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ツマにもなりゃしない小噺集  作者: 麻戸 槊來
互いの想いを推しはかる羊
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瞬きの間に

確認甘いですが、投稿させて頂きます。

シリアス皆無です!


当たり前のように、「ただいまー」なんていいながら、隣の家のドアを開ける。

此処の本当の主であるはずの幼馴染は、お客であるはずの私を置いてすたすたと歩いて行ってしまう。確かに、マンションの隣同士なんて間取りも変わらないし左程物珍しくもない。ましてや勝手知ったる他人の家だ。生まれてからずっとお隣さんとしてやってきたのだから、いまさら遠慮も何もないかと「お茶もらうねー」なんて声をかけると、「いつも勝手に飲んでるだろー」なんて可愛くない言葉が返ってきた。


期待はしていなかったけれど、キッチンにすらついてきてくれる気はないらしい。

とっとと奥へと進んでいく。



ちらりと目をやったそこには、食事の途中で眠りに落ちたのだろう。

夜勤明けで疲れた様子のおばさんが、リビングでご飯を手に眠り込んでいた。今日は私もあいつも講義が少なく、早く大学から帰ってきたからまだ眠り足りないのか、声をかけても起きる様子は見られない。


「おばさん、今日もお疲れ様。もうご飯はいいから、ベッドで寝たら?」


「うぅぅん……」


寝言とも返事とも取れないうめき声をあげたかと思えば、眉をしかめたまま再びおばさんは柔らかい寝息をあげだした。

しっかり握られた箸とお椀は、少し突いたくらいでは離れそうもない。この家とは昔から家族ぐるみで仲が良く、「同い年なのに、うちの息子とは大違い!」なんておばさんに言われるほど私は彼女に気に入られている。


それは、年頃の息子がいるとは思えない可愛らしいおばさんを放っておけなくて、こうして世話を焼いてしまうのが要因なのだろう。

実の息子であるあいつなんて「何時ものことだから放っておけ」なんて言ってさくさくと自室へ引っ込んでしまった。しょうがないから、私はため息をつきながら余った食事へラップをかける。


「おいっ、やめろっ!

あれは運が良かっただけだし、一度きりの約束だったろう!」


一人のはずなのに、あの男は何を騒いでいるのかと眉を寄せる。

おばさんは激務である看護師をしながら、男二人を育て上げたのだ。眠いだろうに夜勤があっても食事を作り、こうして自分は食事の最中に眠り込んでしまうことも珍しくない。


ましてやあいつには二歳下の弟がいて、今年は大学受験だと言っていたから騒いで怒られないかと心配にすらなる。そこまで考えた所で、今はどうせ学校かと一人納得した。……それならば、あの男ははたして何をやっているのかと考えた所で、事は起きた。


「そんなことおっしゃらずに、勇者様!」


「どうか、どうか『再び』わが世界をお救い下さいっ」


「おい、放せって服が伸びる!」


見慣れたパーカーの袖をふっぱられもみくちゃにされながら、幼馴染は自室から出てきた。リビングを少し行けばすぐにあいつの部屋があり、そこから必死に逃れてきたのだろうことがわかる。……けれど、何が問題って彼と一緒にいる人間が問題なのだ。ゲームや漫画に出てくれば間違いなく『聖職者だ!』とわかる身なりをした、白く長いローブを着たひげ面のおじいさんと、がっつりと筋肉という鎧をまとったその上に、さらに騎士服を着た姿のおじさんが幼馴染に縋り付いているのだ。




