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ツマにもなりゃしない小噺集  作者: 麻戸 槊來
秘された丑の柄
133/133

遠まわり

ご無沙汰しております。


王都から馬車で十日ほどの、田舎というには言い過ぎな地域で、その少女は生活していた。


見た目は、地方では珍しい黒髪で、瞳の色を焦げ茶色。栄養が足りていなかったのか、同じ年頃の娘からしたら少し背は低めだろう。

少し変なイントネーションで話すけど、人が良くて愛嬌がある。浮世離れしているが、お貴族様ほど高慢ではないし、多少の汚れも気にした様子を見せない。高価ではないが、物珍しい品物などを細々と売って生計を立てているらしい。手作りだという商品は、女性やこどもには人気で何とか生活できているらしい。

アンバランスな様子に、いつしかご近所さんは何処ぞやの貴族が使用人にでも手を出して、気まぐれに母子共々捨てたのだろうと予想をたてていた。

今日も今日とて、商売道具が入っている手作りのかごを背負って、愛想よく通りを歩いていく。


「おや、ミリー!この間はありがとうねぇ。あんな重いもの運んでもらって助かったよ」


「こんにちは、おばさん。いつも売れ残った野菜を安く譲ってもらっているんだから当たり前ですよ」


「何言ってるんだい、あんな傷んだ野菜でそんなに喜んでちゃ、商売人としてやっていけないよ。もっとがめつくやんなきゃね。この前だって、ヤァンの奴に丸め込まれそうになっていただろうう」


私は、この前の出来事を思い出して苦い顔をする。

確かに、いつも強引なヤァンを上手くかわせなくて、この前はたまたまおばさんが通りがかって助かったのだ。


「ほら、そんなに細っこいと、まともに商売なんて出来ないだろう?これでも食べな」


「うわ、大きな野菜。こんな立派な物もらっていいんですか?」


「いいって、それは育ち過ぎて売れもしないし、家でも食べきれなくて肥料にするしかない物だからさ」


気前よく差し出してくれた物に、内心冷や汗をながす。正直、これがどうやって食べるものか、皆目見当もつかない。

丸々とした物はツルッとして、リンゴのように真っ赤だ。野菜というのも適当に言ったもので、外れていたら、言い間違いか、故郷に似たものがあると誤魔化すつもりだった。


「えー嬉しい。ちなみに、おばさんならどう料理します?私だと、簡単な方法しか思いつかなくて」


さらっとお勧めを聞けば、料理上手なおばさんならそう嫌がりはしないだろう。せっかく自分の頭と同じくらいの大きさなのだ。少しでも美味しく頂きたい。


「んー、簡単なら、あんたがいうように軽く炒めてやるだけで腹には溜まるんだけどね。ここまで大きいと皮が硬いし、うちの人の好物がこれとキャーリーを煮たのが酒に合うって喜ぶから、クタクタ煮かな」


「クタクタ煮……」


「そうそう。パパっと食べたい時に食べれない、自分がくたくたになるまで柔らかく煮込むから、クタクタ煮」


「おい、母ちゃん。どうせなら、売れ残りのキャーリーも渡したれ」


「おや、アンタにしては珍しく気前がいいね。良かったね。これも持ってお行き」


「うわっ、ありがとうございます!お礼に、これ」


私が作った不格好になった商品を、お礼に差し出す。ずっと切り詰めた生活をしてきたけど、売れ残りを渡せる程度には、生活に余裕が出てきていると実感できて安心した。


「まぁまぁ、なんだか悪いねぇ……」


「うわっ、ずいぶん話し込んじゃいました。次のお届け先に行ってきますね」


「おや、そうかい。気をつけて行っておいで」


軽く握られたグーを上に突き出されて、自分も同じように返す。これはこの地域の軽い挨拶で、初めて見たときはまねき猫の手に見えた。さらに目上の相手には、猫のごめん寝のように両手をグーにしたまま前に少し突き出し、頭を下げるのだから、どれだけ猫押しなのかとあきれたものだ。


あれ以上話していると、墓穴を掘りそうで慌てて予定もないのにその場を離れた。いささか無理があったけど、振り返ると大して気にした様子もなくお客さんの相手をしている。見た目よりはるかに軽いもらい物は、どれくらい私のお腹を満たしてくれるだろうかと、ため息を吐く。




