却下します
僕は、愛する恋人と某有名なテーマパークに来ている。
観光名所もかくやという人混みと、どこに行っても付きまとう行列に嫌気がさしながらも、虎視眈々とこの時を待っていた。陽が沈み、ライトアップされる建造物はロマンチックで、周りの電飾もキラキラと輝いている。
そんなここで僕はひと時だけ王子様となり、彼女を生涯の伴侶とするべく一世一代の告白をするつもりだ。
「あの…そろそろ結婚しない?」
「却下、やり直し」
即座に返されたその言葉に、僕はがっくりと肩を落とした。
どうやら、せっかく予約したホテルも彼女の心を溶かしてはくれなかったようだ。昨日まではなかなかいい反応だと思っていたのだが…。
こうなってくると、キラキラしくライトアップされた建造物は、いやに派手で現実離れしすぎている気がしてくるのだから不思議なことだ。
まぁ、要約すればこれは八つ当たりに他ならないのだが。
あまり得意ではない絶叫系のアトラクションに乗り、普段では絶対に並ばない長さの列に並び、見るだけでも顔をしかめたくなる人混みに突進したこれまでの時間と気力を悲観してのことだからどうか許していただきたい。
こんなにも色々セッティングして、失敗したのでは泣き言も出てくるという物だ。
「いろいろ考えて用意したのに、まだ駄目ぇ~?」
「私が虐めているみたいに映るから、人前で情けない声出さないで」
「だって…これで三回目だぞ?」
そうなのだ。
初めてプロポーズして以降、僕は何度も機会をうかがっては告白を繰り返している。恋人となるきっかけをくれたのは彼女からの告白であるため、結婚まで委ねる訳にはいかないと頑張っているのだが結果は芳しくない。
始めこそ、きつい性格の彼女と付き合うのに抵抗あったが、なかなか一緒にいると居心地がよくて未来を考えるまでになっている。これまでお互い傍にいるのが当たり前すぎて、将来の話などしたことがなかったがそろそろ僕もいい年だ。
家庭を持って落ち着きたいと考えている。2年半の交際を経ての結婚というのも、さほど悪くないと思う。
―――それなのに、なかなか色よい返事をもらえない事に焦ってしまう。彼女だって結婚願望がないわけではないだろう。『専業主婦になってくれ』と言っているわけでもないし、別段ごねられる理由も思い浮かばない。これらの事から考え、やはり僕のプロポーズの仕方が気に入らないのだろうという結論に至り肩をおとした。
数年まえに、プロポーズの仕方が原因で何年たってもラブラブだと噂されていた、芸能人カップルが破局したというニュースを思い出すと笑えない。
こちらの未来設計には彼女がいて、まさにそれを現実のものに変えようという瞬間に未来も彼女との日常も消えるなんて惨めすぎる。
僕と彼女の子どもなら、美人とはいかないなでも愛嬌のあるかわいい子が生まれることだろう。『一姫二太郎』なんてものにこだわる気はないが、どうせなら二、三人子どもを欲しいと思っている。僕は一人っ子で寂しい思いをしたから、子どもには兄弟をつくってやりたいのだ。
そうなると一番下の子の運動会でも活躍するには、なかなか人生設計に余裕がないことが分かる。
僕は両親が年取ってからできた息子であったため甘やかされて育ったが、そのぶん一緒に走り回ったりすることが出来ずにさびしく感じていた。
僕は最初の子だけではなく、できればどの子とも全力で遊んでやりたいのだ。
晩婚が広まっている今ならそこまで気にしないかもしれないが、子どもの頃は授業参観やPTAの集まりのたびにどこか気になるものがあった。
仲のいい両親を恥じたことなどないし、たまにいるケバケバしい若い親にはむしろ苦手意識を持っていた。それでも、子どもは子どもなりに周囲の目を気にしているのだ。幼いゆえの心無い言葉も向けられるし、外見というのは子どもにとって一番目につきやすく過敏に反応するところだ。
「なるべく早く安定した家庭がほしいんだけどなぁ…」
「……っ、」
「あぁ、ごめん気にしないで大丈夫だから」
口をひらいたはいいが、何も口にすることなく唇をかんだ彼女の頭に手をおく。
彼女が悪戯に拒否しているのではないだろう事は分かっているし、僕の生い立ちや気持ちは以前に話したことがある。それなのにこんな言い方をするのは、少し卑怯だったかもしれない。