子どもの頃から知り尽くしていると思っていた幼馴染が、まさかコスプレ趣味なんて知らなくて、私はそっとその光景から目をそらした。


「何見てみないふりしてる!助けろよっ」


「―――おばさん、お茶もらうねぇ」


「どうぞぉ……」


寝ぼけているのか単なる寝言か、おばさんは息子の様子など気にする様子もなくそんな言葉を返してくる。私もこれ幸いと、幼馴染の悲痛な叫びなど聞こえていないふりをする。


「おいっ、幼馴染が困ってる時にのんきに茶なんか飲んでんじゃねぇよ!」


「そこにいらっしゃるのは、勇者殿のお母上ですか!少々ご子息を預からせて頂きますぞ!」


「どうぞぉ」


「おい!母さん、茶を進めるのと同じノリかよっ。

 お前はいい加減、助けろって!」


「あーおばさんの作る紅茶なら、毎日飲みたいくらいだわ」


無視するなぁぁぁ~なんて、断末魔を残して、幼馴染は自室に引っ張り込まれていった。むしろ、おじさんとはいえあんなにたくましい肉体をもった人に引っ張られても、堪えていたほうが意外だった。ついでに、おじいさんも居たし。ひょろくて頼りにならないと思っていたけれど、奴は意外に力があったのかと感心した所で、冷蔵庫から作り置きしてある紅茶をとりだす。



おばさんは麦茶や緑茶よりも紅茶を好むタイプの人で、彼女が一年中作り置きしているアイスティーは絶品だ。うちで飲むティーパックで出した紅茶とはえらい違いで、飲みやすいのに風味があって大好きなのだ。


「嗚呼、やっぱりこの家の紅茶は美味しいな……」


あれだけ騒いでいた幼馴染が、ドアが閉められた途端ぱたりと大人しくなったことや、あれは本当にコスプレ仲間なのかといった疑問は、紅茶とともに喉の奥へ無理やり流し込む。


そんな風に、冷静さを保つために何度目かしれない紅茶を飲みほしたところで、再びドアが勢いよく開きほっとした。


「おいっ!お前この前は、よくも見捨てやがったなっ」


―――どうしてか、数十分前に扉の向こうに消えたはずの幼馴染は、傷だらけで髪も耳を隠せるくらいに伸びていた。野球部だった幼馴染は、数か月前まで坊主だったのにどうしたことか。

まさか、ビジュアル系にでも憧れていたのかといぶかしんだところで、あまりにリアルすぎる傷痕はビジュアル系というよりもパンクロックかと考えを改める。……もっとも、私はパンクロックなんて詳しくないから比較しようがない。イメージは、白塗りの顔に真っ黒な目元で、口元は赤いという……何とも貧相なものだけれど。




けれど、胸元がちらちら見えそうな白いシャツやぴったりとしたズボンは、ロックというより海賊か何かのようだ。狙いがぶれまくってやしないかと発言しようとしたところで、その髪のリアルさやわずかに高くなった目線に気付き戸惑った。


「なんだよ、久しぶりに逢った幼馴染に挨拶もなしかよ」


何も言わないこちらに不満を覚えたのだろう。憮然とした様子でえらそうに腰に手を当てた男は、子どものころから私の知っているえばりんぼうの幼馴染と何も変わらないではないかとほっとした。


しかし私が口を開くより先に、前回よりも幾分年を取った二人組が「勇者様ぁ、お戻りくださいぃ~」なんて言いながら、またしても部屋の奥へと幼馴染をひっぱっていく。聞きたいことはたくさんあったけれど、閉められた扉を開ける勇気はなくて、眠りこけているおばさんにそっと毛布を掛けて見せた。




次に扉が開かれたのは、それから数時間後のことだった。


「今度こそ、だれにも邪魔させねぇ」


私はといえば、そんなことを言いながら扉を開いた『幼馴染と思わしき人物』をみつめ、あんぐりと口をあけたまま動くことが出来なくなった。


一般人の域を越えなかった肌はこんがりと焼け、ひょろいだなんて冗談でも言えない筋肉は服の上からもはっきり見て取れた。その瞳は、いくつもの死線を越えてきたのだと言わんばかりに鋭くこちらを見据えていた……というか、目が据わっていて怖い。おまけに、髪は肩くらいまでのびていた。


「絶対に、おまえも巻き込んでやる!」


「いやいや、いやいや!」


何が起こっているのかわからないままつかまれた両方の手首は、このままでは折れてしまうのではないかと心配になるほどきつく握られている。いっそ、ジェットコースターのバーの方がよっぽど力を込められていないのではないかと思いたくなるほど、ギリギリ絞められている感覚がする。


