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終わる世界、始まる店  作者: 梅枝
第三章

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3-7 兎の家、家族

◇◆◇◆


 矢部医師の所へ行った翌日。正午前。


 盤堅街から南へ少し出た所。無駄を一切省いた黒いネイキッドバイク。その上に跨るは黒い外套に身を包み、黒いゴーグルとマスクを付けた男――店長だ。バイクに跨ったまま停車し、街を眺めている。


 何故こんな時間にここにいるのかと言うと、今日は店の定休日なのだ(ほとんど毎日休日のようなものだが)。


「……あづっ」


 炎天下の砂漠でジッとしているのは自殺行為だ。しかし、久しぶりに訪れるこの街に入るには、少し抵抗があった。


 崩れた建造物と瓦礫と少しの緑。そして、見えはしないがそこら中の建造物の奥から感じる多くの人の気配。一見、荒廃した街に見えるが、地下には旧時代に造られた人工オアシスがあり、それが多く人間の命を繋いでいる。ここに暮らす人々はさぞかし幸せな生活を享受している――というわけでもないのは街の雰囲気からも察せられる。


「なんにも変わってないんだな、ここは」


 数年ぶりに訪れた街に対して思わず声に出た。これといって感傷にふけることもない。無駄に太陽からの熱線攻撃を受けてしまい、軽く立ち眩みを起こす。店長は正気に戻ると、急いでバイクを走らせた。


 街の入口らしき所に入ると、店長は適当な柱を見つけ、それにバイクを括り付けた。用心に、何重にも鎖を巻きつけ、幾つもの南京錠で封じる。それが終わるとゴーグルとマスク外す。


「さてと、どうすっかな」


 目的物はあるものの、目的地は分からない。とりあえず街の中央に向かって歩き始めた。


 倒れた建物や斜めに歪む小さな家を通り過ぎていく。街の名前の由来となった堅く厚い赤褐色の盤石のような地面。実は天然ものではなく、地下にある人工オアシスを囲う外壁なのだがそれを知る者も少ない。数百年の歳月を経て、固い人工の外壁もボロボロになり、ポツポツ雑草は生えている。


 辺りを見回しながら砂利の多い道を歩くが、人とはすれ違わない。だがやたらと視線だけは感じた。瓦礫の影や崩れた建造物から人の目だけ見える。幾つもの目が四方八方、こちらを監視するように見つめている。ほとんどが怯える年寄りの細い目や、好奇心に輝く子供の丸い目だ。全てが店長に向けられている。


(うざってぇ目線だが……そりゃそうか)


 いきなり外から現れた男に警戒しないはずがない。しかし、店長はこの視線が嫌いだった。警戒するのは仕方ないとして、彼らのあの、絶望しきった目が嫌いなのだ。常に俯きがちの、虚ろな表情に付く、まるで世界が終わったかのような目。全てを諦めきった彼等を見ていると、こちらまで塞ぎ込みたくなる。


「辛気臭ぇ……」


 不愉快な視線を浴びながら、店長はポツリと呟き、砂利道を更に進んでいく。すると、道の先からカゴ一杯に衣類を詰め込んだ人がこちらに向かって歩いて来る。洗濯でもしてきたのだろうか。クシャクシャの服を無造作に山積みしている所為で顔が見えない。


 店長は道を開け、すれ違おうとした。その時、聞き慣れた声がした。


「あれ!? 店長じゃないですか! なんでこんな所に?」


 それは洗濯籠を抱くように持つ兎だった。てっきりもう少し時間がかかると思っていたのだが――いきなり現れた目的物に、少し拍子抜けしてしまった。


◇◆◇◆


「それにしても店長が街に来るなんて珍しいですね。街に何か用事でも?」


「いや、ただの暇つぶしの散歩だ」


「へー、暇つぶしで来たのなら、明日からも街に来ます?」


「お前……暗に店が暇だと言いたいのか?」


 また失言してしまったと苦笑いする兎に案内された場所は、今にも崩壊しそうな小さなビルだった。半分に削れ、全体が斜めに傾いている。窓ガラスは殆ど破れ、鉄の板で塞がれている。


「足元、気をつけて下さいね」


 そう言う兎の後ろについて行く。


 ビルの中は瓦礫が転がり、洗濯物で前が見えていない兎が何故転ばずに歩けるのか疑問に思うほどだ。階段を上がり、二階へ。左に曲がり、幾つかの部屋を通り過ぎて行く。何人か共同でこの建物に暮らしているらしく、途中、多くの人の目がやたらと気になった。


「ここが私の家です」


 振り返って言う兎の正面には、ボロボロになった鉄の板でこしらえたドアがあった。手の塞がった兎の代わりに店長がそのドアを開ける。兎は軽く会釈して、先に中に入る。すると、中から幾つもの足音と共に、小さな子供の声が聞こえる。