「ほらっ、あの…なんだっけ?長い砂糖ついた菓子買うんでしょ?」
ちかくで売っているのか、甘いシナモンのにおいが漂ってきている。
つい先ほどジャムの入った白い肉まんのようなものを食ったばかりで、よく食べるものだと感心してしまう。
『甘いものは別腹』という人間は、今では女性だけではないのだから珍しい事ではないのだろうが。
考え方が古いと言われようと、甘い物より酒のアテのほうが好きな身としては理解しがたい。もっとも、最近ではチョコレート片手に酒を飲むと言った人間も珍しくないようなので一概に否定はできない。
「うん、新しい味が出ているはずだから二種類買うの」
「……食えないって言っても、僕はいらないからね」
にこりと笑った彼女に逆らえず、自分にしてはかなりの量ある菓子を食ったのは…いうまでもない。
それから僕は、何度も失敗を重ねていった。
海へ行き、日の出を見ながら「これからもずっと、君のとなりで朝を迎えたい」といえば、一日も離れないなんて不可能だと冷たくあしらわれ。「僕の名字になってくれ」と言おうものなら、養子縁組ですかと聞かれる始末。
困った僕は、女性が理想とするプロポーズの形を追い求めるようになっていた。
豪華なレストランでの食事がすんだ後、指輪をケーキに隠しておいても不衛生だと言われダメ。同じ墓に入ってくれと言っても、自分どころか親の墓事情ですら分からないのに簡単に独断では決められないと断られ失敗。
ついには日常のなかでさり気なくプロポーズされたいという女性の意見を見かけ、やはりこれかと「毎日君のつくる味噌汁が飲みたい」と言って、私はご飯よりパン派だと返され撃沈した。
「もう…どうすればいいのか、分からない」
「あー…それは流石に、ご愁傷様」
何とも気のない返答に苛立ち、声を荒げた。
こいつには、最初に彼女からダメ出しをうけて以降、ずっと相談してきたから感謝しているが怒りは収まらない。同期のこいつとは何かと馬が合い、今日も相談に乗ってもらおうと飲み屋へ誘った。しかし、肝心の同僚はビールをあおる一方で、まったくこちらの悩みを真剣に聞く様子がない。
まだ、一生を共にしたいと考えられる人間がいないから、恋人に何度もプロポーズする僕の気持ちが分からないのだ。
こちらが、どれほど日々頭を悩ませているかなんて。
ボキャブラリーが少なく、ロマンもさほど重要視しない日々を送っていたせいで、こんなところに来て僕は思いっきり転んだ。彼女もこちらの性格を熟知しているのだから、結婚したいと言いう旨を伝えればいいだろうと、高をくくっていた反動が大きかった。
常になく頭を悩ませ、よくドラマなんかで聞く気障なセリフやシーンを思い出し、ありとあらゆる方法を試してみたが結果は出ていない。
もしかしたら彼女も、プロポーズくらいは特別なものにしたいと考えているのかもしれない。
そんな事を考え出すと、何としても彼女が理想とするプロポーズの形を追求したくなるというものだ。僕は決意も新たに、いくつかの雑誌を取り出した。
「お前…何を突然取り出すのかと思えば、女性誌かよ」
まさか、いつも持ち歩いている訳じゃねぇよな?などと聞いてくる同僚に、当たり前だと答えてみせる。どんな顔して、こんなものを仕事場へ持っていくというのだ。
鞄へ入れていたとはいえ、もしも中身を知られたらどんな噂が立つか知れない。
「ここに来る前に買ったんだよ」
「男が女性誌を買っている時点で、なかなかの勇気だと思うぞ…」
わずかに距離を置こうとした同僚の腕をつかみ、引き戻す。
カウンターで飲んでいる時に取り出したのは悪いと思うが、頬をひきつらせながら褒められても全く嬉しくない。どうしても、男一人でこんなものを見るのは戸惑われるのだ。だからと言っても、あからさまに『雑誌の受け売りです』と言ったプロポーズをすれば機嫌を損ねるのはわかりきっている。
それゆえ、同棲している彼女に気づかれずにこれを参考にするには、こういう形でコソコソと読むしか手はないのだ。そう伝えれば、だからと言ってもこんな人目のある場所で読むなと頭をはたかれた。
「大体…そんなに何度もプロポーズを断られるなんて。
何か他に、理由があるんじゃないか?」
何気なく発せられた言葉に驚愕し、開いた口がふさがらなかった。