そんなことを考えている時に、ふと休み中に雰囲気が変わったことがあったと唐突に思い出した。


「いたたたたっ」


「なんと言おうが知るかよ!お前がボディービルダーみたいなたくましい筋肉をもった男が好きだって言ったんだろ」


「何それ!逆切れっ?とりあえず痛いっていうのよっ、離せ馬鹿!」


第一、自分より白くてひょろいのは嫌だって言っただけで、筋肉だるまが好きだなんて私は一言もいってない!確かに、数時間前扉の向こうへ消えていった幼馴染は万年補欠組で、ちょっと風邪を引いただけで、自分と体重がさして変わらなくなってしまうのではないかとハラハラするような細さだった。



そんな彼と比べられるのが嫌で、うまくいかないダイエットと生理前の女の子的な理由からイライラをぶつけて厳しい言葉を投げかけたこともある。……けれども!どこの誰が、たった数時間自室にこもっただけで止める暇すら与えられず、ごりごりの筋肉を蓄えて戻ってくると予想が出来ようものか!いや、誰にだってできるはずがないと、当事者である私がここに断言するっ。



心のなかでは芝居口調で熱く語ってみたが、勿論それに答えが返るような非現実的なことは起こらなかった。そのかわり、『非現実の塊』みたいになってしまった幼馴染は、ぐいぐいと私を魔境と化した自室に引っ張り込もうとしている。


「やだやだ、やだやだ!あんたの部屋になんか入りたくないっ!第一、おばさんに何も言わないでどこ行くつもりっ」


「大丈夫だって、ちょっと俺が救った異世界に行って、一緒に国を治めてほしいだけだから。母さん、またちょっと異世界行ってくるな!」


「はいはい、いってらっしゃあ~い」


「あははははっ『国王になるだけの簡単なお仕事です』ってこと?マジ笑えるわー。って、おばさん完全に寝ぼけてるじゃないっ」


「そうそう、きちんと魔王も魔物も倒したから大丈夫。

それに、本当は王妃になってもらいたかったんだけど、お前にその気があるなら王座は譲るから」


「いらんわボケ!なんか、床に書いた絵が光ってるしっ。おばさん、助けて!

あなたの息子は勝手に異世界を救って、私をそこへ連れ去ろうとしてますよー!」


「絵じゃなくて、魔法陣な。あと、母さんならどんな手使ってでもお前を仕留めろって応援してくれたし、おじさんとおばさんは久しぶりに赤ちゃんをだっこしたいから頑張れって言ってたくらいだから大丈夫だと思うぞ?」


「ぎゃあああー!おばさんのことは好きだけど、そんな企み知りたくなかったー!おまけに、大きくなった一人娘はお払い箱ですか父母よ!グレてやるぞ、こんにゃろうっ」






―――私が再びこの扉を開けることが出来たのは、『こちら』でいうところ数時間後のことだった。

隣には夫となった幼馴染がおり、私のお腹には新たな命が宿っていた。だいぶ長くなった髪を、片側で編み込み前へ垂らす。妊婦用とはいえ、白いワンピースなんてこちらにいる内はまず着なかったから、むずがゆくなってしまう。

少し照れくさく思いながらもおばさんをみると、寝起きであるらしい彼女の額には赤く跡が残っていて心配になる。「年を取ってから、跡が消えにくくなった……」なんて鏡を見て嘆いていたのに、額に残ったあれはなかなか悪目立ちしてしまいそうだ。


そんな心配をするこちらをよそに、結婚と妊娠の報告をする私たちをおばさんは何度も見比べている。……おもに視線が注がれているのは安定期に入り、大きくなりだした私のお腹だけれども。どうやら、息子の姿は変わりすぎていて現実感がないけれど、私の変化のほうはリアルだったらしい。


「私が寝ている間に、何があった……」


そんなもっともな呟きを残し、夢だと思ったのかはたまた気絶をしてしまったのか、おばさんは再び机に突っ伏した。




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