几帳面さの欠点
遅くなりましたが、今年もどうぞよろしくお願いします。
つかつか音を立てそうな勢いで、大きな体を揺らしながら私のまえを歩く男を見つめる。それは私の雇い主であり、この屋敷の主でもある。
彼の身長は一般男性よりほんの少し小さいというのに、その体に蓄えている肉は人並み以上だ。しかし礼儀にうるさい彼は、どれだけ急いでいても音を立てるようなことはない。
私から言わせていただけば、どうして夕食をとるのにそこまで急がなければならないのか不思議でならないが、貴族の食事はちまちまと何品も分けて出てくるから、長くて時間がもったいないというのだ。ただでさえ無駄の多い風習に、プラスして食事を楽しんでいないとあっては満足していないのと同意になる。
シェフに余分な心労をかけないために、食事はできるだけ作法通りに行っている…というのが、食べるのが好きな彼の弁だ。
要するに、食事を減らすことも時間を削ることもできないから、せめて移動時間は削減しようというのが彼の狙いであるらしい。
おまけに付け加えさせて頂けば、優しい私は少し早足で歩いた位ではダイエットにならないと進言して差し上げたのだが「そんなことは分かっている」と怒鳴られてしまい損をした気分だ。
私は主を大食堂へ送り届けると、隣室で手早く食事をすませる。
主が食事をしている大食堂のとなりには使用人用の食事スペースがあり、余計な物音を立てないように私以外の使用人が同じ時間に食事をとることはまずない。
というより、主と同じ時間に食事をとるなんて悠長なことできるのは、私くらいなものだと同僚には呆れられたりもしている。
こちらにはこちらの事情があるのだが、それでも彼女たちにはまねできないと言われてしまえば反論しにくい。
「お疲れ様です、夕飯お願いしてもいいですか?」
口早にお願いすると、分かっていると言わんばかりに料理を渡された。
この時間に私が食事をとる事は周知の事実のため、手早く済ませられるように用意していてくれているのだ。ほかの使用人はいくつかの料理の中から選ぶのだが、私はあらかじめメニューを聞いてリクエストしている。基本的に手早く食べれる物を選んでいるが、その分朝にはがっつり食べるようにしているため特別不満はない。
私は主のそばに張り付くようにして仕えているので、特例としてこの時間に食事をとらせていただいている。当の主の給仕を行うのは執事長たちで、出番がないからこそ許されている行為だ。皆はすでに食事を終えているか、この後に食べるのだろう。
調理室からは、私が選んでいないスパイシーな料理の香りがしてきて、スプーンを動かしながらもう一方を選べばよかったかと後悔がよぎる。今日は唐揚げを食べる気分ではなかったのだけれど、この香りをかいでいると油ものが食べたくなる。
もぐもぐと口を動かしている所で、大きな声が聞こえてきて喉を詰まらせた。
隣室へ居ても聞こえる声に驚き、お茶でパンを流し込み隣室へ急いだ。皿に残った食事は名残惜しいが、腹をすかせた見習いシェフたちが、いざとなったら物の数秒で平らげるのだろう。
「おい、そこのメイド!またホークの位置を間違っているぞっ」
今日も今日とて、私が仕える屋敷のご当主様は使用人を叱り飛ばしている。彼女もいい加減覚えればいいものの、懲りずおなじ失敗を繰り返すから悪いのだけれど。どうにも彼の言い方には棘があり、使用人たちの受けが悪い。
使用人のなかには行儀見習いのために来ている者も多く、テーブルマナーを学べるようにと最初に任される仕事なのだが。わざわざ主自ら指摘するというのは、教わっている者のみならず周囲にとってもハラハラものだ。私の一か月分の給金がワンセットで吹っ飛ぶような、高価な高価な食器たちが震えている気がする。
今日も声をかけられたメイドはカタカタと震えだすと、眼に涙を浮かべている。
失敗を指摘されただけで仕事中に主のまえで泣くなど、醜態でしかない。
「……はないな」
ぼそっと思わず、呟いた。
