第二楽章-闇は光を拒絶する
アストラの教室は、入学初日特有の浮き立った空気に包まれていた。
白を基調とした制服には金糸の刺繍が惜しみなく施され、光を受けるたびにきらきらと輝いている。胸元にはグランヴェル魔法学院の校章。身にまとう二重のマントやケープは、上位クラスに所属する者だけに許された、格式ある装いだった。
その教室の窓際で、一人の生徒がふと外を見下ろした。
「……うわ、無能集団かよ」
その声につられて、周囲の生徒たちも窓の外へ目を向ける。
そこにいたのは、黒一色の制服を身にまとった生徒たちだった。
装飾は一切なく、校章さえも目立たない。アストラの制服が華やかな白と金で彩られているのに対し、彼らの制服は光を吸い込むような漆黒だった。
テッラ。
学院の最下位クラスに所属する生徒たちである。
「どうして、あんな者たちがこのような高貴な場所にいるのかしら」
「せっかくの格式高い空気が汚れるじゃないか」
「同じ学院に通っているというだけで、同じ扱いを受けると思われても困るな」
教室のあちこちから、冷ややかな声が上がった。
その言葉を聞きながら、アズールは窓の外を見つめていた。
銀色の髪が、窓から差し込む光を受けて淡く輝く。その隣で、シアンもまた、長い金髪を揺らしながら外を見下ろしていた。
そして二人は、ほとんど同時に気づいた。
黒い制服の集団の中に、見覚えのある姿があることに。
「……ペル?」
シアンが小さくつぶやいた。
その声には、驚きと戸惑いがにじんでいた。
アズールは何も言わずに窓へ歩み寄ると、ためらいなく窓を開け放った。
春風が教室へと吹き込む。
アズールの白いマントが大きく翻り、シアンのケープと長いスカートが風をはらんだ。金色の髪が陽光の中で踊る。
「アズール」
シアンが呼びかけるより早く、アズールは彼女へ右手を差し出していた。
シアンは一瞬だけ彼の顔を見つめ、それから微笑んで、その手を取る。
左手でアズールの右手を握り、右手でスカートの裾を軽く押さえた。
次の瞬間、二人の身体が窓の外へと滑り出した。
落下するのではない。
風に導かれるように、二人は空中をゆっくりと降りていく。
左手をズボンのポケットに入れたまま、シアンをエスコートするアズール。その隣で、彼の手を取りながら優雅に身を任せるシアン。
白と金の装いが風に揺れ、二人の姿はまるで空から舞い降りた星のようだった。
教室の窓際にいた生徒たちは、そろって言葉を失った。
「な……っ」
「公子が、窓から……?」
「ラオメデイア公女まで……!」
しかし、二人は周囲の声など気にも留めなかった。
地面へ降り立つと、アズールはシアンの手をそっと離した。
そして、黒い制服の集団の中にいる少年へと歩み寄る。
「ペル、お前なんでテッラクラスにいるんだよ」
アズールの声には、隠しきれない困惑があった。
その隣で、シアンもまた少年を見つめる。
「あなたなら、せめてステラに行けたでしょう」
責めるような口調ではなかった。
純粋に疑問だったのだ。
幼い頃から知っている彼が、どうしてテッラにいるのか。
ペルシモンは、二人の姿を認めた瞬間、わずかに身体をこわばらせた。
ほんの一瞬だけ、懐かしいものを見るように目が揺れる。
けれど、それもすぐに消えた。
彼は二人から視線をそらし、うつむいたまま、低い声でつぶやいた。
「俺に話しかけるな。お前らの品位が落ちる」
その言葉に、シアンの表情がかすかに曇った。
アズールは黙ってペルシモンを見つめていた。
何かを言おうとしたのかもしれない。
けれど、ペルシモンはそれ以上、二人を見ようとはしなかった。
「……俺は、いいよ」
ぽつりと落とされた声は、ひどく静かだった。
怒りも、憎しみもない。
ただ、もう何も期待していないかのような、諦めの響きがあった。
ペルシモンは二人に背を向け、黒い制服の集団から離れていく。
アズールも、シアンも、その背中を追うことができなかった。
幼い頃、三人はいつも一緒にいた。
家柄も、身分も、そんなものを意識することなく、当たり前のように隣にいたはずだった。
それなのに今、二人の前にいる彼は、まるで自分たちとは住む世界が違うのだと言わんばかりに、背中を向けて去っていった。
その様子を、アストラの教室から見ていた生徒たちは、呆然としていた。
「今の……ペル、って?」
「ペルディータ公子とラオメデイア公女が、テッラの生徒を名前で呼んだのか?」
「いったい、どういう関係なんだ……?」
彼らにとって、アズールとシアンは雲の上の存在だった。
公爵家の子息と令嬢。
学院でも屈指の実力を持ち、誰もが一目置く二人。
そんな彼らが、最下位クラスの生徒に親しげに話しかけた。
それだけでも信じがたいことなのに、相手はその二人を拒絶したのだ。
教室の中に、困惑と好奇心が入り混じったざわめきが広がっていく。
その一方で、地上に残されたアズールとシアンは、遠ざかっていくペルシモンの背中を見つめていた。
光を受けて輝く、白と金の制服。
そして、光さえも拒むような、漆黒の制服。
そのあいだには、目には見えない壁があった。
幼い頃には、存在しなかったはずの壁が。
そして今、その壁は、三人のあいだに確かに立ちはだかっていた。