以前から薄々おかしいとは感じていたが、そんな可能性など露ほども思い浮かばなかった。きっとタイミングが悪い、伝える言葉が悪かったのだと考えていたのに、もっと根本的な何かがあるのかもしれないだなんて…。
「あ…あれ?おい、大丈夫か」
あまりの衝撃に僕はしばらく動けなくなり、体が動くようになった直後に家まで走りかえった。
まさか、店に入って早々出てくるなどとは想像もしなかったが、今日はあまり酒へ口を付けなかったことを感謝するとになった。
バタバタと回らない頭で走り、マンションへたどり着いた瞬間に、彼女を探して回った。玄関には普段仕事で履いている靴が並んでいたし、今日はそれほど遅くならないと言っていた。
「あ。友達と飲んでくるって言っていたのに、早かったねおかえり」
リビングで何気なく雑誌をめくっていた彼女にも焦りを覚え、僕は彼女の顔を見た刹那さけび声をあげた。
「僕とっ、結婚してください!」
「………」
それを聞き彼女は驚きに目を瞬かせていたのだが、長い沈黙のあとに深く息を吐きだした。その仕草があまりに『うんざりする』と言った様子だったため、僕の混乱は頂点に達し崩れ落ちた。
「やっぱり…プロポーズが問題なんじゃなくて、違う理由があった、のか……?」
へなへなと床に座り込んだ僕の前に、何をいう事もなくしゃがみこんだ。
ふとした時に見られる、彼女の落ち着いた様子が好きだったのだが、今は胸がザワザワする。どうしてこちらがプロポーズしても、相手は顔色すら変えずにいるのだろう。何度伝えようとも、一世一代の告白なのに。
「ほかに、……好きな、男が、いるのか?」
「はぁ?」
どうしてそんな結論に結びつくのかと、目を怒らせた。
自身の最悪な予想を裏切られたことは嬉しいが、だからと言って状況がよい方向に転んだわけではない。今にもかみついてきそうな彼女へ、反対に問いかけた。
「じゃ、じゃあ…どうして中々OKしてくれないんだ?」
僕のことが嫌いになった……ということは考えたくない。
しかしたとえ好きではあっても、結婚までは考えられないと言われてしまえばそれまでだ。この後、こちらの努力次第でどうにでもなるなら頑張るが、もしも別れを切り出されなどしたら……しばらく立ち直る自信がない。
一人、悪い予想に支配されて青ざめた。
いっそ別れるなんて言われたら泣きつこうかとまで考えた所で、再び息を吐くのが聞こえ下を向く。ただでさえ、答えを聞くのが怖くて目を逸らしていたのに、どんどん視線が下がっていく。
何も言わない彼女に耐えきれなくなり、家を飛び出そうかとまで考えた所でぽつりと彼女が言葉を落とした。
「貴方は…本当に、私と結婚したいと思っているの?」
彼女の言葉をきいて、驚きに目を見開いた。
どういうことかと問いかけるたびに、それこそ考えもしなかった言葉が飛び出してくる。
僕の些細な言葉選びから、こんなにも色々なことを考えていたなど初めて知った。僕が「さほど彼女のことを好きではない」ということや「世話を焼く存在がほしいから結婚したいのだ」とまで考えていたなどは納得いかないが。
不用意な言葉に、どれほど傷つけてきたのだろうと疑問に思う。
僕はどうやら彼女の強い言葉ばかりに気を取られ、それに隠された本当に伝えたい思いを見逃していたようだ。
「僕と…結婚してください。君と協力しながら未来を歩んでいきたいんです」
彼女の本音を聞いて出てきた言葉は、何ともひねりがなくつまらないものだった。粋じゃないし、素敵でもない。豪華な食事もなければ、手の込んだ演出もないし。散々本音をさらけ出した後では、さらりと日常生活でてきた言葉などとは間違っても言えない。―――それでも。これが今の僕が抱いている真実で本音だった。
彼女がいない未来は嫌だし、協力は惜しまない。どんなものからも守り通すなんて格好いいことは言えないけれど。彼女を傷つけるものは、たとえそれが僕自身であっても腹が立つだろう。
「お願いします。君のこれからを僕にください」
「―――はい」
願っていたような満面の笑みを見ることは叶わなかったが、泣きそうになりつつもはっきり目を見て微笑んでくれた彼女の顔は、あまりに綺麗で思わず見惚れずにはいられなかった。
次話は、とある職業に就く人たちのお話?です。




