを油断させるブラフだったのか。まんまと引っ掛かってしまい、少しムカつく。
ヘビは少し驚いたように目を見開いたが、やはりまた笑った。
「そのとおりだ! やはり戦闘に関するセンスは抜群だな! それでこそ俺の目標、それでこそ俺の――」
と、またブツブツ言い出した。お前に話させると長いからこちらで必死こいて解説してやったのだが……まぁ、いいや。
店長は腰の刀を抜き、両手で構える。刃先を足元の水面スレスレまで下ろした下段の構え。超音波の振動はまたオフにしたまま。一見、ダラッとしているようだが、次の動きに備えた脱力の構え。
「タネ明かしは感謝する。だが、こっちも時間がないんでね。さっさと片付けさせてもらうぞ」
店長がそう言うと名残惜しそうにヘビが応える。
「そう急くな。俺はこの日のために何年も費やしたのだ。……心ゆくまでたっぷりと! 死の輪舞曲を共に奏でようではないか! ふはははは!」
その高笑いに呼応するように、取り巻く液体金属がまさしく蛇のようにうねり始めた。
そして二人の男は共に前方へと跳躍する。
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