表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツマにもなりゃしない小噺集  作者: 麻戸 槊來
秘された丑の柄
132/132

珠獣〜しゅじゅう〜

海から遠く、山も少ないこの国は、創世記前から水が貴重だったという。幸い穏やかな人柄のものが多く、少ない水をとりあうことはなかったようだ。

他国も、わざわざ攻め入るほど名産もなく、水が少ないとなれば農作物も細細としか生産できず。その立地が幸いして、今ではこの世界で3本の指に入るほど歴だけは長くなっていた。まぁ、軍事力もたかが知れた国なので、大した発言権もないのが実情だ。


海が遠くとも山があれば水にも恵まれただろうが、たまに降る雨に国民全員で分け合って、感謝するのみ。そんな土地や人柄に惹かれたのか、いつの頃から『とある生き物』が住み着くようになった。


その生き物は水を操る不思議な力を使い、国民にも分け与えた。本来なら水の豊富な土地のほうが過ごしやすいだろうに、人が多くなって過ごしにくくなったと移住してきた変わり者だ。

そんな、変わった生き物は、他の国にも似たような個体がいるらしい。もっとも、水を操るのはわが国の御方だけで、他の国では風や火、大地などを操るとされているらしい。長生きな彼らは普通の生き物と見た目こそ近い姿をしているが、その色や大きさは個体ごとにことなり、長寿である。なにせ、姿を見かけてから、死ぬところを見たことがないのだから。彼らをこの世界では敬意を込めて『珠獣(しゅじゅう)』と呼ぶ。



私たちのご先祖さまは、彼を大変ありがたい存在として、水の珠獣さまに選ばれた人間を専属の世話係として生涯仕えさせることにした。もちろん選ばれた人間に拒否権はあるし、特別手当がつき結婚することも出来る。何より、選ばれた人間は珠獣と意思の疎通がはかれるようになるらしい。長生きな珠獣は貴重な知識を授けてくれることも多く、意思の疎通がはかれるのはありがたかった。わが国はそんな世話係を利用するのではなく、珠獣共々手厚くお世話をすることにしたらしい。


水の珠獣さまが好む場所の近くに、家を用意し、必要な物資も届けてくれる。もちろん家族も望めば一緒に住めるし、届け出されすれば短期間の旅行も許される。ーーーそう、うちの夫のように。




水の珠獣さまを『みすい様』と呼び始めたのは、お世話係になってすぐの事だった。お世話係になると決めた時には婚約もしていたし、一緒にご挨拶させていただいた時から、私もすい様と呼ぶことを許された。どうやら、彼の真名をもじったあだ名らしく、軽々しく他の人間が呼ぶのは許されないらしい。


「あら、みすい様に『また』お呼ばれしたの?」


「嗚呼、ちょっと手を貸してほしいって知らせがきた」


「……また、背中が痒いとかじゃないんですか」


どうせ、嫌味を言ったとしても通じたためしがないのに、いわずにはいられなかった。

夫とは幼馴染で、たまたま2人で旅行をしている時に水の珠獣に選ばれた。どうやら前任者が老衰して数ヶ月、何時までも後任が選ばれず国の人々も焦っていたらしい。普段なら近づくことの許されない、水の珠獣さまの住処近くの森を公開して、色んな人を集めていたらしい。婚前旅行だなんてふわふわと旅行にやってきた自分を、思い切り殴りたくなった。


「…………ねぇ、水の珠獣さまの世話係になるの?」


「うん、水の珠獣さまも国王たちも困っているみたいだし、放っておけなくて」


「……そう」


「い、一緒にここで、暮らしてくれる?」


柄にもなく緊張した顔に、私はぐっと色々飲み込む決意をした。故郷から遠く離れたこの地でいきなり暮らすことになったことや、そもそもプロポーズが水の珠獣さまきっかけであることなど。色々。それこそ色々、言いたいことはあったけれど、彼と離れることなんて考えられなかったから迷ったのは数秒だけだった。




みすい様に夫が選ばれてから、数年が経過した。

初めは大虎のような姿が恐れ多く、気軽に接することなど出来なかった。けれど1年も一緒に過ごしていれば、大きな猫にしか見えなくなってくる。何せ、四六時中不思議な力を使っている訳では無いし、何時までも緊張してはいられない。旦那様という通訳がいない時などは、だいぶ気軽に声をかけるようになっていた。