そもそも、ここの当主が礼儀や作法にうるさい事を知っているのだから、最低限のテーブルセットくらい出来るようにして来てしかるべきなのだ。給金額や使用人へ宛がわれる部屋。
多くの生活雑貨が支給される面からみても、この屋敷は人気が高い。どんなに仕える主が気難しい人でも、ここを希望する人間が途絶えることはない。
―――だから時々、こういう使えない人間が混じっているのだ。
愛想がよく、素直だからといっても物覚えが悪い上に相応の努力をしない人間など邪魔でしかない。この屋敷が求めているのは人柄がよい人間ではなく、物事をそつなくこなす使える人間なのだ。
主の機嫌も悪くなるし、こちらとしてもいい迷惑だ。これは決して、食事の時間を邪魔されたから言っているのではない。一度こちらへ顔を出したからには、戻って自身の食事を続けるなんて出来ないから、今日の夕飯はあれで終わりになってしまった。
ふわふわの白いパンなんて、早々出ないから楽しみにしていたのに。絶対にお替りしようと思っていたのが、叶わずに終わってしまった。飲みかけのスープも、恋しくて仕方がない。
「次はないぞ……、気をつけろ!」
いつもの決まり文句が出て、主による講義は終わりを迎えた。
何度聞かされたかわからないテーブルセットの覚え方も、これはひたすら体に覚え込むしかないと思うのだが、主はご丁寧に毎度メイドに教えている。
当のメイドはといえば、主に怯えるあまり説明が耳に入っているのか怪しい所だ。何度もおなじ間違いを繰り返すところをみると、耳にすら入っていないのかもしれない。首をすくめて失敗を悔いるのはいいが、怯えた子どもが『嵐よ去れっ』と願っているような態度に、本気でメイドをやる気があるのかと疑問に思う。
あれだけ叱られていれば自主練習などをしていてもよいと思うのだが、私の情報によれば、彼女がそういった努力をしているとは聞こえてこない。
むしろ新人は許可されていないはずなのに、同僚とお酒を持ち寄って毎晩憂さ晴らしをしているとの事だから、本当にやる気がないのかもしれない。所詮、結婚する前の行儀見習い程度の感覚でいるのだろうけれど、あまりにひどい振る舞いに一部の人間は眉をよせている。
食事が終わり、自室へもどる主の後ろに付き従う。なにか特別な用でもなければ、大抵この時間帯は私一人でお世話させて頂いている。今日も例にもれず、お供は私一人で務めることになった。
肩を怒らせている主を見て、げんなりするのは私のせいではないはずだ。
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かちゃりと書斎の扉を閉じたところで、息をつく。
「はぁー…疲れた」
「……おい、それは私に対するあてつけか?」
少し本音がこぼれただけなのに、いちいち目ざとく主は指摘してくる。
こんな言葉、自分に思うところがなければ気にならないだろうに…。
「私を疲れさせるような事をした覚えが、おありですか?」
ただただ疑問に思い問いかけただけなのに、「嫌味な奴だな…」などと言って顔を顰める。まったく……気難しい主を持つと大変なことだ。
こんな細かい方にお仕えしていると心にゆとりもなくなりそうだ。
「お前は十分すぎるほどマイペースだから、多少協調性を持った方がいいぞ……」
「あら、同僚とはきちんとコミュニケーションはとれていますし、それなりに交流しています。特別心配してもらわなくても大丈夫ですよ」
私がメイドの中では一番主の世話をさせていただいているとは言えど、他の人たちに羨ましがられて嫌がらせされたりはしない。
むしろ『いつも大変ね?これでも食べて頑張ってね』などといってお菓子を分けてもらえたりする。私の好みに合った甘さ控えめでお腹にたまるそれに、何度空腹を救われたか知れない。気難しい主のお蔭で、随分良くしてもらってありがたい。
何故かそう言った後に主は頬をひきつらせたが、些細なことでイライラしているのは珍しくないので気にしないことにした。
「ま……まぁ、上手くやっているなら問題ない」
「もう、過保護ですねぇ」
「うるさいっ、にやにやするな!