私こと堅木実理(かたぎ みり)がこの世界に来て、7年が経過した。

はじめは都内を通勤中だったのに、軽くコケて視界がぶれた瞬間、突然森の中にいた。我ながら、何を言っているのか分からないけど、実際に起きたことだ。ストーリーとしては使い古された展開も、わが身に起これば受け入れがたい。最初はどこから夢を見ているんだろうと頬を引っ張り。聞いたことのない鳥や生き物の声に心細くなって、当てもなく歩き出した。


後から知ったことだけど、私が始めに転生した場所は、比較的危険な生き物がいない場所だったらしい。そうでもしないと、獣よけの香や武器もなし。ましてや馬すらない中、森を彷徨って無事でいられる訳がないと数度死神様とキスしそうになった今なら分かる。


本当に、あれはもう少しで死神様のお世話になりそうな出来事だった。

森は危険だけど、じゃあ村は安全かと言われればそうでもない。私が途中でたどり着いた3つの村では、当たり前のように火あぶりや拷問されている人々がいた。1つ目の村では、人を見つけてすぐに駆け寄ろうとしたけど、ちょうど誰かがリンチまがいの目にあっていた。あまりの衝撃にすぐに隠れて別に移ることにした。

2つ目の村では、逃げようとする複数人を屈強な男たちが取り囲み、これまたボコボコにしていた。

この世界の物騒さに、この時点でだいぶ引いていた。海外旅行もしたことがない貧弱な日本人のため、目の前で行われる暴力にすら馴染みがないのだ。最後の村は比較的大きかったけど、森に面した広場のような所で、キャンプファイヤーでしか見たことがない炎に混じって、聞いたことのない言語での絶叫と、何とも言えない肉の焼ける匂いがして、人に頼るのを早々にあきらめた。



なにせ殺された人々は、周囲の人とは明らかに異なる言葉をしゃべっており、言葉が分からないまま関わるのは危険だと判断したのだ。もしかしたら、大罪を犯したのかもしれないが、言葉が分からない上に凄まじい恐怖体験から、まともな判断なんてできそうもなかった。

始めは声が出ないふりで単語を学び、慣れてきたころに声が出しにくいふりをした。憂いを帯びた表情をすれば、お節介なおばさん何かは、訳ありと判断して色々と世話を焼き声をかけてくれるから、本当に有難かった。


「おっと、ずいぶん大物だな」


どうやら、昔のことに思考をもって行き過ぎて、よろめいたらしい。後ろから抱きとめられて、ドキッとした。これは甘酸っぱい恋愛感情などではなく、生存本能的なものだ。


「こ、こんにちは、ヤァンさん」


「嗚呼、こんにちは。重そう……ではないが、かさ張りそうだし、宿まで運んでやるよ」


「えっ。申し訳ないですし、大丈夫ですよ」


「いつもお前の商品には助けられているし、気にするな」


気にするなと言われても、馴れ馴れしく抱かれた腰は気になるし、気心がしれない相手でもなしに『お前』呼ばわりされるのも気になりまくる。


この人も、悪い人ではないのかもしれないけれど、あけすけな下心に嫌気が差す。こっちは日々の暮らしで精一杯なのに、人の性欲まで構っていられない。……まぁ、そもそもタイプではないのだけど。きっと裕福になって、心に余裕がある時でも、この人は選ばない。そう言い切れてしまう程度には、苦手に感じている。


「あれ、テオボルドさん?」


「て、テオボルドさん!」


お久しぶりですなんて言いながら、ヤァンの腕から脱出する。この村で農業をしているヤァンと違って、テオボルドさんは、冒険者稼業をしている。腕次第ではその日暮らしと聞くけど、彼はその気になれば家を買った上で、しばらく遊んで暮らせる蓄えがあるらしい。それなのに、子どものころから苦労をしてきたらしく、偉ぶることもなく、庶民感覚を残している。

彼の持ち物で一番高いのは、命を守る武器なのだという。冒険者の中には守護石や防具をギラギラと派手にしたり、動きにくそうなほどに宝石をつけている人もいる。


そんな中、機能性重視で質素にも見える装備と、磨きあげられた武器に力を入れているのは、すごくかっこいい。

日本にいた時に想像していた、武骨な戦う男といった彼は、理想的な冒険者だ。中にはさまざまな冒険者がいるし、何だったら男女関わらず素行の悪い人のほうが多いくらいだ。日々命をかけて戦い生活している彼らに、礼儀やマナーなんて求めるだけ酷な事なのかもしれない。


