ゲーム
今回は恋愛色なしで、偏った思考です。
家のリビングでは、弟が一人ゲームをしている。
別段珍しくない光景のため、ソファへ腰を下ろし買ったばかりの本をめくった。後ろからみると、つむじあたりが不自然に跳ね上がっていて、嗚呼、髪を整えるのをまた面倒がったのだと意味のない感想を覚え手元に視線を戻した。正直、弟が寝癖をつけたまま過ごしているなんて、珍しくもないし。変に指摘して疎まれるのも嫌だと考えたところで、予想もしていなかった言葉をかけられる。
「なぁ、これ対戦できるんだよ。ねぇちゃんもたまには一緒にやらね?」
唐突に弟がそう声をかけてきて、私はふっと視線をあげた。
リビングで一つしかないテレビを占領して、弟はずっとテレビゲームをしている。こちらはちょっと気になっていた番組を諦めて本を読んでいたというのに、そんな状態にさえ飽きつつあるようだ。
この弟は、高校受験を早々に合格したからといって、ずっとゲームに明け暮れている。受験を意識していなかった頃は友人と一緒にゲーム対戦をしたりして楽しんでいたようだが、一緒にゲームをやってくれるような友人は受験勉強に忙しく相手がいないらしい。
他のことならまだしも、弟に一緒にあそぼうと誘われたのは久しぶりだ。
滅多にゲームをやらない私は、とても弱い。その証拠に「ねぇちゃんじゃあ相手になんねぇよ、まだ母さんの方がマシだ」などと弟に呆れられ、どんなに暇でも普段なら声をかけてこない。
そんなに一人ではつまらないのかと、ゲームの内容を確認して納得した。
確かに、互いの陣地を取り合うこのゲームは対戦相手がいた方が燃えるだろう。だが、残念なことに私には無理だとすぐに判断した。これはもう、ダメダメなやつだと白旗を上げる。
「あ、ごめんこれ無理だ」
「はぁ?大して難しくないから、大丈夫だよ。やり方教えるし」
「ちがう、こういうゲーム好きじゃない」
私の言葉を聞いて、ようやく弟は言わんとしている意味を理解したらしい。
どこか呆れた様子でため息を吐く。
「嗚呼……。ねぇちゃんこういう戦い系のゲーム全般、嫌いなんだっけ?」
漸く思いだしたと言った様子の弟だったが、どうしても諦めがつかないのか、食い下がってくる。相当、暇であるらしい。どんなに好きなことをしていても、どこか物足りない感覚というのは理解できるが、苦手なことに巻き込まないでほしい。
「なぁ、そんなに怖くないやつだから大丈夫だって。
前にやった、ゾンビ撃つやつ見たいにエグくないし」
「あれは論外。これもおねぇちゃんには無理なんだって」
すこし思いだしただけでも鳥肌が立った自分の腕をこすり、拒絶する。
珍しい弟からのお誘いに応えたいのは山々だが、この手のゲームは本当に嫌いなのだ。途中で気持ち悪くなるのが分かっていながら、挑戦したくない。
「何がそんなに嫌なんだよ~」
困り果てたように眉を下げた弟をみて、このままいくとずっと解放されそうもないとため息を零した。
画面の中では、私が誘いに乗るのを待っているのだろう。この物語の主人公と思われる青年が、力のこもらない目で、こちらを見つめてきている。
「じゃあ……ちょっと今から、少しおかしいことを言うけど、黙ってゲームをしていてね?」
「はぁ?対戦しようっていってるのに、どうしてまた一人でやんなきゃいけないんだよ」
「いいから」
なんだかんだとごねる弟を説き伏せ、ゲームを一人で始めさせた。
オープニングから血なまぐささは感じられなかったが、ここで安心してはいけないと私は分かっている。軽快なリズムを聞きながら、慣れているのだろう。立ち止まることもなく、主人公は進んでいく。
どんどん進んでいき、とうとう相手の兵士が出てきたところで、弟はすばやく剣を振り下ろす。倒れた数人の兵士をみて、私は一人指差した。
「あのね。この人はジョンといって、病気がちなお母さんの医療費を払うために、こちら側についたの」