使用人同士がもめると面倒だから、気になっただけだ」
素直じゃない主の気遣いは、分かりやすい。
もともとはまっすぐな性格なのだ。仕事はできるようだが、腹芸は得意ではない。今回も口は悪いが、主人である自分が私を傍に置いているせいで虐められてないか心配していたみたいだ。
「そんな事よりご主人様。そろそろ、求人を出してはいかがですか?」
暗に、先ほどのメイドを諦めてはどうかと助言する。
しかし主は「いや…、僅かながら改善の兆しは見えるから……」と、口をもごもごさせながら反論してくる。
この方はなんだかんだと口うるさいくせに、お人よしの節がある。
きつい表現で叱り飛ばすくせになかなか解雇通知を出さないから、いっそ使用人をいびって楽しんでいるのではないかとまで言われている程だ。けれど全くそんな事はなく。この方は昔からできない人間でも途中で見放すことなく、向上させようとするのだ。
自分の実力以上の高みを目指せと言われるのは大概迷惑な話なのだが、人間関係と己の体型管理以外において完璧なこの人には、努力してもどうにもならないことがあるのだと理解できないようで。
いくら自身のためを思って言われていることでも、無理難題を吹っかけているようにしか周囲には映らないのだ。この屋敷にいる一部の人間はこの主の本質を知っているが、正直どれほどの人間が理解しているのか怪しい所だ。不器用な主を持つと大変だ……などとため息をつこうとしたところで、廊下から声が届いて固まった。
「あーあ!まぁた、あのデブにがみがみ言われちゃったっ」
この屋敷で働く者とは思えない口調に、小鳥の様にぴーちくぱーちく煩い声は存外響いてしまう。その声は明らかに、つい先ほどまで話題に上がっていた少女のものだ。
「ちょっ、いくら怒られたからって言い過ぎよ」
「えー。
でも貴女も、あんな言い方はないって前に叱られたとき怒っていたじゃない!」
「そりゃあ、人が頑張っているのを馬鹿にされちゃあね」
あの娘たちは、どうやらわかっていない分類の人間らしい。この主には人を馬鹿にするつもりなど到底なく、少し表現が悪いだけなのだ。できない人間にも懇切丁寧に接し、努力するように注意する。
できない人間などやめさせたほうが早いのに、使用人にまで気を配る主人を他には知らない。どちらかと言えば、私のほうがよっぽど辛辣で冷酷なことを考えている。使えないなら辞めさせれば良いし、ここで働きたがる人間などごまんといる。
「でも、部屋の前でこんなこと話していて大丈夫かしら?」
「どうせ聞こえやしないでしょう。
部屋で何やっているか知らないけれど、どうせあの体型を維持するために食べてばかりいるのよ!」
「やだ……ひどい言いざま。
でも、確かにあれだけ細かいなら、自分の体型くらい管理すればいいのにね?」
「貴女も、結構すごいこと言っているわよ」
ちらりと主の顔をうかがうと、わずかに顔色が悪くなっている。
私自身、握りしめたポットをそろそろ壊してしまいそうだ。主人の部屋の前で批判するのはもとより、あんな姦しい声がとどかないと考えている浅はかさに吐き気がする。苛立ちがすぎると気持ち悪くなるのだと、初めて知った。我慢の限界だと、ぽつりと言葉を落とす。
「すこし……五月蠅い鳥を狩ってきますわ」
今日にでも執事長へ二人分の求人を出すよう助言しなければと考えながら、熱湯の入ったポットを手に掴んだまま歩き出す。
「待て」
さぁ、どうやって料理してやろうかと暗い笑みを浮かべる。
焼き鳥もいいが、この時間ならヘルシーに蒸し鶏もいいかもしれない。…そうだ、先ほど食べ損ねた食事の代わりに、から揚げにしてしまおう。
「から揚げ素敵……」
「待てというのが、聞こえんのか」
ぼそりと呟いた直後に、主の焦った声がとめる。どうしてここで止めようと考えるのか、本気でわからない。これだけコケにされて怒るべき当人は、落ち込んだ様子を見せるばかりで憤る姿すらみられない。