……けれどだからこそ、テオボルドさんは、ひときわまぶしく映るのだ。


「あっ、この前に依頼を受けていた品が用意できたのですが、後ほどお届けに上がっていいですか?」


私は、ほそぼそと石鹸や生活用具を作成して生計をたてている。彼がよく購入するのは、鉄や剣などをお手入れする商品だ。この世界特有のヘチマのような植物を、皮を剥き、茹でると繊維質が手でも裂けるようになる。それに酸味の強い果実の液をもみ込み、よく乾かすと、適度に柔らかい日本でいう布巾のような手触りのものになる。この世界ではまだまだ綿のような物は高く、掃除やお手入れに柔らかい布を使うなど考えられなかった。だから、こんなに使いやすく手に入りやすい値段なら、喜んで買うと言ってくれるお得意様なのだ。


「おっ、もう手に入れてくれたのか?」


「はい、テオボルドさんはお得意様ですしね」


「そろそろ次の依頼を受けようと思っていたから、ありがたい。よければ、この後取りに行っても良いか?」


「えっ、良いんですか?」


「こちらからお願いしたいくらいだし、そのまま荷物も持って行こう」


「えっ、良いんですか?助かります」


ヤァンに別れを告げて、テオボルドさんと宿にむかう。

正直、彼に会えて助かった。私はこの町を中心に商売をしているけど、彼は年に何度か遠出しては依頼を受けているらしい。出会うたびに話してくれる旅の話は面白いし、討伐した生き物の話は興味深い。

持ち帰ることが出来ないほどの大物は、討伐の証明として牙や角、尾などを持ち帰るそうだけど、時には捨てるには惜しいほど美味しく高価な肉を持つ物もいるらしく、限界までお腹に詰め込み、食料として持ち帰るらしい。


「こっちは腹いっぱいな上に重い角なんかをもって大変なのに、獣もうまいもんだって分かっているんだよな。片っ端から狙ってこられて参ったよ」


「それで荷物はどうしたんですか?」


「そんなの、死守一択に決まっているでしょう」


「えっ……、そんなことして、大丈夫なんですか?」


「おっ、聞くか?それがそのまま美味そうな匂いさせたまま、獣を引き連れて街に入れねぇしさー」


時に茶化して、時に臨場感をもって語られる話に夢中になった。

彼は出逢った時から話し上手で、気遣いもできる人だった。この世界の常識が分からず、時々見当違いのことをいう私に呆れることもなく接してくれる。この世界でできた、気を許せる貴重な人だ。


「そういえば、とある隠れ里の者が、最近この街にやってきているらしい」


「隠れ里……ですか?」


「そう、その隠れ里の者は、めったに姿を現さないと言われている。古の言葉を使い、噂ではこことは異なる世界の人間を祖先にもつだなんて話もあるほどだ」


「……そうなんですか」


「あれ、思ったより驚かないんだな。とっておきのネタだったんだけど」


正直、声をあげなかった自分を褒めてあげたいくらいだ。

普通ならもっとあからさますぎる反応をするのに、うまく笑うこともできずにいた。「驚きすぎて、うまく反応できなかっただけですよー」なんて、乾いた反応に、テオボルドさんは頭を掻いた。こんな不自然な反応にも、怒りも不審がりもしない彼は本当に懐が深い。


「あー、こんな状態で誘うつもりはなかったんだが……」


良ければ、食事でも一緒にどうかとテオボルドさんに誘われて、喜ばなかったと言えば嘘になる。

その証拠に、先ほどまでの衝撃はどこかにいった。一度宿へ戻り荷物を置いてから、再び迎えに来ると言われて慌てて身だしなみを整えた。この世界ではおしゃれ着なんて持っていないから、せめてきれいに見える服装にして、髪を少し凝った編み込みにしてみたりする。ヘアオイルどころか、化粧品もないからほかにできることは限られている。