真っ赤な血で染まった兵士はすぐにみえなくなったが、気にせず喋った。
「はぁ?姉ちゃん、意味わかんねぇ。なに勝手にストーリー考えてんだよ」
「いいから」
簡単に説明をみた感じでは、このゲームでは金に物をいわせて侵略する敵国を滅ぼすために、どんどん自分の陣地を増やすものだった。敵国はあくどいことをやっており、自分の仲間たちの噂を聞くだけでも、悪いのはあちらだと判断できるものだった。
次にやってきた兵士も、慣れた様子で弟は斬り殺していく。
バシュッという……現実ではそうでないであろう音と共に血が噴き出し、苦しみの表情を浮かべながら兵士は倒れた。がめつい敵国とそれに従う兵士など、悪でしかないのだろう。
何人と数えきれない人を殺した後には、あからさまに喜んだ音声が聞こえる。
「この茶髪の人はマイケルっていってね、貧乏ななか奥さんが妊娠して家族を食べさせるためにしかたなく、この国の兵士になったの」
「……姉ちゃん、その変な解説やめてよ」
眉間にしわを寄せながら、弟は向かってくる兵士をボタン一つで殺していく。
血が噴き出し、目の前に倒れているであろう敵の存在などまるでなかったかのように、まっすぐ進んでいく。
剣も不思議と綺麗なままで、いくら人を斬ってもシミひとつ付いていないのが、いっそ滑稽だ。弟は敵とやりあいながらも、かすり傷ひとつ追わずに進んでいく。
一気に三人が襲ってきたが、まるで踊るように剣を振りおろし―――命の火を消していく。華々しい戦い方すら、こちらが正義だと証明しているように思える。
「今の金髪の人がティムで、黒髪がダイ、茶髪がミッシェルよ」
「姉ちゃんマジ意味わかんないから」
「ティムは戦争孤児だったんだけどね。
他ではまともな職に就けないから、仕方なく傭兵になったの。ダイはこの国がいい所じゃないってわかっていたんだけど、少しでも借金を減らそうと金回りの良さでここを選んで。ミッシェルは腕の良さを見込まれて、ほとんど騙されるようにしてこの国へ連れてこられたの」
「嗚呼、もう……本当にそこまで想像力が逞しいと、いっそ呆れるよ」
「ありがとう。でね?今の金髪は、」
「もういいって!」
ガシャンっと荒々しくコントローラーを置いたのにびっくりしていると、弟は知らぬ間にゲームを終了させてしまっていた。ゲームオーバーの文字が画面を埋め尽くしていたが、それさえも切ってしまった。
「結局何が言いたいんだよっ」
「―――今みたいなことをしょっちゅう考えている訳ではないけれど。相手も極悪人ではないのかもしれないと考えちゃうと、気分が悪くなるから、こういうゲームはやりたくない」
「回りくどいんだよ」
「だって、そうとでもしないと単なる屁理屈か変人としか思わないでしょう?」
「さっきの解説だって、充分変人の域だよ」
顔を歪め非難する弟の瞳には、私に対する嫌悪感などは見られなかった。
そのことにほっと安心した自分を自覚して、私も大概しょうがないな…とため息を吐く。
おかしなことを言っていると見限られたくないのなら、他の人に対してやっているように言葉へしなければいいのに。どうしてもこのやり場のない憤りと考えを、どうにかしたくて弟へぶつけてしまった。
「絶対的な正義なんてこの世にはないから、見方を変えれば自分の信じるものが悪にだってなり得るんだよ」
私の言葉を聞いてしばらく黙りこんでいた弟は、「なんだそれっ」とそっけなく言って立ち去った。わざわざ、ゲームや遊びのたびにこんなことを考えずともいいけれど、弟が人の死に対して無頓着にならないことをそっと祈った。
別にこういったゲームをするから死に無頓着になるわけではないでしょうが、見ていて気分がいいものではないゲームもあります。あと、残酷なものやグロイ物にもある程度なれるという面もあるでしょうし。
次話は、一人の男が彼女と結婚するために頑張る話です。