「ちょっと五月蠅い鳥を二羽、黙らせてくるだけですよ」
「それなら、手に持っているポットとレターナイフは何なんだ!」
言われてみると、無意識のうちに武器を探していたらしい。手にはポットのほかにレターナイフを握りしめていた。手紙をあけるという用途柄切れ味はよくないが、無いよりましだろうと納得して足を進める。シンプルながら安っぽくは見えない品があるこのポットはメイド長のご自慢のものだったが、壊れた理由を知ればきっと許してくれるだろう。彼女は主の一番の理解者なのだ。
「だから待てと言っているのに!」
焦った様子の主には悪いが、これだけ自分の仕える存在をコケにされて黙っている使用人もいないと思う。いくらいけ好かない人間だとしても、流石にあれだけ言われれば腹が立つ。
特に私は昔からこの人を知っているし、どれだけ気遣ってくれているのか分かっている。ここで働く人間は、少し具合が悪くなっただけでも医者にかかれるし、家族の様態が悪いと特別に休暇を与えてくれることだってある。他の場所から考えれば破格の人的な処置も、この屋敷が人気である理由だ。
散々恩を感じている主に対して、あの言いぐさは何たることか。
そもそも、意見したければ仕事を覚えてからにしろ。そう考えながら足を進めた所でさらに待ったがかかり足を止めた。
「―――茶が渋い、淹れなおせ」
普段の条件反射から、とっさにポットのお湯を確かめてしまった己が憎い。
馬鹿な鳥を相手するより、主人の要望に応えるほうが先だろうと踵を返してお茶を淹れなおす。まだポットのお湯は適温で、淹れなおすのに申し分ない温度を保っていた。
不満顔でお茶を淹れる私に気付いたのだろう。主人は困ったような仏頂面で、しぶしぶ「求人を出すよう指示しておく」と一言こぼす。
「だがお前だって、ここに来たばかりはあんな調子だったぞ」
「そりゃあ、ここに来たのは六歳程度でしたもの」
当時私は、食い扶持を減らすために捨てられた。
途方に暮れている時に、この屋敷の先代の主人が息子の遊び相手にと言って拾ってくれたのがきっかけだった。だから今は亡き先代はもとより、この家には特別恩を感じているし、少し年季の入った屋敷も大好きだ。
「何より私はあんな娘たちの、うん億倍は貴方のことを好きですよ」
あんぐりと口をあけた主を横目に、蒸らし終わった茶を差し出す。
お茶が渋いのは、私が用意したお菓子を食べていないからなのだが、そんなことは説明しない。きっと先程の言葉を気にして、主がこれに手を出す事はないだろう。
これから仕事を続ける彼へ、夜食代わりに用意したものなのに。彼の体を気遣っている執事長あたりに知られたら、大目玉を食らいそうだ。バレていないつもりかもしれないが、こういう時の主がどうするか知っている。
手ごろな人間……庭師にでも渡して、「余って捨てるのもなんだから、お前の息子にでも渡せ」と普段の仏頂面で放ってよこす姿が目に浮かぶ。主が時々、大好きなお菓子を我慢して若い使用人へ渡しているのを知っているため、茶葉は別に用意してある。
本人は知られていないつもりだし、ダイエットのつもりでいるらしいから口を出すこともできないのだ。
「大体、御自分の体型が気になるのならば、適度に手を抜くことを覚えてはいかがです?」
好きだった乗馬を我慢して、机にかじりついているから悪いのではないかと思ってしまう。
本来はこんな机にかじりついて仕事するよりも、動き回っている方を好む人だ。それにもかかわらず彼の父親が亡くなってから、ずっと忙しさと心的疲労を癒すように食べることに逃げていた。
もともとふっくらとした体系ではあったが、今となっては乗馬をしたいとすら言わなくなった。何かほかに趣味でも見つけられれば良いのだが、この仕事詰めの状態ではそれも難しいだろう。
