3-6 母、狂犬
◯●◯●
西に傾く太陽の下、店長と兎を乗せたバイクが砂漠を駆け抜ける。来た時よりも遅く、トロトロと走っている。矢部医師宅を出てから、二人の間に一切会話はない。風を切って進むバイクの上に気まずい空気が漂っていた。それに堪えかねた店長は、ついに兎に聞き出す。
「やっぱり、誰か病人がいたのか」
バイクの音にかき消されそうな小声だったが、兎には十分聞き取れた。
「……はい。「やっぱり」って事は、もしかして気付いてたんですか?」
「当り前だろ、毎日欠かさず薬を買われたらアホでも分かる。最初は街で配る為、とか考えたが、お前の薬を欲しがる態度が異様に強かったからな。……なんの病気だ?」
暫く兎は考え込み、返答する。
「それが……分からないんです。街には病気に詳しい人もいません。とりあえず、症状にあった薬を毎日持って帰ってきたんですが、どうも治る兆しもないので……」
「そうか。……矢部は昔、色々あってな。病気とか怪我とか、人に関わる事はあんまりしたくないそうだ。人から頼りにされるのが嫌いなんだよ。診てもらうには、まぁ、それなりに説得が必要だな。何か大きな見返りを差し出すとかでもしなくちゃ、あいつは動かん」
「色々」とはぐらかされたことについては、おそらく言及しない方がいいのだろう。とにかく、簡単には動いてくれないことだけは分かった。しかし――
「……でも、私から差し出せるものなんて……何もありません」
暫しの沈黙。しかし店長が言う。
「別にお前だけが差し出す必要は無いだろう。知り合いとかにも協力してもらうとか――あぁ、そうか引っ越してきたばかりだったな。そもそも、その病人って誰なんだ? 他にツテとかないのか?」
言われ、兎はポツリポツリと答える。
「元々はそのツテを頼りに盤硬街にまで来たんです。でも、誰も相手してくれなくて……。あ、病人っていうのは私の母です。昔、盤硬街に住んでいたので、誰か頼れるかなって……。みんな、自分のことで精一杯なんですね」
すると店長は鼻で笑った。
「あいつらに「精一杯」なんて言葉は無い。精気も根気も抜けた連中だからな」
「……。母も、少し寂しそうにしていました。「昔と変わってない」って。だから、昔はそんな頼りない人達を母が守ってたって言ってました。……ふふ、本当かどうか分からないですけどね。昔は『狂犬』と呼ばれてたなんて、ちょっとデキすぎてますよね」
兎がそう言った瞬間、店長のバイクの運転が乱れた。辺りには特に障害物もない平坦な道である。店長が盗賊でも見つけたのかと兎は警戒し、辺りを見回すがやはり何も無い。
不思議に思っている兎に、店長が問う。少し、動揺の色が見えた。
「『狂犬』って言ったか? お前の母ちゃん」
「え、あ、はい。十年くらい前って言ってたような……」
それを最後に店長は一言も喋らなくなった。
なんだか、言ってはいけないことを言ってしまったのか? 今日も店長から言葉について怒られたし……無駄な発言をしないように気をつけよう。
二人を乗せたバイクは夕暮れの砂漠を静かに駆けていく。