「何ですか、みすい様」


珠獣さまの鳴き声を聞くだけでも、ありがたいと言われるほど彼らは存在を感じさせない。夫によると、その気になれば数年だって動かずにその場に留まり続けるらしい。けれどそれではつまらないし、人間の用意する食事は興味深いと言って、私の作った料理も召し上がる。夫の差し入れがてら、みすい様の食事もちょこちょこ作ったりする。


そんな風に食事を提供しているうちに、みすい様とはだいぶ打ち解けたと思う。夫がそばを離れる時は代わりにお世話をすることもあるし、相手がどう思っているかは分からないけど嫌われてはいないはずだ。


ちろちろと水の曲芸のように、目の前を水が飛び交っていく。会話ができない私の注意を引きたいときに、みすい様が良くやる合図のようなものだ。初めは水気がないところで無から水を出すなんてと、奇跡の御業に感動した。ただ、毎日のように見ていれば、さすがに慣れるというものだ。何時までも同じ動きをされても、バッタが飛んでいるようにしか見えない。


「私たち道草には尊いお方の言葉などわかりはしないのですから、もっと分かりやすく教えてくださいといつもお伝えしていますでしょう」


みすい様が果実水の入った器を咥えて、こちらへ差し出す。どうやら、今はただの水よりも果実水が欲しいらしい。最近の暑さから、サッパリした酸味のある果実を入れてみたがお気に召したらしい。みすい様の出した特製水に果実を入れると、大変美味である。よく私たちの分も水を出して下さるのだけれど、気分が良いと氷もつけて下さる。下手な王族よりも、お手軽に氷を手に入れられるのは、ちょっとした自慢だ。


カラカラと言う涼し気な音で、みすい様がまた氷を出したのが聞こえる。私の普段使っているカップにも入れてくれたようで、喜んで果実水を注ぐ。


「あーあ、旦那様はまた私たちを置いて、お仕事に行っちゃいましたね。お世話係は、水の珠獣さまのそばにずっといるものだと思っていたのに、どうしてこんなにお出かけになるのかしら?」


「ぎゃう」


「あら、みすい様もそう思います?世話係なのに、こんなにちょくちょくお側を離れられては困りますよね」


「ぎゃ?」


「ちょ、どうしてそこで首を傾げるんですか。やっぱり、私じゃうまく意思疎通できないし、早く帰ってきて旦那さまー!」


私の願いが届いたのか、届いていないのか。旦那さまは予定より半日早くお帰りになった。




✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾




本来なら夜半になる予定が、思ったより早歩きだったようで、まだ日暮れ前に家へ帰り着いた。家をのぞいても姿が見えないから、みすい様の所に彼女は居るのだろうと足を向ける。俺たちの家は利便性も考えてかろうじてある道沿いに家を建てたが、みすい様の住処は、もっと奥深い所にある。


きっと奥さんは真面目だから、俺の代わりにお勤めに励んでくれているだろう。俺に言わせたら真面目過ぎると思うのだけれど、細かい気遣いの出来る彼女をみすい様も気に入っている。あまりに情けない姿を見せてはここまでついて来てくれた彼女に悪いし、何とか日々のお役目に性を出す毎日だ。


「ーーーただいま戻りました、みすい様」


「あっ、おかえりなさい旦那さま!すぐにお飲み物をご用意しますね」


挨拶もそこそこに、パタパタと走り去るのを見送った。今回の外出も、特に問題はなかったようだと息を吐く。本当はすぐにでもベッドに寝転がりたいくらいだけれど、みすい様には一応報告しなければいけないこともあるし、渋々硬い岩場に寝転がる。いつでも清涼な水が湧くこの場所は、外からの光が届くくらいに浅い洞窟の中にある。水幅自体は、人が三、四人入ってもまだ余裕がある程度の広さだ。


とても珠獣さまの住処とは思えない簡素なものだが、みすい様に言わせれば、『そのほうが狙われにくいし、そもそも誰がこの結界内に入れるというのか』ということらしい。確かに、ここまで来るのもひと苦労だ。うまく結界を抜けても、迷いの森を抜けることができた者はいない。水が貴重なこの国でも、突破してきた者はいない。 


『お前はまた、さぼっているのか』


「さぼっているとは心外な、ただいまは省エネモードなだけですよ」


『人はそれを、さぼっているというのじゃなかったか?』


「はは、愚直な人間によればそうかもしれないが、馬鹿真面目にやるばかりがすべてじゃない。いつでも百パーセントの力を出し切るなんて不可能なのだし、必要な時にはちゃんとしています」