それでも、「可愛いな」なんて髪をなでられて、期待せずにはいられない。

街を歩く間もおどけたようにエスコートされて、いつもならからかってきそうな店のおじさんも、「今度店に来たらおまけしてやる」なんて嬉しいことを言ってくれた。

店についてからも、テオボルドさんは椅子を引いて「どうぞ?」なんて笑いかけてくれる。高級店などではないし、店のお客さんにも冷やかされるけれど、特別扱いされているようでドキドキしてしまう。


「おや、テオボルドは珍しくデートかい?」


「嗚呼、とびきりの店だと紹介したんだから、うまい料理を頼む」


「ほー、それならこれはサービスだ」


嫌というほど見慣れた物に、息をとめる。

どうしてこれが、こんな立派なお皿に盛られて出てくるのか訳がわからない。もしや、私の仕事に対する姿勢に物申したいことでもあって、皮肉交じりに出されたのかと、まじまじ見つめる。


「お嬢さんは、この料理は初めてかい?」


「これ生だと少し苦味があるけど、じっくり火を入れると美味いよな」


「……えっ?」


「嗚呼、今では色々な料理に使っている」


2人の会話から、数年ごしの真実に耳を疑う。私は飢餓感にあえぎながら、食べることができるひょうたんもどきを……さんざん。散々、時間をかけてただの布扱いしていたことに、衝撃を受けた。


「っっ、…………すぅー」


二人にはバレないように、深呼吸する。

ともすれば叫び出しそうになる感情を、なんとかやり過ごした。あれだけ食べるものに困り、苦労した日々に涙が浮かぶ。木に登っては怪我をして、土を掘っては蛇もどきにかまれた。猪もどきに追いかけられて、崖から落ちたときは、軽く死を覚悟した。


止まっても死ぬし、この崖なら途中の枝に掴まれば何とかなる。自身の運動神経を過信して、ドラマや映画のように飛び出したが、理想通りにはいかなかった。一番太い木はつかまり損ねて、細い木は体を支えるほどの力はなかった。


思えば、テオボルドさんに出会ったのは、崖から落ちてボロボロになった時だった。


それからの食事は、せっかくのおごりだというのに全然味を覚えていない。

何とか味わおうと必死に咀嚼したけれど、衝撃が強すぎて会話もろくにできなかった。




自分の知識不足による落ち度に、誰にも打ち明けられない怒りや悔しさに数日のたうち回った。

それこそ、商品を作っているときも、食事を作っているときも、眠る寸前にも思い出しては突然叫びだしたくなる。

決して、無駄な努力ではなかった。

ただ他の人とは食材の使い方が一般的ではなかっただけ。……でも、タイミングが悪かった。餓死寸前までいったのに、まさか必死に食べられる食材を、生活のちょっと便利な品物として使っていたなんて。


来る日も来る日も、頭をぐるぐるする思考に心が追い付かなくなっていた。

そんな風に、悩み続けていたのが分かったのだろう。何度か会ったことのある、とある里の権力者的な存在に「止まる場所は提供するので、うちの里にきてみませんか?」と聞かれ、思わず飛びついた。彼の里までは馬車で三日ほどあれば着くそうだけど、里には細かい決まりごとがある。下手な対応をすれば入里を断られるだけでなく、今後里のものとの交流もできなくなるのだという。


「うちの里は、他とは少し変わっていましてね。周囲に罠を張り巡らしているから、『獣なんか』も近寄れないのですよ」


『獣なんか』の部分にだいぶ含みを感じたし、『近寄らない』のではなく、『近寄れない』ということに恐ろしさを覚えた私は間違っていないはずだ。

けれど、その薄寒い感覚も吹っ飛ぶほど、里に入った私は混乱することになる。


「不思議ですか?」


「えっ……」


「どうして、貴女と似た容姿の人間が沢山いるのか。どうして、貴女の故郷と似た料理があるのか、疑問はその辺りでしょうか?」


「ーーーわざと、日本語のことを除外していますね」


ニヤリと笑った顔が、普段みせる慈愛をにじませた表情とは真逆の、悪戯坊主の顔に重なってため息を吐く。いくら私が鈍くても、彼が何かを企んでいることはすぐにわかる。


「もしかして、私はからかわれているんでしょうか?」


「いえいえ、まさかそんな。めったにない機会なので、少々気分が高揚しているのは否めませんが」


「それは、楽しんでいるのとどう違うのか、私にはわかりかねます」


「ははっ、だんだん商人の言葉遣いじゃなくなってきていますね。貴族や役人といったほうがふさわしいかもしれません」


「……それこそ、今更ではありませんか?」


もう、彼には大分バレている気がする。

私がただの、庶民上がりの商人ではないのは、とうの昔に知られているだろう。そんなことよりも、すぐに本題に入ってくれるようにお願いすると、想定していた以上の答えが返ってきて驚きに言葉が出ない。