「お姉ちゃん、おかえりー」


「はーい、ただいまー」


 八畳ほどの部屋。奥にも扉があり、まだまだ続いているようだ。小さなキッチンが部屋の隅にあり、中央には大きなテーブルと、幾つもの椅子。流し場と反対の壁に小さな棚が一つ。コンクリートの床と壁と天井に包まれた無機質な部屋に、家具はたったそれだけだった。


 八畳の部屋に、僅かな家具。広い空間になるはずだが、多くの子供達がそれを埋めていた。長女の帰宅に、全員が顔をこちらに向けている。顔、顔、顔。年齢もバラバラでやっと歩き始めたような子もいれば、十歳くらいの子供もいる(正直、十八歳の兎と大差ないように見える)。その五人の子供は笑顔で立っていたが、後ろの店長の姿を見るなり、笑顔は消え、一斉に張りつめた顔になった。


「このおじさんは悪い人じゃないから、大丈夫だよー。ほら、私が行ってる、お店の店長よ」


「誰が「おじさん」だ。というか、お前こんなに兄弟がいたのか」


「あれ、言ってませんでしたっけ? 私含めて子供は六人、親はお母さんだけなので、全員で七人家族でーす。一人一人自己紹介させましょうか? まずは栗鼠(りす)――」


「いい、いい。結構だ。覚えられる自信もない」


「そうですか。私は数日でハンドガン、ライフル、ショットガンの分解・組立、ナイフや槍や斧の手入れ方法とかを覚えましたけどね。六人の子供の顔を覚えるのは大変ですからね、仕方ありません」


「お前……やけに強気だな。業務時間外だからか」


 プイとそっぽ向く兎。日頃の過重労働の恨みが相当溜まっているらしい。店長は何も言い返せなかった。


 姉と店長とのやり取りで幾分かは子供達の不安の表情も消えた。しかし皆、部屋の隅でかたまっている。


「店長は座ってちょっとまってて下さい。洗濯物干したら、何か出しますね」


 そう言って兎は奥の扉を開けて部屋から出て行ってしまった。残された店長は、子供たちに囲まれて気まずい雰囲気の中、テーブルへと腰掛ける。


 待つ事、数分。外套も脱ぎ、くつろぎ始めた店長。周りにいる子供達は依然として警戒を解いてはいない。皆で壁際に集まって店長の様子を窺っている。


 緊迫した雰囲気にも慣れ始めてきた頃、奥の扉が急に開いた。


「お待たせしました〜。店長、お昼食べました? まだでしたら、一緒に食べませんか?」


「ん、あぁ」


 店長は兎に聞きたいことがあったが、兎は店長の返事を聞くとまた部屋から出ていってしまった。忙しない奴だと溜め息ついていると、いつの間にか子供達が席につき食事を待っていた。まるで親鳥の帰りを待つ雛鳥のようだ。


 暫く待つと、兎は大皿を持って戻ってきた。


「さぁ、今日の昼食は~~、「肉抜き肉じゃが」ですっ!」


「じゃあ、「じゃが」じゃん」


「さ、どうぞ~」


 店長のツッコミは無視され、兎が言うと子供達は一斉に食べ始めた。店長も遅れて箸を伸ばす。


「どうですか?」


 少し緊張した面持ちで、店長へ感想を求める兎。店長はゆっくりと芋を咀嚼する。


 調味料の味もなく、かと言って素材の甘みが出ている訳でもない。というか、味自体ほとんどしない。芋もそこそこな柔らかさで、固くない。素材を生かしも殺しもしていない。まさに、「芋を煮た」だけだ。コメントが思い浮かばなかった。


「こんな言葉が思い浮かばない料理も珍しいぞ」


「……皆、このおじさんは昼食いらないみたい。全部食べちゃいなさい!」


 兎が言い放った瞬間、目の前の肉抜き肉じゃがは消えていた。綺麗になった器だけが置いてある。


 まぁ、別に昼食を食いにここまで来た訳では無い。普段から少食なため、一食くらい抜いても問題ない。が、店長は小さくグゥとなる腹を押さえた。


 こんなことよりも、さっさと用件を済まそう。飯の準備もした兎は、流石にもう手は空いているだろうと部屋を見渡すが、またしても兎は部屋から消えていた。一体、今度はどこへ……?


 そう思っていると部屋の奥の扉から兎がひょっこり顔を出した。少し、怪訝な表情だ。


「あの……母が、店長に会いたいそうです。……いいですか?」


 店長は頷いた。なるほど、兄弟達の次は母親の面倒でも見ていたのか。そして、その母親から呼び出しがあったと。


 願ったり叶ったりだ。そのためにここまできたのだ。店長は立ち上がり、兎の後に続いて行く。

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