『記憶が正しければ、お前は儂の世話をするのが仕事だったはずだ。従順な信者なんて呼ばれているのに、その不敬な振舞いは許されるのか?』


「何をおっしゃいますやら。愛しい妻の誘いを落涙の想いで断り、こうしてはせ参じているのですよ。私ほど従順な信者はおりますまい」


本当だったら、今頃は奥さんと少し足を伸ばして隣町へ買い物をしに行く予定だった。そのために馬車も手配したし、みすい様は勿論、関係各所に手を回してもぎ取った休みだった。……それなのに、突然隣国の珠獣さまの世話係が具合を崩したからと、数日に渡って拘束されることになった。

わが国はこれから種まきや、珠獣祭などで忙しくなる。それが落ち着いた頃には、今度は暑すぎて長旅など考えられないし、水の珠獣さまのお役目も増えるためお側をはなれることが出来なくなる。


「はぁーあ、ようやくもぎ取った休みなのに」


『恨み言なら、隣国の世話係に言え』


「そんなこと言ったって、悪阻が辛くて珠獣さまに近づくのも大変だと言われれば、行かない訳にもいかないでしょう?」


『確か、火の奴は活火山を好むんだったか?』


「えぇ、まさかあんな暑い中山登りを妊婦にさせる訳にはいきませんでしょう。何とか説得して、世話係さんに用がある時は事前に『知らせ』を送ってから、自ら会いに行くように伝えました」


首をかしげるみすい様は、どうして『知らせ』が必要なのか、いまいち分かってない様子だ。


「あんな大火力の火の珠獣さまが近くにいたら、ただでさえ暑いのに、熱にやられてしまいますからね。家では昼でも火を絶やさないようにして、それを合図にするように助言して来ました」


『それでよく、火の奴が納得したな』


「最近顔を合わせる度に、世話係さんはぐったりしていたようです。それが、妊婦さんにも人気のアロマキャンドルなんかを差し上げたら、殊の外喜んでいただけました」


『久方振りに上機嫌な世話係相手に、さすがのあやつも我儘は言えなかったのか』


良くやったと、珍しくみすい様からお褒めの言葉を頂くが、ちっとも心は晴れなかった。


「俺はよその世話係ではなく、自分の奥さんのご機嫌取りをしたいんですが」


火の珠獣の世話係は、それはそれは仲睦まじく夫婦で寄り添っていた。それこそこちらがとっとと帰るために、多少の出費も惜しまない程度には仲が良かった。炎に揺れる獅子が、ちょっと気の毒になるくらいで、思わず親身に世話をやいてしまった。


「あーあ、家の奥さんはなんて出来た人なんだろう。ようやくもぎ取った休みを潰されたあげく、次の休みがいつかも分からない仕事人間の旦那なんて、王族も真っ青な仕事っぷりだと思いますよ」


『どちらかと言うと、お前の妻のほうが良くやってくれているがな』


寝床の落ち葉や雑草を取り除き、適度に日が差すように周辺の木も適宜伐採する。おかげでこの周辺は、荒れ果てることなく清らかな状態をずっと保っている。みすい様が、おもむろに俺の胸元に近づいてきた。


『土産があるのだろう?見せてみろ』


「嗚呼、何か今回のお礼だって、青い石を貰いました」


『ほう?これは中々良い品だぞ』


「山で採れる、青い石が綺麗だってもたせて貰ったけど、本当にこんな石がお土産で喜んでくれるのかなぁ?」


サファイアと言われたこの石は、貴族の間ではなかなか人気らしい。これは水を連想させるし、俺の瞳の色とも近い。彼女にこれを持っていてもらえば、気分が上がるかと貰ってきたが、今になって不安になってきた。


『どうでも良いが、歴代の世話係を含めても、お前の妻ほど良く動くものはいないのだから、間違っても愛想を尽かされるなよ』


なんて不吉なことを言うのかと、眉をひそめたところで、「おーい」と名前を呼ぶ声が聞こえた。


『おまけに、その石に力を授けてやるから、身につけるものにして贈れよ?』


「何だか、本当にみすい様は俺の奥さんのことを気に入ってますね」


いっそ、彼女を世話係にしたいと言い出さないかと、ヒヤヒヤする。これ以上、みすい様と彼女の仲が良くなったら、嫉妬してしまいそうだ。


『さぁな?』


心なしか、ニヤリと笑った顔に、嫌な予感がはしる。

まさかその予感があたり、今後ずっと彼女をめぐる戦いが幕を開けるとは思いもよらなかった。





唯一の世話係よりも、奥様のほうが気に入られてしまったお話でした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