「えっ……それじゃあ、」


「わたくしたちの祖先は、貴女と同じ世界の生まれにあたりますね」


「そ、祖先……?」


「ふふっ、驚いていますね」


「驚い、たような、腑に落ちたような……とりあえず、混乱しています」


口にしてから、納得した。

そう。この感情は、紛れもなく『混乱』だ。


何となく、ずっと違和感はあった。

どうして、所々日本語と同じ発音が混ざっているのだろうとか。まったく同じではない。けれど、日本食に近い料理や味付けも多かった。こんな異世界で、そんな偶然があるのだろうかと。


「里の権力者であるはずのあなたが、どうして気軽に里の外に出て、私のようないち商人を気にかけてくれるのか不思議でした」


「嗚呼、それは、貴女が扱う商品に興味があったのも理由ですね」


ここでもひょうたんもどきの話が出て、白目を剥く。

そりゃあ、貧相な服装で質素な食事情な癖に、国民食とも言える物をちょっと便利な物扱いしていたら、滑稽すぎて目にもとまるだろうと、ウジウジする。


「いえ、さすがに質素な食事情うんぬんまでは、少し見ただけでは分かりませんよ」


「それじゃあ、何故ですか?」


「この国、いや世界では、魔法を前提としているからですよ」


またまた、驚きの事実を知らされてしまった。

どうやら、この世界はどんな人でも魔力を身に宿している。そのため、魔力が弱くても魔道具は使える。服や皿は水の渦に入れて洗うし、剣は錆びたら捨てるしかない。わざわざ私のように植物から石鹸を作ったり、お手入れのための用具など考えもつかなかったらしい。


その発想は、彼らの祖先と通じるものがあったらしい。


「まぁ、時々、日本語を呟いていたのが最大の決め手でしたが」


……気をつけているつもりが、全然気をつけられていなかったらしい。まったく、これまで人にバレないように、怪しまれないように注意していたのは、何だったのだろうと涙がにじむ。


「良かったら、また里に来て『故郷』のことを教えてくださいね」なんてにこやかに見送られ、早々に里を出た。心なしか日本の古い家屋を思わせる家や、懐かしく思える民族衣装。まったく同じ訳では無いが、明らかにこの世界とは様式が異なる文化が伺えた。


本来だったら、泣いて喜ぶ恋しい故郷の片鱗。

でも、自分の空回り具合を色々露呈したここ数日の衝撃は、私を癒すどころか疲れさせた。


「嗚呼、無性にテオボルドさんに逢って、癒されたい」


この前はせっかくデートに誘ってくれたのに、心から楽しむことができなかった。過去に私と同じような人がいたのなら、私もここで幸せになれるよう努力しても良いのかもしれない。


テオボルドさんなら人柄は勿論、稼ぎも申し分ない。

いざとなれば、私が作る商品を一緒に作って販売しても良い。以前に私のような商売人に憧れるようなこと言っていたこともあるし、脈はあると思う。


「さ、そうと決まれば、まずはテオボルドさんの胃袋を掴めるようにしなきゃね」


この前連れて行ってくれたお店の料理なら、六割がた再現できる気がする。あと数度足を運べば料理も覚えられ、彼との仲も深まり一石二鳥だ。


ーーーその時私は、テオボルドさんが、亡くなった妹さんの面影を私に重ねているだなんて、思ってもいなかった。ましてやそれにより、恋愛対象として見てもらえるのに数年。異性としてデートして貰えるのに数年。結婚までこぎつけるのに、とんでもない努力が必要になることは、知りもしなかったのだ。



無駄な努力ではないけれど、もっと簡単な方法があったと知って、力が抜ける事がありますよねっていうお話でした。


お付き合いいただき、ありがとうございました。

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