こういう状態を見ていると、昔のことを思い出す。私が幼い頃など自分は我慢して、お菓子をたくさん譲ってくれていたものだ。あいにく私は子どもの頃から甘いものを好む人間ではなかったが、その優しさに救われていたから子どもながらに気を使って無理してお腹へ収めていた。決して、生まれてからずっと喰うに困っていたから、何でもいいからお腹に収めたかったという訳ではない。
私とさほど年の変わらない主は、御両親を事故で亡くしてから若造と侮られないようにそれまで以上に努力をしていた。細かい性格をさらに悪化させ、いっそ病的といえる程に仕事以外においても抜かりなく進めようとするその姿は、鬼気迫るものがあった。
今となっては、貴族の中でもひと際神経質で気難しい人間だと皆に認められるほどだ。こんな状態の主に無理をするなと、何度ベッドへ押し込んだかしれない。
睡眠時間を削る主を心配しているからこそ、執事長たちは私がこの方に張り付く事を許してくれているのだ。こうも無理やり言うことを聞かせるのは、私のほかには忙しい執事長たちくらいだからしょうがなくといった様子だが。
僅かにしんみりしながら横に控えている私に、先ほどの仕返しか主がぼそりと不満を呟いて見せる。
「少し茶が冷めてるな……」
人がせっかく淹れ直してやったのに、今度は温いと文句を言うのかと冷めた眼差しを向ける。私が確かめた感じでは、普段より心持温度が低いか否かという程度の差くらい、こういうときは見逃すものだ。
「いちいち細かい方ですね」
「うるさいっ、言ったことをしっかりこなせば何も文句はないんだ!」
「そんなに細かい事を気にしていると、若白髪だけでは飽き足らず……禿げますよ?」
「白髪言うな!これは生まれながらのプラチナブロンドだっ」
「嗚呼、生まれついての細かい性格なんですね……」
「ぅおいっ!」
いつもと変わらぬ調子で交わされる言葉に、私はそっとひとり安堵した。
つい口を滑らしたあんな言葉、主は気にしなくていい。これ以上彼へ気苦労の原因を与えたら、今よりさらに老け込んでしまいそうだ。
さすがに好きな人がぶくぶくと太り、禿あがった姿を見たくはない。
理想の体型になってくれとは言わないが、これ以上馬鹿にされる彼を見るのも限界だ。主が残った仕事を片付ける傍ら、私はそんなことを延々考えていた。あまりに自信の思考にはまっていたのか、「そんなに睨みつけて、俺に恨みでもあるのか」などと、失礼なことを主から言われる程度には真剣な表情だったらしい。
忠実な使用人らしく、大人しく主の仕事が片付くのを待っていたというのに、あんまりな言いざまだ。おまけに、ようやく終わったといった様子で吐かれた息の後に「お前はもう下がれ」なんて追い出されたところを見ると、私の存在を考えている以上に負担に感じているのかもしれない。
今は亡きご両親に代わって主に進言できる存在など、もはや一部の古株連中だけだからと気を付けていたのだが、口うるさい私を疎ましがっているのだろう。
その事実に多少胸は痛むが、主に対する特別な感情を自覚してからは、少しでも彼の役に立つ存在になることが私の目標でありここで働く意義になった。
「それでは、私はこれで失礼します」
「嗚呼、ゆっくり休め」
いつからか、部屋の外にいた姦しい鳥たちは飛び立っていたようだ。
部屋を出ると、それはそれは静かなものだった。大方、騒ぎに気付いた他の使用人が執事長たちへ言って『片づけて』くれたのだろう。うまくいけば、一週間後には新しい仲間が入るかもしれない。
「……こんな状態で、使用人を妻に娶ったら、誰に何を言われるか分からないじゃないか」
部屋を去った後に、几帳面で偏屈な主がそんな呟きを落としていた事を、私は知る由もなかった。
お付き合いいただき、ありがとうございました。
次は、病弱な幼馴染と結婚した女性の話です。此方は少々シリアス色が強いかもです。